90話 ルーベリー王国でのお仕事



 目の前にでーんと存在する巨大な塀。それを俺達は見上げていた。

 マイアの都市全体はエメルディアの王都と同じで、外側が高い塀によって囲まれている。これは、魔獣を寄せ付けない結界の役目も持っているから、これを魔獣が乗り越える事は不可能だという話だ。

 その壁の東西南北の場所に巨大な扉があるってのは、これまたエメルディアと一緒だな。エメルディアの時は壁を強引に乗り越えた訳だが、今回は身分証明書もあるから堂々と入口から入れるもんね。


「魔法アカデミーの生徒兼臨時ハンター……イーディス、ランド、リアン、エステル。ただ今討伐依頼から帰還しました」


 とりあえずこの街の住民である学生四人が先頭を歩いて門番に話しかける。門番と言っても、門の前に槍を構えて立っている訳では無く、城壁の中に部屋みたいなものがあり、その部屋の窓から顔を出して見張っているといった形のようだ。

 あれだ。駐車場の管理人みたいだな。最も部屋自体は二階部分にあるという違いはあるけども。


「おう、ガキども無事に帰って来れたのか。……後ろの奴等は?」


きさくな性質なのか、門番のおっさんも朗らかに受け答える。

 そして、背後を歩く俺達四人に気づいたようだ。やや警戒している様子だが、門番という立場なら致し方ないだろう。


「こ、この人たちは……その……魔獣に殺されかけた所を助けてくれた方達です」

「何?」


 記憶改竄の影響で細かい部分の齟齬そごがあるからな。ボロを出す前に説明しようと俺はハンターカードを掲げて前へ出た。


「お前、それ以上門に近づ―――」

「Bランクハンターのレイジという者です。この街へ向かっている途中、魔獣の群れに襲われている彼等を保護しました」

「―――くな……って、Bランク!?」


 カードに記されているアルファベットのBに相当する文字。それがキラリと輝いていた。

 このカードを貰ったのは、エメルディアを脱出する10日ほど前の事だ。まあ、だからと言って嬉しい事ばかりじゃなかったけども。これについては、後ほど説明します。


「失礼しました。ようこそマイアへ、Bランクハンターレイジ殿」


 門番のおじさんの態度は急に低姿勢となった。Bランクハンターなんて結構珍しいらしいからね。特に、Bランクにもなると認定された国以外での活動も認められているから、世界を股に掛ける程の活躍をする奴が多いと聞く。

 憧れる奴が多いのも分かる気がするな。俺も気分は悪くない。


 うむ。くるしゅうない。

 と、心の中で偉そうにして、俺達はマイアの扉を潜ったのだった。


「おおう」


 第二都市マイア。つまり、ルーベリー王国で二番目に大きい都市って訳だ。

 まだ、この国の普通規模の町とか見て無いんだけど、それでもこの街がでかいって事ぐらい理解出来るぞ。

 さすがにエメルディアの王都程の規模ではないが、10階建てのビルみたいなものもあったりして、想像以上に近代化している。

 ただ砂漠の国って事で、俺の想像ではよくファンタジーRPGであったりするオアシスを囲むようにして作られた町……なイメージがあったから、ちょっとがっかりではある。


 印象的には、地球で言うところの中東系と言っていいだろうか。

 白一色の街並みに、ターバンのようなものを巻いた男性が通りを歩いている。とは言え宗教が違うせいか、女性は顔を布で隠して出歩いているという事はなく、比較的普通の恰好だ。むしろ、どちらかというと露出は多めかもしれない。……まあ、暑いもんな。


「んじゃ、お前等とはここでお別れだな」


 しばらく歩いたところで俺は背後の学生四人を振り返った。


「は、はい! レイジさん達には大変お世話になりました!!」


 慌てて頭を下げる四人。

 うんうん。学生のうちは腰が低いくらいでいいのよ。……と、俺も学生の癖にそんな事を思ったりした。


「お礼がしたいので、是非アカデミーの方まで来てください!!」

「まあ、学校は興味あるからな。時間があったら寄らせてもらうよ」


 俺がそういうと、アルカも別れの挨拶をした。


『魔力を練る鍛錬については、教えた事をなるべく毎日繰り返してください。そうすれば、魔力量も増える筈です』

「アルカさんもご指導ありがとうございました! では、失礼します!!」


 もう一度頭を下げると、四人は通りの向こうへと消えて行った。途中チラチラこっちを窺っていたけどな。


 さってと、これで自由の身だ。

 普通の旅人だったらまずは宿を決める所だが、俺達には《リーブラ》があるから必要ないものな。

 とは言え、観光気分で街をぶらり旅という訳にもいかない。残念ながら、まだやるべき事がある。


「まずはマイアのギルドマスターに会っておかないとな。コイツを渡さないといけないし」


 俺はそう言いながら一通の手紙を取り出す。

 これは、オールンドのギルドマスターからの紹介状だ。まずはマイアに行って、こちらのギルドマスターと連絡をとってくれと言われている。

 気は進まないけどもあの例の依頼をこなすために動くとしますかね。


 例の依頼……思い出すだけで憂鬱なんだけど、ちょいとばっかし回想で振り返ってみようか。

 まずは、アルカとの喧嘩騒動が終わった翌日の事だ。




◇◇◇




「その節は、大変ご迷惑をおかけしました」


 とりあえずペコリとギルドマスターに向けて頭を下げる。

 いつものようにこっそりとギルド内に忍び込み、ギルドマスターが一人な所を見計らって室内に侵入したのだ。騒ぎになるのは面倒なので、受付も素通りさせてもらった。

 ちなみに、昨日の時点で「今日この時間に伺います」と置手紙はしてある。なので、アポなしじゃないよ。


「全く……君というヤツは……。普通、君ぐらいの強さの者は簡単に頭を下げないものなのだぞ」

「強さは関係ないでしょう。目上の者にはそれ相応の態度で接するもんです」

「ふぅむ。それが君の世界の常識かね」

「まあ、そのようなものです」


 勿論例外は居るけどな。

 俺はそんな礼儀知らずではないぞ。


「騒動の事後処理については、ほとんど終わっておる。というか、それを見計らって現れたのだろう」

「えへへ」


 とりあえず笑って誤魔化した。

 うん。下手に慌ただしい中顔を出して、面倒な事になるのは嫌だもんね。


「最も、ギルドとしては君に対してペナルティを負担させるつもりは無いぞ。今回の騒動に関して言えば君は巻き込まれただけで、責任はエメルディア王国側にあるからな」

「確かに、あの王国側の態度は酷かったですね」


 人を勝手に国側の駒扱いにしやがって。そもそも騒動が起きた原因は、ほぼあの馬鹿王様のせいだろう。

 思い出したら腹立ってきた。やっぱり、一発ぶん殴っとくべきだったかな。憤慨する俺にアルカがぼそっと一言。


『しかし、城にまた潜り込むならば、またあのお姫様に遭遇してしまう可能性がありますよ』


 そうだった。そもそもあのめんどくさいお姫様と出会ったせいで話がよりややこしくなったのだ。出来れば二度と会いたくない存在でもある。


「さて、色々話したい事はあるが、まずはこれを渡しておこうかの」


 と言ってギルドマスターが取り出したのは、銀色に光る一枚のカード。

 未だにこの世界の文字は理解できないが、それでも単語だけなら分かるぞ。そのカードには、レイジという名前とこの世界で言うアルファベットのBに相当する文字が書かれていた。

 つまり、俺のBランクカードだ。


「えーっと……なんで?」


 そもそも、Bランク認定試験はお流れになったんじゃなかったか。それに、ここまでギルドに迷惑をかけたのに、昇格するっていうのは何か申し訳ない。


「勘違いしているようだが、Bランク認定試験は別に流れておらんぞ。お前さん達は順当にダンジョンを制覇して、ダンジョンコアを砕いたのだからな」

「あ、そうだったんですか」


 とは言っても、審査員のブローガさんの見えないところでやっても意味は無いような気もする。しかもあれを砕いたと言っていいのか。ダンジョンコアが魔獣になったから、それを倒したに過ぎないのだけども。

 まぁ、あって困るものでは無いし、ありがたく貰っておくとしよう。


「ただ、合格したのはお前さんだけだがな」

「あぁ、やっぱりそうですか」


 ミカはやはり無理だったか。まあ、ダンジョンコアを砕いた……というか倒したのは実質俺達のチームだしな。

 俺と一緒にダンジョンコアを破壊出来ればBランクになれるかも……と、下手に希望を与えるような事を言ってしまった。不確定要素があったとはいえ、彼女には悪い事をしてしまったな。


「お前さんの仲間達も、一つずつランクアップしてCランクじゃ。傍に居るんだろうが、後で渡しておいてくれ」


 と、アルカとルークの分のカードも渡してくれた。


「Bランク以降は国外での活動も認められる。お前さん達にとっては都合が良かろう」


 そんな事を言うって事は、これから先の俺たちの行動は分かっている訳ね。


「どうもすみません」

「なに、ここまで国内で騒がれてしまったら仕方あるまい。行先は隣国のルーベリーかね」

「その予定でいます」

「……条件はそろっている訳か」


 やがて、溜息と共にそんな言葉を吐いた。

 なんだ? 何か不穏な一言だな。ひじょーに嫌な予感がします。


「レイジ君。Bランクハンターとなった君に、一つ依頼を頼みたい」

「うげ」


 嫌な予感的中。ギルドマスターから直々に依頼って、相当面倒な依頼だろ。

 露骨に嫌な顔をしてしまったが、このギルドマスターには色々と借りがある。引き受けられるレベルのものだったら引き受けても構わないかな。

 俺はとりあえずコホンと咳払いをして、改めてギルマスに向き合う。


「……分かりました。ギルドマスターには面倒な事後処理をしてもらった恩があります。ただ、引き受けるかどうかは話を聞いてから決めます」

「それも当然じゃな。依頼は、正確には儂からでは無い。それに、仕事の舞台はお前さんがこれから向かうルーベリー王国じゃ」

「では、ルーベリーのギルドからの仕事ですか?」

「いや、それが実にややこしい依頼なのじゃ。まず、以前Bランク認定試験の際、ハンターチームの一組が暴走した事件があったのは当然覚えているな」


 ……忘れる筈も無い。

 結果として死者を出してしまったし、奴らのうちの一人は俺達の因縁の存在と繋がっている可能性がある。その際にフェイと出会った訳だが、もっと上手く動けばあんな結果にはならなかったのではないかと、今でも悔やまれる。


「それなのじゃが、どうも奴等の目標は君達では無かったらしい」

「……え?」


 いや、あいつ等は確かに俺を狙っていた筈だ。俺が問い質そうとすると、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「詳しくは、その狙われた張本人から説明があるみたいじゃ」

「張本人って……」


「やあ、僕ですよ」


 そう言って室内に入って来たのは、チーム・炎獣のリーダーを務めている男……セージだった。

 と言う事は、狙われた張本人って、まさか……


「改めて名乗りましょう。僕の名は、セルジオ・アント・ルーベリー。認めたくないけど、ルーベリー王国の第一王子……っていう立場になっています」


 ……ちょっと待て。

 一気に話が急展開して、なんか頭が痛くなってきたぞ。


 今コイツ、ルーベリーの第一王子って言ったな。……って事は、俺も認めたくないんだけど……


「もしかして、時期王様だったりする?」

「まぁ……順当に行けば」


 認めやがった。

 あぁ~~頭が痛い。

 なんか、知らない間にまた王族関係の事件に巻き込まれていたみたいです。


「依頼っていうのは、これからルーベリーに戻るから、僕が王座に就くまでの間の護衛をして欲しいんだ」


 とんでもなく面倒な依頼でした。


 ……やっぱり、そのまま竜王国に行けば良かったかなと後悔したのだった。


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