228話 ファミリー




 3日後……正式にダァトとしての所有権が移った。

 と言っても、チーム・アルドラゴの面々に少女をダァトとして扱う気はさらさらない。突然アルドラゴの内部へと案内されて目を丸くしている少女は、まずは艦長が待機しているブリッジへと案内された。

 ブリッジと呼ばれる場所に居たのは、数人の男女だった。その中には、少女の見知った顔であるルークやマークスの顔もある。


「ようこそアルドラゴへ! 俺が艦長のレイジだ。よろしく! いやいや、話には聞いていたけど全然ドワーフのイメージと違うなー。全然普通の女の子じゃん」


 テツから、今から上司に会わせると言われて案内されたのだが、紹介されたのがテツよりもずっと若い男だった事で少女はポカンとしている。


『ケイは貫禄がありませんからねー。困惑するのも無理ないです。私は、副艦長のアルカです。よろしくお願いしますね』


 隣に立っていた超美人のお姉さんににっこりと笑われ、さしもの少女も顔を赤らめる。


『何気に、うちの女性陣を会わせるのは初めてでしたね』


 マークスのその言葉をきっかけにしてか、ブリッジに待機していたもう一人の人物がぴょこんと顔を出す。


『はいはーい。私はメディカル担当のナイアさんですよー。これが例の首輪ですね。ではマークスさん、ちょちょいとやっちゃってください』


 言われた通り、マークスがちょちょいと糸を使って少女の首輪を両断する。それはもう細かく。

 何の痛みも感じなかったことに少女は驚き、久しぶりに外気に触れる自らの首を擦る。


『はいはーい。でわでわ治しますからね~』


 ナイアが少女の首に手を添えると、ナイアの両手の手袋が淡い光を発し、少女の首の痣を癒していく。

 数秒もすると痣は完全に消え失せ、最早首輪が取り付けられていた痕跡はどこにも見受けられなかった。

 これで、誰の目にも少女が元ダァトだとは判別できないだろう。


 だが、少女の失語症に関してだけは、ナイアの力でも癒す事は出来ないようだ。

 外傷が原因ならば治療は可能だったが、精神的な疾患だとすると専門外との事らしい。


 ちなみに、少女の身体を調べている間―――


『……ドワーフさんの筋肉の構造ってどうなってんですか? 是非とも、解剖してじっくり調べてみたいのですが……』


 と、悪い癖が出そうになったが、なんとか我慢してもらった。

 ギリギリで。


 というのも、このアルドラゴへとやってきた際の少女の恰好であるが、服装はこれまでと同じボロボロの衣服であるが、背負っている荷物が凄い。

 何せ、自分の身の丈の三倍はあろうかという荷物をふろしきに入れて背負っているのだ。しかも軽々と。

 ナイアでなくとも、あの細い腕の何処にそんな筋力があるのかと気になるところだろう。



 ―――閑話休題それはさておき



『そんじゃ艦長、まずはコイツに名前を付けてくれよ。スゥダって名前じゃよくねぇだろ』


 テツの言葉にレイジは頷く。

 本来ならば少女が自身で名乗れれば一番なのだが、喋れないし文字も判別出来ないのだから仕方ない。

 暫定的ではあるが、名前は必要だろう。


「考えている名前はあるけど、その前に案内したい場所があるんだよね」


 と言って、レイジがあの場に居た全員を引き連れてやって来た場所は、メカニックルームことスミスの工房であった。

 ここが目的地である事が判明すると、テツは目に見えて嫌そうな顔つきとなる。


『ぐ……案内するって、此処ここかよ』

「まぁ決めるのは彼女だけど、此処がひとまずの配属先になる訳だからね」

『ナイアに頼んで医務室の助手でもやらせた方が良いんじゃねぇか?』

「それも彼女が決める事だよ。さぁさぁ入った入った」


 テツ自身、長い事この工房には足を踏み入れていない。父親的立場のスミスに売られ、戦闘班に配属されてしまってから一度もだ。

 ……考えてみれば、あれからずっとふてくされて、待機中のこのアンドロイドボディの中に引きこもったままだった。

 つまり、この姿で顔を合わせるのはこれが初めてか。


 が、工房の扉が開いて最初に飛び込んできた光景を見て、テツは己が目……正確には視覚情報からもたらされた映像を疑った。


『おう、それが噂のお嬢ちゃんかい。なるほど、ちっちぇのにいい体格してやがる』


 そんな言葉が、扉の外に立っていた大男から発せられる。

 現れた男は、テツに似ていた。テツが20代後半から30代前半だとするならば、大男は50代後半あたりといった所か。顔は鼻から下が髭で覆われており、身体は筋骨隆々としていて、少しばかし腹も出ている。

 いや、問題はそう言った外見ではなく、発せられる男の声だ。


『ま、まさか……親父オヤジか?』


 テツが絞り出すように言うと、大男はばつの悪そうな顔つきでモジャモジャ髭で覆われた頬をポリポリと掻く。


『お、おう。まぁな』

『な、なんでそんな姿に―――』


 ちょっと前まで、スミスの姿と言えば円柱型のボディに六本の金属アームという、ザ・ロボットという姿だった筈だ。それが、何故にまたこんな人間のような姿に!?


『実はあれから、艦長と副艦長に大変なお叱りを受けたのですよ。いくらなんでも、自分の家族に対して酷い仕打ちだ! テツさんを戦闘班にするのなら、せめて自分も同じ立場になって全力でサポートしろ! ……という事で、スミス自身にもアンドロイドボディを使ってもらう事になりました』


 背後よりマークスの説明の声が届く。


『ガッハッハ! いざ使ってみたらこのボディもなかなか使い勝手が良いな。特に問題なく仕事が出来そうだわい!!』


「……スミス。何か言う事は?」


 静かな……だがはっきりとした言葉がレイジより飛ぶ。


『ガハ……。す、すまんかったな。確かに、家族に対する仕打ちじゃなかったわい』


 軽くではあるが、確かにスミスは頭を下げた。

 テツに対して。

 ……あの頑固オヤジが。


『お、オヤジ……』


 思ってもみなかった行動に、テツも目を丸くする。


『最近になってようやっとこのボディも完成した。これからはお前だけじゃない! 家族ファミリー全員で、お前の事をサポートする!』

『あ、テツだ』

『おかえりー』

『おかえりー』

『おかえりー』

『な! な? な!?』


 これまた視界に現れたのは、かつてのスミスのボディを思わせるロボットボディの団体である。


「他のメカニック・サポートAIにもボディを与えたんだよ。流石に人型アンドロイドボディは間に合わなかったから、ひとまずアルドロイドを改良したもので間に合わせている」


 レイジが補足する。

 ちなみにではあるが、それぞれ人格設定年齢を10歳~15歳程度にしている。というのも、少女と精神年齢が近い方が馴染みやすいだろうというレイジ判断だったりする。


「うあー!!」


 やがて、興奮したのか少女も声を上げた。

 見慣れない機械が並んでいるのだ。鍛冶師として血が騒ぐのかもしれない。


『お? 娘っこもやる気だな! よし、聞けばドワーフってのは鍛冶の天才って話じゃねぇか。どれほどの腕か、儂が見てやろうじゃねぇか!』


 スミスが少女の頭を撫でると、その動作が嬉しいのか今までにない笑みを浮かべている。

 しかし、二人の外見もあってどう見ても祖父と孫にしか見えない。

 ……全く血は繋がってないのに。


『おいおい、見てやるってそいつもメカニックやらせるつもりかよ』

『おうよ、儂の技術を叩き込んでやるさ。……尤も、いきなり儂らと同じことが出来るとは思ってねぇ。だから、アレを用意した』


 そう言ってスミスが披露したのは、部屋の片隅に用意された……鍛冶場である。


『わ、わざわざ作ったのかよ』

『おうよ。武器や装備だけじゃなく、設備そのものを作るってのもなかなか面白いもんだったな』


 ガハガハと笑うスミスの横で、少女は「むむーッ!」とやる気に満ちている。

 やがて、背負っていた巨大な荷物の中より、製作途中と思われる剣や斧等の武器を取り出した。

 どうやら、荷物の中身は作りかけの武器がほとんどらしい。


『なるほど、作りかけを完成させたいって訳か。面白れぇ……お前さんの腕、しかと見てやろうじゃねぇの』


 と言って二人揃って鍛冶場へ向かおうとしたのであるが、それを止めた者が居た。


「ちょい待ち! その前にその子に名前を付けるのが先だよ!」


 艦長たるレイジのその言葉に、全員がそういやそうだったと思い直す。

 こちらとしても、いつまでも少女明記だとめんどくさいので助かるところである。


「……プラム」


 レイジの言葉を少女は頭の中で反芻した。

 プラム。それが、レイジが少女に与えた名前だ。


「白金……プラチナから取ったんだ。そんでもって―――」


 次にレイジが指差したのは、今はおっさん姿のアンドロイドとなったスミスである。


「スミス、その姿の時は……ゴルド。ゴルド・スミスと名付けよう!」

『お、おお……』


 急に名前を与えられたスミスは、呆気にとられたように頷いた。


「更に―――」


 続いて指差したのは、テツであった。


「テツに正式な名前を与える。……クロガネ。クロガネ・スミスだ!」

『お、おお……』


 同じリアクションであった。流石は設定年齢は違うが同一AI。

 そう言えば、テツだけはスミスが適当に名付けたのであって、レイジが名付けたものでは無かったこと思い出す。

 クロガネ……漢字にすると、くろがねであるから、これまで同様のテツ呼称でも何の問題もない。


「最後に―――」


 レイジが指差したのは、少女ことプラムであった。


「君の正式名称はプラム・スミスとする!」


 よく意味の分かっていないプラムは、首をキョトンとさせているだけだったが、他の……ゴルドとクロガネは違う。


『おいおい、それって―――』

「ああ、この子を正式にお前たちに預ける。ファミリーの一員として迎えてやってくれ」


 レイジの言葉に、ゴルドはニヤリと笑みを浮かべる。同時にクロガネことテツも呆れたような顔つきとなった。


『ファミリー……スミス・ファミリーって事かい』

『言っとくが、俺らは人間の女の子なんて育てた事ねぇぞ。それでもいいのかよ』

「生活面とかは俺たちも協力するよ。ただ、俺たちはアルドラゴに居ない事が多いだろ。だから、君たちにこの子を頼みたいんだ」


 正式な役職を与えるか別として、プラムは戦闘班には配置できないし、するつもりもない。だとするなにらば、裏方代表としてスミスに預けるしかないのだ。


『おい娘っこ……いやプラムよ。それでもいいのか?』


「うー!!」


 大賛成とでも言うように、プラムは両手を上げている。

 その様子を見て、ゴルドはやれやれと苦笑する。


『面倒な事にはなっちまったが、この艦じゃ今更か。本当に退屈だけはさせない艦長だ』

『全くだ。普通、メカニックAIと人間を家族にさせるか? ……だが、まぁ任務は任務だからな』


 少女の事を最後まで面倒見ろ―――それは、こういう意味だったか。


『おし、そんじゃ新しい家族ファミリーの力、見せてもらおうか! 行くぞ行くぞプラム!』

「うおー!」


 まるで初孫でも出来たかのようにゴルドははしゃぎ、プラムを連れて新たに作られた鍛冶場へと向かっていった。


『やれやれ、同じAIだってのにみっともねぇ……』


 その様子を見てテツは恥ずかし気に目を背ける。


『いえ、もう彼と貴方は同じ存在ではありませんよ』


 いつの間にかテツの背後に立っていたのは、アルカであった。


『元は同じ存在であったとしても、肉体ボディ名前こせいを与えられれば、それは別の存在となります。ゴルドはゴルド、テツはテツです』

『……そういうもんかね』


 確かにテツ自身、ゴルドの事をどうしても同じ存在とは思えなかった。

 奇妙な感覚だ。

 それこそ、レイジが言う所のAIに魂が宿ったという事なのかもしれない。


「さて、ずっと見ているだけじゃなくて、そろそろ行ったらどうだ?」

『ああん、俺もか!?』

「だって、テツはスミス・ファミリーの長男だろ?」

『……そうなるのか。まぁいいさ。オラぁ、クソオヤジとチビ妹! 外の世界を見てアップロードされた俺の鍛冶能力を見せてやろうじゃねぇか!!』


 と、喜々した様子でテツも鍛冶場へと向かうのだった。


 何はともあれ、こうしてアルドラゴに新たなメンバーが加わったのであった。








~~あとがき~~


 ようやくテツ&プラム編完結。

 ちなみに漢字表記だと

 黄金(ゴルド)・スミス。

 白金(プラム)・スミス。

 黒鉄(クロガネ)・スミス。

 となります。

 他のスミス・ファミリーにもそれぞれ名前は与えてありますが、今は区別が付かないのでまたいずれ紹介できる機会にでも……。

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