231話 大陸横断鉄道





 大陸横断鉄道……その名の通り、大陸を横断する鉄道である。

 鉄道と名の付く通り、その外見は地球の鉄道と大きく変わらない。19世紀初頭の蒸気機関車と同程度の技術力であると言えるだろう。

 尤も、動力源は蒸気によるものではなく魔力によるものである。よって、SLのようにモクモクと煙を吐き出しはしない。……そこがちょっと残念でもある。どうせなら、あのポ~っと音が鳴る列車に乗ってみたかった。


 ……話を戻す。

 当然、メインの長距離移動は主に馬車であり、まともな車すら開発されていないこの世界においては列車とは言え十分ハイテク……いやオーバーテクノロジーの産物である。

 この大陸横断鉄道の開発経緯について解説すると、開発自体は大陸にあるほとんどの国が共同で行っているが、その技術提供は神聖ゴルディクス帝国が大きく絡んでいる。帝国としても、海路以外に輸入輸出を行える手段を作りたかったのだろう。列車の製造以外にも、線路の設置等大きく協力しているらしい。


「た、大陸横断列車なんて、あるのは知っていたけど、見るのは初めてだ! というか、マジでこれ乗るの?」

「ああ乗る。じゃないと、シルバリア王国まで何日もかかるだろ。やってらんねぇ」


 実際に王国の外れにあるターミナルに辿り着いたセルアは、さっきから興奮と緊張が混ざった状態だ。

 しかし、周囲の様子を見るとコンテナとか木材が積み重なっていて、駅というよりは港のような印象だなこれは。まぁ人間の移動よりも輸入輸出が主な利用であるから、これも仕方ないのかもしれない。


 ちなみに普通に馬車を乗り継ぐなりして移動した所、エメルディア王国からシルバリア王国までは約15日かかる。

 それがこの列車なら、丸一日だ。

 ……《リーブラ》なら半日。アルドラゴなら数時間だけども。


「で、でもアタシ……こんなもんに乗れる身分じゃあ……っていうか、金もないし……」

「金は気にすんな。元々、こっちの事情でシルバリア王国に行く必要があったんだ。チケットについてもこっちで払う」

「うひゃあ、なんかとんでもない事になっちゃったな……」


 これまでの強気な態度は何処へやら。まるで、借りてきた猫のような姿に思わず笑みが漏れる。……本当に猫なんだけど。


「で、でもさ、この列車に乗るのって基本的に金持ちばっかじゃん。アタシみたいな貧乏人が乗っちゃうと気まずいというか……」


 うむ。

 その気持ちはよーくわかる。

 初めて行く場所で浮いちまわないか気になるよなー。

 それに列車自体、まだまだ大衆が気軽に乗れる代物ではない。チケット代は相当高額であるし、こんなものに乗るのは貿易関係者、各国の要人、そして金持ちだけだ。

 確かに、このままの恰好のセルア、そして俺たちが乗るとなると必要以上の注目を浴びてしまうだろう。


「はい、そんなお客様の紹介するのはこちら―――」

「なんだいその言い方……って、何するんだい」


 慌てるセルアに対して、俺は予備のアルドラゴユニフォームを肩にかける。


「襟元にあるダイヤルをいじれば、あーら不思議!」

「だからなんだいその喋り方―――って、なんだこりゃ!」


 ささっと出された手鏡によって己の姿を確認したセルアは、我が目を疑った。

 これから列車に乗り込んでいく者たちと同様の豪華な衣服をまとった姿がそこにあったのだ。


「ついでに俺たちも変身」


 俺の掛け声と共にチーム・エクストラの面々もそれぞれユニフォームのダイヤルを変更する。

 すると、それぞれのキャラにあった獣族(ネコ科動物の顔)へと変化したのだった。


 烈火は三毛猫タイプ。吹雪は白地に黒い模様のある……いかにも野良っぽい外見の猫。月影は灰色の猫……種類で表現するならロシアンブルーとかそういうタイプだな。テツは茶色、日輪は白色。

 そして俺はノエルとよく似た黒一色の猫の姿だ。

 うーん、黒猫はやはり格好いい。


 これはユニフォームに搭載されている幻影ミラージュ機能だ。身体を透明化する事が主目的であるが、あらかじめ映し出す幻影を登録しておけば、このように擬態も可能なのだ。

 ちなみにこの機能によって宿から出る時に張っていた者たちを誤魔化した。


 なんでまた獣族に変身するかと言われれば、周りを見渡せば分かる通りに、この列車に乗ろうとしているのは獣族が大半なのだ。

 なんでも、戦争勃発の危険性が回避されたことで、国外退避していた獣族のお金持ちがこぞって帰国に走っているらしい。

 だから、その一団に紛れ込むのが一番目立たないのである。


 その後、無事にチケットを人数分渡し、車内に乗り込むことに成功。

 ついでに説明すると切符ではなくチケット扱いらしい。詳しい理由は知らん。


「わぁ~わぁ~わぁ~部屋がある! 狭いのに広い! なんだこれ!」


 一番高い特等車両を選んだので、個室が付いていたりする。

 セルアは見るものすべてが別世界のようで、さっきからいちいち歓声を上げているな。


 まぁ俺も、列車の旅なんてのは中学の時の修学旅行以来だから、内心はワクワクしっぱなしなのである。

 だが、一応チームを率いる立場として、そんな浮ついた姿は見せられん。だから必死で心を殺している。

 なのに……


『うひょー! ソファもあればベッドもあるぜ! なぁレイジ、俺ってば上のベッドでいいだろ?』

『愚弟め! 我らはあくまで護衛だという事を忘れたか! ……それはそれとして、これが二段ベッドというものか。くく、何故だか不思議な魅力を感じてしまう……』


 烈火吹雪コンビはさっそくはしゃいでいる。

 ちなみに二段ベッドの上サイドは不思議な魅力があるが、実際に寝てみると不便だぜ。何より夜中にトイレに行きたくなったら、いちいち梯子で降りなきゃならんで面倒だ。


「とにかく、ようやく一休みできそうだ。セルア、ソファでゆっくりしてくれ。何なら、ベッドで寝てもいい」


 俺がセルアの肩に手を置くと、何故だがビクッとしてサッと距離を取られてしまった。

 なぜに? なんか、俺ってば変なことした!?


「ご、ごめん。その顔でそんな事言われたら、どうしても警戒心が……」


 ん?

 ああ、そういやまだ擬態したままだったか。

 セルアからしたら馴染みのない獣族に囲まれている状態みたいなものだから、警戒されても仕方がないか。


「ダァト時代に、酔っぱらった獣族の大人に襲われた時の事をどうしても思い出しちまって……」

「………」


 ずーんと落ち込んだセルアを見て、俺を含めた一同がずーんと黙ってしまう。

 ……なまじ、普通の女の子と接した経験が少ない事もあって、こういう時に何を言ったらいいか分からん。

 ほら、うちのって普通じゃないのばっかりだし……。


 とりあえず聞かなかったことにして、気を取り直すことにした。


「とにかく全員、擬態を解いてゆっくりしよう。あぁテツにはドアの付近で周囲の警戒を頼む。一応念のためにな」

『了解だ』


 俺も少しだけ気を緩めて、ソファにどかっと座り、ふぅーと溜め込んでいた息を吐き出した。


 ジリリリ……


 と、けたたましい音が鳴り響く。

 どうやら、列車が無事に発車されるみたいだな。


『うほぉすげぇ! なんかガタガタ言って走り出したぞ!』

『ふむ、思っていたよりも上下に揺れるな。《リーブラ》や《ジェミニ》に慣れ過ぎたせいもあるが、車輪で走る乗り物というものはこんなにも揺れるものか』

『列車はレールというものを使って動いている為、馬車よりもずっと乗り心地は良いらしいですが、まぁ地面に接地している以上揺れは免れませんよね』

『まあまあ、この上下に揺れる感覚というものも新鮮ですね。人間の身体の場合は、三半規管というものが―――』

「なぁ、お前の仲間は一体何を言っているんだ?」

「………」


 烈火吹雪はともかくとして月影マークス日輪ナイアも思っていた以上に浮かれているようだ。


「おいお前ら、一応遊びじゃないんだからしっかりしとけよ」


 俺が苦言を指摘すると、月影がにこやかな笑みでこちらに対応した。


『いやはや申し訳ありません。ですが、我々もここしばらくチームのみでの行動ばかりでしたからね。臨時とは言え、艦長マスターと一緒の行動に心が躍るのも仕方ないといいますか……』

『そうだぜ! たまには一緒にはしゃごうぜレイジ!』

『はしゃぐのはどうかと思うが、まぁ寂しかったのは事実であるな』


 ……そう言われると、俺もなんも言えねぇ。

 全く、すっかりアンドロイドチームも人間的な価値観に染まっちまっている。

 まぁひたすら機械的に反応されるよりずっといいけどね。

 何より、アットホームな感じがしていいじゃない。


 そんな中、チラリとドア付近で壁に背を預けて立ったままのテツに視線を向ける。

 まだまだ経験の浅いテツだけは、かつてのままかな……と思っていたら、口元が歪んでいて、どこかそわそわした印象を受ける。

 あ、これは―――


「テツはアルドラゴに残してきたプラムの事が気になるのか?」

『むがっ!?』


 ふと思った事を指摘してみると、まるで虚を突かれたかのような反応となった。

 ……どうも図星だったらしい。


「心配するな、連絡も随時とっているが、元気に楽しくやっているみたいだぞー」

『い、いやそれは知っているが……』


 最近……と言っても半月ぐらい前に新たな艦員クルーとなったドワーフの少女ことプラム。

 彼女も今ではすっかりとスミスファミリーに馴染んでいる様子だ。こないだ様子を見に行ったら、ケラケラと朗らかな笑みを浮かべていた。ああいう顔を見ると、例え偽善であったとしても、良い事したなーという充実感がある。

 尤も、成長の方も著しいものがある。

 肉体の成長ではなく、技術的な成長であるが、今では鍛冶だけではなく工房の機械も自在に操り、装備の製造を自ら行っているとか……。

 ……末恐ろしい子。


『ふふふ。テツさんはですねー、元気に楽しくやっているなら、そこに自分も混ざりたいなーと思って……むがっ!』

『テメェ……勝手に俺の思考回路を……』

『いえ、これは完全なる私の想像―――ってキャーえっち! セクハラはやめてくださいー』

『口しか塞いでねぇだろうが!』

「だ、大丈夫なのか、これ……」


 セルアが心配そうにしているが、俺としては賑やかでよろしい。

 実にアットホームな空間だ。


 どうせシルバリア王国に辿り着いたら、面倒ごとに巻き込まれるんだから、せめて、今だけはこのままのんびりと楽しい旅が続けばいいなー。


 とかいう俺のささやかな望みは、この後に入った車内放送によって、あっけなく砕け散る事になる。


『あーあー……乗客の皆々様にこれより報告する事がありますので、よーく聞きやがれ』


 何やら乱暴な言葉が、備え付きのスピーカーより響き渡る。


『今この時より、この列車は俺たち“あかい牙”がいただいた。残念だが、優雅な列車の旅はもう終わり……俺たちとの楽しい旅行バカンスに付き合ってもらうぜ』


 俺は、ソファにがっくりと崩れ落ちた。

 ……どうやら俺には、のんびりとした旅すら認められないらしい。


 ふざけんな、くそったれ!



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