241話 「聖機士ディオニクス」
「おーおー。あっちも派手にやってんなぁ」
ボカーンぼかーんと轟音を響かせる隣の戦場の様子を見て、帝国十聖者の一人……聖機士ディオニクスはのんきな感想を漏らし、対峙するルークに向き直った。
「んじゃお坊ちゃん。こっちもやりますか。でも……」
『……何?』
サングラス越しではあるが、ジロリと全身を嘗め回すように見られ、ルークは不機嫌な声を発した。
「どう考えても虐待だよなーこの構図」
その言葉に、ルークは改めて俯瞰で対峙する二人の様子を見てみる。
40代にはなりそうな
傍目から見るとそう感じられるかもしれない。
『……へぇ、帝国十聖者とかがそんなの気にするんだ』
「そりゃ気にしますとも。なんてったって、俺っちたちは正義の味方だからね!」
『なにそれ……』
予想外の言葉を聞かされ、ルークは更に不機嫌になった。
「アッハッハ! そういう反応も確かさ。でもね、うちらは世界の秩序を守ってるんだよ」
『秩序?』
「帝国は最強でなくてはならない。世界を守る必要があるからね」
『ふうん。……何から守るの?』
素朴な疑問を口にすると、ディオニクスは何故か首を傾げてしまった。
「ん? ……なんだろうな。まぁとにかく、うちらは常に良いモノであり、最強でなけりゃならないのよ」
『? 最強って竜王国じゃないの?』
何せ、竜族と言えば、この世界の種族間のピラミッドでは頂点に位置する種族だ。
その竜族が治める竜王国が、事実上の最強国だと思っていた。
「竜王国はこっちの世界にゃ干渉しないのさ。それに……って、まぁその話はどうでもいっか。どうせ、誰が見ているわけでも無いし」
ディオニクスの言う“こっちの世界”という言い回しが気になったのだが、確かに今追及する事では無いなとルークも判断した。
「まずは、坊ちゃんのゴーレムってのを見せてもらおうか」
『だから、ぼくのはゴゥレムなんだけど……。まぁいいや。来い……《タウラス》!』
まずは試金石として、《タウラス》を召喚する。
ルークのアイテムボックスよりバラバラとなった《タウラス》のパーツが飛び出し、ルーク自身を取り囲むように合体していく。
猛牛の意匠を持つ巨人……《タウラス》が見参したのだ。
「うわすっげぇ! それが坊ちゃんのゴーレムか……。どんな技術が使われてんのかさっぱりだ。こりゃあ、うちの技術局が欲しがるぜ」
『悪いけど、あげないし技術提供するつもりもないから』
「大丈夫だいじょーぶ。手に入れちまえば一緒だから」
『ムカつくなぁ。いいから、そっちもゴーレムとかっての出しなよ』
ディオニクスの態度はルークの苛々を加速させたが、問答無用で一気に倒すつもりはない。
それに、帝国産のゴーレムとやらにも興味はあった。
尤も興味はあったが負けるつもりはない。
帝国の技術力は理解しているつもりだし、ルークのゴゥレムと戦って負けるはずが無いと判断していた。
「ああ、見せてやるとも……ひゃッ!!」
ディオニクスは自身のサングラスをくいと上げ、そのままこちらに向かって走り出した。
だが、周囲には噂のゴーレムらしきものはない。
とりあえず向かってくるならば仕方ないと、ルークは《タウラス》の拳を振り上げ、ディオニクスを迎え撃とうとした。
が、その途中……ディオニクスの身体に変化が起こる。
着込んでいた帝国の制服が弾け飛び、素肌が明らかとなる。
その肉体は肌色ではなく、漆黒に覆われていた。
それも人間の肌の質感ではない。
明らかに金属に覆われた肉体であった。
まさか……まさか、この男の身体そのものが……
「そう! 俺っち自身が……ゴーレムだぁっ!!」
ボコボコとディオニクスの黒い肌が膨れ上がり、対峙する《タウラス》と同レベルの巨大な拳を形成する。
ヴィオが昔やっていた肉体強化ではない。
あの男の身体……あれは生物ではない!
振り下ろされた《タウラス》の拳と、ディオニクスの拳が激突する。
機械と機械の拳の激突……その結果、破壊されたのはディオニクスの黒い拳であった。
「うひゃあ硬ってぇ! 俺っちの身体じゃあパワー負けするか」
二の腕から先を破壊されたというのに、ディオニクスは軽口を叩いていた。
そのまま《タウラス》が左の拳を振り下ろすのだが、今度は軽快なバックステップによって躱されてしまう。
身軽さだけはあっちの方が上であるが、パワー勝負では勝てないという事が向こうも理解出来たはず。
だが、ルークにもよく分からない。
ディオニクスのあの身体……あれは何だ?
激突した瞬間の感触からしても、確実に生物ではない。
だからと言って完全な機械とも違う。
そもそも、普通の身体が倍近く膨れ上がるとか、機械ではありえない。質量保存の法則はどうした?
では魔法によるものかとも思ったが、ディオニクスの身体から魔力は感じない。
本当にあの男……何なのだ?
「パワーじゃ勝てない。……だったら、斬ってみるか」
すると、今度は無くなった右腕がじわじわと復元されていく。
それも、さっきまでと形が変わっていた。今度は巨大な拳ではなく、右腕が剣のような形に変化している。
『ええーっ? 何それ!』
「うひゃひゃ! 凄いでしょ!」
混乱しているルークを後目に、ディオニクスは刃と化した己の右腕で《タウラス》のボディを斬りつけようとした。
が、《タウラス》の体表は傷一つ付かず、逆に自身の刃が欠ける結果となる。
「うわ……。どんな材質で出来てんだよ」
『それは……秘密だよっ!』
欠けた自身の剣を見て驚く様子のディオニクス目がけて、ルークは拳の乱打を浴びせるのだが、またもディオニクスは軽快な動きで全ての拳を避けて見せた。
『こんなろ! 逃げるなッ!』
「パワーじゃ勝てないんだ。そりゃ逃げますよッ!」
必死で距離取ろうとするディオニクスであるが、ルークもそれを許さない。
その巨体にしては素早い動きで距離を詰め、ショルダータックルを仕掛けるが、ディオニクスはピョンとその場から跳びあがり、《タウラス》の頭部に手を置いてその巨体を飛び越えて見せる。
当然、勢い余った《タウラス》は、そのまま雑木林へと巨体を突っ込ませる形となった。
「ほーらほら。鬼さんこちら!」
と、まるで子供でも相手にするように手を叩いて挑発している。……まぁルークの見た目は子供であるが、侮られたままというのはルークのプライドにも触った。
《タウラス》の体勢を立て直し、再びディオニクスに向けて突進する。
その後もパンチとタックルを繰り返すのだが、当たる気配は無かった。
ディオニクスにしても、これだけ軽快な動きで逃げ回っているというに、疲れた様子が一切感じられない。
やはり、この距離を保たれたままでは、負けはしないだろうが勝機は薄いとルークは実感した。
それに残念なことに、《タウラス》には中距離・遠距離攻撃の武装は搭載されていない。
元々、中型~大型の魔獣に対抗するためのものだから、こうした素早い敵との戦闘は想定されていない。
これは、敵の戦法を見誤ったルークの失策と言えよう。
尤も、《タウラス》に中距離・遠距離攻撃の武装が搭載されていないだけで、攻撃方法はまだまだある。
「おおっ焦りかな? 攻撃が雑だよぉ!」
ひたすらにパンチとタックルを繰り返すルークの姿を見て、ディオニクスがあざ笑う。
だが、それもルークの計算通り。
大きく拳が空ぶったと見せかけて、そのまま拳を地面へと叩きつける。
その途端、ディオニクスの周囲の大地がボコボコと隆起し、動きそのものを阻害したのだ。
「ええっ? なにそれ、そういうのアリ!?」
ゴゥレムを操作しながらの魔法使用はかなり難しいので、的確なタイミングではなかなか発動できない。
だが、今回ばかりはわざと雑に攻撃する事で魔力操作に集中できた。
土魔法によって逃げ場を失ったディオニクス目がけて、ルークは今度こそ渾身の拳を振り下ろした。
逃げる事は叶わないと判断したのか、ディオニクスも両腕を交差して《タウラス》の拳を防ごうとする。
しかし、ルークの目的は殴りつける事ではない。
この男の肉体強度では、殴った所で死にはしないだろうとは思ったが、直前で拳を開き、ディオニクスの身体そのものを捕まえたのだ。
「うおっと! これは予想外!」
『はいはい。大人くしてねー。下手したら、このまま握りつぶしちうからね』
元々、本気で戦うつもりはルークには無かった。
アルカもそうであるが、別にこの者たちに恨みがあるわけでもない。要は、無力化が出来ればそれで終わりなのだ。
この男の肉体の秘密……それは確かに気になるが、それも後でゆっくりと調べれば済む事。
……と思っていたら、ふと、いつの間にかディオニクスの目元を覆っていた大きなサングラスが外れていることに気付く。
そして、今まで隠されていたディオニクスの目を見て、ルークは思わず息をのんだ。
そこにあったのは、漆黒。
白目が存在しない漆黒の眼球……いや、眼球そのものは存在していない。漆黒の闇がそこにあった。
それを見て、僅かにルークに隙が生まれたのをディオニクスは見逃さない。
ディオニクスの両肩部分がボコッと膨れ上がり、そこから砲口のようなものが出現する。
その砲口部分より砲弾が飛び出し、《タウラス》の顔面部に着弾したのだ。
『うわぁっ! なんだそれ!』
「おおっと。これでもノーダメージかよ。だったら仕方ない」
確かに謎の砲弾のダメージは《タウラス》には無い。
する、またもディオニクスの肉体に変化が起きた。
背中部位より触手……いや、金属アームのようなものが飛び出したのだ。
それも、そのアームの先にあったのはノコギリである。
そのノコギリはキュイーンと回転し《タウラス》の腕を切り裂き……はせず、なんとディオニクス自身の身体……肩口から先を斬り裂いたのだ。
片腕を失ったディオニクスは、《タウラス》の指の隙間からするすると抜け出し、そのまま跳びあがって距離を取った。
『き、気持ちわる!』
「おおい、素直に言ってくれるなよ。……まぁ、傍目から見るとそう思うだろうが」
距離を取ったディオニクスの身体であるが、まず両肩の砲口は身体の中に沈み込み、背中のアームも収納されていった。
更に、斬り落された……いや、自ら斬り落とした筈の右腕が、またもじわじわと再生していく。
これは、データで確認した不死者ブラットの肉体変化とは全く違う。
あの男でも、無くなった部位を回復させたり、自分の質量以上のものに変化する事は出来なかった。
それに……
ルークは、ディオニクスが斬り落とした右腕を確認する。
その右腕は、斬り落されて僅か数秒で炭化したように黒一色に変色し、サラサラと砂のように変質して消えていった……
……ように見えたが、人間以上の視力を持つルークの目は欺けない。
消えたように見えた黒い砂は、まるで一粒一粒が意思を持つかのように蠢き、宙を舞ってディオニクスの肉体へと戻っていったのだ。
そこまで来ればルークにも理解出来る。
あの男の正体……それは……
『ナノマシン……』
「うおっ! な、なんでその言葉知ってんのよ! つーか、本当にお前さんたち何者よ!」
ルークが言い当てた事で完全に狼狽えた様子のディオニクスであるが、混乱しているのはルークも同様であった。
あり得ない。
ナノマシン……それは、目に捉えられないナノサイズの機械の総称である。つまり、あの砂のように見えた小さなものが全て一つの機械なのだ。ルークには砂のように見えたが、普通の人間の目では砂とすら認識できないだろう。
という事は、あの男の肉体全てがナノマシンという事になる。
なるほど、全身がナノマシンの群体であれば、自由に肉体を変化出来たりする事も可能であろう。
可能であるが、それとこれとは別問題だ。
もう一度言うが、そんな事あり得ない。
ナノマシンなど、明らかにオーバーテクノロジーだ。それほどの機械を作り出せる技術が、帝国に……この世界にあるはずが無い。
「……その感じ、俺っちみたいなのが帝国にまだ居るかもしれないって思ってる感じかなぁ?
ま、それは無いから安心してよ。俺っちの身体は、なんでも異世界より流れついたものらしくてね。
技術開発局の奴らが、この力をものにしようと何年も頑張ってるみたいだけど、これっぽっちも成功してないから」
なんでそんな事をわざわざ明かすのかという疑問は残ったが、ルークは気になった事を追求した。
『じゃあ、君は異世界人?』
「うんにゃ。身体はそうだけど、“ここ”はこの世界の住人だよい」
こことディオニクスが指したのは、頭……つまりは脳という事らしい。
なるほど、異世界より到達したナノマシンの
それでもなんとかしようとして、機械を制御するために人間の身体を使用したという事だろうか。
「ただ、成功率はとんでもなく低かったらしいぜ。確か、俺っちで128人目だっけかな。まぁ、人間の脳を取り出して、機械に接続するんだ。そんな簡単にはいかないわな」
思わずその光景を想像して、ルークは気分を悪くした。
帝国の医療技術がどこまで発達しているのかは未確認だが、きちんと設備が整った場所であったとしても何度も成功するとは思えない。
『え? じゃあ、君以外の人たちは……』
「ご想像にお任せするよん。という訳だから、俺っちはワンオフのスペシャルな存在ってわけ。
うひゃひゃ! 馬鹿だよねー。俺っちに到達するまでに128人だよ。そんだけ脳みそ開いて開かれて、それでまだ続いてるとか。もう諦めりゃいいのに」
と、両手を掲げてアピールする。
確かに、その言葉が本当なら、自分たち以上の科学力を持つ世界から来たという事になる。
量産が出来ないのは幸いであるが、とんでもない脅威だ。
だが、そこまで聞いても不可解な事がある。
『分かんないな。だったら、なんでそれをぼくに説明するの?』
正直言って、それをわざわざ明かすメリットは感じられない。
さっき自身も言っていたように、自分と同様の存在が何人もいると思わせていた方が有利に事を運べるだろう。
と思っていると、意外な言葉が返って来た。
「……なんてことは無い。ただの自慢だよ」
『へ?』
「俺っちって、あんまし外に出られなくてね。この力も披露する機会がほとんど無かったんだわ。それが、初めて全開で使えるって訳。そりゃ自慢だってしたくなるでしょ」
と、己の存在をアピールするかのようにまたも両手を掲げてくるりと回る。
「でも、観客が君だけってのは残念極まりない。まぁ近々、大々的に力を発揮できる舞台があるみたいだから、今回はその前哨戦だねー」
なるほど、理解は出来ないがこの男は異常に自己顕示欲が強いという事は分かった。
だがルークとしては、今までの会話で気になった事がある。
それを尋ねてみた。
『君って、今まで犠牲になった人の事とか、どう考えてるわけ?』
ややトーンが低くなったルークの言葉にディオニクスはピクリと反応するが、問い自体にはこれまでと変わらないテンションで答える。
「うん? 変な事聞くね。
別に何とも思ってないよ。
だって、それだけの犠牲があったわけだから、俺っちというスペシャルな成功例がここに居るわけだし。
まぁ俺っちの前で成功しなくて本当に良かったとは思うね」
『……そうか』
思えば、自分という存在もそうなのかもしれない……とルークは感じていた。
自分たち意思を持ったAIが最初から存在していたわけではないのは理解している。
きっと、とある世界の科学者が、長い年月をかけて作り出したのが自分たちだ。
その過程の中には、きっといくつもの失敗作があっただろう。
その数えきれないほどの失敗作てを経て、自分やアルカやフェイ……更に他のサポートAIたちの存在があるのだ。
そのことは確かに誇らしい。
『うん。ぼくは感謝しているよ』
「あんだって?」
『だって気付かせてくれたからね。ぼくだって、君と同様に多くの礎(いしずえ)の上に立っているんだった事をさ』
ルークは静かに……静かに怒りを
思えば、敵に対してここまで怒りを感じたのは、今回が初めてかもしれない。
『でも、それを当然だと思い……犠牲になった人たちに、何の敬意も抱かない君の事は好きになれないな』
「あらら。嫌われちゃったかな」
『うん。だから……』
すーっと息を吸い込み、力強い言葉で宣言する。
『ガチで倒す』
その言葉と共にルークは《タウラス》を解除し、アイテムボックス内部へと収納する。
「おや、そのデカブツはお役御免かな?」
ハイ・アーマードスーツを使用しても良いが、ここはゴゥレムに拘ろうと思った。
だとするならば、パワータイプの《タウラス》は向かない。
同時に砲撃タイプの《キャンサー》も相性が良いとは言えないだろう。
ならば……ここは新型ゴゥレムの出番だ。
『来いッ! 《ビスケス》!!』
《タウラス》同様、アイテムボックスよりいくつものパーツが飛び出し、ルークを中心として合体していく。
それは、見るからにパワータイプの《タウラス》とも、移動砲台のような《キャンサー》とも違った。
《ビスケス》とは、黄道十二星座の中でうお座……双魚宮を現す名称であるが、完成した姿は魚とは違っていた。
人の形というよりは、どことなく獣を連想させるシルエットだった。
体格に比べてがっちりとした両脚部に、長い耳を思わせる頭部。
「へ? なにそれ」
まるで兎……いや、二本の足で立つそのシルエットは、カンガルーを連想させた。
尤も、この世界にはカンガルーは存在しないので、ディオニクスに思い当たる生物はいないかもしれない。
これぞ《ビスケス》。
《タウラス》、《キャンサー》に続くルーク専用の戦闘用ゴゥレムの三体目である。
~~あとがき~~
うお座のゴゥレムの名称……パイシーズにするべきかビスケスにするべきか迷いましたが、語感のイメージでビスケスにする事にしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます