88話 暫定艦長とAIの仲直り
オーバーリミットモード。
私の知らぬ間にアーマードスーツに組み込まれていた、裏技的な機能です。
スーツのパワー増強システムを過剰暴走させ、本来の上限である100%の更に更に上……300%まで力を増強させます。
無論デメリットもあり、パワーを過剰に増強させる為にあまり長時間は持ちません。しかも、この機能を使った後はパワーがほとんどゼロになってしまうという戦闘においては諸刃の剣と言えます。
また、スーツ全体が高熱を発するようになるため、装着者はそれに耐えながら戦わなければならないのです。ケイ自身も、最初に発動した時は脳が沸騰しかけました。今はその対策に耐熱ジェルを髪に塗り込んでいるので、ある程度は大丈夫なはずなのですが。
この姿となったケイを見るのは二度目ですが、正直この機能を再び目にする事は無いと思っていました。ケイ自身も強くなりましたし、この世界の強者のレベルを把握してからは、十分今のままで渡り合えると判断したのです。
そんな形で今のケイを呆然と眺めていたのですが、そこへ元凶であるゲイルが近寄ってきました。
「アルカ殿! これは一体どういう……」
『ゲイル! 貴方は―――!!』
とりあえず拘束しなければ……と魔力を構成しようとしたら、何処からともなくルークが飛んできました。
『お姉ちゃんちょっと待ったー!! これ、色々とワケありなんだよ!!』
『ワケ? どういう事ですか!?』
キッとなって二人に詰め寄ると、二人はしどろもどろになりながらも答えました。
『えーと、お姉ちゃんずっと引き籠っていたじゃん。でも、リーダーに対して怒っている訳でもないみたいだし、何かきっかけがあれば出てくるだろうと思って……』
「それで、主がわかりやすくピンチになれば、アルカ殿も姿を現すのではないかと思い、一芝居売ったのでござるが……」
『……という事は、当然ケイも共犯という事ですか?』
二人はコックリと頷く。
その反応に、私はがっくりと項垂れてしまいました。
ただ私を外に出す為にそんな……。まぁ、その計画自体は成功で、私はこうしてのこのこと出て来てしまった訳ではありますが。
そうして余計な事を話し合っていると、背後より嵐のような衝撃が迫って来たのです。
一瞬にしてこちらに向かってきたケイが、虚ろな瞳のまま私達に向かって拳を振り下ろしたのです。
私達は三方に散って避けたのですが、ケイの振り下ろした拳の先にある地面は、ボゴンという轟音と共に砕け散り、隕石でも落下したかのような巨大な穴を作りあげました。
相変わらず、でたらめなパワーですね。
「それでアルカ殿! これは一体何なのですか!?」
『これはオーバーリミットモード。……簡単に説明すると―――』
私は手早くオーバーリミットの特性を説明。ですが、当然ながらルークやゲイルには疑問が出ますよね。
「何故、それが今発動したのですか!?」
『あれは、ケイが不意に意識を失うか、思考能力が著しく低下した状態になり、更に近くに脅威存在があった場合、自動的に発動する仕組みになっているのです。そして、脅威になるものを排除する……いわゆる自動防御機能ですね』
「主は下手な攻撃だとアルカ殿にばれるから、なるべく本気で殴ってくれとの話だったのですが……」
ゲイルの話では、それでもむき出しのままになっている頭部は狙わなかったとの事。しかし、吹き飛ばされた衝撃で頭を打ち、軽い
その衝撃で、オーバーリミットが発動してしまったという事でしょうか。せめて、バイザーとか他の装備を身に付けてくれていたら、頭もしっかり守れた筈なのに……。
まぁ今更言っても仕方ありません。
幸い、最初に発動して以降は、それを制御できるアイテムを装備―――
―――していない。
制御アイテムであるリミットタイマーの力の源って、そもそも私じゃんよ。
以前は私が傍で管理するからと思ってそういう機能にしていたのですが、実体化が出来るようになって以降はケイの傍から離れる機会も多くなっていました。
そして、オーバーリミットを使うような強敵も現れない為、そちらの機能の変更もすっかり忘れていたのです。何やってんだ私!
『と、とにかく! 一旦拘束して、制御アイテムによってオーバーリミットを解除します!』
オーバーリミットは元々長時間持たない為、このまま放置する事も出来るのですが、それだとケイ本人の被害が大きいのです。本来ならば、大きな被害が出る前にリミットタイマーによって、強制的に解除するものなのですが、今はそれが出来ません。
よって、外側から強制的に解除するしか方法が無さそうです。
私は氷の魔法を構成し、ケイの四肢を凍結させます。
が、完全に凍り付く寸前に四肢を封じていた氷は砕け散り、ケイの身体は自由を取り戻してしまいました。
続いて、ルークがケイの四方を土の壁によって遮り、その身を封じようとするのですが、やはり完全に身動きがとれなくなる前に壁を破壊し、そこから抜け出してしまいます。
なるべく傷つけないように拘束しようとするというのは難しいですね。
それに、今のケイはむっちゃくちゃ強いのです。下手に攻撃を食らったとしたら、私達でも破壊される恐れがあります。私達も、意識が入っている状態で、本体である魔晶が破壊された場合はそのまま意識まで消滅してしまうのではないか……というのが私の仮説です。試すなんて怖くて出来ないですけど。
やがて、何か考え込んでいた様子のゲイルが口を開きました。
「アルカ殿、ルーク殿、そのまま主を例のポイントまで誘導するのはいかがでござろうか」
『例のポイント……ですか?』
私が首を傾げると、ゲイルは説明します。
「この件が終わった後、予定している事があったでござる。アルカ殿は聞いていないと思うでござるが―――」
ゲイルから簡単に話を聞くと、私は彼の作戦を理解した。
なるほど。それならば、ケイの動きを止める隙も見つけられるかもしれない。
『ルーク! 貴方はそのポイントまでの道を作成してください。私がケイをそこへ運びます』
『アイアイさー!』
ルークが大地に手を置くと、ケイの周りの大地がボコボコと隆起して、左右を壁で囲った即席道路が出来上がります。
再びケイが抜け出す前に、私は地面の下の水脈を探りました。そして、その水を地表へと噴出させ、ルークが作り上げた即席道路へ流し込みます。
圧倒的な水の力によってケイの身体は即席道路を道なりに流されていきます。言ってみれば、即席ウォータースライダーですね。
ケイの身体が流された先にあるのは、今現在私達が拠点としている巨人の谷に巣食う魔獣達の領域です。
元々の計画では、ここの魔獣達を掃討して魔石エネルギーを溜めるつもりだったのだとか。
そして、この谷に巣食う魔獣は、巨人の谷という呼称の通り、正に巨人。
中級魔獣“ギガース”です。
見た目は、大体5メートル程の毛むくじゃらの猿人……。ケイの見た映画の中に、巨大な猿が都会で暴れまわる作品があったと思うのですが、大体あんな感じです。アレよりも見た目はより毛むくじゃらですけど。
私達がケイを送り込んだ先には、10体程のギガースが身体を丸めて休んでいた所でした。
ですが、ギガース達は異分子が近づいた事に反応して起き上がります。対するケイも、敵意を察知したのか攻撃の対象をキガース達に切り替えたようです。
激闘が始まりました。
ギガース達はケイへと飛びかかりますが、それよりも速くケイが拳を叩き込み、文字通り敵を粉砕します。傍から見ると、相変わらずとんでもないパワーですね。
次々にギガース達はケイに向かっていきますが、当然歯は立ちません。やがて、勝てない事を悟ったギガース達は飛びかかるのを止めて後ずさりし始めました。どうやら逃げるつもりのようです。
ですが、ケイは逃げる事を許しません。まるで瞬間移動でもしたかのようなスピードで逃げようとするギガースに接近し、次々に拳や蹴りを打ち込んでいきます。
「隙が無いでござるな」
私達は遠くから戦いの様子を観察して、拘束の隙を伺おうとしていたのですが、やはり中級魔獣相手では隙は作らないようですね。それこそカオスドラゴンクラスでないと難しいのでしょうか。
こうやって見ているうちに、ギガースの数は減っていき、やがて無くなります。それに、制限時間の方もあまり残されていないでしょう。
「仕方ないでござる。拙者が相対して隙を作ろう」
ゲイルがアーマードスーツの出力を上げ、その場から飛びそうとしたので、私は慌てて止めます。
『いけません。十分な装備も無い今、貴方では危険です』
「でも、これは元々拙者の責任でござる。責任は取らなければ……」
『……いえ、元々の原因は私にあります。ですから、私がケイを止めます』
『でも……お姉ちゃん……』
『大丈夫です。これでも、今の状態のケイを止めるのは二回目ですから』
心配そうにこちらを見る二人ににっこりと笑みを作り、私は改めてギガースを蹂躙しているケイを見据えました。
そう、これは私の役目だ。
元々、艦長を支えるのがサポートAIの仕事ではないですか。それを職場放棄した結果が、この有様です。
これは減給を受けても仕方の無い事じゃないですよね。
いえ、これはある意味時間外労働ですから、残業代も含めてしっかり報酬を受け取るべきでしょう。
『さてと……でしたら、しっかり就労義務は果たさないといけないですね』
最後のギガースをケイが屠った所で、私はその場から飛び出した。
『さあケイ! 私はこちらです!!』
声を掛けた私に反応して、ケイの虚ろな瞳がこちらに向きます。
そして、超スピードで駆け出しました。
―――速い!
駄目です。対処できる自信は6割程でしたが、スピードそのものが、こちらの計算よりも速い。
私は衝撃を覚悟して、目を
(アホか! 誰がそんなこと望むかポンコツAI!!)
え―――
そんな声が私の思考回路に響いた―――ような気がしました。ケイの声に似ていたような気がしましたが、今のケイはバイザーを着けていないので、そんな事はありえません。
そして目を見開くと、ケイの拳が私に命中する寸前で動きを止めていました。
まさか、オーバーリミットの機能が停止した……という訳ではないようです。現に拳はプルプルと震え、ケイの目はまだ虚ろのまま……いえ、原因が何か今はどうでもいいです。
私は実体化している水の身体をスライムのように軟体化させました。そのままケイの身体に纏わりつき、動きを封じます。
ケイは当然暴れますが、氷や土と違って、今の私を壊して振りほどく事は不可能です。とは言え、力勝負ではあちらに分があるので、それで立ち向かうつもりはありません。
それにしてもケイの身体はやはり異常に熱い。私は本来リミットタイマーの役割として、まずケイの身体を強制冷却する為に冷気魔法を発動します。
そしてスライムの状態でスーツの内部へと潜り込みスーツの機能に干渉。オーバーリミットの機能を強制シャットダウンします。
結果、スーツの赤いラインは無色へと戻り、シュウウとケイの身体がまるで
シャットダウン成功! オーバーリミットはこれで沈静化しました。
後は、体温が高熱状態になっているケイの身体を冷やさないと。私は、身体をスライムの状態から元に戻し、エネルギーの続く限りケイの身体を冷やし続けました。一気に凍らせると身体の機能が壊れかねないので、ゆっくりと少しずつ体温を冷やしていきます。
一度経験済みですが、なかなかに繊細な作業なので大変なのですよ。
「ア……ルカ……」
やがて、ケイの口から絞り出すような声が漏れました。
『ケイ、意識が戻りましたか』
本来ならば喋らない方が良いのですが、今は少しだけケイの声が聞きたいと思いました。
「なんか……また迷惑かけちまったな……」
『ええ。でも、いつもの事です』
「なんか……その……ごめ―――」
『謝罪なら、もう38回も聞きました。それに関しては聞き飽きましたので、もうどうでもいいです。今はとにかく、体を休めて下さい。話は後でまた聞きますから』
「そう……か」
ケイは、それでやっと安心したように息を吐いた。
思えば、ケイと話をするのは久しぶりですね。以前は話そうとするとバグが発生したものですが、今は普通に話せるようです。ふむ……こうして冷却作業をしているので、偶然にも直ったのでしょうか。
疑問に思っていると、私達の元へルークとゲイルがやってきました。
「どうやら仲直り出来たようでござるな」
そう安心したように言うのですが、その言葉には疑問があります。
『そもそも、私達は別に喧嘩などしていませんよ』
「えっ? そ、そうだったの?」
なんでケイの方がびっくりしているんですか。
「それにしてもアルカ殿」
『なんですか?』
「その状態だと、まるで裸で抱き合っているように見えるようでござる。せめて服を着るべきだと思うのでござるが」
「……何?」
ケイが気づいたように私の状態を確認します。
確かに今の私は一部半透明ですが、人間で言うところの裸のような状態ですね。スライム化する際にアーマードスーツは脱ぎ捨てましたし、ケイ自身もアーマードスーツを解除しているので、上半身は裸で下半身はパンツのみという状態です。
そもそも、スーツ越しに冷やすよりは直に冷やした方がいいだろうと思ってこのままにしているのですが、何か問題があるのでしょうか。
すると、ケイが突然暴れ出しました。
「おいアルカ馬鹿野郎! さっさと離れろ! そして服着ろ!!」
『馬鹿とは何ですか! それに、また体温が上がりました! 早く冷やさないとダメです!!』
「大丈夫だから! もう大丈夫だから、早く離れてくれ!!」
『だめですー!』
ゲイルはきょとんとした様子のルークを連れて私達に背を向けて去っていきました。その顔は何故だか笑っていましたね。
ケイの方はなんとか私から逃げようと暴れていますが、スーツも着てないのに私に勝てるか。強引に組み伏せて冷却作業を続けました。
……やはり、ケイは私が側に居ないとダメダメですね。
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