76話 「不死者ブラット」



「あははは……想像以上に驚いたな。いやいや、面白いものが見れた」


 男は、やがてこちらを見てニヤリと何処か嫌な笑みを浮かべる。


「改めまして自己紹介をするとしましょう。我が名はブラット・オーディナー。ゴルディクス帝国のルクス聖騎士団の副団長を務めております。

 ああ、一応異名みたいなもんがありまして、騎士団では“不死者ノスフェラトゥ”と呼ばれております。以後、お見知りおきを」


 ブラットと名乗った男は、まるで舞台役者かのように大げさに礼をしてみせた。

 不思議と何処か様になっているが、問題はそこではない。

 不死者? マジかおい。


「まあ、こんな異名だけど、俺だってちゃんと死ぬんだよ。ちょっと色々あって死ににくい身体なんだけど、ギリギリ人間だと思っているしな」


 いや、首の骨が180度以上折れ曲がっても死なない人が言うと、全く説得力がありません。

 実は吸血鬼とかそういうオチなんじゃないだろうな。エルフの人が居るんなら、あり得なくないぞ。


『ケイ。彼の身体に触れてみて判明した事があります』

「お、おうなんだ?』

『彼の肉体は、細胞の配列が普通の人間と異なっています。何と言うか、色々とあり得ないといいますが……』

「いや、今でも十分あり得ないけども」

『身体の各部位を、自由自在に動かす事が出来るんです。急所を狙ったとしても、身体の構造を組み替えてしまえば急所とはなりません。恐らくですが、その気になれば指や腕を伸ばしたりする事も可能だと思われます』


 な、なるほど……。

 漫画とかにも居たなそういう敵。でも、実際に目にすると気持ち悪い事この上ない。


「んふふ。しっかし、良い情報を仕入れてしまった」


 ブラットは腕を組んでしたり顔でこちらを見据えている。


「な、なんだよ……」

「さてはレイジ君……人を殺した事無いね?」

「!!」


 突然の言葉に、俺はビクリと身体を震わせる。


「いやいや、さっきの反応を見ればわかるよ。それにしても、意外な話だ。あのルクスをボコボコに出来る程の力を持つ者が、まさかチェリーだったとはね」

「は? チェリー?」


 ニュアンスでなんとなく馬鹿にされているって事は分かるんだが、チェリーってどういう意味だ?

 えーと、翻訳担当のアルカさん?


『さぁ? 私もそのまま直訳したらそうなりました』


 まあ、アルカが知らないのなら深く考えないでおこう。

 でも、殺しの経験が無い事がばれちまったか。まぁ、分かりやすく狼狽しちまったからな。


「最初はどうなるかと思っていたけど、これなら俺にも勝機みたいなもんが出来てきたな」

「なんだと?」

「俺を止めるには、完全に殺すしかない。でも、さっきも見たように俺は普通の人間なら死ぬような怪我であっても死ぬ事は無い。お前さんが全力でやれば殺せるんだろうが、恐らく無理だろう」


 どや顔で言うブラットに、俺はイラッとした。

 確かに殺せませんよ。

 殺せないけども、俺の力を見くびるなこのヤロウ。


「……殺さなくても、お前を無力化する事は出来るぞ」

「ほう? 例えばどうやって?」

「これならどうだ?」


 俺は一瞬でブラットとの間合いを詰め、その顔を思い切りぶん殴った。勿論殺さない程度に加減してだが、意識を失わせるだけの威力は持っている。打撃を受け、ブラットの身体は簡単に吹き飛んで何度もバウンドして瓦礫の上を転がっていく。

 よし! と思ったものも一瞬。ブラットはすぐに立って見せた。ただその顔は腫れによって大きく変形はしているが。


「あはは。残念ながら、俺は大きな痛みは感じないんだよ。腫れ上がった顔もこうすれば……」


 ブラットがサッと頬を撫でると腫れは完全に消え失せた。


『あれは傷を完治させた訳ではありません。頬の細胞を変化させて、腫れ上がる前と同じように見せているだけです』

「という事は、ダメージはちゃんと受けているんだな」

『ですが痛みを感じなく、もし傷が出来たとしても表面上は修復してしまう。これでは、死ぬ直前まで立ち上がってくるようなものですよ』

「マジかよ」


 力自体は大した事は無いが、死ぬまで動きを止める事が出来ないとか勘弁してほしい。

 倒す方法みたいなものは、漫画とかでこういう敵は散々出てきたからすぐに分かる。心臓とかの位置を移動させる事が出来るんなら、全身を完全にぶっ潰してしまえばいい。ファイヤーブラストやハードバスターで全身を一気に消し炭にしてしまえば、さすがに倒せるだろう。

 でも、だからと言って出来るかどうかは別問題だ。

 こんな奴相手に人殺しデビューなんてしたくないし、出来る事なら人間は一人も殺さずにこの世界からオサラバしたい。

 その心の隙を、ブラットは突いた。


「恐らく色々と対策を考えているんだろう。ちなみにだけど、こういった事も出来るよ~」


 そう言うと、ブラットは己の右腕を自らの左腕で掴む。そして、力任せにじり切ってしまった。


「う!?」


 その光景を見て、ドン引きする俺。

 フェイスガードで口元が覆われていなければ、下手したら吐いていたかも。

 ブラットはそんな俺を見てニヤリと笑うと、そのまま千切った腕を空中に放り投げる。

 すると、千切られた腕の傷口より、血で出来た糸のようなものが何十本も飛び出し、放り投げられた腕を空中でキャッチする。

 掴み取られた腕は元の場所へと戻り、まるで千切られたという事実が無かったかのように傷口も修復されていく。


『……つまり、手足をもぎ取って行動不能にするという手も使えないという事ですね』

「コイツに対して効果的なアイテムは無いのか!?」

『……今の状況ではありません……としか』

「無いの!?」

『敵の動きを封じる装備はありますが、サイズの問題でアイテムボックスの中には収納できませんでした。一度艦に戻れば持ち出す事は可能ですが……』

「そんな暇ある訳ないよな!」


 くそ!

 対人戦において、サンダーブラストとウインドブラストがあればなんとかなると思っていた。……実際、今までなんとかなっていたんだ。それが通用しない相手にはただぶん殴ればいいだけだって思っていた。

 人間との戦いを舐めていた。もっといろんな状況を想定したアイテムを常備しておけば……って、今更悔やんでも仕方ないな。


『こうなれば、私が魔法で……』

「ダメだ! コイツの前で実体化するな!!」

『しかし、このままでは……』


 確かに打つ手は無い。それでも、帝国の騎士の前で実体化すれば、アルカがどういう存在なのか情報が知れ渡ってしまう。

 それに、コイツは頭が良い。そんな奴の前でアルカの正体を明かすのは、凄く危険な予感がした。


「くそぉぉぉっ!!」


 何度となくブラットの身体をぶん殴る。

 しかし、その都度ブラットは何事も無かったかのように立ち上がり、こちらへ気味の悪い笑顔を向ける。実際は、何事も無い筈が無い。ダメージは純粋に蓄積され、普通の人間であれば立っていられない筈なのだ。それでも、平然と立ち上がっているのは、怪我や痛みを無視しているから。

 くそ、苛立ちが募る。

 何発ぶん殴ればコイツは止まるんだ。

 いや、分かっている。死ぬまでだ。

 もう、格闘ゲームでいう体力ゲージが完全に点滅しているのが分かる。もうこれ以上ダメージを与える事は出来ない。

 俺は、仕方なく攻撃の手を止めた。


「あれ、もう終わり?」


 と笑顔で言う奴は、果たして自分が後一発殴られたら死ぬという事を理解しているのだろうか?

 いや、しているんだろうな。

 俺からしてみれば、コイツはルクスよりも恐ろしい敵だ。


『ケイ……どうやら、やられたみたいです』

「え?」


 アルカの悔しげな言葉に、思わず振り返る。

 すると、ルクスの身体が他の帝国騎士によって運び出されている所だった。


「くそ! こっちは囮か!」


 俺は急いでルクスの身体を回収する為に駆け出そうとしたが、そこでブラットが叫んだ。


「聖石を使え!」


 ブラットが懐から魔石に似たような石を取り出すと、他の騎士たちも同様に石を取り出す。

 そして、それを宙に向けて放り投げた。

 あ、この光景見た事がある。

 ルクスがガルーダを召喚した時と同じ光景だ。騎士達の放り投げた聖石と呼ばれる石に光が集まり、やがてそれは複数に分裂する。


 石から、魔獣達が出現した。

 しかも、一つの石から10体程度の魔獣が現れたのだ。


「な……!!」

『まさか、魔獣を街中に!?』


 俺は周りに出現した魔獣どもを素早く確認する。見た限り低級どころのオンパレードだが、数が多すぎる。地面に降り立ったタイプも居れば、空を飛ぶタイプのものまで居るぞ。

 遠くから俺達の戦いを見ていたらしい生き残った住民達から、絶叫と悲鳴が響き渡った。


 それもその筈、普通の王都民であれば魔獣なんぞ見た事もあるまい。この世界の集落と呼ばれる場所には、魔獣を寄せ付けない結界と呼ばれるものが敷かれている。

 でも、それは一度中に入ってしまえば効果は無い。まさか、街中に魔獣を解き放つという外道な手を使ってくるとは……本気で騎士としての誇りとか無いのかこいつ等。


「悪いけど、逃げさせてもらうよー。まぁ、後の苦情は帝国までどうぞ」


 魔獣の陰に隠れながら、ブラットは一礼して見せる。そして、そそくさと姿を消したのだった。

 追う事は可能だ。

 だが、それにはこの魔獣どもを放置しなければならない。

 残念ながら、俺には出来なかった。


「くそ、あの野郎!」

『ケイ、ルークをゲオルニクスさんの遺体の警護に当たらせます。下手をすれば彼の遺体まで持ち出されてしまいます』


 ああそうか。それも奴等の狙いの一つだったな。……仕方ないか。


「分かった頼む」

『それとケイ、ゲオルニクスさんの遺体の事で私にちょっとした考えがあります』

「え?」


 ごにょごにょと俺に耳打ちするアルカ。

 あぁ、なるほど。確かにそれなら無事に王都から遺体を運び出せるか。


「分かった。じゃあ、そっちはアルカに頼む」

『ケイは一人で大丈夫ですか?』


 目の前でキシャ―キシャ―と威嚇を続ける魔獣ども。俺はそれを見て、指の関節をポキポキと鳴らす。


「安心しろ。今はかなり鬱憤がたまっている。それに、相手が魔獣なら存分にやれるしな」

『分かりました。では、一時的に離れます。気を付けてくださいね』

「おう、任せとけ」


 フッと、胸の魔晶からアルカの意識が消え失せる。こうなると、やっぱり寂しいもんだな。

 でも、そんな事言っている暇もない。

 今から、3桁近く存在する魔獣をぶっ倒さなきゃならないからな。ルクス戦でもブラット戦でもほとんど使わなかったフルアーマーの装備の数々を見せてやろうじゃねぇか。


 さぁ、ゲームで言う所のファイナルラウンドだぜこの野郎!


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