74話 ゲイル&フェイVS聖騎士ルクス



「はは……まさか、エルフの俺が人狼になるとはな」


 ゲイルは仮面の下で自嘲気味に笑った。


『ほう、人狼をご存知で』

「知識としては……な。俺のかつて居た世界では、伝説の種族だったらしいが」


 また、どちらかと言えばエルフ族の敵と呼べる種族だったらしい。知識のみだから、詳しい事は分からないのだが。


『こちらの世界にも、ワーウルフという人狼のような存在は居るようですよ。ただ、こちらは知性の欠片もないただの魔獣のようですが』

「はは……そんな魔獣とは一緒にされたくないな。ところで、これはどうなっているんだ?」

『簡単に言えば、私の身体でゲイルさんの全身を覆いました。要は、私がゲイルさんの筋肉の代わりになったと言った所でしょうか』

「なるほど、俺の代わりに君が動くという形か。だから、身体を動かしているという実感が薄いんだな」


 手を握ったり開いたりを繰り返し、感触を確かめてみる。確かにイメージ通りに動くのだが、何処かテンポがずれているというか、違和感がある。


『頭で動きを想像してくれれば、私が同じように動きます。要は、VRのシュミレーターのようなものですね』

「ぶいあーる? なんだそれは」

『し、失礼……こちらの話です』

「??? ……まぁいいが」

『この状態ですと、先程とは比較にならない程のパワーを発揮できるかと思われます。ただ、制限時間はおよそ60秒』


 なるほど、一分間身体を動かす力をくれると言ったが、こういう事か。


『この状態では多大なる魔力を消費します。それに、ゲイルさんの身体の方もそれが限界であるかと』

「だろうね。だったら、さっさとケリをつけてしまおう」


 こうしている間にもカウントは開始しているのだ。ならば、のんびりと話している余裕などない。


『残り10秒を切ったら、秒読みします。どうか、お早めに決着をどうぞ』

「分かっている!」


「な、なんだそれは……貴様、一体何をした!? 聖獣との融合は帝国の極秘技術の筈だぞ!!」


 未だ目の前で起こった現象を理解できず、混乱したままのルクス目がけてゲイルは突進した。

 一分間という制限時間がある以上、身体を慣らすという余裕は存在しない。最初から全開でのぞむのみだ。


「チィッ、速い!!」


 迫りくるゲイルの姿に、先ほどまでのへろへろな様子は見られない。

 ルクスは翼を羽ばたかせてその場から飛び上がった。今のゲイルは飛び道具は手にしていない。制空権さえ得てしまえばこっちのものだと判断したのだ。

 結果で言えば、それは間違いだ。


『ゲイルさん、ジャンプブーツを!』

「了解した」


 今は銀色の装甲に覆われているが、ルークから手渡された予備用のジャンプブーツは身に着けたままだ。最も、いきなり使い方が理解出来る筈もないから、さっきまでの戦いでは使用してこなかった。

 だが、今は肉体を操作しているのはフェイの方だ。

 どのぐらい跳べばいいか、空中での動き方、制動の仕方はフェイがやってくれる。


 圧縮された空気が放出され、ゲイルの身体が高く飛び上がった。


「なんだと!?」


 自分と同じ高さまで飛び上がって来たゲイルを見て、ルクスの表情は驚愕に彩られた。……仮面で顔は隠れていたから誰にも分からなかったが、驚きの声だけで何を思ったのかは理解できただろう。


 ゲイルはルクスに掴みかかると、ジャンプブーツを空へ向けて放出し、そのまま大地目掛けて落下した。ルクスの身体を下敷きにして、瓦礫の山へと突っ込む形となる。


「悪いが、逃がさん!」


 ゲイルからしてみれば、慣れない身体の操作方法には違いない。であるなら、距離を置いての戦闘は不利になるだけだ。こうやって組みついて、仕留めるしかあるまい。

 が、今は武器を手にしていない。

 ならば、取れる方法はこのまま殴りつける事のみ。


「うおおおおっ!!」


 雄叫びを上げ、ゲイルはマウントポジションのままルクスを殴り続けた。二人の身体は鎧に覆われており、ゲイルが拳を振るうごとに金属を打ち合う音がガシガシと響くのだった。


 攻撃は効いている。それは間違いない。

 だが、やはり決定打に欠ける。

 ゲイルがフェイの鎧を纏っているのと同様に、ルクスもガルーダの鎧を纏っているのだ。ルクスの高い防御力がある以上、これ以上威力を上げる事は出来ない。

 もしもっと長く攻撃を続ければ、ルクスを倒す事は出来ただろう。だが、制限時間もある今の身となると、厳しいと言わざる得ない。

 体感時間では、もう残り30秒も無いだろうと思われる。

 どうすればいい。どうすればもっと効果的なダメージを与えられる。




◆◆◆




 うわぁ……これはマズイな。ゲイルさんめ、悪手をとってしまったか。

 決め手が無いのにマウントポジションで殴り続けるとか、俺がカオスドラゴン戦でやった事と一緒だぞ。

 ……あれ結果的に駄目だったかんな。


『しかも、制限時間が迫っていますね』

「あれ、やっぱり長くは持たないか」

『そうですね。スーツのオーバーリミットモードよりももっと燃費が悪いかもしれませんね。計算では稼働時間は一分間と行った所でしょうか』


 光の巨人よりも戦う時間が短かった。カップラーメンも作れやしねぇ。

 ただ、狼を模した鎧とか外観はすげぇ格好いいんだよな。相手のルクスも鳥を模した鎧を着込んでいるようなもんだし、俺が関わってないのに特撮ヒーロー同士のバトルを見ているみたいだ。

 ちょっと羨ましい。これが終わったら俺もちょいと考えてみよう。


 ……そんな事を思っていると、戦況に変化が起きた。


「うらあぁぁぁっ!!」


 何やら全身から光のようなものを放出し、ルクスが自分に圧し掛かっていたゲイルさんを吹き飛ばしたのだ。


「くそがぁ……この俺をこんな姿にしやがって……」


 立ち上がったルクスの姿は、鎧のありとあらゆる場所がへこんでいる。まるで、幾度も戦争を乗り越えたかのような甲冑の姿だ。


「覚悟しろ。跡形も無く消し飛ばしてやる」


 その言葉と共に剣を握ると刀身に手を添え、再び光刃剣を生成する。が、それだけでは終わらない。剣にエネルギーを送り続け、刀身を覆う光はどんどん巨大になっていく。

 あれ、この技……ゲームとかアニメで見たような気が……。


「死ねェェェェ! 極・光刃剣!!」


 エネルギーの奔流ほんりゅうを纏い10メートル程に巨大化したレーザーブレードを、ルクスは掲げていた。やがて、叫び声と共にその巨大剣をゲイルさん目がけて振り下ろす。


 そのエネルギーの塊は、直撃した物を破壊し辺り一面を焦土に変えてしまう程の威力を秘めているかのように感じた。あれをくらえば、フェイ嬢の力によって力を得たゲイルさんの身体であってもひとたまりもない。


 が、ゲイルさんは大丈夫だと俺は確信していた。


 既にゲイルさんの手には、ライトニングボウの弓モードが握られていたのだ。

 先ほど吹き飛ばされた際、地面を転がりながら先の戦闘で落としたライニングボウを掴んでいた所を俺は見逃さなかった。ルクスは極・光刃剣とやらを作るの集中していたせいで見逃したみたいだが。

 どうも、これもゲイルさんが狙っていた事だったみたいだな。決め手が無いから、先に相手に切り札を使わせて、その隙に落としたライトニングボウを拾うという作戦か。


 ゲイルさんは弓を引き絞りながら、後ろへ飛んだ。

 目前には巨大な光の刃が迫っているが、少しでもライトニングボウの威力をチャージしようというのだ。そして、鼻先まで刃が迫った時、ようやく弦を引き絞った手を離した。


 今まで速射で撃っていた矢は違う、弦を限界まで引き絞ってチャージした矢である。

 光弾と化した矢は、螺旋を描きながら光の刃へと直進し、激突した。

 光の矢と剣がぶつかり合い、激しい衝撃波が発生した。

 閃光と衝撃波は約2秒間程続く。その光景はほとんど光に包まれていて視認する事は出来なかったが、バイザーの機能によって俺には見る事が出来た。

 やがて、勝敗は決する。

 勝ったのは、ゲイルさんの矢だ。光の矢は刃を打ち砕きながら突き進んでいく。面での破壊よりも貫通に優れたライトニングボウだから出来た芸当だ。


 自らの光刃が打ち砕かれていく様を、剣を振り下ろした体勢のままルクスは唖然と眺めていた。

 技を放った後という事で身体が硬直しているのか、そのまま動けずにいる。まあ、正直あんな似非エク●カリバーなら破られて当然だな。

 ゲームとかアニメで見たあの技はあんなもんじゃなかったぞ。


 そして、光の矢は光刃を根本まで打ち砕き、本体である剣までも破壊、更に剣を握っていたルクスの腕までも弾き飛ばし、そこでようやく消失する。


「ぐああぁぁぁぁっ!! 俺の、俺の腕が……腕があぁぁぁぁっ!!」


 右手首を失い、流れる血液を押さえるように左手で右腕を掴む。

 グロいしエグいが、これが人と人との本気の戦いという奴だ。それに、コイツはそれだけの事をやったんだ。同情の余地は無い。

 それでも、俺は思わず目を背けてしまいそうになった。でも、駄目だ。俺は、この結末を見届けないといけない。


 視線をゲイルさんに移す。

 彼もまだ止まらない。

 次の矢をつがえ、またしても限界まで弦を引き絞っている。


 矢を放つ。

 それと同時にゲイルさんが纏っていた銀色の鎧が吹き飛ぶように四方へ展開した。

 制限時間が過ぎたという事だろう。


 光の矢はまたも空気を切り裂く音と共に螺旋を描きながらルクスへと直進し、その腹部へ命中する。腹部を守っていた鎧を打ち砕き、その肉体までも貫いた。

 途端、ルクスの身体を覆っていた鎧が空気に溶けるように霧散し、ルクスの顔が明らかとなる。

 ルクスは貫かれた腹部を信じられないような物でも見るように眺め、やがてゴボッと血を吐き出した。


「嘘だ……俺は……俺は……こんな所で死ぬ男では……へ、陛下……」


 左手で腹部を押さえ、よろよろとその場を一歩……二歩と進める。

 やがて、足の力が無くなったのか糸の切れた人形のように崩れ落ちるルクス。


 そしてそれを見届けたのか、ゲイルさんはゼェゼェと荒い息を吐きながら天を仰ぎみた。


「やった……やったよ……爺ちゃん……これで……」


 最後まで言葉を言い切る事もなく、ゲイルさんもその場に崩れ落ちた。

 いつの間にかその傍にはフェイ嬢が立っており、ゲイルさんの息を確かめている。ホッとしている様子から、ただ意識を失っただけっぽいな。

 それは良かった。後でルークを呼んでちゃんと回復させてあげないと。


「ふぅ……」


 俺も、辺りを支配していた緊張感からようやく解放され、深く息を吐いた。後半は戦っていなかったというのに、凄い疲れたな。

 まぁこれで、ゲイルさんの復讐の戦いは幕を閉じた訳だ。


 周囲の瓦礫の下にはまだ生き埋めになった人達も居るだろうし、ゲオルニクスさんの遺体の扱い方、王国や帝国への説明をどうするか等色々と問題は山積みである。

 多分あと数分でもすれば、王国側の軍隊がゾロゾロ駆けつけるんじゃないかとは思う。


 深く考えると憂鬱で気が滅入ってくるな。……まぁでも、こうなったら仕方がない。今の俺に出来る事を一つずつやっていくとしよう。

 俺はそう思い、まずは一つ目のやる事をする為に倒れ伏したままのルクスへと近づいていった。


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