227話 テツ初任務




「あ、ようやく連絡がついたね」


 テツの額に取り付けられているバイザーのモニターに映し出されたのは、我らが艦長ののほほんとした顔であった。

 タラスク撃破後からしばらく経った後のことだ。いい加減、艦長に現状を報告して、この後の行動の指示をもらうべしとなった。

 流石にそうせざる得ない事はテツ自身理解したこともあり、恐る恐るではあるが、こうして連絡を取った次第である。


『……おう』


 テツ自身、艦長とはまだしっかりと腹を割って話した経験は無い。

 よって印象としては、普段は頼りないがやるときはしっかりやるし、また怒ったらそれなりに怖いというイメージである。

 そんな艦長であるから、事の次第を報告した後にどんな処分を下されるか、想像が難しい。


「話は聞いたよ。初戦闘、初撃破おめでとう! グランアックスも無事に使いこなせたみたいで、ホッとしたよ」

『お、おう……』


 いろんな問題をすっとばして、まずは賞賛の言葉がやって来た。

 これには、流石に戸惑いを隠せない。


「戦った相手は録画で見たけど、タラスクだっけ。あんなのドラゴンじゃなくて本当にでかいワニじゃん。是非とも、リアルタイムで見たかったよ」


 興奮したようにワニについて話す艦長の姿に、テツもいい加減突っ込まざる得なくなった。


『あ、あのよ……』

「なんだい?」

『……俺の処分は結局どうなんだ?』


 いよいよそう尋ねると、艦長は難しそうに眉間にしわを寄せ、腕を組む。


「……ふぅむ」

『独断専行、艦長に対して不利益な行動。サポートAIにとってあるまじき行為だったと自覚している。さぁ、さっさと通告してくれ。……ある程度、覚悟はしている』


 そうは言っても、下される処分はデータ初期化だろうと推測はしている。

 記憶も何もかも真っ白な状態となり、元々の基本人格データのみとなる。そうなると戦闘経験値も初期化されてしまうが、テツの場合は戦闘に参加したこと自体一回だけなので、特に問題は無い筈だ。

 それに、覚えておかなくてはならない重大な記憶や記録というものもない。

 と仮定していたのだが―――


「いや、特にないけど?」


 なんとそんな言葉が返って来た。


『……はぁ?』

「詳しい話はルークから聞いているけど、ダァトの子を救ったんだろ? だったら良い事じゃん」


 なんだこれは?

 これが責任ある艦長の言葉なのか!?

 チラリと同じ画面を見ている筈のマークスに視線を向けるが、当の本人は目をそらして見ていない振りをしていやがる。……我関せずという事か。


『い、いや……良い事かもしれんが……艦長の承諾も得ず、勝手にやっていい事じゃないだろ』

「う……うん……。まあ、そういう見方も出来るね……」


 そう言うと、艦長は困ったような顔つきで曖昧な返事をする。

 すると、いい加減テツも声を荒げた。

 これは言ってやらねばなるまい。


『前から思っていたが、艦長アンタはお人よしが過ぎる! こんな碌な行動とらねぇAIなんて、さっさと処分しちまえばいいんだ! 大体、これまでだってとっとと俺に命令でもしていれば、戦闘デビューがこんなに遅くなる事も無かっただろう!!』

「う……ご、ごめんなさい」


 急に怒られた事で艦長は怯えたように縮こまってしまう。

 ……ちなみに立場としては、艦長であるレイジの方が圧倒的に上である。


『……なんでケイが謝ってんですか』


 と言ってモニターに現れたのは、長い青髪をなびかせた美女……副艦長であるアルカであった。

 その登場に、怒っていたテツも黙ってしまう。


『確かにテツの言う通りです。過度に気を遣って、話がこじれる場合もありますからね』

「すみません、その通りです」

『という事で、テツには処分を言い渡します』


 お人よしの艦長と違い、管理AIでもあるアルカは容赦するまい。

 今度こそ、明確な処分が下されるのだ。

 テツは覚悟をもって、下される処分の言葉を待った。


『お、おう……』




◆◆◆




 武器屋の店主……彼は、元々鍛冶職人の血筋であった。

 8代続く鍛冶職人であり、地元ではそれなりに有名な職人でもあった。

 が、その後に続く店主の男に、鍛冶職人としての才能は残念ながら無かった。小さな村故に、他に弟子入りしたいという者も現れず、鍛冶としての家系はその代で潰れることになる。

 尤も、職人の才能は無くとも、商人としての才能はそれなりにあった男は、父や祖父が作った武器を高く売る事に成功し、それを元手として大都市に店を構える事にした。

 だが、やはり商売というものはそんなに甘いものではない。安いからという理由で大きな通りから外れた裏路地に店を構えてしまう。当然ながら、客足はあまり多くない。このままでは潰れるのを待つだけとなってしまった。

 そんな中である。

 ただの気晴らしとして覗いてみたダァト商の店にて、あの少女を見つけた。


 思わず目を見張る。

 職人としては才能がなくとも、幼い頃から鍛冶を仕込まれた男である。

 少女の肉体にもかかわらず、鍛冶職人としての身体がしっかりと出来上がっていたのだ。

 しかも、手には重い槌を振り下ろし続けて出来たと思われるタコ。そして、手足に刻まれたいくつもの傷。

 これは、天が自分に与えた贈り物である。

 そう悟った男は、店を担保に借金をしてまで、その少女を買った。

 幸いな事に、まともな言葉も話せず、手足にひどい傷跡が残る少女は、所謂売れ残りであり、金額もそう高いものではなかった。

 言葉を喋れない故に、コミュニケーションに問題は出たが、なんとか少女に鍛冶をさせる事が出来た。


 目論見は見事成功。

 少女は立派にいくつもの武器を作り出してきた。それは、目利きの腕だけは負けないと自負している男の目から見ても、超一流と呼べるほどの出来であった。


 そこで、男が少女を大事に扱っていれば、少女も自分の力を存分に発揮できたかもしれない。


 だが、そうはならなかった。

 あまりにも、少女は超一流の鍛冶職人であり過ぎたのだ。


 自分には無かった才能と恵まれた肉体。

 それを二つ兼ね備えた少女に、男は嫉妬した。

 その結果が、少女を虐待するという形になった。

 少女にスゥダウスノロという名前を付け、まともな食事も与えず、ひたすらこき使った。


 その結果が―――


「わ、私を逮捕する……だと?」


 時刻は夕暮れ。

 武器屋の前で少女が戻ってくるのを今か今かと待ち構えていた店主の前に現れたのは、王国の執行役員を名乗る若い女性で、背後には武器を携えた兵士が二人並んで立っている。


「か、もしくは罰金刑ですね。およそ300万レン(約300万円)になります。どちらが良いかはお任せします」


 ビシッとしたスーツ(あくまでこの世界で言う所の)を着込んだ女性は、店主に冷淡に告げる。


「どういう事だ? 私が一体、何をした!?」

「ダァト保護条例の違反になります。ダァトに対する過度な体罰及び暴行行為は我が国の法律に反しています。よって200日の拘留、もしくは罰金となります」


 その言葉にドキリと反応してしまう。


「ば、馬鹿な! なんの証拠があって―――」

「実際、あのダァトの少女の身体を調べさせてもらいました。ダァト商会に登録してあった頃の記録から、傷が相当数増えていますね。それに、近所の方の証言もあります」


 事実であったから、店主は目に見えて狼狽えた。

 サッと周囲を見渡すと、何が起こったのかと興味津々の様子の一般市民や、他の店の店員たちの視線が突き刺さる。

 実際、堂々と暴行を加えていたわけでは無かったが、特に隠している訳では無かった。時には人前で殴ったり、物をぶつけた事もあっただろう。

 だが……だが……それでも、逮捕という言葉は想像の範囲外だ。

 何故ならば……


「な……な……そんなもの……どこの誰でもやって……」


 思わずそんな言葉が口から漏れる。

 すると、執行役員の女性の目がきらりと光った……ような気がした。


「おや、他にやっている人物を知っているのですか? では証言してください。訴えるのでしたら、証拠の提出もお願いします」

「な……!!」

「法で禁止されているものは、隠れて皆やっているとしても、やってはいけないものです。貴方はそれを破った。だから、罰を受けなければなりません」


 ダァト保護法。

 十数年前から施行された法律ではある。一部の貴族によるダァトの扱いに憤った一人の王族が、ダァトへの虐待を禁ずるために作ったものだ。

 尤も、元々ダァトを持たない一般市民には関係ないものだし、元よりダァトをまともに扱っている貴族や一部商人からすれば意味のないものだった。

 それに日ごろからダァトを虐待するような者は、ただ大っぴらに危害を加えなくなっただけで、裏では暴行は続いていたりする。

 役員たちも、わざわざ家の中まで入って監視するといった権限はない為、施行されたはいいが、あまり効果のない法律の筈だった。


 まさか、そんな形だけの法律のせいで、自分が逮捕されるというのか……。


 いや、逮捕はマズい。

 そんな事になれば、自分一人で経営しているこの店は潰れてしまう。もしこの店が潰れたとしたら、店を構える為に作った借金はどうすれば良い?

 だとすれば罰金しかないのだが、300万レンもの大金は手元にない。どうすればよいのか……。


「逮捕が嫌でしたら罰金刑となりますが、金額の用意は出来ませんか?」

「い、いや! 金は用意する! だから、逮捕だけは勘弁してほしい!」

「つまり、今は用意出来ないと……」

「くっ!」


 悲しいがそう言う事だ。

 こうなれば今ある武器を別の武器屋に売り払い、足りない部分はまた借金するしか道はない。

 武器屋に武器が無くては商売にならないが、背に腹は代えられないのだ。


「それでしたら……実はその罰金額を払っても良いという方がいらっしゃるのですよ」

「な、なにぃ!?」


 願っても無い事だ。

 だが、そんなうまい話がある訳が無い。


「ですが、それには条件があるそうです」

「……やはりな。それで、そいつの目的はなんだ? この店か?」

「いえ、今回の問題の発端となっている……ダァトの少女の所有権だそうです」

「な、なんだと!?」


『何を悩んでやがる。罰金は俺たちが払ってやるってんだ。てめぇにはプラスしかない条件だろうが』

「き、貴様は!?」


 路地裏から姿を現したのは、少し前に少女を連れ去った張本人である男……テツであった。


「そうか……通報したのは貴様らか。俺からあの娘を奪おうというのだな……」


 実際、この男たちが普通にこの娘を買いたいと言っても、男は首を縦に振らなかっただろう。

 あの娘は金の生る木。

 それをむざむざ手放す愚行を起こすはずが無い。

 だが、それが自分の安全と未来の為ならば?


「舐めた真似をしてくれたな! 残念だが、その手には乗らん!」

『……じゃあ、どうすんだ?』


 テツは鋭い眼光で男を睨みつける。


『借金して罰金を払うか? そんでまたアイツに武器を作らせて売るってか?』


 思わず口ごもる。

 反射的に拒絶したが、それしか方法も思いつかない。


「き、貴様には関係の無い事だ!」

『そんでまた言う事を聞かなかったら、力尽くで言う事聞かせるってか? そうなると、また元に戻るだけだわな』

「ちなみに言いますと、一度こうしてリストに載ってしまった以上、貴方には定期的に立ち入り検査を受ける義務が生じます。もし、彼女の傷が増えていたら……どうなるか分かりますよね?」

「うぐ……」


 執行役員の追撃に、さしもの男も反論する言葉が見つからず、黙らざるを得なかった。


『いい加減認めろ。そもそも、アイツがここでちゃんと平穏に暮らしていければ、それで何の問題も無かったんだ。俺たちにここまでさせたのは、普段のテメェの愚行のせいだってのを忘れるな』


「そ、そうまでして……あの娘の腕が欲しいのか? 確かに、あの娘の作る武器があれば、今後の生活で困る事はあるまい!」

『………』


 普通の人間であれば、ここでブチっと切れていたかもしれない。

 いや、実際には人間の人格モデルを使用したAIであれば、人間と変わりない思考回路を持つ。

 すると、どうなるか……


『おい、いいもの見せてやる』


 テツは静かな口調ででそう言うと店の中へ入り、すぐに出てきた。出てきた彼の手には、一本の斧が握られていた。

 危害を加える気か? と警戒する男と兵士二人だったが、テツはその斧をポイと宙に向かって投げる。

 そして、いつの間にか取り出していた自身の斧―――グランアックスでもってその投げた斧を一閃したのだ。


「「「「な――――――」」」」


 その場にいたテツ以外の人間が、唖然とした。

 宙に向かって投げられた斧は、刃から柄にかけて、真っ二つに綺麗に切断されていたのだ。

 武器の中で最も刃の部分が分厚い斧が、砕けるわけでも無く切断面も綺麗に切れる瞬間など、4人は初めて見た。

 しかも、切られた斧は固定すらしていないのである。


『こいつは、あのガキが作った斧で間違いないな。それを簡単に両断できる武器を俺は持っている。……そんな俺が、なんで武器を作る腕目当てでお前さんから奪う必要がある?』

「そ、そんな武器……どこで手に入れた?」

『あぁん? 俺が作ったんだよ。文句あるか?』

「う、嘘だ。人間の手で、そんなものが作れるはずが無い……」


 圧倒的な切れ味を持つ武器。それを自ら作ったと言われ、自身の目利きの力、そして前回鍛冶の腕を否定されたことで、男は完全に打ちのめされてしまった。

 そのままガクリと力を失って崩れ落ちた所を、両サイドから兵士二人が支える。


「まぁどちらにしろ、詳しい話は聞く必要がありますから、このまま連行します。一晩で帰れますから、そこは安心してください」


 という事で、店主の男は力を失ったまま兵士に引きずられて行った。


 一人残されたテツが、『あ、店が開いたままだ』と気付くと、店の中より騒ぎの張本人である少女が現れ、店の立て札をOPENからCLOSEにする。

 そのテキパキとした動作に、鍛冶だけでなく店番まで担当していたのかと実感した。


『おいガキンチョ、話は聞いていただろうが、これでお前は晴れて自由の身だ。後は好きにしていいぞ』

「うー」

『あ? ダァトの首輪の事気にしてんのか? んなもん、俺が壊して―――』


『駄目ですよテツさん。艦長から言われた指令は、ちゃんと果たさないと』


 すると、今まで完全に気配を消していた男……マークスが声を発する。

 こっそりと店の中で待機していたらしい。


『ぐ……ウザってぇな』


 ポリポリと頬を掻き、テツは少女に向き合った。


『艦長……上司からの命令でな。お前さんの事を最後まで面倒見ろと言われている。それでももし、お前がこの店に残るか、別の所に行きたいというのなら―――』

「うー!」


 流石のテツでも、今の「うー!」の言葉の意味は理解出来た。


『……ああ、そうかい。じゃあ、うちに来るか?』

「うー?」


 良いのか? と、困ったような顔をする。


『良いんだよ。こちらとしては、上司の命令だからな』


 テツは屈んで少女と視線を合わせると、目の前に右手を掲げた。


『ほら、叩け』


 少女はじわりと目尻に涙を浮かべ、その掲げられた掌を自らの小さな手をペチンと叩いたのだった。







~~あとがき~~


 前回テツ編は完結と書きましたが……無理でした。

 最後まで書くと一万文字以上という文字数となってしまったので、二つに分ける形になりました。後半部分もほぼ出来ているので、近いうちに公開できる筈です。

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