85話 忠臣誕生
俺がゲイルからの問いに
ゲイルは、俺を正面から見据えたままただ黙っている。このまま何時間でもこの状態が続くかと思われたが、やがてゲイルが口を開いた。
「ちょうど君が倒れた俺と入れ替わる形で魔獣達と戦い始めた時の事だ。
「……男?」
「正確には男かどうかは分からない。ヤツは、フェイ殿の口を借りるという形で、俺と話をしたからな。ただ、口調がどうも男のように感じた……それだけの理由だ」
「フェイさんの口……? それって……」
「ああ、彼女が主と呼ぶ存在だ。そして、俺や君をこの世界へと呼びこんだ張本人でもある」
「!!」
ファティマさんの昔話に登場していた、全ての元凶……魔神!
今まで存在がぼんやりとしていたけども、遂に奴自身が動き出したというのか。
「と言っても、ヤツは自分が何者で何を目的として俺達をこの世界へと送り込んだのかは語らなかった。俺に言った台詞はこうだ。
“もし君が、あのレイジと呼ばれている異世界人をこの手にかける気があるのなら、その見返りにこの娘の身を自由にしよう”
……これが、奴の言葉だ」
俺は絶句した。
レイジと呼ばれる異世界人ってのは、俺の事で、この娘っていうのはフェイ嬢の事か。
つまり、俺の命を奪えば、例の魔神と呼ばれる奴に無理やり仕えさせられているフェイ嬢が自由になる。
そういう事なのか?
「俺からすれば、同じこの世界の住民では無いという共通点しかない君と、仇討ちに手を貸してくれたフェイ殿を比べると当然フェイ殿の方が親しみを感じる。
いや、ある意味では恩返しと言えるか。俺が君を殺せば、彼女は自由になるんだ。
そうだな。それが今の俺の生きる目的と言えるかもしれない。
……さぁ、質問に戻ろう。君ならば……どうする?」
ゲイルの瞳に、少しだけ活力が入る。
これは、今までのように黙ったままという訳にはいかない。
きちんと俺の口から本音を話さなきゃ駄目だ。これが、誠意っていうものだろう。
だが、その前に……
「アルカ手を出すな!!」
すると、誰も居なかった筈の場所に水の塊のようなものが出現し、一種にして人型となる。
それは、大鎌を構えた体勢のアルカだった。その手にした大鎌の刃は、ゲイルの首筋へと添えられていた。もう少し力を入れれば、その鋭い水の刃はゲイルの首を両断していただろう。
「凄いな。全く気づけなかったよ。さすが、フェイ殿の姉君だ」
少しでも動けば首が斬れる状態にもかかわらず、ゲイルは少しも動揺していなかった。
対してアルカは……
『何故止めたのですかケイ。彼は貴方の命を奪おうとしているのですよ』
その顔は、普段全く見せない怒りに満ちた表情となっていた。
俺の事を心配してくれた。そして、俺に対して危険になる者を排除しようとしている。その行為自体は嬉しいし、正しい行動なのだろう。でもいくら正しくても、彼を殺すのだけは見過ごせない。
「これは俺と彼の問題だ。口を挟まないでくれ」
『出来ません。ケイは私の……いえ、私達の
……アルカは引かないか。
だが、この場合はアルカが正しいのだ。普通、命を狙われておいて、笑って済ませるなんて出来る筈もない。それに、アルカの立場だったら当然だ。アルカはアルドラゴのAIなのだから、艦長の命を守るのは当然の行為だろう。
だけども……
「……アルカ、艦長命令だ。艦に戻って、俺が帰還するまでルークと共に待機していろ」
『―――え?』
俺の言葉と共にアルカの身体を構成していた水がその場にバシャンと崩れ落ちた。そして、手にしていたアルケイドロッドや身に纏っていたスーツまでもが抜け殻のように落ちていく。
これは、アルドラゴの艦長だけが持ちえる絶対命令厳守権。艦内のAIに対してのみだが、強制的に命令を厳守させる事が出来る。
今、アルカは
この命令は拒否する事は出来ない。以後アルカ……及びルークは、俺が戻るまでアルドラゴから出る事が出来ない筈だ。
正直使いたくなかった機能だ。でも、今この場でゲイルと一対一で話し合うには、この方法しかない。
アルカには、後で死ぬほど謝らないとな。……気が重いけども。
「良かったのかい? このままだと君は死―――」
最後まで言わさず、俺は行動を起こした。
喉に突き付けられているナイフの刃を掴み取り、そのまま捩じる。もう片方の手でゲイルのナイフを持つ方の手を弾き、その腕からナイフを奪い取った。
いわゆる護身術の技能だな。反動でちょっとだけ皮膚が切れたけど、大した問題では無い。
ナイフを奪われたゲイルは、溜息を吐いて両手を掲げた。
「やれやれ……僅かな隙を突かれたか。意外と油断ならないものだね。さぁて、後は好きにしてもらって……」
「勘違いしている所悪いけど、ナイフ取ったのは俺が気になってちゃんと喋られないからだよ。これで邪魔する者は居ないから、とことん話し合いをしよう」
手にしたナイフの刃を根元から折り、ポイと洞窟の外へと放る。ナイフを突きつけられるなんて経験が俺にある筈もない。それによって身体が固まってしまい、今までちゃんとした言葉を出せなかったのだ。でも、これでようやく普通に話せるぞ。
俺は、その場に正座してゲイルへと向き直った。
すると、ゲイルは
「……どういうつもりだ?」
「どういうつもりだも何も、元々ゲイルさんだって俺を殺すつもりは無かっただろう」
「……むぅ」
あ。どうやら当たったらしい。まあ、俺を殺すにしては、随分と行動がチグハグだったからな。
ともあれ、殺すとか殺さないとか物騒な話は無くなったので、これできちんと話し合える。
俺は、まだ立ったままのゲイルに座るように手で促す。ゲイルは苦笑しながらも俺の前へと
「で、ゲイルさんの質問への答えだったよね」
「ああ。だけど、さん付けはいらないよ。ただのゲイルで構わない」
「了解。じゃあゲイル。親しい者の自由と引き換えに、誰かの命を奪う事を要求されたとする。その場合、俺ならばどうする……だったね」
ゲイルは頷いて肯定する。
「この場合は、フェイさんの自由という事と、俺の命と捉えて良いんだよね」
「ああ。君の場合は、さっきのアルカ殿がヤツに捕まり、その解放の条件として俺の命を奪う事を求められた……とした方が良いかな」
「なるほど……」
この世界に来てずっと一緒だったアルカと、こないだ会ったばかりのゲイル。確かに、その差は比べようもない。当然アルカの自由を求める筈なんだが……。
俺はしばし目を瞑り、吐き出すべき言葉を選んだ。そして率直に本音を語った。
「そもそも、俺は殺すという行為が嫌だ」
さっきのアルカとの押し問答で、腹が決まったのである。今までうやむやにしていた事だし、アルドラゴに帰還したらアルカやルークともきちんと話会わなきゃいけない事だ。
つまり、この世界で俺が旅する上でのスタンスである。
「元々の世界では殺すっていう行為自体がご法度でさ。俺にとっては忌避すべき事なんだよね。それは、この世界に来てからも一緒なんだ」
そう、最初は魔獣ですら倒す事に戸惑いを覚えたもんだ。後々、魔獣の場合は殺すという行為とは違うものだと知ってからは、そんなに忌避感はなくなったけどね。
それでも、嫌なものは嫌だ。
死というものがより身近なこの世界で生きるならば、慣れなきゃいけない行為なんだろうけども、俺はこの世界に定住する気は全く無く、いずれは元の世界に帰る気満々なのだ。
殺すという行為に慣れてしまった心と体で元の世界に帰ってしまうと、元通りの日常生活を送れるか自信が無い。それこそ、裏の世界で生きていく羽目になる。それは絶対に嫌だ。
「だから、俺はすぐに答えは出せない……いや、出さない。とにかく、両方救える道を探すため、足掻くつもりだ。幸い、今の俺にはそれだけの力はある……と思っている」
あぁ、それはただの逃げだ。そして答えの先延ばしである。
それは理解している。
でも、命を奪うという行為を、そんなに簡単に諦めたら駄目だろう。だから、今の俺の答えはギリギリまで足掻くだ。
俺の言葉をゲイルは黙って聞いていた。……やがて、こんな問いを口に出す。
「それでも……それでも、どちらかを選べと言われたらどうするんだい?」
分かっている。今のは結局答えでは無い。
ギリギリまで足掻いて駄目だった場合……ゲイルが聞きたいのはそれだ。
だから、俺は素直に今の自分の答えを出した。
「……自分の心に素直に従えば、きっとその時俺は親しい者を選ぶ……だろうな」
さっきの例えで答えるならば、アルカを助ける為にゲイルを殺す。
つまりはそういう事だ。
綺麗事のまま終われるのが一番だが、必ずしもそうならない事は俺も理解している。もしその時が来れば、決断しなければならない。
また俺も、聖人君子のような存在では無い。全ての者を平等に扱うなんて無理だし、そんな状況になったとしたら、やはり近しい者を選んでしまうんだろうな……と思う。
そんな事は想像するのすら嫌なんだけど。
「だけど、そうならない為にもまだ足掻きたい。だからゲイル、俺達の仲間になってくれないか。そして力を貸してほしい」
突然俺がそんな話を切り出すと、ゲイルは無表情だった顔をきょとんとしたものに変える。
「君は一体何を言っているんだい?」
「……俺の世界の言葉でヘッドハンティングだ。仲間に勧誘している」
「本気で言っているのかい? 俺が君に何をしたのかは理解しているだろう」
「それも含めて、君の力が必要なんだ。万が一俺が暴走した時、アルカ達には俺を止める事は出来ない。でも、君なら可能だろう」
これも、前々から思っていた事ではある。
アルドラゴにある装備の数々……これは、その気になればこの世界を征服できる程の力だ。今はエネルギーの関係で自由に使う事は出来ないが、もしその問題が解決したとしたら……。
時々、街を歩いていて脳裏をかすめるのだ。
こんな街、その気になれば壊滅させるなんて容易いな……とか、力にものを言わせて、欲しい物を奪い取る事だって出来るな……とか、そういう悪の声だ。
勿論、そんなものに耳を貸すつもりは無いが、何かの拍子でタガが外れてしまったらどうなるか……。
アルカ達は、苦言は言うだろうが、立場上俺に従わざるを得ない。俺にはさっきやったような絶対命令厳守権もある。
その時、俺を止めてくれる人が欲しいなと思ったのだ。
また、ゲイルを誘うには他にも理由がある。
「それに、目的自体も共有できると思うんだ」
「目的? 君と違って俺には元の世界へ帰るという願望は無いが……」
「俺は、いずれフェイさん……いやフェイも取り戻すつもりだ。いやフェイ以外にも、その主とやらが自由を縛っているアルカ達の家族が居たとしたら、全員連れ戻す。それが、元の世界へ帰る以外のもう一つの俺の目的だ」
「フェイ殿を……連れ戻す事が出来るのか」
「これまでの戦いと違って、絶対に勝てるって保証はないけどね。相手がどれほどの力を持っているのかさっぱり分からないんだ。だから、その為にも戦力が居る。だから、力を貸してほしい」
最も、強ければ誰でもいいって訳じゃない。強い人というだけなら、ブローガ、ミカ、ジェイド達だって十分な戦力だ。
だが、俺達の仲間になる者は、アルドラゴに搭乗し、その装備を使う事になる。しかし、この世界の住人に異世界の産物であるアイテムを渡すというのは何か抵抗がある。俺達の力というのは、この世界のものでは無い異物なのだ。下手に使わせたり、広めたりする訳にはいかないだろう。
その点、同じ世界じゃないけど異世界人であるゲイルならば立場的にも申し分ない。
何より、彼の弓による射撃の能力は凄まじかった。あの能力だけは、戦闘技能のインストールでは得られないものだ。バイザーにポインターとロックオン機能はあるが、彼のようにあそこまで速く正確に撃つ事は無理だ。俺に無い力を持っているという事で、純粋な戦力としても彼の力は欲しいのである。
後の問題は、彼が了承してくれるか……という事なのだが……
ふと、突然ゲイルが立ち上がった。
俺も思わず警戒して立ち上がろうとしたが、それよりも早くゲイルは片膝をついて俺へと
「今までの無礼、お許しください。御身が、俺の信頼に足る人物かどうか探る為、その身を危険にさらしてしまいました。この償いは、以後命を懸けて御身を守る事で果たします」
などと言い出した。
突然の事態に俺はポカンとしてしまったぞ。
「えーと……それは、仲間になってくれるという事でいいの?」
なんとか頭を整理して言葉を絞り出すと、ゲイルは顔を上げて首を横に振った。
「仲間ではありません。配下です」
「えー?」
ややこしい話になった。
話を聞く限りどうも、これまでの態度は俺の人間性を調べるテストだったらしいが、だからといってここまで心酔される要素が何処にあったよ。
と聞くと、
「まず、貴方は俺が谷底に身を投げた際、自身の身を顧みず俺を助けた。そして、その後も命の危機が迫っているにも関わらず、俺の手を手放さずにいてくれた。俺としては、それだけで信頼するにあたる行為だと思います」
最初に言っていた願掛けというのは、これの事だったらしい。
身を投げた際、俺が助けようとしたらフェイの主からの誘いは蹴って、俺と共に行動する。それは最初から決めていたらしい。ちなみに、身を投げたとしても壁を掴んで助かる自信はあったのだとか。
「そして先程の言葉……感銘を受けました。二つのうちどちらかではなく、二つを救う道を探す。俺もフェイ殿を助けたい。レイジ殿達と共に足掻いてみたい。どうか、共に歩ませて下さい」
ゲイルにとって信頼に値する者になりたいと思って本音で喋った訳だが、こういう事態になるとは想像だにしていなかったぞ。しかも、ゲイルの表情からして冗談という訳じゃないっぽい。ガチだこれ。
でも悪いけど、俺は部下が欲しいなんて思ったことはない。そもそもゲイルは背もでかく歳も俺より上で、部下とか後輩って感じがしないんだよな。出来る事なら、良いお兄さんというポジションで居てくれれば良かったのだが……。
「仲間になってくれるのなら歓迎するよ。でも言っておくけど、俺は君を部下として扱う気なんかないからね」
「ええ、それで構わないです。俺は俺で好きなようにやるだけです」
とりあえず釘を刺しておいたが、満面の笑顔で返された。
「……はぁ」
強力な味方は手に入れたが、思っていたよりも厄介な事になってしまった。
まぁ今は素直に喜ぶとしようか。
その後、俺達は洞窟を抜け出して谷からやっと這い出る事に成功した。谷の底に何があるのか気になるところだけど、今は調べている余裕なんて無いな。
そしてアルドラゴへ帰還する道中、ふとゲイルはポツリとこんな言葉を吐いた。
「実は、例の主とやらに提案を持ちかけられた後、フェイ殿から言われた言葉があるのです」
「フェイから?」
「“絶対にそんな手段で私を助けようとしないでください。
「迷惑?」
「レイジ殿を殺してフェイ殿を助けたとしたら、姉弟であるアルカ殿やルーク殿に恨まれることになる。それだけは絶対に嫌だ……だそうです」
「……そうか」
それだけ聞いて、まだ望みはあるのだと理解した。
だとしたら、是非とも彼女が納得のいく方法で助け出してあげないといけないな。
俺は決意を新たにして、前へ踏み出した。
……帰ったらアルカに謝らないといけないな……と思うと、気が重いんだけど。
怒っているだろうなぁ。
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