234話 エクストラチームの戦い




 俺の目の前に居るのは、黒毛の獣族だった。


 ……いや、獣族なのは間違いない。

 問題は、その恰好かっこうだ。


 着込んでいる服は、紺色の着物……これはアレだ。詳しくは無いが、よく時代劇かなんかで見る浪人が着込んでいる服装だ。

 更に、腰にはこれまたどっからどう見ても日本刀と分かる剣がひと振り。


 そんでもって極めつけで、左目は眼帯で覆われている。


 なにこれ。

 動物の擬人化アニメかなんかっすか?


 いや、獣族そのものが動物の擬人化であるから、差別発言みたいだけど、目の前のこれはちょっと世界観が違い過ぎる。

 なんでまた、いかにもでございとでも言わんばかりの恰好をした敵さんが居るのでしょう?

 この世界、侍とかそういう文化って無い筈でしょう。


「ふ、それがしのこの姿が気にかかるか?」


 あ、なんかそんな事言い出した。

 しかも、自称が某って、いかにもっすね。……身近に拙者とか言う人いるけども。


「某を幼い頃より育ててくれたのは、異邦より訪れし戦士であった」


 ん?

 異邦の戦士って……つまり、異世界の人間か?


「この服装はその養父ちちの着ていたものを真似たもの。そして、このつるぎはその形見……。初めて会うものが面食らうのはいつもの事。気になさらずとも結構……」


 獣族の男は、僅かに左足を下げ、身体の重心を下げる。


「……すぐに死ぬからな!」


 目の前……数歩先に立っていた男の姿が消え、気付いたと思ったら俺のすぐ側面へと移動していた。

 そして、腰を低くした体勢より、腰に携えていた剣の柄へ手が伸び、一気に抜刀される。


 居合い。


 これは、この世界には無い剣術だ。

 どうも、ただの猿真似とかじゃなくて、本当に習得した技っぽいな。


「!」

「悪いけど、すぐには死んでやらねぇさ」


 放たれた刃は、俺の手にしたフォトンエッジによって防がれていた。


 そのまま刀身にレーザーを発動させようとしたら、何かを感じ取ったのか侍獣族は即座に俺の傍より飛び退いた。


 ふーむ、なるほど。

 アイツの養父ってのは、マジもんの侍なのか。

 現代世界に侍は居ないから、実際に過去の日本から来たとか、そういう事だったりするのかな? いや、侍文化のある地球と似たような異世界から来たって可能性もあるか。

 それにしても、その養父とやらの事が気にかかる。

 一応聞いてみよう。


「形見って事は、その養父ってのは……」

「不思議な事を聞く。13年前に死んだ」

「なるほど、悪い事を聞いた」


 実際に会えないのは残念。

 本物の侍さんだ。会えたら、是非ともゲイルのヤツと会わせたかったのに。


 それにしても、ヤツの居合抜きは相当なスピードだった。

 あんなものをまともに受けてしまったら、俺の首は―――


 ―――いや、大丈夫か。


 緊急防御としてネックガードが反応するだろうし、実際受け止められたのだから、“もし”なんて事を考えても仕方がない。

 普通の長剣で相手できないのが残念ではあるが、精いっぱい戦わせていただきましょう。

 俺はフォトンエッジを逆手に構え、鋭い眼光で相手を睨みつけた。


「Aランクハンターチーム・アルドラゴリーダー……レイジ、行くぞ」


 そんな俺の名乗りを聞いて、相手の獣族もニヤリと笑う。


「我が名はジョウベエ! 参る!!」


 恐らく本当の名前はジュウベエなのだろうが、ジョウベエとなるのは獣族の発音の問題だろうか?

 とりあえず、そんな形で俺とジョウベエとの戦いの幕は切って落とされたのでござる。




◆◆◆




 レイジ、烈火、吹雪、そのサポートの為に列車の屋根を伝って移動していた月影・マークス。

 そんな彼の前に現れた……いや、待ち構えていたのは、到底列車の中には収まりきらないような、巨漢の獣族であった。


 見た目は、地球で言う所のシャム猫。顔と両脚、そして尻尾のみが黒く、後は白毛で覆われた獣族だ。

 その獣族は、見た目通りのどこかのんびりとした口調で言った。


「やぁ、不届き者が居るのなら、このルートを通る奴がきっと居ると思っていたよ」


『だから待ち構えていたという事ですか?』


「そうだねぇ。そもそも、ぼくの身体は列車の中に入りきらないから、此処に居る事しか出来なかったんだけどねぇ」


 その巨漢……というよりは、腹部にたっぷりと脂肪のついた肉体を揺らせて、シャム猫獣族は笑う。


「さぁて、話は簡単だよぉ。ここから先に行くには、列車の中に戻るか……またはぼくを倒していくしかないねぇ」


『もう一つあります。貴方を無視していくことです』


「へぇ……出来るかい?」


『……舐めないでいただきたい』


 月影は列車の屋根を駆け、十分な助走をつけてその場から跳びあがった。

 その跳躍たるや、シャム猫獣族を十分に飛び越せる飛距離であった。


 なのに―――


「!」


 ―――跳躍した月影に合わせて、シャム猫獣族も同じく跳んだのだ。


 そして、そのまま巨大な掌でもって月影の華奢な身体を叩き落す。

 叩き落された先に列車の屋根は無い。

 列車は現在渓谷内を走っている最中。

 このまま落ちれば、死にはしないが崖底に落ちて列車に戻る事は不可能だろう。


 そう判断した月影は、魔力の糸を伸ばし、走る車両に括り付け、そのまま手繰り寄せる事でなんとか帰還を果たした。


 再び列車の屋根に着地した月影は、同じく屋根の上に着地したシャム猫獣族を鋭い眼光で睨みつける。


「ふふ、ぼくの事とでも思った? 残念、これでも結構動けるんだよね」


 確かに、あの図体ならば動きは鈍い筈。そう考えていたのは確かだ。

 それなのにあの跳躍力……。どうも、見た目通りのスピードという訳でもなさそうだ。だとするならば、このまま無視して移動というのは無理っぽい。


『能動的に戦うというのは、私は好きではないのですが……仕方ないです』


 そう言って月影はシュレッダーグローブの手の甲部分のスイッチを押す。

 これで、彼の出す糸は移動や捕縛に適した硬度ではなく、鋼鉄すら切り裂く“斬モード”に移行した。


「ふふん、やる気になったわけでねぇ。ぼくは四獣奏の一人……白鬼はくき……さあ勝負だ!」

『チーム・エクストラ、暫定リーダー……月影・マークス……行きます』




◆◆◆




 そして視点はまた別に移る。

 時を同じくして、三組の中では真っ先に戦闘を始めていた烈火と吹雪。


 そんな彼らであるが、予想外の苦戦を強いられていた。


「ハッハハハハ! どうしたどうした!?」「威勢が良かったのは、最初だけか!?」


 赤毛の方が朱鬼しゅき、青毛の方が蒼鬼そうきと名乗った二人の獣族。

 この二人……予想以上の強者つわものであった。


 剣のような物は持っておらず、武器としているのはあくまで自分の肉体のみ。

 だというのに、その身体能力は並のハンターを優に超える。


『ぐっ、こいつ等……』

『おのれ……隙が無い』

『そんな訳行くか……俺たちゃ番外チームとは言え、あのチーム・アルドラゴの一員だぜ……。そんな俺らが、こんな雑魚相手に苦戦していい筈がねぇんだよ!』


 やがてキッと吹雪が二人を鋭く睨みつけ、飛び出した。

 

「へっ、雑魚だって?」「どっちが雑魚なのかなぁ?」

『てめぇらだよ! うらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 ストライクブラストによる猛打を浴びせるのだが、その一撃も二人には掠りもしなかった。

 いや、正確には乱打のうちいくつかは命中するはずだった。

 だが、トンファーの先端がぶつかる直前に、打撃の正面にいないもう一人が吹雪の腕へと打撃を与え、攻撃そのものの軌道を逸らしてしまう。


「君そのものは脅威でなくとも、その武器は実に脅威だ」「だが、当たらなければ全く意味が無いねぇ」


『クソがぁっ!』


 怒り狂った様子の吹雪は、そのまま二つのストライクブラストを連結させ、ブリザードブラストを放つ体勢に入る。

 が、それはレイジによって禁止にされていた事だ。あれほどの破壊力を持つ武装を使えば、車両ごと破壊してしまう危険性があった。


『よせ愚弟!』


 ブリザードブラストの発射を止めるべく、思わず烈火が駆け寄ろうとする。


 しかし、それよりも早く吹雪の膝裏を朱鬼が払い、その体勢を崩す。そして、蒼鬼が腹部に蹴りを放ち、駆け寄ろうとしていた烈火めがけて突き飛ばしたのだ。

 思わず受け止める烈火であるが、正面から抱き留めた体勢ゆえに完全に無防備になってしまった。


「どぅら!!」


 そんな無防備な烈火吹雪目がけて、朱鬼が両脚の跳び蹴り……ドロップキックを放つ。

 烈火は思わず抱き留めていた吹雪を突き飛ばし、自らはなんとか腕でガードを試みる。


 ガードはなんとか間に合った筈であったが、放たれたドロップキックは一撃では無かった。

 まず一撃目で烈火の腕のガードを崩し、更に後続の蒼鬼がもう一度ドロップキックを放つ事で完全に無防備な烈火の腹部に二撃目のドロップキックが炸裂する。


『姉貴!』


 庇われた形になっていた吹雪はドロップキックによって吹き飛ばされた烈火を助けようと、駆け寄ろうとする。

 だが、そんな吹雪目がけて朱鬼による三度目のドロップキックが吹雪の身体を吹き飛ばす。


 もし傍から見たもの者が居れば、見事な連携攻撃だったと感想を述べただろう。

 ドロップキックは両脚による全体重を乗せた蹴り技である為、放った後に体勢が崩れやすい。

 だが、キックを放った後にもう一人がその身体が崩れないように支え、更にその体勢そのものを互いに入れ替える事で連続したドロップキックが可能となっている。


 吹雪の身体は、先に吹き飛ばされた烈火に重なるようにして倒れる形になった。


 そんな二人を見て、朱鬼と蒼鬼は溜息を吐く。


「……もう無理だな」「ああ、期待はしていたんだけどもねぇ」


 すると、想定以上のダメージになかなか立ち上がれないでいた烈火吹雪の二人は、即座にギロリと相手の二人を睨みつける。


『んだと?』

『貴様ら……今、何と言った?』


 怒気を含んだ二人の言葉を聞き、朱鬼蒼鬼の二人は思わず肩をすくめる。


「わざわざ言うまでもないだろう」「貴様らの力……すでに見切った」「最早、勝ち目などある筈もない」「ここは潔く、負けを認めるのだな」


 ……負け。


 勇んで相手を挑んでおいて、その結末が負け。


 レイジに対して、あれだけ啖呵を切っておいて、その結末が負け。


 その単語が、二人に大きくし掛かった。


 悔しくてたまらない。

 本来であるならば、ここで大声を上げて叫びたい。喚き散らしたい。




 ……本来であるならば。


 だが、ここでようやく烈火吹雪の二人の目が、険しいものから何処か余裕が感じられるものへと変わる。

 この変化はどういう事なのか。


『ふっ……』

『へっ……』


 そして、二人身体を支えあいながら立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。


「………?」「何を笑う?」


 どう見ても、負けを認めて観念した態度ではない。

 もしや、開き直ったとでも言うのだろうか?


『ああ、認めるぜ。さっきまでの俺らは確かにアンタらに負けてた』

『おかげさまで、我らに何が足らないか……よーく理解出来た』


 二人はパンパンとユニフォームについた埃を払う。

 そして、改めて各々の武器を構えなおすのだった。


『私たちに足らなかったのは、コンビネーション』

『二人一組だなんだと言われながら、これまでは好き勝手に戦ってばっかだったもんなぁ』


 事実、ボディのスペック……与えられた武器の性能のおかげで、そんな戦法でも上手くいっていた。

 だが、この二人相手にそんな力だけのごり押し戦法は通じない。

 戦いを経て、それがよーく理解出来た。


 だから、二人は戦いの途中から戦法そのものを変えていた。


『あぁ……』『だから……』

『『アンタたちとの戦いで、コンビの戦い方ってのをじっくり学習ラーニングさせてもらった』』


「なん」「だと?」


 途中、吹雪が本気で我を忘れかけるという事態はあったものの、烈火吹雪ともに戦闘不能な程のダメージは負っていない。

 普通の人間であれば、蓄積されたダメージによって動けなくなっているかもしれないが、彼らはアンドロイド。機能不全にさえならなければ、エネルギーが切れるまで戦い続ける事が可能なのだ。


『覚悟しやがれ……』『さぁ……』


 二人は互いに視線を向けあう事もなく、それぞれの片腕をゴチンとぶつけ合う。


『『第二ラウンド開始だ』』



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