239話 「聖術士マリード」




「ふふん小娘こむすめ……。この姿を見せてしまったのなら、勝ち目なんか皆無よ。覚悟しておくことね」


 バトル系漫画で敵がよく言いそうな台詞を吐き、聖術士マリードが手にしていた杖をこちらへ向ける。


『は、はぁ。では精いっぱい頑張ります』


 対する小娘……アルカはと言えば、戸惑った様子でペコリと頭を下げ、マリードに向き直っている。


「……アンタ、舐めてるわね。良いよ良いよ、こうなった以上、アタシの魔法を存分に見せてくれる!!」


 マリードが杖を天に掲げると、1メートル台の火球がいくつも出現する。

 大気を焦がす灼熱の炎の塊……それが全てアルカに向けて放たれた。


「!」


 まともに受ければ、そのまま消し炭にされてしまうかのような炎であったが、アルカは焦った様子もなく即座に手を振るって空中に氷の壁を出現させる。それも、3メートル台の氷の花弁を5つ。


 火球と氷の壁が激突し、ボォンと激しい爆発音と共に凄まじい水蒸気が辺りを覆う。


「チィッ!」


 視界全てが白一色に染まった事で、マリードは思わず舌打ちした。

 防御するか逃げるか、その二択だろうと思っていたが、まさかあんな一瞬で氷の壁を精製し、火球そのものを消し去るとは。

 魔力感知によって敵の大体の位置は把握できているが、次にどのような手を打ってくるか、これでは分からない。

 アルカがどんな攻撃をするのか見たかったのだが、これでは仕方ない。このまま追撃を……とマリードが判断しかけた時であった。


 周囲を覆っていた水蒸気……それが一瞬で消失してしまったのだ。


「な、何が?」


 濃密な水蒸気を霧散させた元凶は、当然ながら対峙しているアルカである。

 アルカは周囲を覆った水蒸気を、片手で振るっただけで霧散させてしまったのだ。

 そして、自身の放った火球が全て消え去ったのに対して、アルカの作り上げた氷の壁はまだ形を保っている。

 その事実に気付き、マリードは激しい屈辱を感じた。


「ならば……これならどうだ!」


 マリードが再び天に杖を掲げる。

 すると、遥か上空に光が灯り、空気を引き裂く轟音と共にそれは姿を現した。


 炎に包まれた巨大な岩石……いや、言い表すならばそれは……


「受けてみろ! メテオストライク!!」


 そう、隕石メテオであった。

 10メートル台はある巨大な隕石が、大地に……いや、アルカ個人に向けて落下していたのだ。


「アハハッッ! 古来より、隕石は世界を何度も脅威に陥れていた。このエヴォレリアにおいても、遥か昔に大都市が隕石の落下によって消滅したとの記録もある。その程度の氷の壁で受け止める事が出来るかな?」


 先程までの炎とだけの攻撃と違って、質量のある攻撃は魔術師にとって大敵とも言えた。

 魔法の力で攻撃を受け止めたとしても、その質量までは消し去ることが出来ない。

 それに、もしその場から逃げようとしても、これほどの質量のある物が大地に落下すれば、周囲全体が大きな被害を受ける。

 どちらにせよ、ダメージを受ける事は免れない。


 そう思っていたのだが……


『……いえ、違いますね』


 対峙しているアルカは一切動じた様子もなく、隕石に向かって跳びあがり、その場に巨大な水の刃を精製してみせた。

 それも、一つではない。

 何重ものウォーターカッターによって、落下してきた隕石を細切れに分解してしまったのだ。

 細切れにされた隕石は勢いを失ってそのまま大地へとドサドサと落下し、ただ土塊つちくれへと変化していった。


『やはり、これは隕鉄ではありませんね。空中で土魔法と炎魔法を融合させ、それっぽく見せていただけです』


「な……なに……?」


 確かに、今の披露した魔法は、本当の隕石ではなくそれっぽく見せただけの偽装である。

 天から巨大な岩石が炎を纏って落下してくれば、人間の持つ潜在的を強く引き出すものである。

 だというのに、今の魔法を簡単に対処して見せて、更に偽装までも見抜いたというのか……。


 更に……


『ふむ。貴女の力の秘密ですが、自身の魔臓まぞうに強い封印魔法を施し、魔力の放出を極限まで抑えていたようですね。それであれば体内に循環する魔力が減って肉体が激しく劣化するのも頷けます。

 その封印を解いて、溜め込んでいた魔力を一気に放出する事で肉体が活性化して元の姿に戻る……という仕組みですか。

 それであれば、普段の数倍の魔力が使用可能になり、そのような高度な魔法を連発する事も可能となるのも頷けます』


 マリードの肉体の秘密までも見抜いて見せた。


「ば、馬鹿な……このわずかな時間に、そこまで理解したというのか?」


『いえ、実を言うと身近に似たケースの者が居まして、その例を見ているので解析自体は難しくありませんでした。

 その者の場合は、肉体に魔力を循環する機能を持っておらず、一時的にではあるが仮死状態になっていた事がありました。

 貴女の場合、構造自体は似て非なるものでありますが、魔力の循環を抑制すれば体内外機能の劣化が加速する。それ自体は同じようですね。

 体内の魔力封印については、言ってみればダムのようなものですか。数年単位で溜め込んだ魔力を有事の際に放出する。

 こちらは私たちが使用している魔晶の仕組みに近いようですね。

 それを生身でやろうとすると、目の前の貴女のような形となるという事ですか』


(この女……本当に自分よりも年下か?)


 自分の力を見抜いたことに加え、偽装であったにしろあの巨大隕石を細切れにした魔法……。あんなもの、ただの人間が連発出来る筈もない。

 あの細い身体に膨大な魔力を溜めこんでいるというのか?


 マリードは得体のしれないアルカの存在に、最早恐怖を抱いていた。


『ただ、こうして言葉に表すと簡単そうに感じますが、実際に実行するのは至難の業でしょうね。

 何より、魔力を溜めこむために普段はほとんど魔力を使わない生活を送らなければなりません。

 どのような経緯があって、今の手段を取っているのか分かりませんが、流石は帝国十聖者の一人に選ばれるだけの存在であると言えます』


 と、今度は素直に褒め称えた。

 その態度に、マリードは胸の奥に熱いものが溜まるのを抑えきれなかった。


「はん……なんだいその言葉は……。やっぱりアンタ……アタシを舐めてるね」


 思わず、そんな言葉を吐き捨てていた。

 そんなマリードの様子に、何故だかアルカは少し戸惑った様子で言葉を付け加えた。


『いえ、舐めているとかではなく、その力を身に着けるに至った貴女の努力は素晴らしい事だと感じました。私には、到底真似できません』


 素直な褒め言葉であるが、マリードの胸に響くことは無かった。


「は、はは……。努力……努力ね。まぁアンタには分からないか。アタシがどんな思いでこの力を身に着けたのか……」


『ええ、残念ですが、理解するつもりはありません。素晴らしい技術ではありますが、貴女はあくまで敵です。では、そろそろこちらから攻撃をさせてもらいます』


 アルカは空中にいくつもの氷の槍を作り出し、それをマリードに向けて放った。

 あくまで攻撃に対してマリードがどう出るか試しただけであり、これで倒そうという気はアルカには無かっただろう。

 だが、それを見てマリードは不敵に笑い、氷の槍を避ける事なく全てその身で受け止めたのだ。


『何を!?』


 いきなり殺してしまおうというつもりは無かったのか、アルカが咄嗟にマリードに駆け寄ろうとするが、マリードの持つ生命力と魔力が健在であることを察知して、その場に踏みとどまる。


 マリードは無傷であった。

 あれほどの氷の槍の直撃を受けたにも関わらず、その身体には傷一つ……どころか衣服すら破れていない。


 ならば……と、アルカはマリードの頭上に巨大な氷塊を精製し、そのまま落下させる。

 氷塊は地面に落下する事で粉々に砕け、その真下にあったものを完全に押しつぶした筈であった。


 だというのに、マリードは無傷。

 足元の大地すら氷塊の影響を受けていない。


 唖然とした様子のアルカを見て、マリードは高らかに笑い声を上げた。


「アハハッ! アンタの分析力と魔力の膨大さに驚きはしたが、そもそもの時点でこの勝負は結果が決まっていた事を思い出した!

 さぁ、戦いを再開しようじゃないか!!」


 余裕を取り戻したマリードは再び自身の頭上に火球をいくつも精製し、それをアルカに向けて放った。

 まるで雨のように降り注ぐ火球を、アルカは軽やかなステップで避け続ける。

 見事に避けられているが、今度は魔法によって防ぐという行為をしていない。

 その事実を確認して、マリードは自身の勝利を強く確信した。


「そうだ避けろ避けろ避けろ! ちなみに封印を開放した以上、アタシの魔力は三日間は尽きる事が無い! それだけの間、ずーっと逃げる事が出来るかな!?」


 三日間というのは流石に盛り過ぎであるが、相手に絶望を与えるには申し分ない言葉だ。


「その若さでそれだけの魔法を身に着けたんだ。アンタの才能は認めてやるよ!

 アンタはアタシの努力を認めた。

 だが、世の中にゃ努力だけじゃ何にもならない事だってあるのさ!」


 火球の雨を降らせ続けながら、マリードは追想していた。


 帝国の貧民街に生まれたマリードは、生まれながらに高い魔力を買われて、帝都中枢部にある魔術師育成機関とやらに配属される。

 マリードは必死に努力した。

 だというのに、マリードは周囲が望むような結果を出すことが出来なかった。


 魔術師としての素質は確かにあった。

 並の魔術師としてなら、十分に活躍する事が出来ただろう。

 だが残念な事に、並以上の魔術師として大きく開花する才能が、彼女には無かったのだ。


 更に、帝国内では魔法の力はさほど重要視されておらず、魔術師育成機関の者たちもどんどん予算を削られ、焦りを見せていた。


 結果を出せないマリードに対し、鬱憤を晴らすように過度な暴言……体罰が行われていく。


 そんな中、技術開発局を名乗る男が現れ、マリードにある提案を持ち掛けた。


 それが、魔力封印による魔力増幅の人体実験だ。


 マリードの他にも何人かの実験対象者が居たが、結果として成功したのはマリードただ一人であった。

 他の対象者がどうなったのか、わざわざ説明するまでもないだろう。


 肉体の老化という大きなハンデを背負う事になったが、その代わりに強大なる力を得ることが出来た。


 それこそ、この絶対防御の力だ。


「アタシがこの力を開放した時点でアンタの魔法……いや、攻撃の全ては無効化される! つまり、アンタにはアタシを倒す手段は無いという事だ!

 いかにアンタの分析力が優れていたとして、この力の秘密を理解できるわけが―――」


『……神気しんきですか』


「―――はえ? え? え? え?」


 これまで勝ち誇った様子だったマリードであるが、アルカが呟いた言葉を聞いて思わず魔法を放つ手を止めてしまう。


(なんだこの女……。なんで。今の言葉を知っている?)


 完全に狼狽えた様子のマリードを見据えて、アルカは話を続けた。


『残念ですが、私には既に経験があります。

 神気を持つ神たちとの戦い……。その戦いにおいて、私の魔法は全て無効化されてしまいました。

 いえ、魔法にせよ物理攻撃にせよ、全ての力は神気によって無効化される。

 その神気を人の力で再現するとは……神聖ゴルディクス帝国の力、侮れませんね』


 その通りであった。

 元々、魔力の封印と増幅は、神の持つ神気をなんとか再現できないかという所から始まったものだ。

 結果として、成功例はマリードだけであり、それ以降も研究は続けられているが、続く者は現れていないのが現状である。


 尤も、だからこそ強大な力を持つに至ったマリードが、帝国十聖者の一人に迎え入れられたのであるが。

 そんなマリードであるが、先程のアルカの言葉に引っかかるものがあった。


「け、経験がある……だと? まさか、過去に神と交戦したというのか?」


『ええ。ですが、その時の私は何も出来ませんでしたけどね』


 マリードの動揺を気にした様子もなく、アルカは淡々と分析を続けた。


『……なるほど、溜め込んでいた魔力を一気に放出……更に高密度に圧縮してその身に纏った……。それであれば、疑似的に神気を再現する事も可能……という事ですか。

 いえ、それだけでは拳聖ブラウがやっていた魔力の鎧と変わりありません。あれは、ただ強固な鎧に過ぎず、攻撃無効化なんて事は出来なかった。

 ならば、魔力封印が施された際に、何かしらの特殊技術が組み込まれたという事でしょうか』


 自身のとっておきをあっさりと看破され、マリードは完全に動揺していた。

 マリードは、ずっと幼い頃に神を見た事がある。

 それだけでなく、神たちの戦いすらも見た。

 あの、全ての攻撃を無効化する絶対防御。それこそが神たる力の象徴だと感じていた。


 なんとか、その力を身に着けられないか……その力があれば、もう誰にも虐げられることが無い。

 そう思い、技術開発局の人体実験も受け入れ、なんとか生き延びることが出来たのだ。


 ああ。本当の神気に比べてどれほどの違いがあるのかは不明であるが、とにかくこれを身に纏いさえすればあらゆる攻撃を無効化出来たのだ。

 最早、自身に触れられる存在は居ない……そう思っていた筈なのに……。


(いや……いやいやいやいやいや! まだだ。まだあの女はこちらに対して攻撃手段を持たない。こちらの優位性は変わらない!)


 その筈なのに、マリードは不安を隠せずにいた。

 何故ならば、アルカはさっきからずっと笑みを浮かべていたからだ。


『礼を言います。作ったものの、いつまた機会が訪れるかと思っていたのですが、まさかこんなところでテスト出来るなんて思っても居ませんでした』


「テ、テスト……だと? 貴様、さっきから何を言っている」


『かつての神たちとの戦いにおいて、私は何も出来ませんでした。というのも、オリハルコンを通してでしか神たちの持つ神気を貫く手段が無かったからです。

 つまり、私の魔法では神気を貫けない……だから……』


 そこでアルカは自らの髪飾りを取り外し、


変身アームド・オン


 その言葉と共に自らの頭上へと放り投げる。

 すると、その頭上に何やら魔法陣を思わせる円形の青い光が出現し、更に縦に回転する事でアルカの全身を包み込み、激しい光が放たれた。

 光が収まると、そこに立っていたのはこれまでのアルカでは無かった。

 全身に青い鎧を身に纏ったアルカがそこに立っていたのだ。


 あの一瞬でどうやって鎧を纏ったのか不明だし、そもそも鎧を纏う事の意味も分からない。

 だが、異様な威圧感プレッシャーがアルカより放たれているのは確かであった。


「ふ……ふん、よくわからん仕組みだが、今更鎧を着込んだところで、何が出来ると―――」


『無論、これで終わりではありません。さぁ、初お披露目です……行きましょう! “ネモフィラ”!!』


 そのアルカの言葉に反応するように、アルカたちの背後に控えていた巨大な黒い乗り物らしき物体……の上部ハッチが開き、そこより複数の物体が放出された。


 それは……六枚の花弁はなびらを思わせるシルエットであった。

 青く光る六枚の花弁は、アルカの頭上を旋回し、まるで孔雀の翼を連想させるように背部へと取り付けられていく。


「な……なんだ……それは?」


 目の前で行われていることが理解出来ず、混乱するばかりのマリード。


 そして、それに応えるようにアルカは自身の新たなる武装の名前を告げるのだった。


『これぞ、神たちの戦いを経て新たに作り出した私専用の新規武装……その名も《ネモフィラ》です!』



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