91話 王子様護衛任務



「やっぱり話は無かったことに……」


 俺は何も聞かなかった事にして、即座にその場を離れようとした。

 慌てたのは当然セージである。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 話だけ聞いてそれで終わりってのはどうなのさ」

「金輪際王族には関わりたくないんだ。悪いけど他を当たってくれ」

「身分を偽っていたのは悪いけどさ、僕王族だよ! 次期王様だよ! 報酬も十分な額支払うし、何なら直属の護衛として永久雇用しても……」

「悪いけど、そういうのって必要ないから。こっちにも色々と目的があるから、地位も名誉も何もいらん」

「か、変わっているね。普通、平民だったらすぐに頷くもんじゃない?」


 そうかな? ブローガさんとか一定以上の力を持つ者なら、永久雇用なんて受け入れると思えないけども。……でも、地球とは違った意味で浮き沈みの激しい世界だからな。安定して生活が出来るのなら、受け入れるか……。あくまで、この世界の平民だったらな。

 悪いけど、俺はこの世界に定住する気は無いし、そんな面倒事は御免である。


「とにかく、俺にその気は無いから、諦めてくれ」

「だったらこれはどうだ。もうすぐ僕はルーベリーに帰還する事になる。その僕の護衛という立場なら、無事に国を脱出する事が出来るだろう。君の存在はエメルディアに知れ渡っている筈だから、国境を越えるのは難しいと思うよ」


 あぁ、そういう問題ね。確かに、安全な街道やなんかは、国境警備隊によって厳重に守られている。凶悪な犯罪者なんかを国外に逃がさないようにしたり、逆に入らせないためだな。

 でも、それは安全な街道を通ると言う選択肢を取れば……というだけだ。国と国を遮っている山を越えたり、深い谷を越えたりする事は特に禁じられていない。

 最も、そういう場所は大概強力な魔獣の領域になっているから、越える事自体が至難の業らしいけどね。


「別に国境を越える方法はこっちでなんとか出来るから、問題ない」

「ぐぐ……」


 実際、今拠点にしている巨人の谷をちょいと越えれば、そこはルーベリー王国なのだ。確かに深い谷であるが、アルドラゴで飛べば無問題である。

 この世界じゃパスポートみたいなものは無く、出国・入国を制限したりするものは無いから、どういった方法で国を越えても大した問題にはならない。それでも、先程説明したように犯罪者は別だけども。


 セージからどんどん報酬を掲げられるのだが、俺は無表情で提案をことごとく突っぱねる。地位、権限、住居、果ては伴侶まで……。そのどれも正直言って俺にとって必要ないものばかりだ。

 やがて、ギルドマスターから助け舟が入る。


「まぁまぁ、せめて話だけでも聞いてやってくれんか。事はギルドにも関わってくる問題だからな」

「そうは言っても、大体想像はつきますよ」

「そ、想像? 言っておくけど、そんな単純な問題じゃないよ」


 ちょっとムッとしたようなセージであるが、今までの言葉で大筋的な話は察する事が出来たぞ。

 では、その推理を披露しよう。


「……大方、国元では第一王子と第二王子をどちらに跡継ぎになるかで揉めているんでしょ。んで、第二王子を擁立しようとしている派閥から、第一王子であるセージは命を狙われていると。

 そんでこの国まで逃げてきて、ハンターとして身分を隠して生活してきた。でも、急遽戻らなきゃいけない事情が出来たから、都合よくルーベリーに行こうとしている俺達に護衛を頼んだ……そんな所でしょ」


 俺がそう言うと、二人はポカンと口を開けていた。

 その様子からすると、当たりだったようだ。セージがわざわざ第一王子だと名乗ったからな。ルーベリーの事情はほとんど知らないが、事は後継者問題だと察する事は出来た。


「……えっと……ひょっとして心を読む魔道具とか持っているのかな?」

「いやいや。そんな便利な物は持ってないよ。あくまで、俺の想像」

「そ、想像でそこまでピタリと当てられるのも凄いと思うけど」


 地球の歴史とサブカルチャー舐めんなよ。

 王族やなんかの跡継ぎ問題や、宮廷内のドロドロ劇はある程度知識がある。ジャンルで言えば好みではないけどな。


「んで、わざわざギルドマスターが絡んでいる事から察するに、第二王子とやらの派閥はハンターギルドに対して折り合いが悪いか否定的なのかな? んで、ギルドとしてはセージが王になってくれた方が都合が良いと……」


「あ、当たりじゃ。本当に想像なのかね」


 想像ですとも。それにしても、所詮は人間。歴史に関しても地球と大差は無いのかね。

 なんか剣と魔法の異世界というと夢があるが、やはりここは生きた人間が生活する世界なのだな。……と、夢だけじゃなくて嫌な現実も知ってしまったと思い、俺は軽くショックではあった。……まぁ今更か。


「………」

「………」

「………」


 言うべき事が無くなった為にもしばしの間室内を沈黙が支配していた。が、やがてセージがポツリポツリと語りだした。


「3年前……僕が17の頃の話だ。父王が病に冒され先は長くないのだと知らされた。弟を擁立する宰相達は、それをチャンスと思ったのだろう。病気の父の代わりに僕がとある貴族の領地を視察に向かった際、命を狙われた。結構な数の護衛が居た筈なのに結果は全滅。僕はたまたまその場に現れたハンターに命を救われ、追手から逃げる為にこの国逃げ延びたという訳さ」


 その後は、身に着けていた物を売って路銀を稼ぎ、やがてハンターとなる事を選んだ。元々剣術や魔法の訓練は受けていたために、多少は腕に自信があったらしい。

 名を偽り、ただのセージとしてこのエメルディアで3年の時を過ごす事となる。一ヶ月でBランクになった俺が言う台詞ではないが、ただのお坊ちゃんが3年でBランクに手が届くほどのCランクにまで到達するというのも凄い事だ。


「その後、母国では僕が死んだという話が広まっていたらしいが、父は僕がエメルディアに留学しているだけだと言って生きていると言う事になった。実際、母国からの使者にも会ったりしていたしね」


 セージの話では、その時点で帰る事も出来たらしい。

 だが、戻ったとしてもまた命を狙われる事になる。ハンターとして生きてみて、戦いに命を懸ける事は当然である。だが、それ以外の日常で常に死の危機に怯えながら生きる事は、その時点のセージには耐えられなかったとの話だ。


「……実は、王位自体はこの国に逃げてきた時点でどうでも良かったんだ。命を狙われてまで、執着するものではないと思うようになってしまった」


 ハンターとして生きて、この生活も悪くは無いと思うようになった。確かに命の危険はあるが、受ける仕事の見極めさえ怠らなければ、大丈夫だと判断したらしい。


「でも、数日前にとうとう父が倒れた。そして、王位は僕に継がせる……と言ったらしい」


 それがきっかけとなり、セージは再び命を狙われる事になった。どうやって調べたのか不明だが、敵の派閥には既にエメルディアでハンターをしている事はばれているようだ。もう、この仮の生活も終わり……。セージは心を決めたらしい。


「父がどうして僕に王位を継がせたがるのかは分からない。でも、父の死ぬ間際の頼みだ。僕は引き受けたい。それに、せめて死ぬ前に父に会いたい。どうか……どうか僕を助けてくれないか」


 セージは俺の前に回り込み、しっかりと頭を下げた。

 王族はみだりに頭を下げるものでは無いって話だが、これが彼なりの誠意って奴なのかね。


 さーて、どうしたもんか。

 真実かは知らないが、身の上話も聞いてしまった。聞いてしまった以上は力になりたいと思ってしまった。

 ……やっぱり、死ぬ前に親に会いたいって言葉は、今の俺には響く。俺も会いたいんだよな。


『ケイ、まさか引き受けるつもりですか?』

(分かっているよ。引き受けたら絶対面倒な事になるよな……)

『……もしかして、私達に止めて欲しいとか思っていますか?』

(すまん。このままだと引き受けてしまいそうな自分が居る)

『何言っているのですか。ケイは自分で言っていたでしょう。自分は暫定ではあるが艦長だと。艦長ならば、きちんと自分の意思でかじを取ってください。私達はその舵の方向に向かって突き進むだけです』


 厳しいけども胸にグッとくる言葉だな。

 そうだな。暫定的だが艦長を引き受けたんだ。俺がコイツ等を引っ張って行かなきゃいけないんだよな。

 よし、覚悟を決めるとしよう。


「……はぁ」


 俺は、ふかーく溜息を吐いて、改めてセージとギルドマスターを見据える。


「分かったよ。護衛依頼引き受けた」


「ほ、本当かい!?」


 俺の言葉に、二人の顔が明るくなる。だけどな、こっちにも事情ってもんがあるから、何でもかんでも言うとおりになると思うなよ。とりあえず、先に言うべき事は言っておこう。


「ただ、引き受けるには条件がある」


 明るくなった表情が少しだけ曇る。決意が鈍る前に畳み掛けるように俺は言った。


「まず、護衛はルーベリー国内に入ってからだ。このエメルディア国内で何があっても俺は知らない。それと、護衛期間は俺がルーベリーに滞在している間だけ。それでよかったら引き受ける」


 まずアルドラゴの存在がばれるのは避けたいから、国外脱出は別々にする。

 そして、ズルズルと引きずられていつまでも護衛させられるのは御免だから、きっぱりと期間を設ける事だ。


「ど、どのくらい滞在する予定なんだい?」

「そうだな……大体1~2ヶ月って所じゃないかな」

「み、短いね」


 砂漠を抜けるだけの魔石を稼げればいいんだから、実際にはもっと短い可能性がある。よってちょっと余分に期間を設けたのは、完全にそっちの事情を考慮しての事だ。


「これでも譲歩してるんだからな。文句があるなら、その間に王様にでもなんでもなるんだな」

「うっ! 次期ルーベリー王に対してキツイね」

「言っておくが、王様になってから権限使って俺達を引きとめたりするな。そんな事をしたら、本気で暴れるからな。俺達の力は見ただろう」


 王都での最後の戦いを思い出したのか、セージの顔が少し青くなる。その様子を見ていたギルドマスターがカラカラと笑う。


「やれやれ。心強い味方を得たと思ったが、本当のところは爆弾を抱えたようじゃな」

「ほ、本当に君達は何者なんだよ……」

「うるせぇ。どうなんだそれで条件を呑むのか呑まないのか?」


 ドンと指を突きつける。なんか、自分でもやけっぱちになっているのが分かるぞ。


「君ってこんなキャラだったけ? ま、まぁ呑むよ。それで千人力の味方を得られたと思えば……って、そういや報酬はどうするんだい?」


 おっと。その話がまだ残っていたか。

 ……でも、別に欲しい物なんか別にないんだよな。パッと思い浮かばないものを今決めろと言われても困る。


「それは後で要求するよ。思い浮かばなかったら別に金でも構わないから」

「本当に変わっているね……君は」


 セージはポリポリと頬を掻いて苦笑いをする。

 仕方ないだろう。本当に欲しい物は、元の世界に帰る為の手段なのだが、それをセージに求めるのは酷だ。それに、それ以外の欲しい物……漫画やゲームの新作は手に入れるのは不可能だものな。

 居・食・住に必要な大抵の物はアルドラゴに備わっているから、お城で暮らすよりも全然快適なんじゃないか?


「それじゃ改めて……僕の護衛依頼を引き受けてくれるかな?」

「条件付きだけどな。……いいよ、しばらくの間アンタを守ってやるよ」


 俺は、目の前に出されたセージの掌を握り返す。

 こんな形で、ルーベリー王国最初のお仕事は、王子様の護衛任務となりました。


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