89話 面接官レイジ
エメルディア王国を脱出しておよそ三日が経過……。
砂漠のど真ん中にアルドラゴを隠し、完成したばかりの《リーブラ》を駆って広大な砂漠をドライブ中の事だった。
レーダーが、魔獣の群れとそれに追われている少数の人間を感知。
知ってしまった以上、放っておくことは出来ない……と、急いで現場に急行。魔獣を掃討し、追われていた若いハンター達を保護し、今の至る。
ルーベリー王国に到着して早々に人助けとは、運が良いのか悪いのか。
まぁ、新アイテムを試すいい機会と言えば機会と言えるかも……と、己を納得させる。
俺は、改めて助けたばかりの少年少女を観察してみた。
見た目は普通の人間……この世界で言う人族には違いない。耳は尖がってないし、体毛がある訳でもない。
ただ、歳の方は全員14~16歳と中学生もしくは高校1年と言った所か。俺が今現在17歳だから、それよりは年下に見える。ただ、土地のせいか全員エメルディア人よりも肌が浅黒いようだな。
それにしても、ハンターでこんなに若い連中が固まっているというのは珍しい。しかも、全員が魔術師というのはどういうこった。
「あ……僕たち、魔法アカデミーの生徒なんです」
イーディスと名乗った真面目そうなリーダー的立場の少年が答えてくれた。
魔法アカデミー!
さすが異世界! そういう学校まであったりするのか。なんか俺はジーンと感動してしまったぞ。習っている分野も世界も違うとはいえ、彼等は立派な学徒。
……つまりは俺の後輩ではないか。なんかかつての世界が懐かしくなってしまったな。俺はあまり後輩やなんかと交流を持つタイプではなかったが。
『ねぇねぇリーダー……とにかく中へ案内したら? 詳しい話は中で聞けばいいんじゃないまのさ』
「それもそうだな。君達、良ければマイアまで送って行くけどもどうだ?」
ルークの提案に頷き、《リーブラ》の中へと四人を招く事にした。だが、さすがに四人は得体の知れない物体である《リーブラ》の中へと入る事には抵抗がある様子。気持ちは分からんでもないが、このまま四人を歩いて帰れとほったらかす事が出来る程、俺は悪には染まってないぞ。
「大丈夫大丈夫。中は冷房完備で快適だし、マイアまでものの30分程度で着ける筈だから」
「えっ? マイアまで30分!?」
その返答で、彼らがここまで何時間もかけて来たのか理解できたぞ。
さすがに今の疲弊しきっている状態で、その帰り道を歩ませる訳にもいくまい。
俺の熱心な勧めにようやく四人は頷き、慎重な足取りで《リーブラ》へと足を踏み入れた。
異世界人に初めて公開しよう。
これが遂に完成した居住可能な
「「「「うわぁー」」」」
四人揃って感嘆の息が漏れる。
ふふん凄いだろう。車体のコンセプトはキャンピングカーだが、内装は高級リムジンをイメージしてある。さすがにシャンパンとかは用意してないが、ふかふかソファーにがっちりしたテーブル。ちょっとした会議だって出来たりするのだ。
四人は俺が勧めると、恐る恐ると言った感じでソファーへ座る。
「「「「うわああああ」」」」
今度は何やら感動したかのような声か漏れた。
ソファーの座り心地はどうだ。凄いだろう。この世界にゃここまでふかふかソファーを作る製造技術は無いだろうからな。
「んじゃルーク、とりあえず出発して」
『アイアイさー!』
壁で隔てられているが、運転席からスピーカーによって返事が聞こえて来た。
運転しているのはルークであるが、別にルークがハンドルを握っている訳では無い。データのみの状態になって、コンピューターを操作しているに過ぎないのである。一応手動運転も出来るようになっているが、基本的にコンピューター制御の自動運転がメインだ。
レーダーによって周囲の索敵をしながら、魔獣の領域でない範囲を想定しながら目的地へ向かっている。……普段なら別に魔獣と遭遇してもいいんだが、今回は一応お客さんが居るからな。そこは安全運転で行きましょ。
俺は、ド緊張の面持ちで目の前のソファーに座っている四人を改めて見据えてみる。
気分的には面接官だ。
「あ、あの……助けていただき、あ……あ……ありがとうございます」
まず、リーダーっぽい少年が頭を下げた。
精一杯勇気を振り絞っているが、心臓はバクバクだろうに。残りの三人なんかガタガタ震えちまっているぞ。
まあ、見知らぬ男達に突然こんな訳の分からん物体の中に閉じ込められて、不安で仕方ないよな。
「別に取って食おうってんじゃないから、少しは安心してくれよ」
俺は緊張ほぐそうとして笑みを浮かべて見せた。
反射的に少年も笑みを浮かべるが、その笑みは引きつっている。
さて、どうしたもんか。
「主、まずは我々について詳しい紹介をした方が良いのでは?」
「それもそうだな。さっきは慌てていたし……」
って事で、俺はテーブルにドンと身分証明のカードを置く。
「改めて名乗ろう。俺達は、隣国のエメルディアからやって来たハンターだ。俺は、Bランクハンターのレイジ。そして、俺の率いるチーム・アルドラゴだ。よろしくな」
カードを注意深く調べ、ようやく俺が正式なハンターだと認識したようだ。
四人の警戒が少しだけ薄れたように感じた。
「ところで、君達について少し教えてもらってもいい?」
「えっ? 俺……いえ、僕達……ですか?」
「まだ名前も何も聞いてないからな。自己紹介してもらっても構わないかな?」
俺がそう言うと、四人は目を合わせて頷き合う。
どうも、ようやく話してくれる気になったみたいだ。難しいもんだね、後輩の扱いってもんは。
………
……
…
簡単な自己紹介が終了。
彼らは、マイアにある魔法アカデミーの生徒。生徒と言っても、彼等は貧乏貴族の跡取りであり、実家からの仕送り程度では生活費はまかなえず、日銭を稼ぐためにハンターを兼業しているんだとか。
……世知辛い世の中だなぁ。
で、学生君達の簡単な説明。
決して俺が言えた立場ではないが、フツメンで真面目っぽい顔立ちの少年がイーディス。
一応リーダーっぽい立場というか、仕方なくまとめ役をやっているらしい。
続いて生意気っぽい悪ガキめいた顔立ちの少年がランド。
よくある悪友ポジションらしい。話を聞いた限りの印象は、身の程知らずの
続いてギャルっぽい顔立ちの少女がリアン。
赤いメッシュの入った金髪短髪の女の子で、やる気があるのか分からない、どこかぼーっとした態度である。美形に弱いのか、さっきからチラチラと俺の隣に座っているゲイルを見ているな。あくまで俺では無く。
最後に、他の面子に比べて地味な顔立ちの黒髪長髪メガネっ娘がエステル。
地味と言っても、俺から見て十分美人な範疇だと思う。多分、化粧とかしたら化けるタイプだなこりゃ。
彼等は、学校ではよくある課外授業の一環でハンターの仕事をしていたらしい。学生故に社会常識に欠けている部分があり、魔法の力に有頂天になって自分達ならこの程度の魔獣倒せるんじゃね? と勘違いを起こしてしまったのだとか。
新人ハンターのあるあるネタだなぁ。
「結果的に生きているから良かったものの、もし俺達が近くを通らずにそのまま見過ごしてしまったら、どういう結果になるかお前達も理解できるよな」
俺がそう言うと、あの時の恐怖が蘇ったのか、四人の顔が絶望に歪む。
何らかの奇跡が起きない限り、そのまま冥界行きだっただろうな。
まあ、何らかの奇跡が起こった結果が、今の状況とも言えるけども。
俺自身はそういう事は無かった……と思うのだが、ブローガさんやジェイド達から雑談としてそういう話はたくさん聞いていたからな。
年間、数十人の新人ハンターが、自分の実力を見誤って帰らぬ命となっているらしい。
そう指摘すると、四人は恐縮したようにさらに縮こまる。
う~む。先輩ってのはこういう感じなのか。なんか気持ちいいな。
「あ、あの……良かったら僕たちに魔法を教えてもらえませんか?」
意を決したようにイーディス君が言う。
その発言に、他の三人もうんうんと大きく頷いたのだった。確かに、ポンポンと手も触れずに魔獣をどんどん倒して行ったのだから、凄腕の魔術師と思われても仕方ない。なんだけど……
「悪いが、俺は魔術師じゃないんだ」
俺の発言に「ええー」とがっかりする四人。ああ、うん。気持ちは分かるけどね。
体質……っていうか体の構造的に俺には魔法は使えないのだ。だから仕方ないじゃねぇか。
「魔術師なのはこっちで……って事で、おーいアルカー」
『呼びました?』
本当なら魔晶モードで俺の胸に収まっていたんだが、せっかくなので実体化してもらった。いきなりパッと姿が現れるとお客が驚くだろうと思い、奥の居住スペースより現れてもらう。
見た目は絶世の美女であるアルカが現れ、四人は目が点となった。
ああ、うん。気持ちは分かるけどね。
「マイアに着くまでの間、軽く魔法のレクチャーしてあげて」
『よろしいのですか?』
「どうせ30分間何もすることは無いからな。まぁ、縁があったと思って手助けしてやろう」
『分かりました』
「あと、もし余計な事をしているようだったら……」
『いつもの手ですね。それも分かりました』
それから、アルカさんによる簡単な魔法講義が始まった。さすがにこの狭い車内で実践も出来ないだろうから、講義のみのようだ。
俺は聞いても仕方ないのでその場から少し離れていたのだが、やがてゲイルが近づいてきた。
「いつもの手とはなんでござる?」
「多分、見られるんじゃないかな。あのランドとかいうガキは女好きそうに見えるし―――」
「うぼぼぼぼぼ!!」
早速やったみたいだ。
ランドとかいうガキの頭をすっぽりと水の球が覆っている。あれは、以前アルカに言い寄って来たロクデナシハンターどもにお見舞いした技だ。
およそ10秒ほどお仕置きをした後、水の球を解除する。
お仕置きを受けたランドはもちろん、他の三人も唖然とした顔つきでアルカを見ている。
『せっかくレイの指示で講義をしてあげているのです。話はちゃんと聞きましょう。なんですか、うちの家に専属魔術師として雇ってあげるっていうのは』
ぐったりしたランドを放置して、残りの三人はペコペコと代わりに謝るのだった。
そもそも、話を聞いた限りお前らは貧乏貴族なんだろうが。専属魔術師を雇う金があったら、子供をアカデミーなんかに入れないだろう。
とりあえず、あちらは放置して大丈夫そうだな。
俺はゲイルと共に運転席の扉を開け、運転席と助手席へと腰かけた。勿論、運転をするわけでは無い。
フロントガラスの向こうに広がる広大な砂漠を見て、思わず声が漏れた。
「広いなぁ……」
この国に入った際に何度も見たのだが、やっぱり凄い光景である。見渡す限り広がる、黄土色の世界。地球では、当然砂漠なんてものはテレビでしか見た事が無かったし、特別行きたい場所とも思わなかったが、実際にこの目にするとやっぱり違う。
だが、凄い事は凄いが、一歩外へ出れば地球の砂漠とは比べ物にならない恐怖の世界なのだ。今は《リーブラ》によって守られているが、外に出る際は気を付けなくてはならない。
『ほらリーダー、11時の方向にサンドウォームらしきものが見えるよ』
「マジか」
ルークの言葉に視線を動かすと、確かに巨大な
「もし間近で遭遇したら、お前達に任せるかもしれん」
実際に遭遇してみないとなんとも言えないが、やはり生理的に受け付けないものはなんともしがたい。さっきのでかいサソリは平気だったんだがな。
「ところで、彼等についてはどうするのでござるか? まさか《リーブラ》の中まで見せてしまうとは思わなかったでごさるが」
ゲイルの懸念も最もである。
異世界人にとって俺達の装備の秘密というのは、極力秘密にしなくてはいけない。ばれても俺達自身に大きな問題は無いが、あまりこの世界の文明レベルに干渉したくないのだ。
「心配するな。こちとら、スミスのおやっさんに作ってもらった新アイテムがある」
ニヤリと笑みを浮かべて取り出したのは、一見するとちょっとゴツいボールペンであった。これをどうやって使うのか……俺はゲイルに説明をした。
………
……
…
30分が経過し、第二都市マイアとやらが視認出来るレベルになってくる。
俺はルークに指示して、都市からおよそ3キロ程度の場所に《リーブラ》を停車させる。
さすがにこれでどーんと都市に乗りつける気はサラサラない。そんな事をしたらとんでもない事になるってぐらい分かるぞ。
俺は学生四人に《リーブラ》を出るように指示し、自分達も外へ出る。
砂漠特有の痛いほどの暑さがむき出しになっている顔を刺激する。身体はスーツの耐熱機能によって平気なんだが、顔はどうしようもない。まあ、頭は耐熱ジェルのおかげで無事だから、熱中症になる事はあるまい。
「悪いが、ここからは歩きだ」
俺の言葉に、四人はがっかりした表情となる。まあ、あの便利さを知ってしまったらそうなるよね。後3キロはこの暑い中歩かなきゃいけないんだし。
「ルーク、じゃあ頼むよ」
『アイさー』
背後の《リーブラ》を操るルークに合図を出すと、今まで地面スレスレを浮いていた《リーブラ》が砂の上へと接地する。
そして、そのままじわじわと砂の中に沈んでいくではないか。
その様子を学生達はまたしても唖然と見つめていた。
凄いだろう。カルチャーショックだろう。
ヤバいな。こんな感じで異界人をびっくりさせるのが快感になってきたかもしれん。今後は少し自重しないといけないな。
さて、このまま彼等学生を放置するわけにはいかん。
彼等は見てはいけないものを見てしまったのだ。……まぁ、わざと見せたんだけどさ。
「はいはい。君達ご注目!」
俺の言葉に、まだ唖然とした顔つきの四人が振り返る。
俺の手には、先ほどゲイルに説明したボールペンが握られていた。それのペン先じゃない方を彼等へ向け、チラリとうちのチームの様子を確認。うん、全員バイザーを装着済みだな。
俺もバイザーを目元に下げ、ボールペンのボタンをカチリと押す。
ピカッ……と、眩い光りがこの場を照らす。
光りを直接目で見てしまった四人は、口をポカンと開けた間抜けな顔で棒立ち状態になっていた。
よし、効いた!
「君達はこの近くで魔獣に襲われている所を俺達に助けられた。よって、でかくて黒い砂の上を浮いたまま走る車なんて見ていない。いいね」
「「「「はい、見ていません」」」」
まるで機械のように復唱する四人。ちょっとかわいそうとも思ったが、《リーブラ》の秘密を明かすわけにはいかんのだ。
そう、これは某映画に登場した、地球に滞在するエイリアンを取り締まるエージェント達が使用する記憶改竄装置である。
ただし、まだまだテスト中のものであり、記憶改竄は一時間以内の出来事に限られる。面倒な物を見られた場合は、これで記憶を消させてもらう事にした。
名前は映画そのままだと問題がありそうなので、メモリーイレイザーと呼んでいる。ペンの形をしているのに消しゴムという……どうだこのセンス。
「さて、じゃあ3キロ先のあの街まで、歩くとするか」
こんな形で到着早々に色々ありつつも、俺達チーム・アルドラゴは学生四人を伴い、ルーベリー王国第二都市マイアへと足を踏み入れたのだった。
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