226話 テツ初陣




 周囲に響き渡る地響きと唸り声。

 その音と共に姿を現したのは、巨大なサソリ型魔獣……スコルピオの群れであった。

 現れたスコルピオの数は、目視できる範囲では12体。

 バイザーに表示される反応では、砂中にまだ7体。

 実質的な初陣の相手にしては、かなりハードな相手となるだろう。


 だが、テツは人間とは違う。

 戦闘に関する緊張は一切感じないし、敵に対する恐怖感も無い。

 それに言ってしまえば戦闘の勝利が最大目標ではないのだ。

 彼の目的は、この場にルークとマークスが現れるまでの時間稼ぎ。

 それまで、背後に居る少女を守り切ればよい。


『とは言え、だからって負けるつもりもねぇけどな』


 テツは不敵に笑って、肩に担いでいた巨大な斧……グランアックスの刃を構えるでもなく、大地に接面させる。

 背後の岩場に隠れていたドワーフの少女は、ふと首を傾げた。

 砂の上に置かれた刃を中心として、テツの周りにある砂が奇妙な動きをしていたのだ。


 まるで、刃に砂が吸い込まれているような……


「キシャアアアッ!!」

『オラァッ!!』


 目の前に位置するスコルピオの鋏がテツに向かって振り下ろされる。

 それを、テツはグランアックスを振り上げて対応する。


 鋼よりも強固なはずのスコルピオの甲殻は、まるでバターでも切るかのようにあっさりと切断され、振り下ろされた鋏は宙を舞う。

 だが、斧を振り払った体勢のままのテツ目がけて、スコルピオは巨大な尾に組み込まれた毒針を振り下ろす。

 普通の人間であれば、そのまま毒針は頭に突き刺さり、頭蓋骨から顎を貫通していた事だろう。

 が、当然ながらテツは普通でも無ければ、人間でもない。


『ムンッ!』


 テツは振り下ろされた毒針を頭突きで受け止めた……いや、打ち返した。

 一応補足しておくと、毒針を受け止めたのは強固な装甲で出来た額のバイザーである。だが、並の人間がそんな事をすれば確実に脳震盪を起こす。……というか、下手すりゃ死んでいる。

 頭部に脳みそと呼ばれるものが詰まっていないアンドロイドだから出来る芸当である。


『俺の記念すべき初相手にして、初撃破相手だ』


 振り払って頭上に位置している斧を両手で握り、テツは一気に振り下ろした。

 念のため補足しておくと、斧は巨大と言っても成人男性の上半身程度の大きさである。そんな刃渡りで、3メートル以上もあるスコルピオを両断出来たりはしない。

 その筈だが、テツが斧を振り下ろした瞬間、一瞬だけ刃が5メートル程に巨大化したのだ。

 自身よりも大きな刃によってスコルピオは全身を一刀両断され、そのまま魔素と化してしまった。

 巨大化した刃であるが、スコルピオを切り裂いた直後には、刀身が砂へと変化して、そのまま周囲に散っていった。


 これぞグランアックスの特性である。

 周囲の土、石、砂、コンクリートを取り込み、一時的に刃を巨大化させる事が出来る。吸収した物質が硬ければ硬いほど巨大化は長続きするが、今回のように砂であれば一振り程度が限界である。

 だが、今回の戦場は砂漠。一面……砂、砂、砂だらけ。流石にこれだけ砂があれば、問題は特にない。

 今はただ、斬って斬って斬りまくるだけだ。


『オラァァッ! かかってこいやぁっ!!』


 そうして数体のスコルピオを斬り裂き続けていたのは良いのだが、時間が経ち、少しずつテツに焦りというものが生まれ始めていた。

 刃振り回しているのは良いが、次第に敵に当たらなくなってきたのだ。


 ……これが、戦闘経験の全くないアンドロイドの欠点と言えるだろう。

 戦闘技能そのものは既にインストールされているが、それを引き出すための手段コマンドをテツは理解出来ていない。

 格闘ゲーム……いや、この場合は無双系アクションゲームと言った方が分かりやすいだろう。そのゲームで、ただ一つのボタンを押し続けているに過ぎない。

 最初こそデタラメなボタン操作でも対応できていたが、敵の知能が上がればそんなデタラメ操作は通じない。

 振り下ろされた刃は空を切り、斬ったとしても僅かに脚の先を斬り飛ばす程度なのだ。


(チッ! どうしたら良い? このままじゃらちが明かねぇぞ)


 アンドロイドであるテツには体力というものは存在しない。

 だが、内蔵されている魔力エネルギーが尽きれば、それで機能停止に陥ってしまう。

 無論、単純計算で丸三日は持つエネルギーが蓄えられているが、こうして武装にエネルギーを使えばその分消費も激しい。

 何より、背後の岩場に隠れているドワーフ少女の為にも、そんなに長く戦っている訳にはいかないのだ。


(早く来いよ!)


 あれから結構な時間が経つというのに一向に姿を現さないルークとマークスに、テツは内心激しく苛立っていた。

 今にして思えば、スコルピオの群れを確認した時点で、少女を連れてさっさと逃げ出せばよかったのだ。

 レイジたちがあっさり倒している事もあって、そんなに難しくないだろうと思ってしまったのは短慮だったと言えよう。

 既に逃げ出すタイミングは逃している。後は、テツが消耗し過ぎるまでに援軍が到着するのを待つ事しか出来ないのだ。


 そうしていると、背後より一体のスコルピオがテツに最接近してきた。


『チッ、許可なく近寄ってんじゃねぇよ!』


 斧では間に合わず、咄嗟に蹴りを放とうとしたのだが、それが悪手だった。

 意図せず脚部に仕込まれたジャンプブーツが発動してしまい、スコルピオを蹴り飛ばすのと同時に反動でテツの身体は大きく吹き飛んでしまったのだ。


(―――マズい!)


 数十メートルを一気に飛んだせいで、スコルピオの群れから逃れる事は出来た。

 だが、今回は逃げる事が目的ではない。

 それに、自分が居なくなったことで、スコルピオたちの攻撃の対象があの少女へと移ってしまう危険性がある。

 ……いや、事実として数体のスコルピオは対象を移したらしい。


『クソ! 逃げろォ!!』


 思わず怒鳴るが、果たして少女に声が届いているかどうか……。

 それに逃げ出す事に成功したとして、あの少女の足でスコルピオから逃げ切る事が可能かどうか難しいところである。

 ならば、すぐにジャンプブーツを再発動して、あの場に戻るしかあるまい。


 そうしようとした所……


 テツの視界に空を駆ける黒い影が映る。 


『チッ、ようやく来たか』

『助けに来たというのに、舌打ちとは何ですか』


 バイザーの通信機能より、聞き覚えのある声が届く。


 その黒い影―――マークスは、少女が隠れる岩場の前に降り立つと、両腕を大きく広げ、胸の前で勢いよく交差させる。

 すると、周囲を取り囲んでいたスコルピオの群れは次々に肉体を細切れにされ、そのまま魔素と化して散っていった。


 これぞ、マークスが持つ武装……シュレッダーグローブの特性である。

 指より魔力の糸を伸ばし、それを一瞬だけ鋭利な刃へと変化させる。……所謂、鋼糸こうしと呼ばれる浪漫武器なのだが、既にマークスは多くの実戦を経て、己が技へと昇華させていた。


 生き残ったスコルピオも、勝てないと判断して逃げ出そうとしたが、その隙すらマークスは与えない。

 指を軽く振るだけでスコルピオの肉体は簡単に切断されていく。

 テツが、一体倒すのにあれだけ苦労したのが嘘のようだ。


「うあーうあー!!」


 やがて脅威がなくなった事を察知したのか、ドワーフ少女が岩の陰より出てきて、興奮したように飛び跳ねている。


『いえいえ、あくまでこの武装を作り出したメカニックが凄いのであって、私の力など大したものではありませんよ』


 と、キザったらしくコート型のユニフォームをひるがえし、指で眼鏡をくいと上げる。

 ちなみに、あの眼鏡は簡易型のバイザーであり、通信と索敵機能が付いている代物だ。


『まぁいい。とにかく……なんとか生き延びたか』


 ジャンプブーツによって戻ったテツが、そんな声を掛ける。

 ルークが居ないのは気になるが、ようやく援軍が来たので不慣れな戦闘もこれで終了だ。

 が、マークスは残念そうに首を横に振る。


『いえ、それがですね……上から見たところ、結構厄介な事になっていまして……』

『あん、厄介?』


 どういう意味だと詰問しようとすると、ピピピとバイザーに反応があった。

 敵性反応。

 それも……かなりでかい。


『馬鹿な! なんでこんなでかいのが今頃!?』

『どうも、地中を移動するタイプは、反応が鈍くなるようですね。新たな発見とも言えます』

『いや、そんな事言ってる場合じゃねぇ。とっとと逃げるぞ!』

『……悲しいですが、そんな簡単にはいかないようですよ』


 マークスがそう言った途端、いきなりドーンという衝撃音と共に地面が吹き飛んだ。

 二人は咄嗟に少女の身体を抱きかかえて飛ぶ。

 そして、上空から見た。

 今まで三人が居た場所を丸ごと飲み込むほどの巨大なあぎと

 全長は100メートルほどありそうな巨大な魔獣がそこに居た。


『データ照合……ルーベリー王国で確認された魔獣の中でも上位の個体のようですね。

 個体名

 ドラゴンタイプの亜種と書かれていますが、どう見てもアレはわにですね』


 確かに外見からはドラゴンに見えなくもないが、レイジから受け取った地球の資料にはもっと似ている動物が確認されている。

 それこそワニ。

 頭部……特に口がでかく、手足が短く地面を這うように移動する姿勢。

 レイジが見れば、ワニだワニだ! と興奮した事だろう。散々伝説の生物を見ている中、普通のでかい動物はさぞかし新鮮に感じる事だろう。


『こんなものを引き連れたまま逃げれば、都市部の近くにコイツを誘導する事になります』

『じゃあどうするんだ!?』

『ええと……倒すしかないのでは?』

『倒す!? あんな馬鹿でかいのを!?』

艦長マスターたちは、あれの数倍でかい魔獣を倒した実績があるようですよ』

『マジかよ? すげぇな艦長!』

『ともあれ、データによればタラスクに遠距離攻撃能力は無いようです。距離を取って戦えば、我々でも勝てるのでは?』

『距離を取るって言っても、俺の斧じゃ届かんぞ。お前の糸なら届くのか?』

『……やってみますか』


 ジャンプブーツで跳びあがったまま、再びマークスは両腕を大きく広げ胸の前で交差させる。

 その途端、キラリと十本の線が煌めき、巨大ワニことタラスクへと向かっていく。

 ―――が、


『……駄目ですね』

『あ?』

『装甲……いえ、皮膚が硬すぎます。私の糸が弾かれます』

『いやいやいや! 現状、お前の糸しか届く武器が無いだろうが! それで通じませんでしたとかナシだろうよ!』

『そうは言いましても、通じないものは通じませんから』


 いくらあらゆるものを切断できる魔力の糸と言っても、限度があるのが現状だ。

 スコルピオの甲殻程度ならば切断できても、あのサイズの皮膚となれば厚さも相当なものだろう。それを切断しようとするなら、レイジの持つ剣か同等の破壊力を持つ武器が必要になる。

 となると……


「うーうー」


 と、テツに抱きかかえられていた少女が、彼が背負っている斧……グランアックスをぺちぺちと叩いたのだった。


『ああん?』

「うあーあー」


 視線を向けると、グランアックスを叩いた後、腕を大きく広げるアクションをとっている。

 テツが何のことか分からずに困惑していると……


『やはりそれしかないですか』

『おめぇ理解出来たのか?』

『というか、現状取れる手段はそれしかないと思っていました。テツさんのグランアックスで叩き斬るしか、勝ち目はありませんね』

『ああん!? あんなでかいヤツ相手にこんな斧が通用するかよ!』

『いえ、そのサイズが無理なら、大きくすれば良いのです』

『……は?』


 グランアックスは元々スミスの工房で作られた武装。人格が形成される前のテツ自身が製作に携わっている筈なのに、なんと察しの悪い事か。


『グランアックスは、砂を取り込んで刃を巨大化出来る筈です。やろうと思えば、数10メートルにまで巨大化させる事が出来ます。という事で、テツさんの出番ですよ』


 そう言われて、テツはようやく理解した。

 つまり、アレをぶった斬るサイズの刃を今から作って、それで実際にぶった斬らなければならないらしい。

 ……自分が。


『ば、馬鹿言え! あんなでかいサイズとなったら、とんでもなく時間が掛かるぞ! それに、作るのに飛んでいたら無理だ』


 つまり、時間のかかる砂の吸収と刃の精製を、実際に地面に足を付けてやらなければならない。

 それも、あの巨大ワニの目前で。


『単刀直入に聞きますと、作るのにどれぐらいかかりますか?』


 真剣な様子のマークスの声に、どうやらマジらしいと悟る。


『5分……いや、3分あればギリギリ行けるか……』

『……分かりました。では、3分間なんとか時間を稼いでみます。後は頼みましたよ』

『お、おい! 稼ぐったってお前の糸は通用しねぇんだろ?』

『まぁなんとか一糸報いっしむくいてやりますよ。とにかく、トドメは任せましたからね』


 そう言ってマークスはジャンプブーツのホバリングを止め、巨大ワニことタラスク目がけて急降下していく。

 唯一の武装であるシュレッダーグローブが通用しない以上、マークスに戦う手段は無い……かと思われた。


『糸が通じないのでしたら……まとめて束にしたらどうですか?』


 マークスは両手を手刀の形に整え、指の先から出た魔力の糸を何重にも纏わせていく。

 こうして完成した魔力の糸で束ねた刃……即興で名付けるなら、


『ハンドスライサー!』


 両腕の手刀を巨大ワニことタラスクの背中へと突き立てる。

 今度は弾かれる事もなく、装甲のような皮膚を貫きタラスクの体内に潜む魔力の粒子を飛び散らせていく。


 良し!

 と、タラスクの背中で会心の笑を浮かべていると、その様子を見ていたテツより通信が入る。


『やるじゃねぇか! そのままやっちまえよ!』

『残念ですが、これ以上刃は伸ばせません。つまり、急所には到底届かないという事です。理解出来たら、テツさんはテツさんの仕事をしてください!』

『……しゃあねぇ! 分かったよ!!』


 その調子でマークスはタラスクの皮膚を切り裂き続け、注意を引き付けていく。

 一方のテツと言えば、タラスクより少し離れた場所にてグランアックスを大地に突き立て、周囲の砂を刃へと取り込んでいく。

 少しずつとは言え、周囲の砂が消えていく様子にタラスクが気付くのも時間の問題と言えた。

 やがて、ハンドスライサーで切りつけ続けるマークスを無視し、そのままドスンドスンと巨体を踏み鳴らしながらテツへと突進していく。どうやら、不可思議な現象の張本人として認識したらしい。


 だが、もう遅い。


『ぬおおおおっっっ!!!』


 テツが大地に突き立てたグランアックスを持ち上げると、そのまま大地そのものが浮き上がり……いや、砂で出来た超巨大な刃が塔の如く天に向かってそびえ立ったのだ。

 いくら砂とは言え、重量は相当なものだ。アンドロイドとしてのパワーとアーマードスーツの機能をもってしても、出来るのは持ち上げる事だけ。

 ……とは言え、やるべき事はこれでもう終わりだ。

 つまり、後はこれをただ地面に向かって倒せばいい。


『つー訳で、じゃあな!!』


 タラスクがそれに自分を仕留めるだけの力がある事に気付いた時、既に塔……いや巨大なグランアックスは倒れ始めていた。

 自身の身体があれだけ巨大なだけあって、タラスク自身も容易には避ける事は出来なかった。

 振り下ろされた刃はタラスクの巨体を見事に一刀両断したのだ。

 その途端、刃を形成していた砂もバァンと一気に飛び散り、周囲はちょっとした砂嵐のようになる。

 まぁ、街からは比較的離れているし、被害はないだろう。……多分。


『俺の初撃破は、あの巨大ワニってことにしよう』

『……それ、ちょっとずるくないですか?』


 大量の砂を被りながら、二人はそんな会話を交わしていた。

 その横で、ドワーフの少女は嬉しそうに空を見上げている。

 あの巨体を作り上げていた膨大な量の魔素が、天に向かって舞うように散っていく。

 その光景は実に美しかった。







~~あとがき~~


 書き始めた当初は半分くらいで戦闘は終了の予定でした。

 それが気付けば全編戦闘……。


 次回でテツ編はひとまず完結となります。ドワーフ少女の処遇やいかに……。

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