第4章 砂の国

82話 熱砂の狩人




 ルーベリー王国は、他の人族の国家よりも、魔法技術があまり発展していない国であった。

 むしろ、他の二国……魔法のエメルディアと機械工学のゴルディクスの影響で、魔法と機械工学その両方の文化が中途半端に入り混じった文化になってしまった。


 広大で過酷な砂漠に覆われた国にあって、魔法だけでは国家として他国と渡り合う事も出来ず、また機械工学だけでも成り立つ事は出来なかった。


 そのルーベリー王国で二番目に大きな街……第二都市マイア。そこには、魔術師を育成する為の機関……というか学校が存在した。

 魔力というものはこの世界の人間には大なり小なり存在するものだが、それが大きく育つのはいわゆる成長期と呼ばれる子供の期間だけである。

 だから、ある程度以上の魔力を持つ子供は、このアカデミーに通って魔術師としての力を育てる事を義務付けられていた。将来には魔法技師となってこの国を支える事となる。

 ……だが、当然入学には入学金というものが必要であり、必然的にそのアカデミーに通う事が出来るのはある程度以上裕福な家庭に限られた。

 中には、発現した魔力が強大過ぎるものであり、そのままでは危険との判断を受け、強制的にアカデミーに入学させられた者も存在する。


 そんな形で、生徒達の間には金銭面においての大きな格差があり、あまり裕福でない家庭で育った生徒達は、親からの仕送りだけで生活出来るものでは無く、アルバイトをして生活の基盤を支える者も多かった。

 そのアルバイトであるが、拙いながらも魔法を扱える彼等が選ぶのは、当然ハンターの仕事が目立っていた。

 倒すことになる魔獣によっては成功報酬も大きく、一度成功させれば数週間は生活に困らないほどだ。


 そして、ここにもそのハンターの道を選んだ少年少女が一組。


 彼等は、現在……死にもの狂いで魔獣達から逃げ出している最中であった。



「イーディス馬鹿野郎! 何が今の俺達なら勝てるだ!! 全然通用しないじゃねぇか!!」

「この依頼をチョイスしたのはそもそもランドだろ!? 人の責任にするんじゃねぇよ!!」

「もう駄目!! あたしもう走れない!! あぁ、短い人生だったなぁ……」

「そ、そんな……リアンちゃんしっかりして!」

「そもそもエステル! お前、魔力がずば抜けて高くて優先入学した身なんだろうか! でっかい魔法であんな奴等ぶっとばしちまえよ!!」

「む、無理だよぉ。そんな大きな魔法なんて習ってないし……」

「話が違うじゃねぇか! お前が低級魔獣の群れぐらいどうって事ないって言うから、この依頼を引き受けたってのに!」

「そ、そんな! 私そんな事言ってない……」

「馬鹿野郎ランド! エステルの力を見て興奮して、スコルピオの群れぐらいどうって事無い……って言ったのはお前だろうが! エステルに責任押し付けているんじゃねぇよ!!」

「あぁん? 俺が全部悪いってのか!?」

「あぁ、そう言ってんだよ!!」

「あんだとてめぇ!!」

「お、落ち着いてよ。今はそんな言い合いしている場合じゃないよぅ」


 そうなのだ。

 今、彼等マイア魔法アカデミーの生徒達は、砂漠の中を必死にスコルピオ……大体3メートル程の体長を持つ巨大サソリの群れに追われている最中であった。


 事の発端は、アカデミーの中でも実家が貧乏組のイーディス、ランド、リアンの三人が、実地試験の班員の組み合わせで、エステルなる少女と同じ班になってしまった事から始まる。

 エステルは、先の説明にもあった魔力が強大過ぎるがゆえに、強制的に親元から離され、アカデミーに入学させられた身であった。

 その実力は、他の三人を唸らせた。

 実地試験の際に相対した低級魔獣を魔法の一発で吹き飛ばし、決して噂だけではない実力を見せつける。


 それに味をしめたのは、自己顕示欲に加えて金銭欲の強いランドであった。

 たった一度班で一緒になっただけの事で半ば強引にエステルを自分の仲間とし、共に小遣い稼ぎの為にハンターをする事にしたのだ。

 エステルの力さえあれば、すぐに稼げる筈……ランドは、安易にそう考えていた。


 だが、よくよく考えてみれば、彼ら四人は全員経験の浅い魔術師なのだ。

 本来ハンターというのは、オールマイティな能力を持つ者以外は、役割を分担して魔獣一体に対して数人がかりで挑むものなのである。

 それが、戦術も何もない素人の魔術師四人がいきなり魔獣の群れと戦う等、無謀もいいところだった。


 案の定数体のスコルピオを倒したところでエステルの魔力が切れ、一行は怒り狂ったスコルピオの群れに追い回されている結果になった。


 こうして必死で逃げ回っている所なのだが、やはりハンター登録していると言ってもまだまだ若い学生という身では、砂漠を生息地とするスコルピオに足の速度で敵うものでは無かった。

 徐々に距離は縮まり、もう背後からギシギシという巨大サソリが迫る音が聞こえていた。


 あぁ……ここまでだ。


 四人は己の命の終わりを感じ取り、覚悟を決めた。いや一人―――


「いやだいやだ! こんな所で死ぬのなんて俺はごめんだぞ!!」


 ランド少年は、悪足掻きで手にした杖を背後に向ける。

 その杖の先からは申し訳程度の炎が発射されるが、当然それだけでスコルピオは倒せない。


 また、限界以上の魔力を消費した事で、ランドのスピードがガクリと落ち込んだ。

 そのランド目掛けて、スコルピオの鋏状の足が振り下ろされる。



 ―――その時だった。



 ゴォォォォンという駆動音が響いたと思ったら、ヒュンという小さな音と共に背後のスコルピオの頭部が消し飛んだのだった。


「「「「へ?」」」」


 突然の事態に四人は足を止めようとして、そのまま砂に足を取られてゴロゴロとその場を転がる結果となる。

 背後のスコルピオは謎の死を遂げたが、まだ他のスコルピオは残っている。

 転んだ四人を八体程のスコルピオが取り囲む。

 ほんの一瞬の奇跡だったかと、四人の顔が絶望に歪む。


 そこへそれは現れた。


 砂塵を掻き分けて、巨大な鋼殻虫を思わせる漆黒の物体が四人の前へと現れたのだった。

 なんだこれは?

 四人はスコルピオに囲まれているという事実を忘れ、唖然とその物体を見つめていた。


 見た目は、カブトムシ等の鋼殻虫に似ているのだが、当然ここまで巨大な虫など存在する筈もない。ならば魔獣なのかと思えば、それもどことなく違う。

 これは機械だ。

 比較的機械に馴染みのある四人には、それがなんとなく理解出来た。

 それが理解出来たとはいえ、ここまで常識外れな機械というのも四人は知らなかった。


 まず、浮いている。

 この機械は、地面スレスレを接地する事もなく浮いていた。


 続いて、その背……らしき部分に人が立っている。

 背の高い長い金髪をなびかせた青年が、弓のような武器を手にこちらを見ていた。


 まさか、あの人が先ほど自分達を助けてくれたのだろうか?


 その次、鋼殻虫の側面部分が開き、中から全く別の存在が姿を現した。


『じゃあ、リーダー……《レオ》を切り離すよー』

「おお、頼む」


 それは、獅子だった。

 四人は見た事が無かったが、図鑑等で存在自体は知っている。だが四人の前に現れたのはこれまた常軌を逸した存在だった。それはまるで、鉄でできた獅子だったのだ。

 その獅子の背に、赤い鎧のようなものを着込んだ顔を仮面で隠した男(恐らく声からして)が跨っている。


 獅子はガオオと吠え、鋼殻虫の側面から飛び降りた。

 が、鉄の獅子は四肢で砂の上には降り立たず、鋼殻虫同様に地面スレスレを宙に浮いたまま移動を開始する。


 スコルピオ達は、その獅子に狙いを付けたもの……さっきまでと同じく四人をそのまま襲うものに分かれた。

 獅子に跨る仮面の男は、手にした剣のような物で迫るスコルピオを迎え撃つ。

 スコルピオは槍の如く鋭く尖った尾を、獅子に向けて突き出した。だが、それは仮面の男によって剣で切り払われる。

 思えば、魔法で何発も攻撃しなければ通用しなかったスコルピオの鋼殻を、ただの剣の一閃で両断するという事自体信じられない事だったのだが、今の四人は感覚が麻痺していた。

 そして、自分達の目前に迫るスコルピオの尾にも気づけなかった。


「―――あっ?」


 四人の一人、黒髪の少年イーディスが気づくが、もう遅い。

 堅く目を閉じてその時が来るのを待つが、その時は訪れない。

 その尾は、鋼殻虫の背に立つ青年によって、矢で根元から射ぬかれた後であった。

 四人を取り囲むスコルピオは、そのまま青年の矢によって次々に足や尾等の部位を射抜かれ、身動きとれない状態になっていく。


「おいおい。ここまでやったんならそのまま仕留めればいいだろうが」


 いつの間にか当人を狙っていたスコルピオを殲滅し終えた獅子に跨った男が、そんな言葉を発する。

 それに鋼殻虫の背に立つ男は、ニヤリと笑みを浮かべながら応えた。


「いえいえ。主《あるじ

》の獲物を横取りするような無粋な真似はせんでござるよ」

「主は止めろっていうのに。まぁいいや……」


 獅子に跨った男は、掌から光弾のようなものを発射し、足を失って身動きとれずにいるスコルピオ達を消滅させていく。

 こんな感じで、十数体存在したスコルピオ達はものの数分で殲滅されたのだった。


 やがて、青年も鋼殻虫の背から飛び降り、スコルピオが唯一残した魔石を回収していく。


「ふむ。低級といえどもやはり大きい……これはなかなか良いスタートでござるな」


 青年は、奇妙な口調で喋りながら魔石を拾っている。方言なのだろうか、四人は聞いた事もなかった。

 すると仮面の男が跨っていた獅子の背より降りて青年に近づく。


「なあ、その口調やっぱり止めないか?」

「いいのです。拙者せっしゃはこれが気に入っているのでござる」

「まぁ、気に入っているんなら良いんだけどさ……」


 そこで、ようやく二人は呆然としている四人に向き直った。


「ええと、怪我とかは無いかな?」

「拙者達は怪しい者ではござらん故、安心して良い」

「いや、十分怪しくないか?」

「そうでござるか? お主等はどう思うでござる?」


 ぬっと顔を突き出して四人に近づこうとする青年。四人が揃ってヒッと軽い悲鳴を上げると、頭を赤い仮面の男がすぱこんと叩く。


「だから怖がらせるなというのに!」

「うぅ、すまんでござる」


 青年がぺこりと陳謝する。

 やがて、赤い仮面の男が目元を覆っていたバイザーを上げ、顔を晒す。そこにあったのは、普通の年の若い男の顔だったことに四人は安心する。


「それにしても、こんな若いハンターとは……ルーベリーのハンターは少し変わっているな」

「見た所、全員が魔術師であるようでござるな」

「マジか。お前ら、近接戦闘役も盾役の居ないようなチームであの群れと戦うとか、何考えてんだ」


「「「「あ……」」」」


 男の言葉に、四人はようやくその事実に気づいたのだった。

 その様子に、男は呆れたように溜息を吐く。


「まあ、命があったから良かったようなもんだ。所で、他にチームメンバーは居ないよな?」


 男の言葉に、四人は頷く。その反応に男はホッとしたように笑みを浮かべる。


「よし。なら、街まで送っていくよ。この近くで言うと……マイアで良いのかな?」

「それよりもあるじ、まだ我々の事を説明していないでござるよ」

「あ、そうだった!」


 青年の言葉に赤い男は改めて俺達に向き直り、懐から一枚のカードを取り出す。


「俺達は、隣国のエメルディアからやって来たハンターだ。俺は、Bランクハンターのレイジ。そして、俺の率いるチーム・アルドラゴだ。よろしくな」

「拙者の名はゲイル。よろしくでござる」

『僕はルークだよ。よろしくー』

『私はアルカです。よろしくお願いします』


 青年が……鋼殻虫の中から一人の少年と一人の女性が顔を出して挨拶する。

 それを、四人はポカンとした顔で見ている事しか出来なかった。



 これが、エメルディア王国のドラゴン騒動から半月、その間行方が掴めなかったチーム・アルドラゴが、再び表舞台に現れた瞬間であった。

 

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