230話 墓参り



 チーム・エクストラの面々、その助っ人としてチーム・アルドラゴのリーダーであるレイジこと俺。

 計6人が訪れたのは、王都の中心街より少し離れた場所にある宿屋だった。


「うわ……懐かしぃ……」


 思わず俺の口よりそんな言葉が漏れる。

 うむ。

 何を隠そう、この宿屋は俺たち……俺とアルカとルークの三人がこの街に来て、随分世話になっていた宿屋なのである。

 エメルディア王国自体久しぶりであるが、特に世話になっていたこの宿屋は特に思い出深い。

 実家とは言えないまでも、妙な安心感……敢えて言うなら親戚の家みたいな感慨深さがある。


『こんなところに宿屋があったとは……確かに、本通りからは随分離れているし、流行っているとはいえない様子だな』

『だが変だな。俺の場合は妙な懐かしさみたいなもんを感じるぞ? ここには初めて来たよな、だったらバグか?』


 烈火吹雪の二人がそんな感想を漏らす。


「……そういや、吹雪のオリジナルたるジェイドの実家は、この付近にあるんだったな。だから、懐かしさを感じるんだろう」

『へぇぇ、オリジナルの。なるほど、懐かしさってのはこんな感情なのか』


 うんうんと頷く吹雪をどこか羨ましそうに烈火が睨んでいる。

 二人はあくまでジェイドとミカの人格をモデルとしただけで、本人の記憶があるわけじゃないからな。だが、人格データだけで懐かしさみたいなもんを感じる事が出来るのか。本当に、感情ってのはただのデータでは計り知れないもんなんだな。


 さて、なんでまた俺たちがこの宿屋に来たかと言うと、別に宿をとるために来たとかそういう訳じゃない。

 俺たちが引き受ける事になった依頼。

 その依頼主がこの宿屋に居るのだ。


 依頼主たる人物は、宿屋の店先で掃除をしていた。


「あ、いらっしゃ……え―――?」


 最初は俺たちの事をお客さんだと思ったようだが、集団の中の一人……つまりは俺に気付き、言葉を失った。


「あ、やっぱり君か。久しぶり」


 その依頼主とは、俺たちがこの街に辿り着く前に偶然知り合った元ダァトにして獣族の少女……セルアであった。覚えていない人が大半であろうが、2章から3章にかけて登場している。……そんなメタ的な話している場合ではなかった。

 とにかく、依頼主の住所がこの宿屋だった事もあって、そうじゃないかという予想はしていた。

 実にビンゴである。


「ひ、久しぶり……っていうか、なんでアンタが? っていうか、この人たちって?」


 俺が見慣れない人物たちと行動しているので、戸惑っている様子だ。手にしていたほうきなんかはポトリと足元に落としているし。

 ひとまず、此処に来た経緯を説明。

 依頼を引き受けるために来たとの説明を聞き、セルアは大層驚いていた。


「う、嘘……あんな依頼、引き受けてくれる奴なんて居るの? しかも、それがアンタ?」


 セルアからしてみれば、最初にギルドからの説明を聞き、この報酬では引き受けてくれる人なんか居ないと言われたらしい。

 その言い方にムッとしたものの、実際に引き受けてくれる者はおらず、本当に依頼扱いになっているのかと疑心暗鬼にもなっていたらしい。


 ……実際、正規基準の護衛料金にプラスして移動にかかる経費、更に食事代、宿代……その他諸々を加味すると、あの報酬は安すぎるというものだった。

 それに内容自体も切羽詰まったものには感じられず、生活に余裕のあるハンターが正義感で引き受けるようなものでも無かった。

 まぁ、まともな感性のハンターであれば、まず引き受けないだろう。

 何より問題なのが、その目的地たる場所なのだ。


 だが、今回ばかりはその場所というのが俺たちの目的と合致した。

 そうでなくては、いくら知り合いであっても、わざわざこの依頼を引き受けようとは思わなかっただろう。


「こっちにもちょっとした事情があってね。すまないが、俺たちを獣王国……シルバリア王国へ一緒に連れて行ってほしい」


 彼女からの依頼はこうだ。


“依頼内容:墓参りの為の護衛依頼

 目的地 :シルバリア王国”




◆◆◆




 いい加減、俺たちが何のためにシルバリア王国へ向かおうとしているのか、その説明をしておこう。

 当然ながら、その目的はシルバリア王国に捕らわれている仲間の一人であるフェイを連れ戻すためだ。


 だが獣の神メギルは、その条件として厄介かつ面倒な条件をつけてきやがった。


 ・正当な手続きを経て、且つ陸路で入国する事。

 ・シルバリア王国の王……獣王が会いたいらしいので、正式に謁見する事。


 つまり、アルドラゴでもって一気に入国するのはダメ。

 こっそり行ってフェイを連れてさっさと帰るのもダメ。


 しかも、シルバリア王国は戦争勃発が回避されたとは言え、まだまだ厳戒態勢にある。

 Aランクハンターと言えど、軽々しく入国する事が出来ないのだ。

 え? 王様が正式に会いたいってんなら、問題なく入国できるんじゃないのかって?


「そこまで面倒みられるか、会う手段は自分で何とかしろ」


 とか言いやがった。

 神が。


 まぁ一応、王様には知り合いが居るから、その縁で連絡を取る事も出来るかもしれない。

 だがそうすると、かなり余計な借りを作る事になるし、手続きに相当な時間が掛かるだろう。

 何せ王様との謁見である。下手すりゃ数か月待ちとかやってらんねぇ。


 そこで見つけたのがこの依頼。

 今や世界的有名になっちまった俺たちチーム・アルドラゴが表立って動くと余計な混乱を招きかねない。

 だが、チーム・エクストラとの合同依頼という名目なら、隠れ蓑になるだろう。

 ……いや、ならないかもしれない。

 月影の報告によると、ギルドを出て以降こちらを追跡している者が複数いるとの事だ。

 まぁ、俺らの事を調べている情報屋だったりハンターだったりだろう。このままほっといたらもっと増えるな。


 こんな感じで出来るだけ静かに行動というのは無理そうである。ただ、チーム全体で動くよりは全然マシという感じだ。


「全く! 確かに依頼はしたけど、今からすぐなんて聞いてないよ!」


 その後、宿屋のご主人と女将さんに挨拶をして、近況を聞いた。

 元々この宿屋はヒト族というよりは王都に訪れる獣族や他の種族をメインターゲットとしていた。だが、昨今の事情によって他種族……特に獣族の客はほとんど訪れない状況。

 そんな感じで暇ではあるので、良かったら休暇をとっていいとセルアは言われたらしい。


 セルアの唯一行きたい場所というのは、かつて家族で住んでいたシルバリア王国の片隅にある小さな村。

 ……もうそこは種族間の勢力争いによって無いのであるが、その際に亡くなった両親の為に、きちんとしたお墓を建ててあげたい。

 それが望みであった。

 尤も、獣族とはいえ小娘一人の力で行けるほどシルバリア王国は容易く行ける場所ではない。

 そこで、自分の出せる限界の報酬ギャラを使ってギルドに護衛を依頼した訳だが、もう半月ほどなんの音沙汰もなく、半ば諦めていたとの事だ。


 まぁ確かに今すぐというのは厳しいかもと思ったが、こちらとしても今すぐじゃないとダメだという事情もある。

 最悪の場合、依頼を引き受けるのではなく、逆にこちらがセルアを借り受けるという形も考えていたのだが、その事情の旨を女将さんたちに事情を説明したら……


「まぁそれは大変ね。セルアちゃん、お店はもういいから、行ってらっしゃい」


 と、あっさり承諾されてしまった。

 そんなんでいいのかと思わなくもないが、こちらとしてものんびりしていられる時間は無い。迅速に動けるなら、それにこした事ないのだ。


「妹さんたちはいいのか?」


 ブーブー云いながら荷物と共に現れたセルアであるが、宿屋から出てきたのは一人だけだ。確か、彼女には二人の妹が居たはず。


「迷ったんだけど、あの子たちはまだ幼いから、旅の迷惑になるでしょ。それに、アタシ一人の方が安上がりだし」


 そう言われて納得。

 こちらとしても、護衛対象が彼女一人というのは気分的に楽だ。


「それで、どうやってシルバリア王国まで行くの? もしかして馬車?」


 そのまま宿の外に出ようとするセルアを俺は制する。

 月影に視線を送ると、コクンと頷いて見せた。

 予想通り、この宿屋は複数の者達によって監視されているらしい。一応、中には気配は無いようだが、時間の問題ともいえるだろう。

 こちらも手っ取り早く説明する必要がある。


「あぁ、元々それが問題だったんだ。……というか、依頼を受けておいてなんだけど、そもそも君の依頼には根本的な問題がある」

「問題?」

「そもそも、シルバリア王国ってのは、ヒト族……いや獣族以外の種族の出入りが厳しく管理されている国なんだ。例え護衛目的のハンターであろうと、ヒト族である限りは入国審査でバッサリ拒否される」


 セルアはポカンと口を開けていたが、やがて素っ頓狂な声を上げた。


「えええーっ!? なにそれマジなの?」

「うむマジだ」


 俺たちも調べていてびっくりしたぞ。

 そもそも、ちょっと前まではこんなに厳しくなかったのだが、戦争勃発の危険があった際に入国検査を厳しくしているらしい。で、その厳戒態勢がまだ解除されていないとの事だ。

 ……よくそれで正式ルートでやって来いとかぬかしたもんだ。

 絶対これ、嫌がらせだ。あの神様、俺が実力で打ち負かしたもんだから、恨みにもってやがる。


「じゃあどうすんのよ。ヒト族ばっかのアンタのチームが、シルバリア王国に入れるわけないじゃん」


 その疑問はごもっとも。

 ちゃんとしたヒトは俺だけで、後は外見だけヒトのアンドロイドなのだが、今更獣族の外見に作り直すのは手間がかかりすぎる。……というか、再びハンター登録するのが面倒くさい。

 俺たちも、じゃあどうすんのかと悩みに悩んだ。


 その結果、割と簡単に解決出来る手段を思いついたのだ。


「心配すんな。俺たちがちゃんとシルバリア王国までお前を連れて行ってやる」


 俺はチーム・エクストラの面々にそれぞれ目配せをして、ニヤリと笑みを浮かべた。



 ………

 ……

 …



 その後、宿屋の外でレイジやチーム・エクストラの者たちが出てくるのを張っていた情報屋やハンターたちは、日が落ちても、翌日になっても彼らの姿が宿から出てこない事に疑問を抱く。

 そして、ある者が宿屋の中に入って確認した所、彼らの姿は完全に消えていたとの事だ。


 巻かれたと思う反面、宿の入り口と裏口は完全に見張られていた。そんな中でどうやって? との疑問を抱いたことだろう。

 彼らが宿を見張っていた最中、その宿を出入りしたのはレイジやチーム・エクストラの者達とは似ても似つかないの集団だけだったからだ。




◆◆◆




「どうやってシルバリア王国まで行くのかって思っていたけど……まさか、これに乗るとは……」


 セルアは、目の前に現れた巨大な乗り物に目を白黒させている。

 うむ。自分もこの世界に来てそれなりの月日が経っているし、この世界の乗り物に不便さも重々理解してきたつもりだ。

 だが、これは……


『うひゃすげぇ! でっけぇ、でっけぇなこれ!』

『うむ、情報では知っていたが、実際に目にすると凄いな』

『ほう……この世界の技術力というものも侮れませんね』

『まぁまぁ、まるで大腸のように長い乗り物さんですね』

日輪ひのわ……その例えは間違っていると思うぞ』


 チーム・エクストラの面々もそれぞれ感想を述べる。

 大なり小なりではあるが、それなりに感じるものがあったらしい。


 だが、俺も正直言って興奮している。

 いろんな乗り物があったアルドラゴであっても、こればっかりは無かったからな。というか、あっても仕方がないモノだ。


 俺たちの目の前に存在しているのは、巨大な列車。

 その名も大陸横断鉄道である。







~~あとがき~~


近況ノートにてキャラクター紹介なるものを作成しました。現状、まだ全員分は作成できていませんが、今回の章は再登場するキャラも多く、コイツ誰だっけと気になったら見てやってください。

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