237話 「ジョウベエ」
そんなこんなで、この列車をハイジャックしたテロリストどもの幹部……四獣奏とやらの一人、ジョウベイと戦う事になった俺ことレイジであるが……
……いやいや、コイツめっちゃくちゃ強いな。
「ジャハハハッ! 強いな貴様! ここまで血沸き肉躍る戦いは久方ぶりじゃぞ!!」
「そりゃどうも!」
互いに狭い車内の床、天井、壁を縦横無尽に駆け回りながら剣戟を交わす。
だが、その斬り合いの全て、一瞬だけ剣をぶつけ合ったらジョウベエは即座に離脱し、また改めて斬りかかる行為を繰り返していた。
「残念なのはその得物……。その短刀は貴様本来の武器ではあるまい。それに、そのおかしな光のせいで
「うるせぇな、俺はそもそも楽しみたくないんだよ!」
長い間俺の持つフォトンエッジと剣を交わしていると、剣そのものを破壊されてしまうと察しているのだろうが、おかげでこちらも決定的な一撃を加える事が出来ずにいる。
俺としては、ただこの先に行ければ良いだけで、無理に戦う必要はないのであるが、この男相手に背中を向けるのは危険すぎる。
「おかしな事を言う。
「……斬っても死なないんなら、確かに楽しめたかもなぁ」
相手が人間である以上、真剣同士で戦いあえば無事に済むまい。
戦っている相手にも、これまで歩んできた人生があり、これから先の道というものがある。更に、帰りを待つ者たちだっている筈だ。
命までもとは言わなくとも、腕一本……指一本だって無くなったってこれからの生活に問題が起こる。
俺としては、そこを意識してしまうとどうしても純粋に戦いを楽しむ事が出来ない。
よほどの実力差が無い限り、圧倒的な力で叩きのめして終わらせるという手は使えないのだ。
「馬鹿者め!
その言葉に、俺は天空の島で戦った巨漢のオッサンを思い出す。
「……はぁ、だからよぉ……」
ジョウベエはこれまでと同じように壁を蹴り、こちらに向かって勢いと共に剣を振り下ろそうとする。
それを見て、俺は手にしていたフォトンエッジを軽く天井に放り投げた。
そして―――
「なっ―――!?」
振り下ろされた剣を両手で左右から挟みこんで、その動き自体を止める。
つまり……真剣白刃取りである。
「てめぇらのその覚悟とやらに、俺が付き合うつもりはねぇってんだ!!」
俺はそのまま剣ごとジョウベエの身体を引き寄せ、接近したジョウベエの顔面に自らの額を打ち付ける。
「うごぁっ!?」
俺の額にはバイザーが取り付けられている。こちらは精密機械ではあるが、とてつもなく頑丈であるから、コイツで頭突きされたらそりゃあ痛かろう。
「戦士としての誉れだとか、真剣に戦わないことが侮辱だとか、そんな事俺の知ったことじゃねぇってんだ。そんなに戦って死にたいんなら、俺の知らないところで勝手に死ね!」
俺はそのままジョウベエの持っていた刀を奪い取ると、その場に放り投げる。
そして相手の腹部目掛けて膝蹴りを打ち込み、その体をくの字に折る。さらに流れるように拳と蹴りの乱打を浴びせた。
「うぐ……舐めるな!」
ある程度打撃を浴びせたところでジョウベエも体勢を立て直し、俺の拳を受け止めて見せた。
どうも剣術だけではなく徒手空拳も出来るようだ。
ならば……と、俺は奴の足先を払って体勢を崩す。更にジョウベエの背後へと回り込み、その無防備となった首に腕を回し、チョークスリーパーの体勢に入る。
「な、なんだ……この技は!?」
この世界にゃあ関節技とかの概念薄いからな。戦いのさなかに頸動脈を絞められるとか経験がないだろう。
ジョウベエは混乱しながらも俺のチョークスリーパーから抜け出そうと暴れだす。
が、その程度で抜けられるほど俺の絞め技は甘くない。
おし、このまま絞め落とせば戦いは終わりだ。
と思っていたら、ジョウベエは身体を逆上がりの要領で持ちあげる。何をするのかと思って視線を上へ向けると奴の狙いが理解できた。
ジョウベエの狙いは、先ほど俺が放り投げて天井に突き刺さったままのフォトンエッジ。
それを足先で掴み取ったジョウベエはフォトンエッジを天井から引き抜き、俺の脳天目掛けて振り下ろそうとする。
おっとそうきたか!
俺は咄嗟にチョークスリーパーを解除し、背後へと飛ぶ。
ジョウベエは首をさすりながらも体勢を立て直し、手にしたフォトンエッジを逆手に構える。
俺も即座に周囲を見渡し、傍に落ちているジョウベエの刀を目にして拾い上げる。
……考えてみれば、普通の日本刀を構えるのってこれが初めてか。
ブレイズブレードよりも多少重いが、まぁなんとかなるだろう。
そのまま俺たちは互いの武器を交換した状態で剣を交わす。
日本刀を振るうのはこれが初めてだが、武器の形状自体はブレイズブレードと変わらない。尤も特殊機能は無いから、単純な切れ味勝負だ。
対するジョウベエの持つフォトンエッジは、特殊機能こそ俺の生体認証が必要だから使えないが、切れ味自体は普通のナイフ程度はある。つまり、戦力的な差はほとんどないということだ。
悔しいが、剣の実力的には俺とコイツはほぼ互角。
戦いは膠着状態に陥っていた。
何かしらプラスアルファが無いとコイツには勝てないのだが、そのプラスアルファを悠長に考えている時間がない。
ハイ・アーマードスーツを装着しようにも、そのタイミングが無い。他の装備に関しても、使おうとすると少しの隙がどうしても生じてしまう。こういう時にデータ状態のアルカがサポートしてくれると助かるんだが、今は別行動中だしな。
あぁ……どうしよう。
負ける気はしないけど、このままじゃ勝てないぞ。
ちくしょう、こんな所で時間食ってる暇はないってのに!
とか思いながら戦っていると―――
「焦っておるな」
「む?」
とか言って、俺と距離をとってきた。
「焦りは剣の力を半減させる。
「あっそ。じゃあ、この先に通してくんない。そしたら後で好きなだけ戦ってやるよ」
「それは出来ん。某も奴らに雇われている身。約定を自ら破る恥知らずにはなりたくないのでな」
そこでジョウベエは手にしていたフォトンエッジの切っ先をこちらへと向け、言い放つ。
「つまり、全力で某を通すしかない。貴様、隠している力があるだろう」
「………」
「確かに命を捨てる覚悟だなんだという話は某……いやこの“俺”の都合。貴様には関係のない話……だが、手加減されたまま戦いを続けるというのも俺にとっては屈辱以外の何物でもない!
貴様が俺を邪魔だと思うのなら、全身全霊の力をもって跳ね除けてみろ! それとも、全力を出せぬままこの場で無駄に時間を浪費するか!?」
「………」
うーむ、なるほど。
どうも舐めていたのはこっちの方だったようだ。
同じ戦闘バカでも、帝国のあのオッサンと違って価値観の押し付けはしないってか。
それならば、この戦いに付き合う事も
「アンタの主張は認める。だったら、こっちも礼儀を尽くすとしよう」
俺はそういうと手にしていたジョウベエの刀を相手の元へと放る。
それに呼応するようにジョウベエもフォトンエッジを俺へと手渡し、これで互いに武器が戻った形になった。
しかし、今の俺が出せる全力ねぇ。
ハイ・アーマードスーツを使うのもいいが、礼儀を尽くす以上はこっちも剣にこだわりたい。
だったら――――――
「お前の望み通り全力を出す。……ただし、長くはもたないから披露するのは一瞬だ」
「面白い。ならばその一瞬を凌げば俺の勝ちじゃな」
俺は意を決してその名を呼んだ。
「ノエル」
「ふにゃ!」
ボコッと俺のユニフォームの内側が膨れ上がり、その中より現れたのは我がチーム・アルドラゴの仲間の一人……ノエルである。
「なんだ、その生物は?」
「こいつの名はノエル。……俺の仲間で、俺の―――」
ノエルは俺の肩より飛び出すと、空中でまばゆい光を発した。
そして、形を変え、俺の手の中へと収まる。
「―――剣だ」
そう、ノエルが姿を変えたのはやけに禍々しいデザインの黒い長剣だ。
これぞ俺の専用武器……セブンソードの最後の一振り―――
「
「な……なんだそれは……本当に剣だというのか?」
疑問も当然。猫っぽい生物が突然形を変え、剣となるってのは常識の外の光景だ。
チーム・アルドラゴの最新メンバー・ノエル。
元魔神疑惑のあるこいつであるが、何かあったときの為の切り札として、普段は俺のスーツの中に潜んでいる。
大概は自分で何とかできるから滅多に出番はないけど、今回は特別に出てきてもらった。
「お前の望み通り、俺の現時点での最強の武器だ。という訳だから、さっさと済ますぞ」
「ムハハッ! でたらめな奴だと思っていたが、まさかここまでとは」
当然、ノエルから発せられるとんでもない
それであっても、ジョウベエは不敵な笑みを浮かべるのだった。
「だが……面白いッ!」
そうか……引かないか。
それならば仕方ない。
「ノエル! 初の実戦だぞ、目にもの見せてやれ!」
俺はノエルに檄を飛ばすのだが、剣の状態のノエルはあくまでも剣。
使うのは俺。振るうのも俺だ。
ノエルが特別何かすることは無いし、そもそもこの状態で返事は出来ないのだが、俺の言葉に反応するように鍔の宝玉部分が激しく光る。
恐らくは「任しとけ!」ぐらいな事は言っているのだろう。
おし、ノエルもやる気だ。
だったら後はやるだけだ。
「いざ尋常に―――」
「「勝負ッ!!」」
そのまま俺たちは互いの剣を構えたまま接近し、ほぼ同時に剣を振るう。
―――決着は俺の宣言通り、一瞬で着いた。
ノエルの刃はジョウベエの刀が交差した瞬間に両断し、そのままジョウベエの身体そのものまで切り裂こうとした。
が、その寸前で力を最小限まで抑え込み、剣の腹でもってジョウベエの胴を打ち払う。
剣となったノエルの特性は……非常に説明が難しいのだが、とくかく凄く強い剣だ。
硬度としてはオリハルコンよりも硬く、
振るっただけで衝撃波が発生し、
斬撃をエネルギー波として飛ばしたり……とにかく、色々出来る。
そんなもんで殴られたら、いくら力を最小限に抑え込んだとしても無事に済むまい。
ジョウベエの身体は衝撃で吹き飛び、列車の壁へと激突する。
更にそれで止まらず、ジョウベエの肉体……というか剣の殴打の衝撃は列車の壁を破壊。
彼の身体を車外へと放りだしたのだった。
「………」
予想通り一瞬だったな。
ただ、あの男……車外へと放り出される瞬間にニヤリと満足そうな笑みを浮かべていやがった。
見たところ大陸横断列車は山岳部を移動中のようだ。
これならば死ぬこともあるまい。
というか、あの男なら生きているだろう。
なんか、不思議な確信がある。
ふと足元を見ると、奴が手にしていた刀が落ちている。
俺が折ってしまったのだが、立派な日本刀なのは間違いない。
戦利品として手にしても問題ないと思うが、不思議とそんな気は起きなかった。
スミスたちならば折れた刀であっても修復は可能だろうから、きちんと元の姿に戻し、あいつに返してやろう。
そんな気持ちを抱きながら俺は折れた刀をアイテムボックスの中へと収納した。
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