78話 鋼鉄竜再出陣



「さてレイジ、残る魔獣は五十数体ってところだが……どうする?」


 まずブローガさんが聞いてきた。

 ……なんか俺がこの場の代表みたいになっているけど、俺は指揮官とかの器じゃないんだっての。

 でもまぁ、この場で魔獣どもと戦い続けて来たのは俺だけだし、仕方ないと言えば仕方ないのか。

 めんどくさいけども。


「当然チームごとに分けた方が良いだろう。ジェイドのチームは主にホブゴブリンとハーピーを、ミカのチームはオーガを中心に、ブローガさんは俺と一緒にデュラハンを担当。これでどう?」


 チームのランクから言って、妥当な配分なんじゃなかろうかと思った。実際にセージやユウ、ヤン等は頷いてもいる。だが、予想外な反論があった。


「私! 私は生徒として先生と一緒に戦いたい!!」

「何だと!? じゃあ俺もだ! 俺もお前と戦うぞ!!」


 言わなくとも分かると思うが、何故か張り合っているミカとジェイドである。なんだって俺と一緒に戦う事にこだわっているんだコイツ等。

 ……のんびり話している時間も無いんだから、とっとと了解してほしかった。

 するとブローガさんがどこか疲れたように溜息を吐き、


「じゃあ、お前等二人はデュラハンを一体担当しろ。俺が一体、レイジが一体で数としては間に合うだろ」


 こんな提案をするのだった。

 二人は同時にポカンとしたものの、やがて同じく同時に口を開いた。


「いやだ! なんでこの男と一緒なんだ!」

「俺もだ! 初めて会う奴とコンビなんてごめん被るぞ!」


 当然の文句なのだが、こっちも時間が無い。ちょっと離れた場所では、魔獣の群れがこちらを襲う機会を今か今かと待ち構えているのだ。

 やがて、ブローガさんが一喝した。


「お前等もハンターなら即興でチーム組み替える経験くらいあるだろ! 納得できなきゃさっきレイジが言ったチーム別にしろ!」

「「うぅぅ……」」


 しぶしぶ納得した様子の二人。

 なんだってチーム組み分けでこんな時間食わなきゃいけないんだ。はっきり言って無駄な時間である。


「じゃあ、ユウとヤンの二人はハーピー担当と後方支援。セージさんとドルグさんはホブゴブリンとオーガをお願いします」

「「おう」」

「しかたないね」

「さぁ、始めるか!!」


 セージははぁと溜息をついてレイピアを構えた。ドルグは既に戦斧を構えて準備万端のようだ。

 

「うっしゃ。足引っ張るなよ、小娘!」

「誰が! 私の方がランクは上だ!!」


 問題児二人は、ギャーギャーと騒ぎつつも共闘はしてくれるようだ。


「んじゃ、行くぞ!」


 俺達は同時に飛び出し、それぞれの担当する魔獣へと向かって行った。


 俺の担当は、この中ではレベルが一番高いデュラハンだ。

 一応計算上は、オーガ10体分ぐらいの強さを持っている筈だ。オーガ10体とコイツ1体……どっちが楽かは戦い方によるかもしれない。

 少なくとも、俺はコイツ一体の方が楽でいい。だって、背後とか気にしなくていいんだもの。


 とりあえず大剣を引きずりながら、ぬらりぬらりと不気味な歩き方でこちらへ迫ろうとしているデュラハンへ、俺は肉薄した。

 物は試し……まず、パンチ一発をデュラハンの胸部へと打ち込む。

 何か硬いものを殴ったという衝撃が俺の手に響いた。デュラハンはビクともしていない。30%の出力では通じないか。なら、50%に出力アップ!

 ……しようとしたら、バイザーのモニターに警告ランプが表示される。どうも、ルクス戦プラスさっきの魔獣戦でエネルギーを使いすぎたみたいだ。このままだとエネルギーが尽きるな。……この状況でこいつはマズイ。

 俺はパワーの出力を20%に戻し、アイテムボックスからヒートブレードを取りだした。こいつはあまりのんびりやっている余裕はないみたいだ。チャッチャッと片づけるとしよう。


 俺がヒートブレードを振り払おうとすると、それに合わせてデュラハンも大剣を振るってきた。

 火花が飛び散り、キィンと音を立てて剣と剣がぶつかり合う。

 ぐぅ、この出力だとパワー負けしているな。トリガーを引いて刀身を赤熱化させているが、相手の剣も魔力を纏っているせいか熱があまり通じていない。

 ……あれ、これってヤバくね?

 カオスドラゴンよりも、ヒュージスライムよりも、あのルクスよりも弱い筈のデュラハンに、俺は追い詰められていた。

 いやいや、俺一人だけならまだしも、他のハンター達の前でこれはまずいでしょうよ。一応、こっちにもちょっとはプライドってもんがあるんだよ。


 ……しゃあない、奥の手使いましょう。

 俺はヒートブレードのトリガーを、強く押し込んだ。

 すると、カチカチッと二段目のスイッチが入る。普段なら軽く押して刀身の赤熱化。ならば、強めに押してこの二段目のスイッチを押すと……どうなるのか。

 ジリジリと赤く染まっているヒートブレード刀身が、白く染まっていく。そう、白熱化しだしたのだ。


「おおおおっ!!」


 気合を入れ、受け止めたままの大剣を強く押し返す。

 バリバリと音を立てて、デュラハンの大剣が真っ二つに溶けていく。


「どぅりゃあっ!!」


 勢いそのままにヒートブレードを大きく振るい、白熱化した刀身でデュラハンの身体ごと横一文字に両断してしまう。

 カラカラ……と音を立ててデュラハンの鎧が地面へと落ちていく。

 足元には鎧の残骸。それも、次第に魔素となって空気に溶けていくのが見える。……ふう、勝った。

 ただし、俺の握っているヒートブレードの刀身も溶けてなくなったけども。今俺が握っているのは、ヒートブレードの柄のみだ。

 これは、一度しか使えない必殺技なのである。そういう機能を付けたのはいいが、まさか本当に使う事になるとは思わなかったぞ。出来れば、勿体ないから使いたくなかった。


 チラリと左右を見渡してみると、ブローガさんは特に危なげも無くデュラハンに勝利。さすがである。

 もう一方のミカ・ジェイド組は……苦戦しているようだ。

 やっぱり、この即席コンビにはまだデュラハン相手は厳しかったか。

 仕方ない助けに行くか……と動こうとした時、その肩をブローガさんに掴まれた。


「まぁ、もうしばらく待っとけ」

「どうしてです?」

「ここで助けに行ったら、まだまだ助けられる事に甘えている証拠だ。本当にあいつ等の事を思うなら、もっとギリギリまで待っておけ」

「ギリギリまで……ですか?」

「そうだギリギリまでだ」


 と言う事でしばらく放置してみる事になった。まぁ俺も万全な状態でもないしね。頑張れ二人とも! 俺は少し休むぞ。

 あぁ~~疲れた。




◆◆◆




「だ、駄目です副団長! あの鉄の巨人が邪魔をしてドラゴンの死体を運べません!」


 一方その頃、ゲオルニクスの遺体の元にはアルカの予想通り帝国の騎士団が現れていた。しかし、騎士団が遺体へと近寄ろうとした所、突如として謎の鉄巨人が現れて騎士たちを文字通り吹き飛ばしたのだった。騎士達はそれぞれ武器を取って応戦したものの、とても敵うものではない。


『ふははは!! ぼくが居る限り、お爺ちゃんは絶対に連れて行かせないぞ!!』


 子供のような甲高い声が巨人より響く。

 何か馬鹿にされているように感じるが、実際問題として強すぎて敵わないのだから厄介だ。


「あっちゃー。レイジの方は擬似聖獣で足止めしているから大丈夫だと思ったんだけど、とんだ伏兵がいたものだね」


 ブラットは、離れた場所より配下の騎士達が吹き飛ばされる様を眺めていた。

 レイジの足止めをしている間に、なんとかしてドラゴンの遺体を持ち去ろうとしたのだが、そこへ現れたのがあの巨人だ。

 まるで魔獣のような外観であるが、喋っている所を見る限り人間なのだろう。……多分。

 そこへ吹き飛ばされた騎士の一人が息も絶え絶えといった感じで近寄ってくる。


「ふ、副団長! あれは一体何なんですか!?」

「んー。多分、レイジの仲間なんじゃないかな。鉄の巨人を操る子供が奴の仲間に居るって聞いて、なんだそりゃと思っていたんだが……マジだったんだねぇ」

「こ、子供!? 子供があれを操っているのですか?」

「声も聞くかぎり子供みたいだから、間違いないんじゃない?」

「ど、どうしましょう。ルクス団長が居ない今、アレと立ち向かえそうな騎士なんて居ませんよ」


 騎士の指摘はもっともだ。確かにルクスならば、嬉々としてあの巨人に立ち向かっていっただろう。

 でも、残った騎士団の面子でははっきり言って無理だ。


「だよねぇ。俺も死なないことには自信があるけど、ガチの戦いの方は自信無いんだよなぁ」

「はぁ、やはり副団長でも無理ですか」


 レイジとなんとか事実上の勝利を収めたブラットならばもしや……という期待はあったが、本人に否定されてしまう。

 大体、あれはレイジの心の隙を突いたから勝てたのであって、元より勝負にはなっていない。ブラットとしては、そこの所を勘違いしてもらっては困るのだ。

 しばしの間、ブラットは深く考え込んでいた様子だが、やがて顔を上げた。


「……うん。よし、決めた!!」

「え、何をですか?」


「諦めよう!!」


「………は?」

「俺達だけで、アレを倒してドラゴンの死体を持って帰るのはまず無理だ。だから、諦めようって言っているの」

「え?え?え? い、良いのですか?」

「良くはないけども、無理なもんは無理だ。お前らだって、死にたくはないだろう」

「そ、それは……そうですが」


 今、アレとマジで戦っても勝てる可能性は低い。

 もしかしたらレイジの仲間という事で、つけ入る隙はあるのかもしれない。だが、リスクが大き過ぎるし、あまり時間を掛けるのも良くはない。うかうかしていたら、この国の騎士団がやってくる。


「まあ、ドラゴンの身体の一部なら幾つかは既に手に入れているからな。これで上層部には命乞いするとしよう」

「え? 副団長いつの間に……」

「ルクスとドラゴンが戦っている間にちょいちょい拾わせてもらった。えーと、牙、爪、鱗が10枚程……後は肉片が幾つか、それと目玉だな」

「目ですか!?」

「ルクスが顔の辺りを斬り飛ばしたからな。見つけた時は潰れていたんたが、回復薬を使ったらある程度修復できた。さすがはドラゴンの目。身体から離れても凄まじい再生力だ」


 帝国の技術なら、これだけの戦利品でも十分な力を得る事が出来るだろう。特に竜の目などどれほどの価値があるか。騎士は、ホッとしたように笑みを浮かべた。


「そうですか。でも、それなら……」


 とは言え、これでも大変なお叱りを受けるだろうなとブラットは自覚していた。

 しかも、言葉通りにお叱りと言うレベルでは無い。何人かは確実に物理的に処分されるだろうし、様々な意味で醜態しゅうたいさらしたルクスは、さすがに数少ない聖騎士の成功例だから処分される事は無いだろうが、聖騎士として再調整を受ける事になるだろう。

 あれをもう一度受ける等、可哀想で涙が出てくるな。……出ないけど。

 そして、ブラットは……おとがめを受ける事は無いだろう。さすがに別の騎士団に異動にはなるだろうが、ブラットのような偶然生まれた特異存在を処分する事はあるまい。それに一応、何かあった時の為に上司の醜聞しゅうぶんネタくらい握っている。それをチラつかせて生き延びるとしよう。


「副団長、王国の騎士団がこちらに来ます」


 高所から辺りの様子を偵察していた騎士が報告する。


「全く遅いねぇ。でも、この国の騎士団と事を構えるのは面倒だ。俺達は早々にこの国から脱出するとしよう」


 既にルクスは王都の外へ運び出している。

 それにしても、ここまで大敗だとは帝国を出た時は思っても居なかったことだ。ルクスは性格はアレだが、実力の方は申し分ない。それが、この有様か……。少々驕おごりがあったのは認めなくてはいけないな。

 だが、一番の誤算はあの男と接触してしまった事だろう。

 ハンターレイジ。あの男にルクスが興味本位で関わってしまったせいで、全て歯車が狂ってしまった。元々、レイジ本人は関わる気が無かったとの話だから、全ての原因はルクスにある。自業自得ではあるが、巻き込まれる方の身にもなってほしい。


 ……だとしても、ここであの男と出会えた事は幸運だったと言えよう。

 あの男は、これからこのエヴォレリアの世界で波乱を巻き起こすぞ。今までどんなユートピアに住んでいたのだと思わされる大甘ちゃんであるが、このままでいられる筈もない。

 あのルクスを赤子扱いにし、それでもまだまだ力の底が見えない。魔道具の力とはいえ、それを使いこなすのも奴の力だ。その気になれば、世界の頂点に立てるかもしれない男と言えるかもしれない。

 もしそうなれば、是非とも見てみたい。あの真っ白な甘ちゃんが黒く汚れていく様を見届けたい。

 その為にも、ブラットは死ぬ事は出来ない。

 元々死ににくい身体ではあるが、死なない訳ではないのだ。

 さて、またあの男と再会できるその日の為にも、まずは生き延びるとしようか。……例え、何を犠牲にしても。


「ふ、副団長! そ、空を!!」

「あん?」


 傍に居た騎士が、馬鹿みたいに上ずった声を上げる。

 空?

 空に何があると……


「なんだ……あれは……」


 今日は様々な事があった。

 だが、これはブラットが今日見てきたものの中で一番の衝撃であった。


 ルクスが戦ったドラゴンの倍以上もある巨大な赤いドラゴン。

 それが、自分達の真上……王都の上空に存在していたのだ。




 ブラット達は知らない。

 それは、レイジ達が誇る最大の武器であり自分達の居城。


 鋼鉄の竜戦艦……アルドラゴだった。


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