236話 月影の戦い




『ぐっ!』


「おらおらどうしたヒト族の色男さん! そんな攻撃じゃあぼくの鋼の肉体に傷一つきゃあしないよぉ!」


 見た感じ、超肥満体系でブヨブヨした肉体のどこが鋼なのか問い質したいところなのだが、確かに戦闘開始直後から月影の攻撃は一切あの白鬼はくきと名乗る獣族に届いていなかった。


 何度目かの攻撃は不発に終わり、月影の華奢な肉体は白鬼の迫力ボディに弾かれ、列車の屋根を転げる形となる。

 非常に安定の悪い列車の屋根という戦場であるが、二人の身体はそこから滑り落ちる事なく対峙を続けている。


 さて、この白鬼と名乗る獣族との戦いが始まって、もう7分が経過しようとしていた。

 だが、それほどの時間が経過したとしても、月影のメインウェポンであるシュレッダーグローブ……つまり鋼糸による攻撃であるが、現在のところ効果的なダメージを与えるに至っていなかった。


 というのも、走る列車の屋根の上という戦場が鋼糸と相性が最悪だったという事なのだ。


 一番の要因は、列車の風圧によって糸の操作が難しい事である。

 月影の操る鋼の糸は、当然ながら重量が少なく、風によって簡単に流されてしまう。無論、流されぬように操作する事も可能であるが、少ない足場で戦いながらの操作は月影の想定以上の困難さであった。


 また、もし対象に糸が命中したとして、ダメージを与える事も難しい。

 その原因は、白鬼の肉体……というよりも、その体毛にあった。

 接触した限りの情報であるが、まるで地球の防刃素材のように鉄の如く硬い体毛が緻密に編み込まれている。

 十分な速度と硬度を保てない現状において、鋼糸の刃がその体表に傷をつける事は困難を極めた。


 打撃による攻撃は筋肉と脂肪によって無効化され、斬撃による攻撃は体毛によって防がれる。

 また、鈍重な見た目に反してその敏捷性も侮れない。


 月影にとって、そこいらの上級魔獣よりも厄介な相手と言えた。


 正直言って、このまま戦ったとしても負けるという気はしない。

 こちらの攻撃は通じないとしても、向こうの攻撃もこちらには有効打を与えられていないでいる。

 まぁ何度か攻撃は受けたが、打撃自体はスーツの衝撃吸収機能ショックアブソーバーによってダメージは無い。


 だが、こちらの目的があくまでこの先の車両へと向かう事である以上、どうしてもこの獣族を乗り越える必要がある。

 つまり、戦闘で勝つ以外に方法は無いのだ。


(とはいえ、どうするべきか。今の自分の兵装では、ヤツを倒すための手段が無い)


 情けないが、八方塞がりとしか言えない現状であった。

 さて、この状況を打開するにはどうすればいいのか……。



 すると―――



「おや……なんなのかなぁ?」


『!? 貴方は……』


 隣の車両の屋根に現れたのは、テツであった。


「ヒト族って事は……助っ人登場なのかなぁ? ふふん、いいよいいよ。この人、口ばっかりで全然相手にならないし」


『テツ! 貴方に与えられた指令は―――』

『……あぁ、別に参戦しに来たわけじゃねぇよ。野暮用が済んだら戻るから安心しろい』

『野暮用?』

『おぅら、忘れモンだ』

『!! これは!』


 それは、身の丈サイズもある巨大なトランクケースだった。

 トランクケースは屋根の上を滑り、月影の足元へと到達する。


『ハハハ……わざわざこれを届けるために来てくれたのですか』

『相性だなんだと色々言い訳あるだろうが、暫定でもなんでも俺たちのリーダーだろうが。

 だったら、そんなヤツに手こずってないで、さっさと終わらせろ』


 テツはそれだけ言うと、振り返りもせずに屋根より降りて行った。

 本当に、これを届けに来ただけらしい。


 その態度に、月影も思わず苦笑する。


『言ってくれるじゃないですか。……でも、そうですね。いくらなんでも、格好悪すぎましたね』


 月影はトランクケースを手に取ると、自身の目の前へドンと置く。

 ちょうど、白鬼を正面に捉えた形だ。

 それを見て、白鬼はにんまりと厭らしい笑みを浮かべる。


「何々? 新しい武器かなんか? いいよいいよ、そんなもんでぼくの鋼のボディを傷つけられるつもりなら、なんでも使うと良い」


『ええ、では……遠慮なく、使わせてもらいましょう』


 鋼糸を使う上で敵との相性の悪さ、戦場の悪さ……それは全てこの新武装によって解消される。

 果たして、いつまでその厭らしい笑みを浮かべていられるか……。


『……衣装箱ドレスケース解放』


「……へ?」


 トランクケースより出現したのは、到底その中には収まりきらないであろう巨大な物体……

 否、巨人であった。


 当然、アルドラゴのクルーであれば全員見た事はある。

 それは、ルークが操る鉄巨人ゴゥレム……《タウラス》と全く同じ姿を持つモノだった。


 ただし、違う点が一つ。

 それはカラーリング……つまり配色であった。


 元の《タウラス》が黄色とオレンジの鮮やかな配色だったのに対して、今目の前に鎮座している《タウラス》は、まるでカラー写真をモノトーンに変換したような白黒なのである。

 言ってみれば、未塗装の状態とも言える。


 だが、《タウラス》は元々ルーク専用のゴゥレム。それに、月影は《タウラス》に乗り込んでいるわけではなく、その横に佇んでいる。

 一体、これはどういう事なのか……。


『説明しても分からないでしょうが、これは《プロト・タウラス》。要は、《タウラス》の予備パーツで組んだ代物です。本来、戦闘用バトルタイプゴゥレムはルーク様が乗り込んでこそ力を発揮できる代物であるのですが……』


 月影は装着しているシュレッダーグローブを斬モードから操作モードに切り替え、両手全部……10本の糸を《プロト・タウラス》の背部へと接続していく。

 すると、《プロト・タウラス》はまるで自我を持ったようにギシギシと動き出したではないか。


『……こうして、魔力の糸を接続する事によって、私の力でも動かす事が出来るのです』


「へ……へへっ! そんなもんでぼくをビビらせようったって無駄だよー! いくらその張りぼてで殴りつけようが、僕の鋼のボディは―――」


『では、実験してみましょう』


 月影は、魔力糸を操作し、《プロト・タウラス》を白鬼に向けて突進させる。

 そして、その腹部めがけてその巨大な拳を撃ち出した。


 ズガァン! と、激しい轟音と共に《プロト・タウラス》の拳が白鬼の腹部に命中し、


「ぐ……ぐおぉぉっ!!?」


 白鬼の身体は衝撃に耐えきれず、後方へと吹き飛んだのだった。

 ごろごろと屋根の上を転がりながらも滑り落ちるのだけは防ぎ、なんとか上半身だけを起こして《プロト・タウラス》とその後ろに居る月影を見る。

 その顔は、驚愕に彩られていた。


「そ、そんな馬鹿な! なんでぼくの身体が……」


 信じられないとうめく白鬼であるが、月影は無情にも事実を述べる。


『そんなのは単純明快です。いかに貴方の肉体が衝撃を吸収する構造だろうと、受け止められる衝撃には限度がある。いくら防弾チョッキを着込んでいたとしても、ライフルやロケット弾の衝撃を防ぐことは出来ないでしょう?』


「は? き、君は何を言って……」

『まぁ理解する必要はないです。残念ですが、次で終わりですから』


 月影は糸を操作し、《プロト・タウラス》をその場より跳躍させる。

 《プロト・タウラス》はその巨大な拳を構え、そのまま白鬼に向かって巨体を落下させる。

 何をしようというのか、流石に理解出来た。

 あの拳……いや、その巨体でもって自身を圧し潰そうというのだ。


「に、逃げる……逃げないと……あれ?」


 必死にその場から動き出そうとする白鬼であったが、ふとその身体が動かない事に気付く。

 いや、正確に言うのならば首から下が全く言う事を聞かない。

 まるで、何かに縫い付けられているかのようだ。


『無駄ですよ。先程接触した際、貴方の身体に糸を取り付けました。その列車の屋根から、動くことは出来ません』

「ふごぉぉぉ!?」


 尤も、月影の手より離れた糸は、僅か数秒後に溶けて消えてしまう。

 それであっても、その数秒で決着はついた。


 《プロト・タウラス》の拳とその巨体の重量パワーが白鬼の全身にし掛かり、自身が足場としていた列車の屋根ごと打ち砕かれた。


 ……計算通り、生命反応は消えていない。

 チラリと打ち砕かれた屋根から車内の様子を見てみると、白鬼は口から泡を吹いて失神しているようだ。

 まぁ、もう流石に立ち上がれまい。


 月影は、糸を操作して《プロト・タウラス》を屋根の上へと帰還させ、衣装箱ドレスケースの中へと収納した。

 そこでようやく一息つく。


『……ふぅ、予想外の苦戦でしたが……まぁなんとかなりましたか』


 月影・マークス……個人戦において初勝利を飾ったのであった。



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