84話 巨人の谷
「君に問いたい。もし、親しい者の自由と引き換えに、誰かの命を奪う事を要求されたとする。その場合、君ならばどうする?」
「そ、それは……」
漫画、小説、ドラマ、映画……様々な媒体で、散々描かれてきた二択である。
そのたびに、様々な解決法があった。
だが、今この状況……アルドラゴより離れ、アルカもルークも傍に居ない。
狭い洞窟の中で、傍に居るのはゲイルさんのみ。
しかも、それは向かい合っているゲイルさん……いやゲイルから問われたものだった。
頭が真っ白になり、どれが最適な受け答えなのか、判断する事が出来なかった。
何故、こんな事になっているのか……俺は、アルドラゴからゲイルが消えたとの報告を受けた後からの事を振り返ってみた。
◆◆◆
ゲイルさんが艦内から消えた後、俺はアルカとルークをブリッジへと呼び、より詳しい話を聞くことになった。
そもそも、どうやってゲイルさんが艦から抜け出したのだという話なのだが、どうも現在水や食材等の資源を搬入している最中だったらしい。
これからエメルディアを離れる為、現時点で補給できるものはしておこうという事になったのだ。
そのために格納庫を開け放していたらしいのだが、外からの侵入者の警戒はしていても、中から出て行く者の警戒は全くしていなかった。
すいません。そもそも、補給の指示出したのは俺です。タイミング悪かったなぁ。
でも、抜け出したという事だが、疑問は残る。
そもそもなんで抜け出したのかという事だ。
話した回数は多くないけれど、助けられた礼も言わずに去るような人間には見えなかったぞ。でも、エルフだから、そもそもの考え方が違うと言う可能性も言い切れない。
『もしかしたら、正体不明の存在に拉致されたのでは……と勘違いされたのでは?』
「……あ」
アルカの指摘に、俺は気づかされた。
そういや、俺もこの艦内で目覚めた当初は宇宙人か何かに誘拐されたのだと勘違いしたっけな。ひたすら出口を求めて歩いたし、それによって出口を見つけたのならば出るか。……出るよなぁ。
その辺の配慮を怠っていた。せめて、目覚めた時に事情を説明できる誰かを傍に置いておくべきだったな。
……反省。うん、とりあえず頭を切り替えましょう。
「ひとまずゲイルさんを探そうか。彼の今の体力で、この付近を出歩くのは危険だ」
俺の提案に、二人は頷く。
そう、ここはこれまでアルドラゴを隠してきた岩場ではないのだ。あの岩場であれば、低級の魔獣は多少跋扈している程度で済んだだろうが、ここは違う。
ここは、エメルディアとルーベリー王国の境界線と言っても過言ではない場所……。
まるで星そのものが二つの割れているのではないかと錯覚されられるほどの深淵の闇を持つ渓谷。国内外では“巨人の谷”と呼ばれている場所だった。
いわゆる大型魔獣の縄張りであり、ここならば誰も手を出してくる事は無いだろうと判断して、とりあえずの拠点としている。
それだけに、とてつもなく危険な場所なのだ。アルドラゴに乗っている限りは絶対安全だが、一歩外に出てしまえば違う。
『ゲイルにーちゃん、スーツも武装も持ってないしね』
ルークの言うとおり、ゲイルさんはアーマードスーツもライトニングボウも今は持っていないのだ。
素の状態でどこまで戦えるのかは知らないが、大型魔獣と戦えるとは思えない。なんとかして保護しなくては。
『アルドラゴの探索可能範囲は2キロ以内です。それ以上はエネルギーの消費が大きすぎます』
「相変わらず燃費悪いな。でも、ついさっき出て行ったなら、それほど遠くに行ってないんじゃないか?」
『分かりました。探知開始します』
俺でも理解できるようにと、ブリッジ正面にある巨大モニターに周囲のマップが表示される。
周囲を探査する為のレーダーが発信され、ピコーンとモニター内に反応が映し出される。
「居たね」
『居ましたね』
まだそれほど遠くには行っていないみたいだ。ただ、方向からしてエメルディア方面じゃなくてルーベリー方面に向かっているみたいだな。その方向には底が見えない程に深い谷があり、徒歩では越える事は出来ないんだが、今の彼が知っているかどうか怪しいな。
ともあれ、魔獣に見つかる前になんとか確保しておかないと。
……だが、これはある意味チャンスか。ゲイルさんにあのクズ聖騎士を逃がしてしまった事を伝えないと。
「アルカとルークはここに待機していてくれ。ゲイルさんには話したい事もあるし、俺一人で会いに行く」
そう言うと、ルークは不安そうな顔をしたが、アルカは俺の言葉を予想していたように軽く頷いて溜息を吐く。
『こちらで監視はしていますが、十分に気を付けてください。魔獣が近づいた場合は、警告します』
「悪いな。頼むよ」
とりあえずスーツとバリアガントレット、ジャンプブーツだけ装備していこう。戦いがメインじゃないから、これだけでも良いだろう。
そう判断し、俺はアルドラゴから飛び出した。
巨人の谷は、大小さまざまな岩山が点在している。実際に見た事は無いのだけど、グランドキャニオンとかこういう感じなのかなと、最初見た時は結構感動した。
だが、天を見上げると今は漆黒……いや、赤い月が見えるから赤の闇か。時刻はいつの間にか夜になっていたらしい。俺はバイザーの機能のおかげで昼間のように見えるが、ゲイルさんはそうはいくまい。早いところ合流しないと、下手したら渓谷から落ちるぞ。
点在している岩山をポンポンと蹴って跳び、俺は座標に表示されているゲイルさんへと近づいて行った。
……覚悟は決めたんだが、こうして近づくと緊張してくるなぁ。ゲオルニクスさんの仇の命を救い、結果として逃がしてしまったのだ。一、二発は殴られるのは覚悟している。
しているけども……やっぱり怖いなぁ。覚悟はあるけど、怖いのはまた別問題だ。
やがて、その姿が視界に入ってきた。
見れば、ゲイルさんは渓谷にある崖の淵の部分を歩いているではないか。なんとおっかねぇ行為をしているんだか。
ちなみに服装は、出会った時と同じく簡素な民族服のようなものになっているな。やはりアーマードスーツは着用している訳では無い。
「ゲイルさん!!」
俺が跳びながら声を掛けると、彼はゆっくりとこちらを向いた。
良かった。見た所ゲイルさんは冷静そうに見える。
俺はその傍へと着地すると、改めてゲイルさんに向き直った。
「やあ、思っていたよりも来るのが早かったね」
何故か彼は苦笑するようにそんな言葉を吐き出した。
???
ゲイルさんの態度がよく分からない。俺が来るのを予想していた? 一体どういうつもりなんだ?
「ええと……改めて自己紹介します。俺は彰山慶次……この世界では、レイジという名前で通っています」
「ああ、俺の名前はゲイル。改めてだがこちらも、名乗っておこう」
互いに自己紹介が終わり、静かな谷に風の音だけが響く音がする。
なんというか、実に話しにくい。緊張しているせいか、会話が続かねぇぞ。
「その……さっきゲイルさんが目覚めた場所は、俺の船の中なんです。少なくともここよりは安全が保障されている場所ですから、戻りませんか?」
「ああ、やっぱりそうだったか。そうじゃないかとは思っていた」
「え?」
予想外の言葉に、俺はポカンとしてしまった。
「じゃあ、なんで抜け出したりしたんですか。こっちも、ゲイルさんに話しておかなきゃいけない事がたくさんあったんですよ」
俺がそう言うと、ゲイルさんは少しだけ寂しそうな顔を見せた。
「そうか。それは申し訳なかったな。……だが、俺としては色々とどうでも良かったんでね」
「……どうでもいい?」
「ああ。爺ちゃんが死んで、この世界に親しい者は誰一人居なくなってしまった。仇もとったし、もうこの世界で俺がやりたい事は何も無いんだよ」
「!!」
それは生きる目的を見失ってしまったという事なのか。
確かに、ざっとであるが彼の事情は聞いている。幼い頃にこの世界に転移して、以後はあの老竜ゲオルニクスに育てられてきた。
それだけが彼の世界であり、全てであったのだ。それを突然失って、自暴自棄になっているというのか?
……俺には、彼の気持ちが理解できるなんて言えないし、上手く言葉を尽くして早まった気持ちを抑えてもらうなんて事は出来そうもない。
だったら、せめてこれを伝える事で少しでも生きる理由になれば……
「そ、それが……その仇……あの聖騎士の顛末だけど……実は……」
「あぁ、生きているんだろ。知っているよ」
「えっ!?」
いともあっさりと答えて見せた。そう言えば、それっぽい事をあの最後の戦いの前に行っていた気がするが、何故彼が知っている?
俺の疑問を他所に、ゲイルさんは続ける。
「だが、だからと言ってそれを責めるつもりはないよ。俺自身はあの戦いでけじめはつけたつもりだ。奴を恨んでいないと言えば嘘だが、だからと言ってもう一度殺してやろうっていう気は起きないな」
「そ、そうなんですか……」
「ああ。だから、今の俺は生きると言う事に目的を見いだせなくなってしまった。別に、このまま死んでも構わないと思っているよ」
「そ、そんな……」
「そんな顔をしないでくれ。だから、俺は一つ賭けをしたんだ。君がどういう選択をするかという賭けだ」
「賭け?」
「ああ。でも、これは願掛けみたいなものだ。だから、その結果を君は気にしなくていい」
すると何を思ったのか、ゲイルさんはそのまま崖からその身を投げ出した。
実に自然とした動きで、俺は彼が視界から消えるまで気づけなかった。
「ゲイルさんッ!!」
思わず手を伸ばすが、当然手を伸ばしただけでは届かない。彼の身体は既に奈落の底に向かって落ちていたのだ。
俺は無我夢中になって、そのまま崖から飛び降りた。
同じく崖を飛び降りた俺を見て、ゲイルさんの目が見開く。
このまま落下しても、距離は縮まらない。俺はジャンプブーツを小刻みに発動させて、下方向に加速。一瞬にして距離を詰め、その腕を掴んだ。
よし!
そのままジャンプブーツで跳び上がれば……
あれ?
ブーツから空気は放出されている。だというのに、上手く跳べない? 僅かに身体は持ち上がるんだが、一向に崖の上までたどり着けないぞ。まるで、下から足を引っ張られているかのように身体が重い。
「どうやら、この谷の底から強力な魔力が発生しているようだね。それこそ、谷に近付く者を吸い寄せてしまう力があるらしい」
ゲイルさんがやけに落ち着いた声で説明してくれるが、こちとらそれどころじゃない。ジャンプブーツは溜め込んだ空気を一気に放出する事で高く跳ぶアイテムだ。放出できる空気には限界があるし、このままではジリ貧でいつか墜落してしまう。
くそう、魔法舐めていた。心の中で、自分のアイテムは魔法なんかに負けないぞという自負があったんだが、それも絶対ではないみたいだ。
良い教訓にはなったが、だからと言って今の状況が変わる訳じゃない。なんとかしないと、確実に落ちる!
俺は、パニックになりつつも、辺りを見回して何か利用できるものは無いかと探す。
すると、岩壁の中にいくつも横穴が開いている事を発見する。
「あれだ!」
ジャンプブーツの向きを垂直ではなく斜めにして、ジャンプしながら必死に岩壁へと近づいていく。そして、やっとこさ壁へと辿り着いた俺は、スーツの出力を上げ、壁を蹴りつけると一気に駆け上がった。
それこそ、靴先が壁にめり込む程の力で、無理やりに駆け上がる。身体が下に向かって引っ張られるのを感じたが、それこそスーツの力でゴリ押しだ。
それでなんとかゲイルさんを引きつれたまま横穴までたどり着いた。
俺は久方ぶりにぜーぜーと荒い息を吐きながらその場に座り込む。
あぁー怖かった。マジで死ぬかもしれないと思ったのは、本当に久しぶりだぞ。
そう言えば、振り返っている余裕なかったけども、ゲイルさんは無事かな―――
―――と、視線をゲイルさんに移そうとした所、俺の喉元に何やら冷たい物が触れた。
その感触に、ゾワリと鳥肌が立つ。そして、瞬間的に身体が固まってしまった。
俺の喉元に突き付けられた物……それは、ナイフの切っ先だった。
視線を正面へと移す。
そこには、俺に向かってナイフを突きつけるゲイルさんの姿があった。
その瞳には、何の感情も浮かんでいない。ただ、瞳の中に怯えた表情の俺が映っていた。
一体どうして―――?
ただひたすらに疑問が俺の頭に中を掛け巡る。
俺は彼の命を助けたのだ。彼がこんな事をする理由がさっぱり分からない。
そうして逡巡していると、ふと彼はこんな言葉を口に出した。
「君に問いたい。もし、親しい者の自由と引き換えに、誰かの命を奪う事を要求されたとする。その場合、君ならばどうする?」
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