93話 アカデミー潜入任務



 この世界に来て会った二人目のギルドマスターは所謂いわゆるオネェキャラでした。


 全員、この目で見たものが現実かどうかの整理がつかず、フリーズ状態である。

 唯一俺だけが10秒ほどで復旧できた。こういうタイプに会うのは初めてだけど、テレビやなんかで知ってはいるからな。実際に遭遇するのはこれが初めてだけども。それに、まぁ悪い人ではないだろう。……多分。


「……初めまして。チーム・アルドラゴのリーダー、レイジと言います」


 とりあえず軽く頭を下げた。

 すると、アグヴェリオ氏は面白そうに笑みを浮かべた。


「あらぁ。アタシの顔と姿を見たら皆5分から10分くらいは心が飛ぶんだけど、貴方はすぐに帰って来れたのね」

「あ……はは……」


 引きつった笑みではあるがとりあえず笑って誤魔化す。まぁ大抵の人はそうなるだろうね。それにしても、この世界にも居るんだね。住む世界は違っても、やっぱり人間なんすね。

 そして、背後で固まったままの三人をそれぞれ軽く叩いて再起動させる。


「おい、お前等も名乗れ!」

『……あ! は、はい。失礼しました。私はアルカです』

『ぼ、僕はルーク……です』

「拙者……いえ俺はゲイルです」


 一応目上の者への挨拶だからか、ゲイルの時代劇口調が一時中止みたいだな。

 対するギルドマスターのアグヴェリオ氏と言えば、にんまりとした顔で俺達四人の顔を眺めている。


「ふぅん。全員美形揃いね。それも、色んなタイプが揃ってるじゃない。キリっとしたお姉さんに、甘いマスクのお兄さん、女の子みたいなふわふわした雰囲気の男の子、それによく見たら精悍な顔つきのチームリーダー。いいわぁ、貴方達♪」


 何が良いんですか。

 それに、リーダーって俺の事で良いんだよね。何だ精悍な顔つきって。そんな事言われたこともないし。

 とにかく、今は真面目な話をしよう。


「ええと、オールンドのギルドマスターからの紹介状は読んでもらえましたか」

「ええ読んだわよ。あのお爺ちゃん元気だった?」

「はい。俺達が見た限りでは元気そうでした」

「ふぅん。じゃあ、貴方達がエメルディアの王都を壊滅させたハンターチームって事で良いのね? それで、国を追われてこの国に逃げてきた……と」

「『『「……………………は?」』』」


 俺達四人は綺麗にハモった返事をしてしまった。

 なんだ壊滅ってのは。大体、やったのはあのゴルディクスのクズ騎士どもだろう。それに、そもそも壊滅してない!


「冗談よ。その辺の事情は手紙に書いてあったわ。きちんと便宜を図ってやってくれってさ」


 と、ケラケラと笑うのだった。

 ……いまいちキャラクターが掴めない人だな。


「それで、例の件についてもね……」


 少し顔つきが変わり、眼光が鋭くなった。やはり、この人にも王子様護衛の件は伝わっているのか。


「その件はここで話しても平気なので?」

「心配いらないわ。ちゃんと結界で盗聴対策とかしているからね」


 盗聴……天下のギルドマスターの部屋でも、そういった対策は必要か。まぁ、聴覚を強化する魔法とか使えば容易そうだもんな。似たような事なら俺も出来るし。


「セージ……じゃなかったセルジオ殿下はいつになったらルーベリーに到着するんですか?」


 俺達はアルドラゴでもって一足先にルーベリーにやって来たからな。一応ちゃんとした警護はルーベリーに到着してからだが、エメルディアで襲われる可能性というのもあるから、緊急連絡用のアイテムは渡してある。それが反応したら、ゲートの魔法でもって駆けつける……という算段だ。ただ、本当に緊急時以外は使うなと厳命してある。

 実に面倒だが、仕事開始前にこっそり死なれても困るのだ。


「通常ルートだったら1~2週間以内ってところじゃないかしら? むしろ、こんなに早く到着した貴方達が異常なのよ。どうやって来たのよ」

「企業秘密です」

「まあ、色々と常識外れな部分あるけど、あまり聞かないでやってくれって言われているからね」


 サンキュー爺さんの方のギルマス。まぁ異世界から来たうんぬんの話は、よっぽどの事が無い限り教えない予定だからな。

こっちのギルマスにも今の所教えるつもりは無いですよ。


「それで、殿下が到着するまでは普通のハンターとして活動していいんですか?」

「ううん。それなんだけどねぇ、ちょっと頼みたい仕事があるのよ」

「……げ」


 またギルドマスター直々の仕事かよ。それを請け負ったせいでこんな面倒な事になっているんだから、面倒な依頼を引き受けるのは金輪際御免なんだけど。


「心配せずとも、例の護衛がらみの件よ。まぁ、聞いて損は無い話だから聞いてちょうだい」


 俺は後ろを振り返り、三人の意見を聞こうとした。だが、三人は何も言わずに頷くだけだ。……分かってるよ。判断は俺に任せるって事ね。

 俺が仕方なく頷くと、アグヴェリオ氏は話を続けた。


「実は、セルジオ王子には妹が居るのよね」

「……第一王女って訳ですか?」

「そう。母親も一緒の本当の妹さんね。でも、今回の後継者争いのせいで、厄介な事に巻き込まれるかもしれないのよ」

「……人質とかそういう役割にされるという事ですか?」

「話が早いわね。だから、今のうちに救出して安全な場所にお連れした方がいいと思うのよね。殿下からも妹の事を頼むってさ」

「……あの野郎」


 人の事便利屋か何かだと勘違いしてんじゃねぇか。まぁ、聞いた以上はやるけどさ。

 それにしてもまたお姫様か。エメルディアのほわほわ姫を思い出して嫌になるが、こっちのお姫様はどんな奴なんだか。


「それで、そのお姫様は何処に居るんですか? 今からちゃっちゃと行って連れてくれば良いんですか?」

「何処の誘拐犯か……って言葉ね。心配せずとも、今はちゃんと目を光らせているから、そこまで急ぐ問題でもないわよ。ただ、殿下が帰還なさると、国中が騒ぎになるし、警護の方もそちらに割かないといけないから、タイムリミットは殿下が帰還されるまでと言う事ね」


 じゃあ後1~2週間って所じゃねぇか。俺達も暇じゃないんだから、済ませられる仕事はとっととやっておきたい。


「やっぱりちゃっちゃと連れてきた方が良いんじゃないですか?」

「そうしたいのは山々だけど……彼女今は身分を偽って学生生活を満喫中なのよ。こちらサイドとしては、なるべくギリギリまで平穏を壊したくないかなって」

「……学生?」


 不穏な単語を聞いた。この都市で学生って言ったら、ひょっとしたらひょっとするぞ。


「まさか……魔法アカデミーに通ってらっしゃる?」

「アタリ! それにしても、よく分かったわね。あそこの学校そこまで有名でもないのに」

「ちょっと来る途中に魔獣に襲われていたそこの学生を助けまして……そうか、だんだん繋がって来たな」

『繋がる……とはどういう事ですか?』


 アルカの問いに俺は苦々しい顔で答えて見せる。


「こういうイベントには、えんってもんがあるんだ。あの時あの学生達と遭遇した事は必然だったのだろう」


 縁……というか、フラグですな。あのイベントに遭遇してしまったせいで、こちらのイベントのフラグが立ってしまったか。つくづくゲーム脳で考えて申し訳ないが、となるとこれから言い渡される仕事とやらも想像がつく。

 そのお姫様が魔法アカデミーに通っているという事は……


「もしやアカデミーに入学して、そのお姫様に生徒として直接接触しろとおっしゃられるか?」

「アタリ! いやいや、アンタ凄いわね!!」

「やっぱりか!!」


 アグヴェリオ氏からアカデミーの話題が出た所で、その可能性を感じていた。

 アカデミーに入学って、学園物にシフトチェンジするおつもりか。何これ、テコ入れ!? 路線変更!?


 ……でも、あの学生達と触れ合って、ちょいと学生生活に懐かしさみたいなものを感じてしまったのも事実。学校通っていた時期は、めんどくさい、かったるい、この授業受ける意味あるのか……とか常々思っていたけども、離れてみて実感する学校の楽しさというやつだろうか。

 同じ学校ではないとは言え、再び学校生活の匂いを感じられるのであれば、引き受けてもいいかな……とか思ってしまった。どうせ、1~2週間の間だけだし。

 そう思ったらワクワクして―――


「って事で、その小っちゃい子なら十分年齢的にも入学出来ると思うんだよね。爺さんの手紙によると、魔法の腕も結構なものらしいじゃない」


「『『「――――――え???」』』」


 小っちゃい子……と言ってアグヴェリオ氏が指で示しているのは、俺……ではなく、俺を盾にする形で隠れているルークであった。


「入学するのって……コイツ?」

「そうそう。お姫様って12歳だからね。その子って大体10歳くらいでしょ? それなら、年齢も近いしお姫様も少しは身近に感じられるかなって」


 どうも潜入担当は俺では無かったようです。

 こういうイベントの流れって、普通俺が担当するもんじゃない?


『でも、ケイは魔法が使えないでしょう。前提条件から言って入学は不可能なのでは?』

「そ、そうだったー! って、心読まないでよ」

『いえ、あからさまにガッカリした顔をしているので、実は入学してみたかったと思っているのではと』

「ま、まぁちょっとはね……。でもいいんだ。元々無理だったんだからさ……」


 そうそう。魔力を作れない俺では学校に通う事自体無理なのです。……ただ、主人公補正でそういうイベントがあるとか思っていた時期が俺にもありました。実際には主人公は俺では無く、俺の後ろでガタガタ震えている少年であったのだ。


『ぼ……ぼぼぼほ……僕が学校に通うの?』


 普段のルークなら「学校に通えるの!? やったぁ、凄い面白そう!!」とか言いそうであるが、対人恐怖症のルゥモードならやはり無理か。


「あらあらそんな怖がらなくても大丈夫よ。ほんの1~2週間我慢してくれればいいんだもの。それで影ながらお姫様を守って、時が来たら連れ出してくれればいいんだもの。当然追加報酬は出すって殿下も言っているし」


 とはいうものの、ルークは完全にビビってしまって使い物にならなくなっている。

 とりあえずルークは置いておいて相談タイムだな。俺はアグヴェリオ氏に許可を貰うと、部屋の隅でアルカとゲイルと顔を付き合わせた。


『ギルドマスターはああ言っていますが、別に潜入自体は造作もありません。ミラージュコートでこっそり潜り込んで、そのお姫様とやらを守り、時期が来たら連れ出す。これで何の問題も無いでしょう』

「そうでござるな。別にわざわざ入学する必要性を感じないでござる。それに……」


 三人の視線が俺の足にしがみついたまま震えているルークに向く。


「これではまともに依頼をこなせないでござろう」

『そうですね』


 二人の言い分は確かだ。今のルークでは、入学したとしてまともに行動すら出来ないだろう。いや、授業すらまともに受けられるか分からん。

 だが、俺は逆に良い機会なのではないかと考えた。


「俺は引き受けても良いんじゃないかと思っている」

『ええええっ!!』


 一番驚いたのはルークだった。震えているだけかと思ったら、ちゃんと聞いていたのね。

 そして、俺の言葉を聞いてさささっとアルカの足元にしがみつく。ちょっとショックだ。


『なんでなんでどうしてどうして!? 僕嫌だよ!!』


 ああ、うん。抵抗するのは分かる。俺も、いきなり見知らぬ場所に行ってしばらく過ごしてみろって言われるのは嫌だ。

 俺は、しゃがみ込んでルークに視線を合わせた。


「ルゥ……いやルーク、俺も子供の頃は人見知りでな。よく小学校時代はいじめられていたんだ。だから、人に会うのが怖いっていうルークの気持ちはよく分かる」

『リ、リーダーも?』


 ルークの二重人格じみた対人恐怖症は、いわゆる学校とかで凄く大人しい人が、実は家でははっちゃけるタイプだったりする……というのが極端になった感じなのだと思う。それがAIのバグなのか元々モデルになった人物の性格なのかは不明だが、本当の二重人格のように別人になっている訳では無い。

 要は、親しくない人からの視線がおっかないのだ。向けられた視線を悪いように捉えてしまって、何もできなくなってしまう。俺もそうだったからよく分かるぞ。

 ルークの場合はトラウマがある訳でもないだろうから、何かきっかけでもあれば変われるんじゃないかと思う。

 荒療治ではあるが、この際は仕方ない。最も、ほんの1~2週間でどうにかなるかは分からないけどな。それでも、ルークにとってはいい機会と言えるだろう。AIであるルークが学校に通えるチャンスなんてそうそう無いだろうからな。

 ……と、勝手に思っている。


「考えてみたらルークは同世代の子達とあまり絡む事は無かっただろう。俺たちの立場上友達……を作るのは難しいかもしれないが、この世界の子供と接するのは悪い事ではないぞ」

『リーダー、僕の事幾つだと思っているんだよぅ』


 ルークがぷくっと頬を膨らませる。確かにAIには年齢は関係ないのだろうが、見た目も性格も子供なのだから子供として接するのも仕方ないだろう。


『……そうですね。確かに悪い事では無いですね』

『お……お姉ちゃん……』


 味方だと思っていたアルカが肯定派となり、ルークは慌ててアルカの足から離れてゲイルの足へとしがみついた。


「しかし、そうするとお姫様とやらの警護はどうするのでござる? ルーク殿に慣れない学校生活と共に警護までこなせというのは酷ではござらんか」

『そーだそーだ!』


 今となっては唯一の味方はゲイルだけか。だが、顔を見る限りゲイルも俺達の意図は理解しているようだな。


『いえ、それについての心配はいりません。私かケイが、姿を消してルークに同行すれば良いのです。ルークが授業をしている間に校内を調べてみましょう』


 どちらにしろルーク一人に任せるのは負担が大きすぎるからな。アルカの言うとおり、俺もそうするつもりだった。


「……そうですか。それなら問題ないですね」

『ゲイルにーちゃん!?』

「という事で、賛成3の反対1だ。学校に通ってもらうぞルーク」


 最後の味方が寝返り、ルークの顔が絶望に歪む。……なんだか凄く悪い事をしているみたいで心が痛む。ゲイルもそうなのか、困ったような顔をこちらに向けた。

 さてどうするか……と思っていると、やがてアルカがルークの目線に合わせて屈み、諭すように言う。


『ルーク、私達が何の為に存在しているか。それを忘れてはいけませんよ』


 アルカの言葉を聞いて深く項垂れる。そして、ズダンズダンと地団太を踏み、半ばやけになった口調で叫んだ。


『わかったよぉ! やるよ! やればいいんでしょう! ちくしょーめぇ!!』


「話はまとまったみたいね。じゃあ坊やこっちにおいで! 制服を作る為に採寸するから♪」


 という事で、ルーク少年の魔法アカデミーの仮入学が決定したのだった。

 っていうか、この段取りの早さから察するに、元々その予定だったんじゃねぇか。




~あとがき~


 学園編に突入と思ったか。

 残念ながら主人公の学園編ではございやせん。……初期のプロットではそうだったのですが、3章ではあまり掘り下げられなかったルークをメインにしたイベントをやりたいなと考え、このような展開となりました。

 という事で、次話よりルークの学園編。


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