224話 ドワーフ
時間を現在に戻すと言ったが、その前に紹介しておかねばならないエピソードが存在する。
レイジたちチーム・アルドラゴの面々がシルバリア王国とアクアメリル王国の戦争勃発を見事阻止してしばらくした時の事だ。
この件そのものは、世俗の問題には介入できない海の神ムーアからの依頼であり、仲間を取り戻すためにレイジたちは戦争回避のために奔走したのだ。
この戦争勃発の危機感自体は世界全体に広まっており、両国及び近隣諸国では得体のしれない緊張に包まれていた。
まぁ結果的には戦争は回避されたのであるが、戦争回避のニュースが広まりきっておらず、その立役者であるチーム・アルドラゴの名前も広まっていない時期である。
彼らはかつて滞在したことのある国……ルーベリー王国へと足を踏み入れていた。
と言っても、チーム全員で訪れているわけでも無いし、宿を取っているわけでも無い。
しばしの自由時間が出来た事で、ルークが友達であり弟子でもあるラグオに会いたいと申し出た。
レイジは別にいいよ~と軽く返し、こうしてやって来たという訳だ。
尤も、レイジたち自身はこの国ではそれなりに有名人になってしまい、更には烈火吹雪のオリジナルであるミカとジェイドの二人も現在はこの国に居るらしいから、大半のメンバーはアルドラゴ艦内にて留守番となった。
直接足を踏み入れたのは、ルーク……そして、その付き添いとして選ばれたマークス、更に最新のチームメンバー……テツの三人だけであった。
『ふぅむ、ここがルーベリー王国第二都市マイアですか。なかなか活気のある街ですね』
『うん、ぼくは割と好きだなー』
『………』
『なかなか面白い建築様式です。……ふぅむ……これは……むむ、あの建物は300年前の建築物ですか。これは凄い……おや、あれは320年ですね』
レイジとしては保護者として彼を抜擢したのだろうが、その役目は果たされないかもしれない。
そんな中、仏頂面のまま淡々とルークの隣を歩く男が居る。
テツである。
まぁ彼の場合、アンドロイドボディで覚醒して以降、ずっとこんな感じではあるのだが。
尤も、それも仕方ないと言える。
チームメンバーの中で唯一、彼だけは自ら望んで今の立場になったわけではないのだ。
自らの上司であり親でもあるメカニック=スミス。その彼の強引な指名によって、彼はアンドロイドボディを使用した戦闘チームへと配属される事になった。
一応頼み事をしたら従ってくれるし、何か文句を言うわけでも無い。
ただ、その表情だけはずっと不満げというか、仏頂面のままであった。
その心情はレイジも理解出来る。誰も、心から望まない部署配置で100%力を発揮できるわけがない。だから、彼がもっと前向きになれるまで、戦闘メンバーには配置しないようにしていた。
事実、天空島での神との戦いや、先の戦争回避の為の戦いの際にはテツは後方支援に徹し、戦闘に参加する事は無かったのだ。
そんな彼であるが、唯一表情を変える事柄が存在する。
それが―――
『あ! テツ、武器屋があるよ!』
『―――!!』
仏頂面だったテツの目がくわっと開く。
そして、何も言葉は発しないが、その足の速度だけは上がっていく。決して走る訳ではないが、それなりに速い。
訪れたのは、外見だけはそれなりに綺麗な店だ。ただ、大通りに面した店に比べると、店自体の小ささは仕方ないと言える。
そして、テツは店内に陳列された武器の数々を食い入るように見つめるのだった。
これこそが、彼唯一の趣味。
この世界独自の武器のウインドウショッピングである。
剣、斧、槍……それぞれ一つ一つ手に取り、熱心に観察している。
『……ふぅん』
『どしたの?』
『この店の武器、随分と質が高い。相当な職人が打っているに違いない』
『へぇ、そうなんだー。良い武器なのはなんとなく分かるけど、質まではぼくには分かんないからなぁ』
そうしていると……
「いらっしゃいませ。何かお求めで?」
店の奥より、小太りの中年男が現れた。
見るからに、この店の店主という所だろう。
それにしても、店の品を一定時間じっと見ていると、店員がやって来るのは何処の世界でも一緒のようだ。
「この店の武器、なかなかに質が良い」
テツが素直に褒めると、店主は満面の笑みで応えた。
「これはこれはお客様はお目が高い! これらの武器は今のところ評判はさほどでもありませんが、いずれは王国騎士団のご用達になるほどのレベルだと自負しています。今でしたら、特別価格で―――」
客が釣れたと判断して、セールストークに入る。
だが、残念な事にテツにしろルークにしろ、武器を買うつもりは無かった。
『裏が工房になっているのか。ならば、これを打っている職人に会ってみたい』
「しょ、職人……ですか?」
その問いに、何故か店主はうろたえて見せた。
『居ないのか? ならば、仕方ない。残念だが―――』
「いえいえ。実は……私なのですよ」
すると、今度は自信満々の笑みでもって答えるのだった。
『……お前が?』
「ええ、これでも幼い頃から父に仕込まれてきまして。腕には、かなりの自信を持っています」
が、テツは険しい顔付きで断言する。
『……嘘だな』
「は?」
『悪いが、アンタからは職人の空気を感じない。何の意図があって嘘をつくのか知らんが、すぐに分かる嘘は止めた方が良い。それとも、何か不都合が―――』
「し、失礼な! これらは間違いなく私の作品です! そんな失礼な事を言う奴は客でも何でもない! さっさと出て行ってもらおう!!」
顔を真っ赤にして怒る店主の剣幕に押され、二人は店を追い出されてしまった。
『駄目だよーテツ。言葉はもうちょっと選ばないと』
『……フン』
そんな会話をしていると、背後より声がした。
『やれやれ、お二人ともやっと見つけましたよ。
……おや? 何か不穏な空気ですね。ルーク様、テツさんが何かやりましたか?』
『それがねー。テツが店の人を怒らせちゃって……』
現れたのは、建築物見学ではぐれていたマークスである。
事情を知らぬマークスへ、ルークはかくかくしかじかとそれまでの経緯を説明する。
『ふむふむ。私はその店主とやらを見た訳ではありませんが、その店主が職人では無かったとして、何か問題があるのですか?』
『そうだよー。それに、あの店主の人、ちゃんと腕に傷跡や火傷のあともあったし、手にはタコもあったよ』
鍛冶職人であるのなら、よほどのベテランでない限り生傷は耐えないだろうし、火を扱う以上火傷の痕だって当然あるだろう。ベテランになったからと言って、若い頃に出来た傷が簡単に消えるとは思えない。また、重い槌を長年振り続けていれば、手にタコだって出来る。
つまり、その傷があった以上、あの店主は職人という事になる。
だが、テツは首を横に振った。
『確かに、あのうぜぇオッサン……昔は職人だったんだろうさ。だが、今は違う』
『その理由は?』
『体についた筋肉が弱すぎる。あの筋力で、あの出来の武具は作れない』
『なるほど、そこは専門家ならでは……ですか』
『それと……』
『それと?』
『単純にウゼェ奴と嘘をつく奴が嫌いだ』
『なるほど、それは言えています』
彼らAIに、自分の意思で嘘をつくという機能は無い。
無論、艦長よりこれこれこういう事はこのように説明しろと指令を受けている場合は違う。
これは、正直に説明すると自体がややこしくなることだから、仕方ない。
『しかし、嘘の理由が何であれ、現状我々に不利益があったわけではない。これ以上追及する意味は無いかと思いますが』
『あぁ確かにない。……ただ、俺が気に入らないというだけだ』
それも理解出来る。
何かしら、やましい事が無ければ普通の人間は嘘などつかないものだ。
『分かりました。では、ここはルーク様に決めてもらいましょう』
『はへ?』
『序列としては、ルーク様が管理AIという事で一番上になりますからね。あの武器屋を調べるべきか、それとも放置するべきか……ルーク様が判断してください』
『はええ? そんなぁ……』
レイジやアルカ抜きで、そんな決断をするなどルークには経験が無い。
当然困ったようにあたりをキョロキョロと見回すのであるが、この場で助け舟がある筈もない。
すると―――
『ああもういい! 俺がつまらん事にこだわったのが悪い。あの武器屋がどうにかなった所で、俺らには何の関係もない。放置だ放置!』
と、テツがこの場の議題を放棄するように言うのだが、ルークはその言葉……つまらない事という言葉に反応した。
『ううん駄目だよ!』
『!?』
『普段何にも興味を示さないテツが、唯一こだわったポイントなんだ。こうなったら、徹底的に調べよう!!』
さっきの困った顔から一転、キリッとした表情となったルークを見て、テツは思わずたじろいでしまう。
『ルーク様が決めたのでしたら、私は従いましょう』
『いやいやいや……俺は別に―――』
少し気になった程度で、そこまでこだわる問題でもない。何より、立場的には自分より上の管理AIであるルークを巻き込む必要はないと感じていた。
そう説明しようとしたところ……
『―――!? テツ!!』
『あん?』
マークスの声にテツが背後を振り向くと、何やら小さな黒い影がこちらに向かって飛び込んできたところだった。
敵性反応は無かった。
だから、この場に居た全員が油断していた。
黒い影はテツの腰の辺りに、まるでしがみつくように体当たりをする。
その正体は、7歳ほどの小さな女の子であった。
ボロボロの衣服にボサボサの黒い髪。そして、褐色の肌。
この地方では比較的見る機会の多い外見なのだが、何故か三人は違和感を感じていた。
その違和感の正体は分からないが、とにかくいきなり現れた謎の少女は、テツの腰にしがみついたまま動こうとしない。
『お、おいおい、ウザってぇなこんちくしょう! なんなんだテメェは』
『ええと……テツの知り合い……なのかな?』
『アホか。この国に来たのが初めてだってのに、知り合いが居る訳ねぇだろが』
『それもそっか』
『ええとレディ。ここに居る男が、何かしたのでしょうか?』
『なんもしてねぇわ!』
『いえ、貴方はしていないつもりでも、このレディが何かを感じていれば、それは立派なセクハラに―――』
『なんもしてねぇってんだ! つーか、おめぇ誰なんだよ!!』
しがみついたままの少女に向かって問いかけるも、その返答内容は芳しくなかった。
「うー! うー!!」
『うーじゃ分かんねぇよウゼェな! おめぇはどこの誰で、なんだ俺にしがみついてんだ!?』
「うー!!」
『うーじゃねぇ!』
いい加減、テツが実力行使に出ようとしたところで、マークスが制した。
『いえ、テツ……。これは、もしかしたらもしかしますよ』
『あん?』
マークスはその場にしゃがみ込み、少女と目線を合わせる。
『レディ、貴女……お名前は言えますか?』
「うー」
『では、これが何本か言えますか?』
指二本……いわゆるピースサインを少女の前に突き出す。
「うー」
『では、<はい>なら頷いて、<いいえ>なら首横に振ってください』
「うー」
『貴女は、言葉を話せないのですか?』
「うー」
コクコクと頷く少女。
『では、私たちの言葉はしっかりと理解出来ていますか?』
「うー」
またコクコクと頷く幼女。
『という事で、彼女は言葉を発する事が出来ないようですね』
『ああん、喋れないだぁ? そりゃこっちの言語が喋れねえとか、そういう事か?』
テツが言ったのは、所謂この世界で使われている共通言語が喋れないとかそういう事だ。
だが、そう言う事ではない。
『いえ、言葉の意味は理解しているようです。どうも、外的要因なのか精神的要因なのか不明ですか、彼女は話す事が出来ないようですね』
『なんだそりゃあ。……いや、なんでまたそんな奴が俺にしがみついてやがる?』
『ふむ、では聞いてみますか。ええとレディ、この男はテツというのですが、貴女の知り合いですか?』
マークスの問いにコクコクと頷く幼女。
『いや、俺は知らねぇってば!』
『ううん、ひょっとしたらアレかなぁ。テツの事を父親とかと間違えているとか? ほら、肌の色とか同じだし』
言われてみれば、幼女の肌とテツの肌は、奇跡的に同じ色をしていた。
髪の色こそ少し違うが、一見すると二人が親子だと言われても違和感はない印象である。
『この男は、貴女の父親なのでしょうか?』
マークスの問いにコクコクと頷く少女。
どうも、ルークの予想は大当たりのようだ。
『はぁ? ふざけんな! 俺が父親の筈があるか! 俺はアルドラゴのサポートAI、メカニック=スミスだ!!』
テツは強引に少女を引きはがすと、後ろ襟首を掴んで持ち上げる。
少女は手足をばたばたさせるが、残念な事に手足は短い為、その腕が何かを掴む事は無かった。
「うー!!」
『いいか、俺は父親じゃねぇ! おめぇの父親は俺じゃねぇ別の誰かだ!』
「うー!!」
ふるふると首を振る少女。
翻訳するなら「違うもん!」と言っているのだろう。
『
『あぁウゼェ! 全く……なんでまたこんなめんどくせぇ事に巻き込まれてんだ』
『ううむ……こうなってしまったら、私たちで親を探すべきでしょうか?』
『アホか! なんで俺たちがわざわざそんな事しなきゃならねぇんだ』
『では、誰かに預けるしかないですか……ううむ、この場合どうすればいいのか……データが少ないですね。恐らくは治安維持をしている組織があると思うのですが……』
『ちょい待ち。この子……どうも普通の子じゃないみたいだ』
すると、何やら険しい顔付きで少女を見ていたルークが、そんな事を言い出した。
『ルーク様、普通じゃないとは?』
『ナイアほどじゃないけど、ぼくも治癒能力が使えるからさ、ちょっとこの子の身体を診ていたんだけど……肉体の構造がこの世界の人たちと違うみたい』
『ああん? どういうこっちゃそりゃ?』
『幼いからこの世界の子供とそんなに大きな差異はないけれど、小柄な体系に大きめの頭部……そんでもって見かけよりも筋力が大きい……ううん、これってアレだよなぁ』
『アレ?』
『うん、リーダーの知識にある別世界の住人……ドワーフだこの子』
~~あとがき~~
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