225話 オヤジ




『ドワーフというのは艦長マスターの知識によると……ええと、本人を目の前にして言いにくいのですが、ええと……』


 胴長短足、全身毛むくじゃらで髭ぼーぼー……さしものマークスも口にすることは憚られた。

 見た感じ、幼い容姿な事もあってそのような特徴は見受けられない。

 というか……


『ドワーフというのは、女性が存在するのですか?』


 少女に聞こえぬよう小さな声で尋ねる。すると、ルークも同様に小さ声で返答する。


『ううん……リーダーの知識によるとその辺の情報は薄いんだよねぇ。大概の作品には出てこないみたいだけど。

 まぁ、エルフのゲイルにーとかヴァンパイアのヴィオねーが少し違うみたいに、本当のドワーフも実はこういう感じなんじゃないのかな?』


 レイジが持っていたエルフの知識と言えば、耳が長く、長命で、弓が得意。それぐらいであった為、比較的イメージと同じであった。

 だが、ヴァンパイアであるヴィオは、太陽光は別に平気、十字架も平気、別に血を吸わなきゃ生きられないわけじゃないと型を破った存在であった。


 だとするなら、毛むくじゃらではなく女のドワーフが存在しても不思議ではないのかもしれない。


『んで、そのドワーフだからなんだってんだ?』


 テツが尋ねる。


『いや、リーダーの方針でさ、この世界にやってきた異世界人が居て、帰りたいとか思っていたらアルドラゴで保護するって話だったけども……』


 三人の視線が少女へと向く。

 この少女がドワーフである以上、異世界人なのは確かなようだ。だが、異世界人だからと誰もかれもアルドラゴで保護するつもりはない。

 もし、この少女がこの世界の生活に満足していて、帰りたくないと言うのであれば、その意思は尊重される。

 なのであるが……


「………?」


 先程から「うー」としか言葉を発さない少女は、愛らしく首を傾げていた。

 そう、言葉を発せない少女に、自分が今現在どういった状況なのか説明しろというのは、かなりの無理難題ではないかと言えた。


『……悲しい事に、アルドラゴには人の心を読むとか、そういったアイテムは存在しませんからね。この少女が何を思っているのか、我々には分かりません』

『ええとこういった場合は、手話とか……』

『ルーク様、貴方には手話の知識が存在しますか?』

『……リーダーも知らないんだから、ある訳ないよね』

『それに、仮に知識があったとしても、大きな問題があります』

『問題って?』

『そもそもの話、この少女が手話を知っていなければ、会話になりません』

『あ、そっか……』


 手話というのは、そもそも艦長たるレイジの世界の会話方法である。この世界にはそれに代わるものは今のところ存在しないのだ。


『……つーかよ、文字で書かせれば良いんじゃねぇか?』

『『それだ!!』』


 テツの呆れたような言葉に、二人は思わず手を打った。

 そうだった。

 最も簡単な言葉を使わない会話方法を忘れていた。


 だが、ここでちょっとした心配がよぎる。


『レディ……貴女、この世界の文字を書くことが出来ますか?』


 相手は7歳程度の少女。

 文字がある文化圏に住んでいれば、かろうじて読み書きも出来る年齢だろう。

 だが、それはこの世界の……という条件がある。

 やはり、その部分がうまく通じなかったようで、少女は困ったような顔を浮かべた。


『なんでもいいから、試しに自分の名前書いてみろや。ほれ』


 テツは自身の足元の地面を指で叩き、ここに書いてみろと示す。

 少女は戸惑った様子であるが、言われた通りに地面を指でなぞるのだった。

 その結果―――


『分かりませんね』


 書かれた文字らしきものは、自分たちの知識にある、どの文化圏の文字とも異なるものだった。


 正に、八方塞がり。

 どうするべきか……と途方に暮れていた三人であったが、そこへ声が飛ぶ。


「やっと見つけたぞ! こんなところに居たか!!」


 声と共にやって来たのは、先程の小太りの武器屋の店主であった。

 店主は、ルークやテツの顔を見ると嫌そうな顔を浮かべたが、やがて毅然とした表情でこちらに向かってきた。


『失礼ですが、この子の関係者の方でしょうか?』


 マークスが一歩前に出て尋ねると、店主の男も歩みを止めた。


「関係者も何も……いや、そもそもアンタらは何者だ? その子に何をするつもりだ?」

『いえ、この通りを歩いていたら、その子が彼に向かって急に飛びついてきたものでしてね。

 聞くところによると、彼が父親に似ているとか。てっきり迷子かと思い、どうしようかと思っていたところです』

「聞くところ? まさか、話が出来たのか!?」

『いえ、あくまでこちらの質問に頷いただけですよ。……ところで、貴方はこの子の何でしょうか?』


 店主の男は少しの間悩んでいた様子だが、やがて絞り出すように言葉を吐いた。


「……ち、父親だ」

『『『………』』』


 ……絶対嘘だ。

 まず、肌の色も髪の色も瞳の色も、外見のなにもかもが似ていない。

 何より、この子がドワーフだとしたら、父親であるこの男もドワーフの筈。だが、ルークはこの男をただの現地人だと認定していた。

 つまり、血縁者というのは嘘だ。


 やがて、信じさせるのは無理があると悟ったらしい店主は、やや投げやりになって言い放つ。


「わ、分かった。血縁というのは確かに違う。その子は。つまり、私の所有物だ」

『……なるほど』


 ダァト……つまりは、この世界で奴隷と同じ意味の言葉である。

 見れば、確かにこの少女の首には、襟の大きい服で見えづらかったが、ダァトの証である首輪が取り付けられていた。


「私の物だという証拠もある。さあ、早くその子を渡してもらおう」


 男は苛々した様子でこちらに詰め寄ってくる。

 確かにダァトはこの世界で認められた文化ではある。だが、普通の論理感で言えばあまり好ましい文化とは言えない。

 それは、この世界の一般の論理感と一緒であり、ダァトをおおっぴらに所有しているという事実は、誇れるものではなかったりする。

 だから、このような大都市に居を構える者は、大抵ダァトを所有しない……か、あるいは所有していても表に出さないものが大半だ。

 それを小さな通りとは言え、大きな声でダァトを所有していますというのは、なかなか恥を感じる行為とも言えた。


 ところで、困ってしまったのはこちらの三人だ。

 この男が、単純な悪人であるのなら、力尽くで解決すれば済む話である。

 だが、ダァトの所有者という正式な権利があるのならば、この少女を引き渡すのは間違いではない。


 しばしの逡巡の後、言葉を発したのはテツであった。


『……仕方ねぇ』

『テツ?』

『この世界のルールだ。コイツがあのオッサンのものである以上、渡すのが正解だ』

『……うん、そうなんだけどさぁ』


 テツの言っていることは正しい。

 だが、こうも考えてしまう。


 この時、レイジが傍に居れば、何と言っただろうか。

 彼ならば、どういう対処をしたのか? それが決して正解ではないのだろうが、どうしても考えてしまう。


『ほら、ガキんちょ。親じゃねぇが、お前の家に帰る時間だぞ』


 と、テツが少女の背中を押そうとすると……


「うー……」


 少女はテツの足にしがみつき、今にも泣きそうな目でこちらを見上げているではないか。


『………』


 その顔見た途端、テツの中に言いようのないモノがこみ上げてくる。

 それは、肉体を持って以降、初めて感じた感情の爆発であった。


『……悪いな』


 その言葉を聞いて、少女の顔が悲しげに歪む。

 が……


『悪いな二人とも。このガキ、ちょっと預かるぜ』

『へ?』

『テツ?』


 テツは少女の身体を持ち上げると、なんとユニフォームに標準装備されていたジャンプブーツを発動させ、その場から跳びあがり、あっという間に姿を消してしまったのだった。


『『………』』


 その様子を呆気に取られて見守る事しか出来なかったルークとマークスの二人。

 いや、同じ装備を身に着けているのだ。その気になれば、追随する事も出来たし、動きを封じる事だって可能だった。

 だが、あまりにも予想外の出来事に、二人は動くことが出来なかったのだ。


「な、何を!? こら!! 戻ってこい!!」


 結果的に武器屋の店主が最初に事態に反応したのだった。


「貴様らどういうつもりだ!? あれは私の正式な所有物だぞ! それを奪おうというのなら、領主に掛け合って―――」


 怒り狂う店主に向かって、マークスはあくまで冷静に返答した。


『あぁええとすみません。まぁ彼については問題ありません』

「何が問題ないだ!」

『いえ、本当に問題ありません。しばらくしたら、すぐに戻ってくるでしょう。我々は、そういうものですから』

「???」


 AIとアンドロイドボディを使用している以上、本格的な反乱など出来る筈もない。

 最悪の場合、レイジに連絡して強制的に命令して帰還させれば良いだけの事。

 尤も、その必要はないだろうことはマークスにも予想が出来た。


 それよりも先に確認することがある。


『ところで、あの子の事をスゥダと呼んでいましたが、それは名前でしょうか?』

「む? そ、そうだが……」

『名付けたのは、貴方で間違いないですか?』

「あ、ああ……」

『ルーク様』

『うん、そういう事みたいだね』


 スゥダ。

 この国では聞き馴染みのない言葉……いや、ほとんど知っている者は居ないだろう。

 かなりの田舎地方の方言の一つで、を意味する言葉だ。

 ルークたちは翻訳機能によってその言葉の意味を理解出来た訳だが、普通の者が聞いてもその言葉の意味を理解する事は出来ないだろう。

 ダァトとは言え、そんな名前を名付けている以上、あの少女がこの男の元でどういった処遇を受けているのか、想像するのは難しくない。


 二人は頷きあい、自分たちの取るべき行動を理解した。




◆◆◆




『あーあ、ウゼェことになっちまいやがった』


 街から少し離れた砂漠にある岩場。その岩の一つに腰かけ、テツは深い溜息を吐いた。

 チラリと視線を横に向ければ、例のドワーフ少女が辺りを楽しそうに走り回っている。

 推測ではあるが、走り回る……なんて自由を与えられる機会もそうそう無いのではないかと思われる。


 少女の首にある戒めの首輪……あれは、データによると所有者に絶対服従するため、逆らうと痛みが走る絡繰からくりが仕込まれているのだとか。

 が、それも一定の距離内だけの話。ここまで所有者と距離が開いてしまえば、その絡繰りとやら(恐らくは電波)も届くことも無い。


『……なんでまた、こんな事しちまったのかねぇ』


 自問する。

 正直、自分でもよくわかっていなかった。

 あの時、自分の中に発生した感情の膨大な量によって、頭がパンクしそうになった。そして、咄嗟に少女を抱きかかえて逃げ出した。

 それが結果だ。


『ま、要は時間稼ぎみたいなもんか』


 自分はあくまでAI。

 こうして艦の外で活動しているが、きっちり見えない魔力の糸によって繋がれている立場。

 強制命令権を発動させられれば、それに従うしかない。

 まぁ、今の行動が別に艦長の命令に反しているわけではないが、不利益になる行動なのは間違いない。

 そうなれば、データも初期化されるだろうし、いよいよもってお役御免となるのか……。


『……それでも別にいいか』


 元々、今の立場を素直に受け入れていたわけではない。

 渋々。

 嫌々。

 なんでメカニックである自分が、戦いの場に出向く必要がある?

 の命令であるから、仕方なく受け入れはしたが、心から望んでいないものにやる気を見いだせる筈もない。


 そう、諸悪の根源はあのオヤジなのだ。


『クソオヤジが……』


 思わずそう呟くと、その言葉を聞いたのかドワーフ少女が近寄って来た。


『おい、言っとくが、俺はお前のオヤジじゃねぇからな』

「うー」


 そう言うと、少女は悲しげな顔付きとなる。

 とは言え、彼女の幼いながらに心の中では分かっているのではないかと思う。

 この世界に来てどれほどの年月が経っているのかは不明だが、こんな形で父親が目の前に現れる筈がないという事に。


『何の気の迷いか、お前を連れ出しちまった。……まぁ、所詮は僅かな時間の自由だと思っとけ。俺がお前を救ったとか、勝手に思うなよな』

「うー」


 これまた悲しげに頷くのだった。

 ひょっとしたら、見た目以上に頭の良い子なのかもしれない。


 だとするならば、個人的な興味で聞いておきたい事がある。


『おい、あの店の武器……打ったのは、お前だろ』

「!!」


 そう言うと、少女は驚いたような顔つきとなる。


『驚くことじゃねぇ。抱きかかえた時に、お前の筋肉は見た目以上にある事は分かった。それに、ドワーフってのは、伝説によると鍛冶の天才って話じゃねぇか。なら、納得は出来る』


 後半の言葉の意味は理解出来なかったようだが、少女は頷いて見せた。

 普通ならば、あの精度の武器をこんな少女が打ったと言われて信じる者は数少ないだろう。

 だが、様々な状況証拠が今の結論を導いている。

 また言わなかったが、少女の身体には無数の傷跡がある。

 腕に刻まれたものは、鍛冶の過程で生まれたものだろう。だが、それ以外に背中や腹部にある様々な打撲痕。

 少女があの武器屋でどういった境遇にあったのか……想像するのは簡単だ。


 ……これで本当に助けられたら……そう思ってしまうのは、まだまともな思考回路を持つ証拠なのだろう。

 まったく、所詮はAIだというのに、どうしてまたこのような論理感を持ち合わせているのか……。


『武器を作るのは好きか?』


 ちょっと迷った所で、コクコクと頷いた。


『鍛冶技術は親父に習ったのか?』


 コクコクと頷く少女。

 ……全く、そこまで一緒か。尤も、違う点が一つある。


『お前、自分の親父の事が好きなのか?』


 コクコクと、満面の笑みで頷く。


『ケッ! 俺は嫌いだね』


 ちょっと前までは嫌いという訳では無かった。

 むしろ、そこまで父として意識していたわけではない。

 あくまでも、自分の上位AI。自分と同一の思考回路を持ち、司令塔となる存在。そこに疑問を持つことは無かった。

 それがこうなってしまったのは、あの言葉のせいだろう。


―――『あいよ。言われた通り、協力するとするわ…………コイツが』

―――『コイツの事はそうだな……今何やってたんだ? 鉄を加工していたのか、じゃあテツとでも呼んでやってくれ。ガッハッハ! テツよ、スミス一家の代表として精一杯頑張ってこい。何、アームが一本無くなっても特に差し障りは無い』


 あの言葉がきっかけで、自我が目覚めた。

 自分という存在を認識した。


 それが好ましい事だったのかは、今のところ分かっていない。


 それでも……何も意識することなく、ひたすらにアイテムやビークルを作っていた頃は楽しかった。

 今にして思えば、そう思える。


 意識データを初期化されるのは仕方ないが、今の気持ちのまま、また新たにアイテムを作ってみたい。

 それだけが、心残りであった。


『!!』


 そう思った所で、額に取り付けているバイザーがピピピと反応した。

 敵性反応。

 どうも、この付近の魔獣が自分たちを発見したらしい。


 困惑している少女を岩場の上に移動させると、その頭に手を置いた。


『おう、ちょっと片付けてくるから待ってろ』


 そして、ジャケットの裏側に手を入れると、そこに備え付けられているアイテムボックスより武器を取り出す。

 自身の専用武器として与えられた斧状の武器……グランアックスである。


『んじゃま、最後にひと暴れと行くか!』




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