79話 ミカとジェイドの戦い



「くそっ! 装甲が硬すぎる!!」


 デュラハン三体のうちの一体と対峙していたミカとジェイドは、やはり二対一であっても苦戦を強いられていた。

 今のジェイドはかつて使っていたナックルガード付きナイフではなく、トゲの付いた手甲を装備している。格闘を主体とするジェイドであるから、武器選択は妥当なものではあるのだが、今回は相性が悪すぎた。この程度の打撃では衝撃が鎧の内側まで伝わらず、ミカの炎蛇ではいくら炎で切れ味を強化しても鎧を切り裂く事は叶わない。


「やっぱり、CランクとDランクの即席コンビには荷が重い相手だったか」


 ジェイドの口から思わず愚痴がこぼれる。すると、ミカから叱咤が飛んだ。


「情けない事言うな! 先生が見ているんだ!!」


 そうは言うものの、本来ならばデュラハンは一体に対してC~Bのハンターが主にチーム戦で勝負を仕掛けるべき敵なのだ。さすがに、一対一で勝負を挑む酔狂な者は数少ない。チラリと視線を横に向けてその酔狂な者を見る。すると、たった今レイジがデュラハンを剣で一刀両断してみせた所だった。

 ……ジェイドは、すげぇと素直に感心してしまう。

 デュラハンの装甲の硬さは、たった今嫌と言うほど実感している。それを剣で両断してみせるなんて、とんでもない技能だ。

 見栄を張って相棒の代わりを務めるなんぞ大口を叩いた結果がこれか……とジェイドは落胆した。上手く力を示せれば、今後もレイジと同じチーム活動を出来るのではと淡い期待を抱いていたのだ。

 同じチームのユウとヤンには悪いが、ジェイドはレイジに憧れに近いものを抱いている。

 最初は嫉妬に近い感情だったが、路地裏で助けられ、更にその後のワイバーン戦……カオスドラゴン戦において、格の違いというものを見せつけられ、そんな低俗な感情は吹き飛んだ。

 そして離れていたひと月ほどの間に、レイジはCランクへと昇格。更にはBランク間近と呼ばれる程になった。……これではいけない。いずれ、並び立てるようにと切磋琢磨せっさたくましていたが、自分とレイジとでは歩くスピードがあまりにも違いすぎる。

 追いかけるにしても、せめてもっと近くで……隣でとは言わないまでも、もう少し後ろからその背を追いたい。今回の戦いはそのチャンスだと思ったのに、結局は力の差を痛感しただけで終わってしまうのか。


 それは、ミカも同じだった。

 ここで活躍出来ればレイジの好感度も大幅にアップ。同じチームで活動できるのではと、ジェイドと同じ期待を抱いていた。

 このままでは、失望させてしまう。いや、今も既に心配げな視線でこちらを見ている。これではダメだ! なんとかして、挽回しなくては! せめて、せめて有効的な一撃をジェイドよりも先に浴びせなくては!


「うおおおおぉぉぉっ!!」


 ミカは雄叫びを上げて単身デュラハンへ突進した。


「お、おい! 馬鹿止めろ! 何やってんだ!?」


 ジェイドの制止の声も無視し、ミカはデュラハンへと肉薄。そして、右手に溜めていた炎の塊をまるで殴りつけるようにデュラハンへぶつける。

 爆音と小さな爆風が巻き起こる。これは、レイジが使っていたバーンフィンガーを模倣した技だ。これならどうだ―――とミカは結果を確かめようと顔を上げようとした。

 そこへ……


「馬鹿! しゃがめ!!」


 ジェイドがタックルするかのように突進してきて、まるで抱き込むように地面に押し付ける。

 咄嗟に抵抗しようとしたミカの頭上を、デュラハンの大剣が薙ぎ払わられる。


「え―――?」


 ジェイドに引っ張られるように急いで距離を取る。

 もし、ジェイドが強引に頭を下げさせていなければ、ミカの首が飛んでいた。

 その事実に気付き、ミカの背筋に冷たいものが走る。


「アホかお前! 中距離戦がメインのお前が自分よりも強い奴相手に接近戦挑んでどうすんだ!!

 お前、自称とは言えレイジの弟子なんだろうが! アイツはそんな無謀な戦術をお前に教えたってのか!?」


 最もな話だ。

 ミカの戦術は本来、炎蛇によって相手の間合いの外から追い詰めるスタイルの筈。それがレイジの技を見様見真似で再現する為に相手の間合いの内側へ入り込む等、何を考えていたのか。

 一体、レイジはどんな顔で今のミカを見ていたのだろう。侮蔑ぶべつか、落胆か……。

 その視線を想像するだけで涙が瞳に浮かぶ。


「お、おい泣くんじゃねェよ。ここで泣いている場合じゃねぇだろ!」


 急に涙目になったミカに慌てたのはジェイドだ。ミカは確認できなかったが、その顔は少し赤くなっている。正直、突然女らしさを見せた事でドキッとしたのだ。

 そうだったコイツ女の子だったなと気付き、慌てて言葉を取りつくろう。


「そ、それにな、さっきの一撃だって一応は効いていたぜ。ほら見ろ、アイツの装甲もへこんでいるだろ」


 ジェイドの言葉にミカは、ゆりゆらりと近づくデュラハンを見る。

 自分の模倣バーンフィンガーを受けたデュラハンの胸元の装甲は、たしかに大きくへこんでいた。一歩間違えば死ぬかもしれないという危険は冒したが、きちんと効果はあったのだ。


「よ、よし……ならもう一度……」

「だから落ち着けっての! あの感じだと、さっきのを後二、三発ぶちかまさなきゃいけないだろうが! また死にかけるぞ!!」


 立ち上がろうとするミカをジェイドはまた叱りつける。

 ミカはキッとなってジェイドを睨み付けた。


「しかし、有効的な技はあれだけだ。ならば危険を承知の上でやらなければならないだろう!」

「ああもう、お前ほんとに頭硬いな! 別にお前が一人でやる必要ないだろうが。何のために二対一で戦ってると思ってんだ!!」

「あ……」


 ミカはジェイドの言葉でようやく気付いた。

 そうだった。これは、二人でどっちが先にデュラハンを倒せるかという競争では無い。

 二人で協力して倒すというものなのだ。

 根本的な事実をミカは勘違いしていた。いや、実はジェイド本人も戦いの序盤はその事を忘れていたのだが。


「あの炎を溜める技、他人の手に渡す事って出来ないのか?」

「で、出来るけど……」

「なら、俺の手甲に炎を溜めてくれ。ぶつけるのは俺がやる!」


 格闘戦を得意とするジェイドならば、技を放ってそのまま離脱する事も可能なのではないか。

 ジェイドはそう考えたのだ。


「しかし、君は魔術師では無いのだろう。短時間とは言え炎を腕に溜める事は相当な負担が掛かるぞ」


 魔術師ならば腕を魔力でコーティングして皮膚と炎を接触させないようにする事も可能なのだが、ジェイドはそうはいかない。それに技を放つ際も相当な衝撃があるだろう。

 だがジェイドは不敵な笑みを浮かべた。


「少しの間なら大丈夫だ。俺のパワーとお前の炎。合わせ技を見せつけて、レイジを驚かせてやろうぜ」

「う……うむ」


 確かに、現状はそれが一番威力を発揮できる技と言えるか。

 ミカは頷き、ジェイドの手甲部分に向けて魔力を送り込む。


(うおお……確かに熱いな)


 右の手甲が熱を持ったように赤く染まっていく。

 ミカも装甲の表面部分にのみ熱が集まるように工夫しているのだが、それでも熱いものは熱い。ミカが言っていたように、ジェイド側の負担が相当大きいようだ。

 なるべく辛さを表に出さないようにして、ジェイドはまだかまだかとミカの作業が終わるのを待った。


「出来た! 行け!!」

「おっしゃ!!」


 もはや右腕の感覚があまりない。ジェイドは歯を食いしばりながら駆け出し、デュラハンへと肉薄した。

 そして、先ほどミカがつけた胸部の陥没部分目がけて拳を振るう。同時にデュラハンも大剣を掲げた。


「燃えろ燃えろ俺の拳! ヒートナックルゥゥゥゥッ!!」


 レイジを真似て、自らも技名を叫びながら殴りつける。

 不思議と、無言で技を放つよりは気合が入ったように感じた。また、純粋に気持ちが良い。

 だが、技を放った直後の事をジェイドはよく覚えていない。何やら凄い爆音が響いたのは覚えている。気が付けば、自分の身体は衝撃に吹き飛ばされてミカの近くまでゴロゴロと転がる形となっていた。


「お、お前! 大丈夫か!?」


 ミカは思わず駆け寄り、その身体を抱き起す。

 ジェイドが目を開くとそこにはミカの顔が目前に迫っていた。ジェイドはさすがに焦る。


「す、すまん! 俺にはモニカが……」


 咄嗟にそんな言葉が口から出る。まぁ、俺には……と言っても仲は驚くほど進展していないのだが。むしろ、モニカがレイジにモーションをかけ始めたせいもあってか、どちらかと言えば後退気味である。


「何を馬鹿な事を言っている! 私もお前なんぞに興味は無い!!」


 真顔で言われた。

 少し可愛いな……と思い始めていた事もあってか、ジェイドは精神にクリティカルなダメージを受けたのだった。


「それよりも、やったぞ! 奴を倒したぞ!!」

「え……マジ!?」


 痛みを堪えながら視線をデュラハンの方へ向けると、確かにデュラハンは見る影も無く吹き飛んでいた。その証拠に、自分が倒したであろうデュラハンの腕の装甲等が辺りに散乱している。


「よ、よっしゃぁーーっ!! ……ってイテテテ!!!」


 ガッツポーズをしようと思ったら、右腕に信じられない程の激痛が走った。

 視線を自分の腕に戻すと、手甲は消し炭のようになっていてボロボロである。加えて、右腕も無残な酷い火傷となっている。威力の代償がこれか……。


「すまない。私の魔法のせいでこんな……」

「くそぉ……覚悟はしていたんだが、これはさすがに……」


 火傷に関して素人のジェイドから見ても酷い火傷だ。下手をすれば、もう腕は元には戻らないかもしれない。そうすれば、ハンターを続ける事も難しくなる。……あぁ、下手を打ってしまった。まるで、博打に失敗した気分だ。


「よくやったなお前ら!」


 そう言って近づいてきたのは、ブローガとレイジだった。ブローガはにこやかな笑みを浮かべている。

 本来ならば胸を張って成果を報告したかった二人であるが、今の状況では手放しに喜べない。


「どうかしたのか?」


 レイジが顔を覗き込んでくる。

 落ち込んでいる二人の視線が、ジェイドの右腕に注がれていた。それによって、レイジもジェイドの大怪我に気づいたようだ。


「うわぁ、そりゃあ酷い火傷だ」

「あぁ、倒したはいいが、こんな酷い火傷じゃいくら治療薬ポーションでも回復するかどうか……」

「ちょっと待っていろ」


 レイジが何やらごそごそと腰にあるポケットのようなものを漁り、中から瓶のようなものを取り出した。いそいそと蓋を開け、中の液体をジェイドの右腕へとふりかける。

 デザインは初めて見るタイプだが、治療薬だろうか?


「いてっ!」


 一瞬だけ染みるような痛みが走った。

 が、それも本当に一瞬だけ。すぐに痛みは無くなり、火傷のじわじわとした痛みすらも消えていく。


「え………?」


 自らの右腕を見て、ジェイドは言葉を失った。

 瓶の液体が腕に浸透すると、火傷の跡がまるで汚れが剥がれ落ちるかのように消えていくではないか。

 数秒後には、見慣れた自分の腕がそこに戻っていた。

 正直言って、自分の目が信じられない。


「せ、先生……それは一体……」


 ミカも己の目が信じられなかった。

 能力故に、ミカは火傷には人一倍詳しい。あの火傷は、専門の医師に診せたとしても完治するかどうか厳しいと判断せざる得ないレベルのものだった。

 それが、液体をちょっとかけただけで完治?

 まずありえない事だ。


「ああ、秘蔵の治療薬だ」


 が、レイジはいともあっさりと答えて見せた。

 どこの世界に、あのレベルの火傷を一瞬で治す薬があると言うのだ。

 その事実をレイジ本人は本当に分かっているのか? それに、そんな物をこんなにあっさりと使ってよかったのかという不安もある。ひょっとしたらとんでもなく貴重なものじゃないのか?


 すると、二人の肩を神妙な顔つきのブローガが叩いた。


「コイツにそういう常識はあてはまらん。深く考えない方が良いぞ」


 そうだった。レイジはこれまで幾つもの常識を打破してきたのだ。今更そんな事を考えても仕方が無かったか。

 二人は深く深く頷き合うのだった。




◆◆◆




 やれやれ。

 色々ありつつもミカ・ジェイドコンビもなんとかデュラハンを撃破って事だな。

 ミカが俺のバーンフィンガーを真似てデュラハンに接近し過ぎた時はどうなるかと思ったぞ。デュラハンが剣を振り回そうとした時は思わず助けに出ようとしたのだが、それよりも早くジェイドが飛び出していた。

 なかなか良いコンビじゃないか。二人とも今のチームの問題もありそうだが、このままの方が絶対にお互い切磋琢磨して強くなれると思うぞ。少なくとも、俺を先生と仰ぐよりも良い。


 周りに視線を向けると、他のハンター達によって残りの魔獣達もほぼ殲滅させられていた所だった。

 どうも、もう心配するべき事は無いみたいだな。


 そんな事を思っていると、やがてゴゴゴ……という駆動音が王都の上空に響き渡る。

 この音、やっと来たか!! 俺は急いで顔を上げた。

 他のハンター達も、音に気づいて何事かと天を仰ぐ。そして、全員唖然としたように口を開いた。


「お、おいおい……なんだありゃあ!」

「あれは……以前カオスドラゴンに遭遇した時に見た……」


 上空の太陽を遮るように、巨大な竜のシルエットが王都の上空に出現する。


 鋼鉄の竜戦艦……アルドラゴ!!


 仮面の下で俺は笑みを抑えられなかった。

 また……またあれが空を飛ぶ勇姿をこの目にする事が出来るなんて!


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