94話 過激な早朝トレーニング
目が覚めた。
俺は目を擦りながら大きな欠伸をし、布団から抜け出した。
ここはアルドラゴではなく《リーブラ》の中にある俺の自室だ。このルーベリーに到着してからは、ここが俺達の居城になっている。
《リーブラ》自体は活動の拠点としているマイアよりちょっと離れた場所に置き、休む時間になったら自動運転でもってマイアの近くまで移動。俺達が物理的に街を囲っている壁を飛び越え、乗り込んだ後にまた離れた場所へ移動……。
という形をとっている。
《リーブラ》の自室は冷暖房完備……というか、外の気温に関係なく室内の気温は維持されているという謎構造なので、夜中は氷点下まで下がると言われている砂漠の中にあっても悠々快適に過ごせるのだ。
俺は軽く屈伸運動をした後に洗面所で顔を洗い、頭をスッキリさせる。
さて、今日も新しい一日が始まります。
買い溜めしたパンをひと
朝日が昇ったばかりでほんの少し暗い世界。昼間は強烈な存在感を発揮している青い月も、まだ水平線の向こうに引っ込んでいる。
何の変哲もない砂に覆われた世界……。その世界の端っこに人影が一つ。
とは言え別に驚く事も緊張する事もない。
その人影の正体はゲイルだ。
ゲイルは日課の鍛錬を行っているらしく、弓を構えて遠くに点在しているサボテンらしき植物目掛けて矢を放っている。
……ちなみに、狙っているのはサボテンに生えている“トゲ”だ。
そんなもん目で狙って当てられるか!
と、思うものだが、実際に当たっているから恐ろしい。
ゲイルが凄いのか、エルフという種族が凄いのか……。他にエルフが居ないので、判断が難しい所だ。
とは言え、朝早くから鍛錬をしているゲイルを見たら、こちらも身体を動かしてみようか……という気分になって来た。それに、今日の予定では戦闘は無いだろうと思うから、トレーニングがてらにいいかもな。
俺はアーマードスーツを着込み、ヒートブレードを手に取る。スーツの出力は5%程度で構わないだろう。最低限戦えるだけの力と、衝撃吸収機能さえあればいい。
そして《リーブラ》を飛び出すと、一直線にゲイルに向かって駆け、彼目掛けてヒートブレードを振り払った。
ゲイルは俺が近づいてきている事は既に察知していたのか、軽々と一撃を躱し、俺と距離を取る。
そして、互いにニヤリと笑った。どうも意図は察しているようだ。
バトルスタート。
距離を取ろうものなら、あの弓によって
矢を
だが、いつの間にかゲイルの持っている弓は双剣へと姿を変えていて、キィンという音と共に防がれてしまう。その後流れるような動きで刃を振るうのだが、そのどれもが命中する事は無かった。やはり、双剣は防御に徹すると攻めづらい。
続いて両の手で柄を握り、渾身の力を込めて刃を振り下ろした。
振り下ろされたヒートブレードはゲイルの手にしている双剣の一つで受け止められ、もう一つの剣が刀を振り下ろした体勢のままの俺目掛けて薙ぎ払われる。
とは言え、双剣はヒートブレードに比べてリーチが短い。身体を僅かに浮かせてその切っ先を躱す事に成功。だが、そのせいで振り下ろした体勢の刀に加える力が弱くなった。
ゲイルは振り払った方の剣で頭上に止まっている刀を弾き、真横に側転してその場から逃れた。
その側転している間にゲイルは双剣の刃を折り畳み、その刃の中に隠されていた銃口を
今、ゲイルが手にしている武器は、かつて聖騎士との戦いで使用したライトニングボウでは無い。
あれをゲイルの意見を参考にしてスミスが改造した、新たな武器なのだ。
その名も“風雷丸”。
なんで漢字なのかは、ただ単にゲイルの趣味だ。
双剣モード時には、疾風丸と雷鳴丸の二つに分かれる。この二つはトリプルブラストのウインドブラストとサンダーブラストの特性を持たせた武器で、刃を折りたたむ事によって銃へと姿を変える。疾風丸はそのまま風属性を雷鳴丸は雷属性の弾を放つ事が出来るのだ。
ゲイル自身は銃という武器は好みでは無いとの話だったが、弓モードと双剣モードは切り替えの時間が少々かかる。その隙を埋める為、このような機能を盛り込んだのだ。
ただ、弓とは勝手が違うせいか、命中率はさほど高くない。よって、この双銃モードはあくまで中距離時かつ牽制用となっている。
ただ、いかに命中率は低かろうと、この5メートルもない距離ではさすがにゲイルも外すまい。今はさすがに威力も最低モードになっているだろうが、実戦だとしたら当たった時点で俺の負けだ。
放たれた弾は三発。
俺はその場に飛び上がると、身体を水平にしてそのままスピンする。
疾風丸より放たれた風の弾丸が、回転する俺の身体を掠めて行く。
よし避けた!
映画にあるようなアクロバティックな弾の避け方だ。あんなもの、観客に魅せる為の動きであって、実戦では曲芸なんか何の役にも立たないと思っていた。が、自分の身体が思っている通りに動くようになり、強化された動体視力と身体能力をもってすれば、実戦でも十分に役に立つ。……というか、この距離で弾を避ける為には、あの曲芸アクションをするしか無かったのだが。
今の距離で弾を避けられた事もあってか、ゲイルの方も驚いた顔をしている。が、すぐに顔引き締め、雷鳴丸の方も銃の形に変える。そして二挺の銃でもって銃弾を乱射した。
うおっと弾の嵐!
バリアガントレットを使えば防ぐ事は容易であるが、なんとなくこの場で使うのは卑怯な気がする。あくまで俺の武器はヒートブレード一本。そしてゲイルの武器は風雷丸だけ。その感覚で行こう。
俺はヒートブレードのスイッチを入れ、刀身を赤熱化させる。そして、足元の砂にその刀身を突き立てた。
途端、大地がボンッという音と共に爆発する。砂がまるで柱のように弾け、爆風と砂が盾の代わりとなって銃弾の嵐を防いだ。
ヒートブレードの新機能の一つ、ヒートボムだ。本来ならば斬り払う事で真価を発揮するヒートブレードだが、突き刺す事で熱エネルギーをその対象に送り込み、爆発させる事が出来る。主に装甲が硬い敵を内部より壊す事を目的として作られた機能である。
風と雷の銃弾の嵐は防ぐ事が出来たが、砂の壁によって双方の視界が封じられる結果となった。
その隙にゲイルは双銃を剣に戻し、更に連結させて弓へと形を変えようとする。弓を持ってからがゲイルの本領発揮なのだ。
……当然その隙を俺は狙っていた。
俺はゲイルの足元の砂の中から飛び出し、彼の持っていた風雷丸を蹴り上げによって弾き飛ばす。
モグラ戦法、まさかの成功。
ヒートボムによってぽっかりと空いた足元の穴に飛び込み、力尽くで砂の中を突き進んだのだ。ほんの数メートルの距離だから出来た芸当であって、他のタイミングで出来る自信は無い。ほんの一瞬とはいえ、砂の中を泳ぐのはかなりきつかった。
ゲイルは驚愕の表情だったが、俺がどのようにして目の前に現れたか、武器を落とされたという事実を認めた事で軽く手を挙げた。
降参という意思表示なのだろう。
確かに、本来なら武器を落とした時点でゲイルの負け……ではあるのだが、こちらも手にヒートブレードは無い。砂の中を潜るのに、邪魔だから置いてきたのだ。
よって、互いに武器は無し。決着は素手での戦いとなる。
俺達は再びニヤリと笑い合い、バトルを再スタートさせた。
合図とばかりに拳と拳が激突し、互いに拳と蹴りの乱打を浴びせあう。
素手での戦いは、以前アルカを騙そうとした時以来。あの時は本気では無かったし、負けそうになる事が計画のうちだったもんな。
さて、ガチの戦いの場合はどうなるか―――
『こらーっ!! なにやってんですかー!!』
怒号が響いたと思ったら、俺達二人の頭上から滝のような水がどばーっと落ちて来た。
なんだなんだ!?
まるでいきなり海の中に落とされたかのようにパニックになったぞ。
やがて水の地獄から解放され、ビショビショになった俺達二人は思わず呆然としてしまった。
そして、そんな俺たちの元へ水の魔女……もといアルカが降臨した。
『なんですか。また本気で戦って人の事騙そうとかって言うんですか。言っときますけど、今度は騙されませんからね!!』
いや……そんなつもりは無かったんですけど。
しかし、アルカのおかげで熱くなっていた頭が冷えた。
俺達は互いにビショビショになった姿を眺め、やがて……
「ぷ……ははは! なんだゲイル! 随分と情けない姿だな!」
「あ、主こそ! お互いさまでござる! あははは!」
きょとんとしているアルカを尻目に、俺達は高笑いをしたのだった。
文字通り水を差された形となったが、結果的にいいトレーニングになったよ。お互いに戦っているうちに暴走したのは事実だが、結構楽しかった。
また、ゲイルとは別に仲が悪かったわけではないが、これがきっかけとなって少し距離が縮まったような気もした。
やはり、拳を合わせるという行為は悪くは無いな。
……と言っても俺はバトルジャンキーでは無いからな!!
◆◆◆
とまぁやや過激な朝のトレーニングが終了し、《リーブラ》へと俺達は帰還した。
そして、今日はルークの記念すべき登校初日なのである。
何故か登校する訳では無い俺、アルカ、ゲイルの三人が《リーブラ》の前でドキドキしながら待っている。
何を待っているのかと問われれば、今正に《リーブラ》の中で魔法アカデミーの制服に着替えている最中のルークを……である。
『一人で着替えるからいーよーっ!!』
と、手伝おうとしたら拒絶されたので、こうして車の外で待っているのだ。
子供が初めて学校に通う事になるお父さんお母さんの気持ちが分かるな……。いや、そんな年齢でもないから、歳が離れた弟という事にしておこう。
…………
………
……それにしても長い。
やはり、慣れない衣服を着るのに手間取っているのか。
それとも、まだ学校に通う事にゴネているのか。
『やはり、様子を見てきましょうか』
「いや、ルーク殿も男でござるから、ここは拙者が行くべきかと」
「いやいや、ここは責任者として俺が行くべきかと」
『いえ、そもそもルークは私の弟です。責任者と言えば私になるかと』
「まぁまぁ。主もアルカ殿もルーク殿に近すぎるが故に気恥ずかしい部分がござろう。やはりここは一番接点の少ない拙者が―――」
「……っていうか、誰が様子を見に行くがで揉めている場合でもねぇんだよ」
確かに……とアルカとゲイルも気付いたようだ。
しかし、本当にいつまで着替えているんだ。まだ余裕はあるが、あまりのんびりもしていられない。大体、せっかくの登校初日に遅刻なんて恥ずかしいだろう。
「おーいルーク! いい加減出てこい!! 出てこないとこっちから乗り込むぞ!」
痺れを切らしたので、そんな言葉を投げかける。
すると、中からはややあって返事が返ってきた。
『わ、わかったよぉ……』
ガチャッと扉が開き、中からルークが姿を現した。
「『「おおお……」』」
俺達はシンクロしたように声が漏れた。
中から現れたのは、真新しい制服を着込んだ天使の如き容貌の美少年だった。
……いや、ルークなんだけどね。
見慣れない服を着ていると、まるで別人みたいだな。
恥ずかしそうにモジモジしているのが、年上のお姉さん達によくウケそうだ。
「とりあえず、ピカピカの一年生の誕生だな」
『編入ですから一年生では無いですよ』
あ、違うツッコミだった。まあ、自分でもなんで知っているのか分からない古いCMネタだからしょうがないか。
ともあれ、これで後は登校するだけとなった。
果たして、ルークにとってどんな学校生活となるのやら……。
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