75話 ノスフェラトゥ



 俺は慎重な足取りで、倒れ伏したまま動かないルクスへと歩を進めた。

 内心ちょっとビクビクである。

 実はフリで、近づいた途端にがばっと起き上がるんじゃないかと言う不安もある。

 ……まぁ出血の量からしてあり得ないとは思うけど。何より、早い所確かめなきゃいけない事もあるからな。


『心音は微弱ですが、感知出来ます。どうやらかろうじて生きているようですね』


 ある程度近づいたら、アルカが報告してくれた。

 ……そうか、生きていたか。


 俺はルクスの傍に立つと、その身体を見下ろした。

 身体の至る所にあざが出来ていて、もうボロボロだ。俺がぶん殴った分もあるし、ゲイルさんにも散々殴られたからな。それだけでも良く生きていたもんだと思うよ。

 続いてライトニングボウが撃ち抜いた傷口を見る。

 グロいけど、我慢。

 どうも、幸運にも大事な臓器は避けて射貫かれたみたいだな。それでも、このまま放置したら当然出血多量で死ぬだろう。


 と、思っていたらば……


『ケイ! 傷口が―――』


 アルカの声で俺は傷口を注視してみる。

 すると、僅かであるが傷口がうごめき、徐々に塞がっていっているのが分かった。

 まさか、このままだと復活するってのか!?


『流れ出た血の量からして、簡単に身体を動かす事は出来ない筈ですが……保証は出来ません』

「だよな。俺たちにもよく分からん技術使ってるみたいだし」


 という事は、今この時点で何かするしかない。

 そう、何か……だ。


 ゲイルさんは、恐らくだがこの男が死んだと思っている筈。

 あれだけの威力を持った矢の力で胸を貫いたのだ。手応えはしっかりと感じただろう。

 実際、勝負で言えばゲイルさんの勝利は確実だ。こんな倒した後の肉体の修復なんてノーカウントだろう。というか、俺が認めない。

 その彼の為を思うならば、いっその事このままトドメを刺してしまった方がいいのかもしれない。


 ……俺が。


『……ケイ?』


 トドメを刺すって事は……つまり……


「ガハッ! ハァハァハァハァ……」

『ケイ! しっかりしてください!』


 具体的に俺が何をすればいいか理解したら、急に動悸が激しくなり、呼吸が荒くなった。

 いや、まともな呼吸が出来なくなった。


 魔獣を殲滅する事に抵抗は無くなったが、人間が対象となるとコレか……。

 それに、自分で死に物狂いで戦った結末とかじゃなくて、無抵抗で横たわっているのが対象だものな。

 だが、俺が出来ないからと言って、誰かにやってほしいとも思えない。


 そんなのは嫌だ。


『提案します。今この場は対象を拘束して、王国に突き出すというのが最善策と判断しました。ですから、今ケイがするべき事は、対象の身動きを封じる事と進言します』

「……そうか」


 アルカの提案に、俺は何処かホッとしたのを感じた。

 そうだよな。いくらこの男のした事が極悪だとしても、ただ殺す事だけが出来る事じゃない。

 というか、まず捕まえるというのを通り越して、なんでまだトドメを刺すって事を考えちまったのか。

 ……俺も、怒りで正常な考えが出来ていなかったか。


『生かして王国側に突き出すという事も大事ですよ。このまま死なせてしまえば、責任の追及も出来なくなってしまいます』

「そうだよな。ゲイルさんには申し訳ないが、結果として生きている以上、そうするしかないよな」


 こうなった以上、とりあえずコイツを拘束しておこうか。ここまで衰弱していたらそうそう力も戻らないと思うが、念の為だ。訳の分からないパワーで復活という可能性もあるからな。


 すると……


「あぁー悪い悪い。そいつ連れて行かれると、こっちが困るんだわ」


 突如として声が割り込んできた。

 慌てて背後を振り返ると、そこにはルクスと行動を共にしていた帝国の騎士が立っていた。

 その騎士は、無抵抗を示すように両手を上げている。無精髭の生えた、背の高い飄々ひょうひょうとした雰囲気の男だ。……でも、何処か得体の知れない空気を持っている。


「それにしても君ら強いわぁ~。まさか、うちの騎士団長様がここまで一方的に負けるなんて思いもしなかったよ。ねぇねぇ、良かったら帝国に来ない? ハンターなんて仕事しなくてもじゅーぶん贅沢な暮らしが出来るよ」


 その騎士は、軽い感じに早口でまくしたてた。

 なんか、聞いていてイラッとするな。


「悪いが興味ないな。それに、コイツは王国側に突き出させてもらう。これだけの事をしておいて、帝国に逃がすわけにはいかない」

「あぁ、大丈夫大丈夫。そこはちゃんと責任取るから。損害費用とか慰謝料とか、ちゃんと払うから安心してよ」


 またしても軽い感じで言われ、余計にイライラが募る。


「金を払えば済むって問題じゃないだろ。一体何人死んだと思っている?」

「あぁ、そんなに怒んないでよ。そもそも、お金払えば済む問題でしょ」

「……はぁ?」


 何言ってんだコイツ? 俺は怒りで頭が沸騰しそうになったぞ。


「人の命は金で買えないだろ!」

「いやいや、買えますよ。

 この国にだってダァトのシステムはあるし、帝国に行けば金次第で寿命を延ばす事だって出来る。120歳超えているのに、元気な爺さんだって帝国にはいるんだよ?

 そして、そこのルクスみたいなヤツは、金欲しさに自分を帝国軍に売ったりもする。その結果が、今の力と地位だ。

 ね? お金で買えるでしょ。今日死んじまった人達の家族も、殺した奴を恨むよりはお金貰って残りの人生エンジョイする方を選ぶに決まっている」

「………」


 俺は、その言葉に咄嗟には反論できなかった。

 そう思う人が居るのも事実だろう。

 実際、恨んだところで死んだ者が帰ってくるわけでもない。

 ……でも、だからといって割り切れるものでもないだろう?

 実際、ゲイルさんだって金で解決しようと話を持ちかけて、納得できる筈もない。


 当然俺もそうだ。


「だからと言って、コイツを引き渡す理由にはならないな。それはそれとして、コイツはきちんと裁きを受けるべきだ」

「あちゃー。それはそうなんだけど、それをされちゃうと困るのは俺なんだよね。聖騎士が他国で裁かれたなんてニュースが広がっちゃうと、俺達とんでもなく怒られる訳よ。それこそ、物理的に首が飛ぶ」

「……知ったことか。それはお前らの問題であって、俺は何の関係も無い」


 人が死ぬのは嫌だが、だからと言って全てを救うとのたまう程聖人ではないぞ。

 お前らだって加害者の一部なんだから、責任はきちんと取れと思う。


「ありゃりゃ。やっぱりそうなっちゃうよねー。でも、俺らも死ぬのは嫌だからさ、ちょっと抵抗はしちゃうよ」

「ああ、好きにしろ」


 どの道、コイツからは強者としての圧力みたいなもんを感じない。

 手っ取り早く気絶させて終わりにしよう。


 俺はトリプルブラストを取り出すと、サンダーブラストにセットしてバリバリッと一発放った。

 これで電撃で痺れて動けなくなる……筈……なんだが……


「おおっ! なんか、ビリビリッときたぞ。凄いな、それも噂の魔道具の一つか」


 ……効いてなかった。

 笑顔で平然としていやがる。


 ……レベルが弱かったか?

 もう一度、今度は出力を上げて撃ってみる。


「うわっはっはっは! なんかくすぐったいなこれ! 悪いがムダムダ。俺にはそういうのは効かないよ」


 ……嘘だろおい。


「アイツ本当に人間か?」

『は、はい。身体の構造は確かに人間なのです……が……』


 アルカにしては珍しく反応が悪い。

 じゃあ、なんか変な服でも着ているのか? まぁ、身体の構造が人間だってんなら、絞め技とかも効くだろ。ええい、こうなったら素手で気絶させてやる。


「お?」


 目の前から俺の姿が消えた事で、髭の騎士が間抜けな声を出す。

 俺は地面を蹴って一瞬で騎士の背後へと回り込み、その首に後ろから腕を回す。チョークスリーパー……いやスリーパーホールドだったか。

 腕の筋肉で頸動脈を締めるプロレス系の技だ。このまま極めれば、脳に十分に血液が回らなくなるため相手は気絶してしまう。

 スーツの力を使えば、一瞬で落とせるだろう。


「うごっ! さすがに苦しいなこれ。このまま俺を気絶させようって魂胆かね? なかなかいい手だけど、俺このぐらいじゃ気絶しないからね」


 落ちない。

 やりすぎると首の骨折るから加減はしているんだけど、結構な力出ているよ。

 いやいやいや。おかしいだろコイツ。なんか、怖くなってきたぞ。


「俺をやるなら、これぐらいしないとダメだよ」


 やがて、騎士はそう言うと今の体勢のまま強引に身体をねじったのだ。ちょうど首を支点にして、身体を半回転させるような体勢だ。


「お、おい!」


 焦ったのは俺の方だ。どう考えても無茶な行動である。しかも、その行動は俺の腕から逃げだそうとしたのではないように見受けられた。普通、逃げるなら俺の腹部に肘鉄でも打ちこんである程度の抵抗をするものだろう。身体をねじった所で逃げられるはずもない。

 すると……

 ぐぎっ! と、嫌な感触が腕に伝わる。それは明らかに、骨が折れた感触だった。

 つまり、首の骨が折れた。


「あ……」


 こ、殺してしまった。

 俺は思わず腕を外し、その場から飛び退いた。

 騎士は身体をぐったりとさせてその場に崩れ落ちる。


『ケイ! 落ち着いてください!!』


 そんなつもりは無かったのに。大体、俺は気絶させようとしていただけなのに、あいつの方が強引に身体を動かすから……。


 俺の中の弱い部分が、必死に自己を正当化しようとしている。

 情けない。戦いに身を置いているのなら、こういう事だってあり得る事は理解していただろう。そもそも、この世界では日本よりも圧倒的に死が身近なんだ。自分が加害者になってしまう事だって覚悟しておくべきだった。

 俺の中の冷徹な部分が自分を責める。


 心の中のせめぎ合いはしばしの間続くかと思われたが、突然の中断を余儀なくされる。


「なーんてな!」


 あからさまに動揺している俺をあざ笑うかのように、髭の騎士はその場に立ち上がって見せた。

 その首があり得ない角度で曲がったままの状態で。


「は?」

『え?』


 俺とアルカは唖然とした顔つきで目の前の男を眺めていた。

 完全に首の骨が折れている。

 というか、構造上今の状態で喋られるはずもない。だというのに男は平然と立ち、あり得ない角度で曲がった首のままこちらを見てガハガハと笑っている。

 完全にホラーな状態だ。


 やがて男は曲がったままになっている首を掴むと、強引にグググ……と動かし、元の位置へと戻したのだった。首はまるで昔作ったプラモデルかのようにガチリと収まり、見た目だけは完全に元に戻った。

 ……嘘だろおい。


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