238話 三聖者
『む、どうやらマスターの方も済んだようですね』
『なんだ、レイジの方も派手にやったな』
『うむ、これでは我々が一番地味に片づけた事になるな』
ジョウベエとの戦いを終え、ふぅと一息ついていた所で背後がにぎやかになって来た。
派手……と言われて改めて戦闘の余波を確認する。
列車側面部が見事に抉れていますね。それ以外にも壁にしろ床にしろ、ボコボコに凹んでいたり、斬撃の痕が酷い。
……戦っている最中は集中していて気付かなかったが、よく列車そのものを壊さずに済んだものだ。
とは言え、感慨にふけるにはまだ早い。
戦いはまだ終わったわけではないのだ。
「ええと、これで四獣奏とやらは全部倒したことになるんだよな」
『うむ。我々が二人』
『私が一人』
「で、俺が一人……全部で四人だから終わりでいいみたいだな」
四獣奏っていうぐらいだから、四人で終わりの筈。
それにしても、制限があったとはいえ、かなりの強敵だった。
まだまだ、この世界の強者というのも侮れない。
『と……なると、後は雑魚ばっかか。なんかつまんねぇな』
『油断するな愚弟め。隠れた実力者が居るかもしれん。最大限に警戒して―――』
うん。
俺もそう思っていました。
世界は侮れない。
四獣奏とは別に、テロリスト……名前はあった気がするが忘れた……の親玉たちも相当な実力者である可能性もある。
気を引き締めて臨むとしよう。
……そう思っていたのです。
ただ―――
………
……
…
「な、なんなのだ貴様ら! なんで貴様らのような者がこの列車に居る!?」
「なんという間の悪さ! おのれ……我々の計画が水の泡だっ!!」
残りのテロリストどもはあっさりと片付けられました。
ええ、そりゃああっさりと。
どうも四獣奏とやらにおんぶにだっこの弱小テロリストチームだったようだ。
全員叩きのめして、月影の糸でもって拘束しています。
こいつらの計画としては、そのまま全速力ブレーキなしで列車を駅に突っ込ませ、そのまま取り付けた爆弾でもって大爆発を起こす予定だったとか。
爆弾は特に時限式という訳でもなく、構造自体も粗末なものでした。要は、火を付けたらそれでボンッていうようなダイナマイト式です。
考えてみたら、帝国でもあるまいし、こんな奴らに高性能な爆弾なんて用意できる筈もないわな。
「車両後部の様子はどうだ?」
『依頼人は無事だ』
『他の乗客の皆様もご無事ですよー』
声にも何ら変化はなく、本当に問題ない様子だ。
だが、
「……一応聞いとくけど、乗客全員五体満足か?」
『……ええ、問題ないですよ』
「最初の沈黙が怖いけど、生きてはいるんだよね。だったら、問題ない」
あったとしても、もう知った事じゃねぇと割り切ろう。
ともあれ、列車ハイジャック編はこれで終了だな。
後は、駅についたらこいつら引き渡して、これで万事解決……
「……にはならねぇな。色々と面倒な事情聴取やらがあった」
テロリストを退治したのだ。
引き渡して、ハイ終わりとはなるまい。地球ほど面倒では無いにしろ、最低限の説明責務はある。
しかも相手は獣族の国、俺たちは見た目ヒト族だから、変な因縁を付けられる可能性だってある。
『まあ、このまま数時間……下手をすれば数日の拘束があるでしょうね』
月影の冷静な返答に俺は頭を抱える。
こんな厄介ごとに巻き込まれた上、これ以上の数日間拘束なんてやってらんねぇ。
という事で決意。
「駅に着く直前で列車から離脱しよう。一応正規手段で獣王国には到達しているんだから、問題ないだろう。……多分」
俺の言葉に、残りのメンバーたちも仕方ないかと納得するのだった。
俺たちにとって、優雅な列車の旅を送る夢なんて最初からなかったんや。くそう。
◆◆◆
獣族のテロリストたちが起こした列車ハイジャックが無事に解決を迎えた一方、大陸横断列車が走るエメルディア王国の山岳部……そこを走る一団があった。
いや一団ではない、森林をなぎ倒しながら猛スピードで走っているのは、巨大な黒い塊だった。
言い表すならば、巨大なトラック……いや全長が10メートル以上はある超巨大トラックだ。
そのトラックの上部には座席らしきものがあるのだが、そこに屋根は無く吹きさらしである。
そこに座るのは、三人の男女……更に言えば、神聖ゴルディクス帝国が誇る最強の10人のうちの三人であった。
操縦席に座りながらも足をだらんと伸ばしてふんぞり返っているサングラスの男……聖機士ディオニクス。
後部座席に座ってゆったりと眠っている様子の老婆……聖術士マリード。
同じく後部座席に座りながらポリポリとお菓子を摘まんで外の様子を眺めている派手な装いの女性……聖獣士ビスク。
彼らは、本国より指令を受けて、この先にある大陸横断列車の終着駅を目指している最中であった。
正確には獣王国に到達する前に列車を襲撃してとある人物を拘束するつもりである。
無論、列車ハイジャックの報を受けて、テロリストどもを排除しようとかそんなつもりはない。
そこに乗り合わせたチーム・アルドラゴのリーダー……レイジを拘束するのが彼らに与えられた任務なのだ。
「だって言うのに、なーんでアタシらだけなのよぉ。こういうのって、下っ端ゾロゾロ引き連れて数で攻めるもんじゃない?」
「仕方ないでしょー。列車に追い付くだけのスピード出せる乗り物って今使えるのはこれだけだし、雑魚が何人いたってあんまり頼りになるとは思えないから、俺っちたちだけで行くしかないのよ」
「えーめんどくさーい」
「めんどくさいたって、ビスクちゃんって基本的に聖獣任せだったら何もしないっしょ」
「外に出るのがめんどくさい」
「まーまーそう言わずに、お仕事だからね」
「めんどくさーい」
そんなやり取りがありつつ、三人はこうして最短距離で大陸横断列車に向かって走っている最中であった。
「あとどんくらいー?」
「あと一時間ってとこかなぁ。だいじょーぶ、
もし列車が獣王国の国境を越えてしまうと、やや面倒なことになる。
同盟は結んでいるとはいえ、獣王国はやたらに好戦的でプライドが高い。自国の領土で派手な事をしてしまうと、外交問題に発展する。
最悪国家間の協定は無視してよいと指令は受けているが、無駄に問題を起こすべきでもない。
そうしていると、ふと今まで目を瞑って眠っている様子だったマリードが細い眼を開ける。
「あら、お婆ちゃん起きたの?」
「……前方に魔力反応じゃ。どうも待ち伏せじゃな」
「あらら。この期に及んで山賊って訳もないだろうし、チーム・アルドラゴの別動隊って事かなぁ」
そうして数十秒後には、やや開けた場所に出た。
そこには、確かに三人を待ち構えるように立ち塞がる影があった。
目に出来る範囲で確認できたのは二人。
長身の女性の姿と背の小さな少年の姿であった。
ディオニクスは巨大トラックの進行を止め、改めて二人を見据えてみる。
その背後には何やら自分たちのトラック程ではないにしろ、巨大な黒い乗り物らしき物体がある。
あの中に何人か潜んでいるのかもしれないが、今確認できるのは二人だけらしい。
「うほっ! 姿を確認したのは初めてだけど、本当にすげぇ美人だなぁ! あれが噂の
「……ほう、魔女か」
ディオニクスの言葉に、後方に佇んでいた聖術士マリードの瞳が僅かに大きく開く。
「そんでもって、隣に居るのが
聞けば、チーム・アルドラゴのメンバーとやらは揃いも揃って美男美女ばかりだという話ではないか。
何処まで真実なのかと話半分に聞いていたが、本当に人間離れした美貌を持つ二人だ。これは残りのメンバーとやらの期待も高まるというもの。
『……その制服、神聖ゴルディクス帝国の方々ですね。予測通り、我がチーム・リーダーの身柄を拘束するために大陸横断列車に向かおうとしているという事で良さそうですね』
『でも凄いねー。なんでまたリーダーが列車に居る事ばれたんだろー』
『……どうせあの男が関与しているんですよ。本当に厄介です』
言葉の意味は完全には理解出来なかったが、こちらが何者か……そして目的も察知している様子。
それならば話は早いとディオニクスは判断した。
トラックより飛び降りると、改めて二人に向き直る。
「俺っちたちが現れる事を予測していたとか、そっちも頭の切れる奴が居るんだねぇ。でも、此処で待ち伏せていたとか、俺っちたちを迎え撃つつもりとかそう考えて良いのかな?」
『良いですよ。流石に我がリーダーも、今帝国の方々に来られると手間でしょうから、此処は我々が引き受けさせてもらいます』
「強気だねぇお姉さん! でもでも、うちらが十聖者の三人だと知っても、強気でいられるかなぁ?」
『十聖者なら、既に何人も倒していますから、今更三人まとめて現れたところで何の問題もないです』
その返答に最初こそポカンとしてしまったが、そう言えば既に聖騎士、剣聖、拳聖の三人はこの者たちに討ち取られているんだったと思い出す。
「ヒャハハ! 確かに尤もだ! でも、三人それぞれと三人まとめては話が違う。
戦う覚悟は十分って事なら、さっそく開戦と―――」
「いいのー? このままだと列車に追い付かなくなっちゃわない?」
いつの間にか同じくトラックより降りてきたビスクが口を挟む。
そうだった。
元々の指令はアルドラゴのリーダーの確保である。
だが、ここでこの者たちと戦う事も無駄ではない。むしろ、メリットがデメリットに比べて豊富にある。
「だいじょぶだいじょぶ。ここで10分ほど使った所で、問題なく追いつけるから。それに……あの女の子捕まえたら、新入りの聖騎士さんの“弱み”握れると思わない?」
「ふぅん、なるほどー」
確かにあの新聖騎士エギルの言葉が真実だとしたら、目の前の女性はエギルの妹らしい。という事は、確保さえしてしまえば、あの男に対して優位なカードを持てるという事になる。
もし遭遇した場合は、エギルに連絡を取れと念を押されていたが、そんな事知った事ではない。
「じゃあいっかー。でも、アタシはやんないよ」
「構わないよ。じゃあ俺っちは……」
「おい、そこの小娘」
二人と同じくトラックより飛び降りたのは、見た目完全によぼよぼの老婆である聖術士マリードであった。
老婆である事を全く感じさせない軽やかな動きで着地し、目の前の
『私ですか?』
「聞くところによると、魔女と名乗っているそうじゃないかい」
『……別に名乗っては居ませんよ。それに、そこまで気に入っている異名でもありません』
「であったとしても、あたしを差し置いて魔女名乗るなんて面白く無いねぇ。たかだか20年ほどしか生きてないようなガキの癖に……」
ディオニクスは驚いていた。
この聖術士マリードとは特に親密な間柄という訳ではない。可能な限り三人一組で行動しろと言われているから、特に親しくもないこの二人と一緒に居るに過ぎない。
それであっても、このマリードがここまで言葉を発している姿は初めて見た。
それも、ここまで怒りと憎しみ込めて……。
一体、どんな因縁が二人の間にあるというのか……。
が、そんな疑問は次のアルカの言葉によって吹き飛ぶ。
『ふむ、私がガキですか。私としては、さほど肉体年齢が離れているようにも思えませんが』
「……なに?」
『何故、そのような老婆のような外見をしているのか不明ですが、貴方の肉体年齢は27歳ほどですよね?』
「……何?」
「―――は?」
「―――へ?」
「………」
しばしの間、沈黙が周囲を支配していた。
ディオニクスは必死になって今の言葉を反芻してみる。
マリードの肉体年齢が27歳?
何の冗談だそれは。
どう見たってマリードの外見は80歳を超えている。いや、実年齢こそ知らないが、なんとなくそれぐらいだろうと勝手に思っていた。
それでも、これが27歳なんてあり得ないだろう。
だというのに、マリードより一向にそれを否定する言葉は返されなかった。
「え……ちょっと、マリー
「うふふふふふふふふふふ」
すると、マリードの口より似つかわしくない笑い声が漏れた。
「うっそうっそ! 信じらないッ!! どうやってあたしの偽装を見抜いたってのよ! 今までブラウのクソオヤジにしか見破られた事無かったのに!」
やがて、爆発したかのように若々しい声が皺だらけの顔より飛び出した。
「この姿に戻るのは、もっともっと先の事かと思っていたんだけどねぇ……いいだろう、相手してやるよ」
激しい光がマリードより発せられ、収まったその時にはそこに立っていたのは文字通り別人の姿があった。
着込んでいたローブは変わらないが、その顔や体つきは肉体を50年ほど若返られたかのように若々しい。
化粧も施されていない為、目を引くような美人という訳でも無いが、何処となく妖艶な雰囲気を持つ女性の姿がそこにあったのだ。
「ぎゃああっ! 何それ何それ! 俺っち知らないよ!」
「うっそー!
「ああ、アンタよりは歳いってるけど、50年も生きちゃいないよ。とにかく、そこの女はアタシが相手するよ。いいね!」
有無を言わさぬ迫力がマリードより発せられる。
非常に慣れないが、この場合は仕方ないと割り切るしかない。
「ならしょうがないか……。だったら、坊ちゃんの相手は俺っちだ」
「アタシは休んでるからねー。終わったら教えて」
ビスクはやる気なさげにそう言うと、すたすたとトラックへと向かっていった。
「どっちが本当の魔女か……教えてやろうじゃないの!
『私としては、貴女が魔女で一向にかまわないのですが……』
「聞くところによると、坊ちゃんもゴーレム使いって話じゃん? 俺っちのゴーレムとどっちが強いか勝負と行こうじゃないの!」
『ぼくのはゴゥレムですー。でも、そんなに見たいんなら、ゴゥレムで相手してやる!』
チーム・アルドラゴ アルカ&ルーク。
神聖ゴルディクス帝国 十聖者が二人マリード&ディオニクス。
人知れぬ場所で激しい戦いが勃発した。
~~あとがき~~
という事で本当に久々登場のアルカさんとルーク。
また数話ほどバトルが続きます
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます