83話 「メカニック=スミス」



 話の始まりは、エメルディア王国を震撼させたドラゴン騒動から三日後の事……。


「で、では先生達は、もうこの国を出ていくというのか?」


 ミカは、まるでこの世の終わりのような顔でその報告を聞いていた。


 場所はハンターギルドの王都支局。そこで、今回の事件に関わったハンター達が集められていた。

 そのハンター達の視線の先に立つ者は、残念な事にレイジではなく、ブローガとギルドマスターであった。


 彼等ハンターは、騒動の後王国の兵士達に半ば連行されるような形でエメルディア城内へと迎え入れられた。

 だが、肝心のハンターがその場に居ない事が判明すると、いともあっさりと城から追い出されたのだが。


 その後、ハンター達はなんとかレイジと連絡を取ろうとしてみたのであるが、彼等の行方は完全に不明。このまま国内に居たらより面倒な事になると判断して、逃げたのではないだろうかというのが大方の予想だ。


「確か、奴等の仲間に具合の悪そうな奴が居たよな。王都の病院でも探ってみたら見つかるんじゃないのか?」

「そんな所、王国側がとっくにやっているだろ。大体、こんな事態になっているのに王都の病院なんか行くかよ」


 こんな意見が出たりもしたが、ミカとジェイドは聞こえぬように鼻で笑う。

 彼等が病院なんぞ行くものか。大抵の傷ならば完治させてしまうような治療薬を持っているのだ。そんな場所とは無縁であろう。


「それで、彼等はもうここには来ないのかい?」


 騒然とするギルド内で、セージがギルドマスターに質問する。


「うーむ。それは分からんのう。ただ、律儀な性格の彼の事だ。この国を去る前に挨拶ぐらいはすると思うぞ。それこそ、いつものように誰にも気づかれずにこっそりと……」


 そう、彼がこのギルドを訪れた所を見た者は、実は誰も居ない。

 気づけばギルドの戸を開けて姿を現すが、それ以前の行動は全く不明なのだ。情報屋等、彼らの秘密は金になると踏んでそれを探ろうとした者は多い。ハンターの中にも、秘密裏に彼らの情報を売ろうとする者だって存在する。

 だが、それでも彼らのプライベートがどんな姿なのか知る者は居ないのだ。

 それがそれなりに親交のあるブローガ、ジェイド、ミカであったとしても。


 こうなってくると、本当に彼らは何者なのだという疑問が出てくる。

 あれだけの力を持つ者達が、これまで全く知られずにいたというのが信じられない。レイジが初めてギルドに来た際に担当したモニカの話だと、元々は別の国の出身で、船が難破してこの国に流れ着いたのだと言う。


「なんでも、その国の名は“イホン”とかいうらしい」

「イホン? 聞いた事が無いな」

「エメルディア、ゴルディクス、ルーベリー、アクアメリル、シルバリア、ディアナスティ……該当する国が無いじゃないか」

「未知の国……という事なのか?」

「その可能性は高いな。あの魔道具といい、下手をすれば伝説の魔族という可能性もあるんじゃないか?」

「確かに、あの銀色の狼に変身した女といい、少々我々の常識から外れすぎているしな」


 ハンター達がそれぞれてんでに憶測を話し出したため、とりあえずこの場での役割は終えたとギルドマスターは判断した。自室へ戻ろうとした所を、ブローガが近づいて呼び止める。それこそ、ギルドマスターにしか聞こえぬような小さな声で。


「ところで、爺さんはあいつ等の本当の事情って奴を聞いているのか?」

「ふむ……その口ぶりだと、お前さんも聞いているのか」


 二人は目配せして、共にギルドマスターの執務室へと向かった。

 ここなら、人に聞かれる心配も無く話が出来るというものだ。


「やれやれ。まさか、こんな大事になるとは……。まあ、ドラゴン絡みの事件は彼らの責任ではないのだが」


 執務室の椅子へと腰かけ、ギルドマスターは溜息を吐いた。


「だが、あいつ等がこの国に来てから、おかしな事件が連発しているのも事実だろ?」

「お前さんが遭遇したワイバーンが変異したカオスドラゴン事件に、Bランク認定試験の事件かの?」

「奴等の仕業だとは思わないが、奴等を狙っている……みたいな変な行動をしている奴が居るのは確かだな。しかも、殺そうとしているんじゃなく奴等が何処まで戦えるのかテストしているようにも見える」


 ブローガが顎を撫でながら、考え深げに言った。


「ふむ。二つの事件に関わったお前が言うのなら信憑性は高いな。しかし、だからと言って我々に出来る事は少ないぞ。彼等に忠告したところで、我々にはその相手が何者なのかもよく分かっていないのだ」

「しかも、多分あいつ等この国出るだろうし」

「やはり出るか」

「さすがに居られないだろ。それとも、ギルドとしてはやっぱり惜しいか」

「……惜しいのは事実じゃな。まさか本当にあの聖騎士に勝ってしまうとは思わなかったぞ。実力だけなら、まだ負けていると思っていたのだが」

「魔道具もそうだが、あいつ自身にも色々と秘密はありそうだからな」

「だが、彼はあくまでも旅人に過ぎん。そんな彼に、あれこれ期待を掛けすぎる訳にもいくまい」

「……それもそうか。確かに、この世界に居座るつもりはないとか言っていたな。あくまでも元の世界に帰るつもりだとか」

「そうか、無事に帰れると良いのだが……」


 二人は自然と窓の外へと視線を向けていた。

 よもや、レイジがいつの間にか話を聞いていた……という事もないだろうが、そういう可能性もあるのが、あの男の怖い所でもある。

 むしろ、出来ない事は何なのだと問いたいほどに、本当に何でもありなのだから困る。


「……ところで話は変わるが、以前Bランク認定試験の折、チーム・バサラの面々が王国の貴族に雇われて、騒動を起こしたという話を聞いたな」

「ああ、色々あったせいでうやむやになっていたが」

「その件について調べがついた。いやはや、その結果面白い事が判明したぞ」

「やっぱり、レイジのヤツが狙いだったか?」

「いや、それがそもそもの目的は別の人間だったらしいのだよ。そして、その貴族を詳しく調べてみた所、隣国のルーベリー王国の王家との繋がりを確認できた」

「ルーベリー? 随分と大事になってきたな」

「その事について、詳しく話を聞こうと思ってのぅ」

「誰に?」


 すると、ギルドマスターはニヤリと笑みを浮かべた。


「狙われた張本人じゃよ」


 その時、コンコンと部屋をノックする音が響いた。その扉の向こうの気配を察知して、ブローガも頷く。


「……なるほど、アイツか」

「うむ。入ってよいぞ」

「失礼します」


 ギルドマスターが了承すると、一人の男が室内に入ってきた。

 その男とは、Cランクハンターチーム・炎獣のリーダー……セージだった。


「ようこそ。ルーベリー王国第一王子 セルジオ・アント・ルーベリー殿下」


 ギルドマスターのその言葉に、セージは観念したように苦笑いを浮かべるのだった。




◆◆◆




 さてさて、改めて旅を再開する事になったので、新しい装備やなんかは当然必要になる。

 俺は前々から頼んでいた新装備の開発状況を確認する為、おやっさんことスミスの工房へと足を運んだ。

 相変わらず、俺には意味不明の加工機械がやたらと置かれている狭い部屋である。室内的にはかなり広い方なんだけど、置かれている機械がでかいせいで狭く感じるな。


「ういっす、おやっさん」

『なんじゃい。またお前さんか』


 部屋の奥で何やらトンテンカンとやっているこげ茶色の物体に向かって俺は声を掛けた。

 すると、その物体はくるりと上半身を回転させてこちらを振り返る。


 大体2メートル程のロボット。

 身体は寸胴。頭部は丸に目らしきランプが二つあるだけ。手……というかマジックハンドのようなものが六本ある。足にはタイヤが付いていて、場合によってはホバーで移動する事も出来るらしい。

 これが、スミスだ。AIの性格的には、頑固な職人質な爺さんという感じ。

 既存の武器しか無かったアルドラゴに、俺が考案した武器が次々と出て来たのは、彼のおかげなのである。


「酷いなぁ。暫定だけどこれでも艦長なんだけど」

『暫定だろうが何だろうが、艦長扱いしてほしかったらもっとそれらしくならんか。ワシからしたら、ただのガキじゃお前なんぞ』

「ハハハ……おっしゃる通り」


 言い方は厳しいんだが、俺はこのジジイが結構好きである。

 何と言うか、昔気質の爺さんというか、実家に居る爺ちゃんによく似ている。最近は病気を患ったせいで、ボケの方も進んできているんだけど、元気にしているかなぁ……。

 って、いかんいかん。今は、その事はなるべく考えないようにしているんだった。


「で? 例のヤツの進行具合は?」

『ふむ。大体8割と言った所か。その前に、新武装の方を渡しておくぞ』


 そう言っておやっさんが俺に手渡したのは、俺が前の戦いでぶっ壊したヒートブレードだった。

 だが、よく見ればその造形は少し変わっている。何よりもはっきりしているのは、鍔が出来た事だろう。それも、よくある日本刀の鍔ではなく、ゴテゴテした装飾の付いた鍔である。


『そこの鍔の部分にカートリッジが入っていてな。例の白熱化して切れ味を上げたとしても、瞬時に冷却して熱で刀身が溶けるのを防ぐ仕組みだ』

「おおっ!」


 さっそく打開策を打ち立てるとは……さすがおやっさんである。

 うむ。試しに振ってみたが、特に鍔が邪魔になって扱いづらくなるという事は無いな。


『だが、使用できるのは三回が限界だ。予備用も渡しておくが、あまり多用するなよ』


 計六回という事だな。

 だが、あれは切り札みたいなものだから、早々使う事も無いだろう。それでも、コイツは有難い。

 よし。あの白熱モード時は「バーンブレード」と呼ぶ事にしよう。


『次はこれだ』


 次におやっさんが手渡したのは、これまた装飾が増えたバリアガントレットである。

 通常のバリアガントレットに、ひし形のプレートが三つ付いたような形になっている。


『そいつはバイザーとの組み合わせで使う。普通に今まで通りお前個人に対してバリアを張れるが……まぁ使ってみろ』


 説明するのがめんどくさくなったのか、丸投げした。まあ、危険な物ではないだろうから心配はしていない。

 とりあえず腕に取り付けてみて、言われた通りにバイザーをセット。バリアガントレットに視線を向けると、ピピッと反応音がする。おお認識したみたいだな。そのままマニュアルが脳内にダウンロードされた。


 ……なるほど。コイツはいわゆるシールドビットか。

 最大三つ。遠隔操作でバリアのポイントを指定する事が出来る。試しに使ってみると、ひし形のプレートがガントレットから外れてふよふよと浮きだした。そして、視線で場所を指定するとその場へ瞬時に飛んでいく。

 ターゲットが人間なら、それを守るべくバリアは展開し、場所ならその場でバリアを展開。

 また、使い方によっては一時的に相手を封じ込める形でも使用できるみたいだ。

 今までは自分の周りしか守る事が出来なかったが、これで自分含めて4ヶ所を守れるのか。Bランク認定試験の際は、傍にいたミカしか守れなかったからな。コイツは有難い。

 よし。名前はそのまま「バリアビット」とでもしておくか。


『とりあえず出来ているのはそんなもんだ。さて、お前さんの目当ては例のアレだったな。ちょいと待ってろ』


 そう言っておやっさんは近くのコンソールらしきものを操作する。

 すると、壁が開いてこれまたとんでもない広い部屋が現れた。

 これは、いわゆる格納庫というヤツだ。作成中のゴゥレムの素体がズラリと並び、男としてはこの光景に頬が緩むのを隠す事は出来ない。


『相変わらず嬉しそうだな』

「男だからな」

『そういうもんか』

「そういうもんだ」


 そして、俺の目当ての物が入り口近くに鎮座していた。


「おおぅ」


 俺は思わず唸る。

 漆黒に覆われた装甲……カブトムシとかクワガタを連想させるそのフォルム。

 これこそ、俺が新たに組立を依頼した移動用ビークル。

 その名も《リーブラ》である。


 えーと、早い話がキャンピングカーだ。


 これからルーベリー王国を旅する事になるのだが、ルーベリー王国は国土の8割が砂漠に覆われた場所である。そこでいちいち歩いて移動はしんどいし、竜馬りゅうば等の移動用の動物を利用すると言うのも、俺たちの立場では難しい。

 本当は昔のRPGゲームみたいにアルドラゴですいすい移動できれば楽なのだが、アルドラゴはでか過ぎるし、燃費もすこぶる悪い。

 よって、細かい移動の出来るビークルが必要となったのだ。それも、いちいち寝泊りの為にアルドラゴへ戻らなくともいいように、居住性のあるキャンピングカーがベストである。


 最も、大型の魔獣が跋扈する砂漠を横断する為のビークルなのだから、ただのキャンピングカーではなく戦闘機能も持たせてある。いわば、居住性のある装甲車か戦車と言っても過言ではない。

 この《リーブラ》、元々はアルドラゴに搭載されていた車型マシンを改造したものである。であるから、移動の際はタイヤでもキャタピラでもなくホバーで移動だ。これならば、振動でガタガタ揺れる心配も無く、移動中に寝たりも出来るだろう。


 広大な砂漠というのもこの目で見るのは楽しみであるが、今はこれで移動するのが楽しみで仕方ない。

 今は無理だが、将来的には空も飛ばせたいぞ。


『気付いてないかもだが、今のお前さん凄い顔しているぞ』


 ああ、うん。まるでどこぞの悪党みたいな顔しているんだろうな。この手の実際に扱える玩具のようなアイテムの話になると、ずっと昔に封印していた子供の心が疼くのだ。

 ガキっぽいだのなんだの言われようが、実際に俺みたいな立場になったら男ならば血がたぎるでしょ!?


『同時進行で《レオ》の方もやってるぞ。こっちはそれほどの改造は必要ないからな』


 《リーブラ》の横にこれまた鎮座されていたのは、まるで特撮ヒーローの主人公が乗るバイクのようなマシンだった。

 これが《レオ》だ。

 ライオンの形をしたメカを、バイクの形にしたもの。なんでライオンかって? 格好いいからだ。悪いか。こちらは、変形させてライオンのような動きをさせる事も出来るぞ。ただ、その際はルークに動かしてもらわんといけないが。さすがに自立稼働出来るようなAIは余っていないのです。

 ちなみに、これもホバーで移動する。欲を言えばバイクはタイヤ式の方が良かったが、まぁいいんだ。だって俺二輪の免許持ってないし。ホバーなら転ぶ事も無いだろう。さすがに練習は必要だと思うけどな。


 また他に、アルカ用の《アクエリウス》やゲイルさん用の《サジタリウス》も考案中だ。

 なんとなくネーミング的にこの二つはあの二人用って感じがした。ルーク? ルークには《タウラス》も《キャンサー》もある。他のゴゥレムも考案中だしな。

 最初は黄道十二星座を全部ゴゥレムにしようとか思っていたのだが、さすがに難しそうなので半分は移動用ビークルにする事にしたのだ。


 ……そう言えば、そろそろゲイルさんの意識が戻る頃か。いい加減、ちゃんと話をしなきゃいけないな……。それに、ゲオルニクスさんのお墓の事も報告しなきゃだし。


 そんな事を思っていると、アルカから珍しく慌てた通信が入ってきた。


『た、大変ですケイ!!』


 このアルドラゴの中に居て、ここまでアルカが慌てている事は早々ない。これはとんでも無い事が起きたようだ。

 俺はなるべく心を落ち着かせて次の言葉を促した。


「どうした?」

『ゲ、ゲイルさんが……』

『ゲイルにーちゃんが出て行っちゃったんだよぉ!!』


 アルカの言葉にルークが割り込んできた。

 昔みたいな文字による会話ではなく、リアルな音声による会話なのでキンキンと脳内に響くが、今のは聞き捨てならない。


「で、出て行ったってのは、勿論この艦からって事だよな?」

『そ、そうなんだよー! 気が付いたらベッドに居なくてさ! 艦内をスキャンしたら反応も無いから、多分艦の外に出たんだよー!!』

「あ、あちゃあ……」


 俺は額を抑えて天を仰いだ。

 どうも、やっぱりすんなりとは行かないみたいだ。


 新たなイベント発生である。





――あとがき――


 また、新キャラのスミスのおやっさん追加。ただし、人型ではなく完全なロボット。ゲームで、材料を渡したら新武器を作ってくれる鍛冶屋のような役割を想定。

 出番はそんなに無いかもですが、今後も新武装の数々を作ってもらいます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る