73話 射手
ルクスとの戦いの最中、割り込んできたのはあのエルフの青年であった。
何があったのかよく分からないが、どうやら無事に魂が肉体に戻れたらしい。それは喜ばしい事だ。
なんだが、エルフ青年はどこで手に入れたのか緑がメインカラーのアーマードスーツを着込み、バイザー、ジャンプブーツ、バリアガントレットまでも装備している。
……まさか、ルークの奴が渡したのか? だったとしたら、勝手に何やってんだアイツ。
『い、いえ……どうもルークがやったのではなく……』
『装備は私が渡しました。一部、ルークから借り受けた物もありますが、それは後ほど返しますのでご安心を』
「え?」
あれ? 何か聞き覚えがあるような声がしたな。
バイザー裏の文字による言葉じゃなくて、リアルな声だった。
『フェイ、どういうつもりですか?』
『先ほどルークにも説明したのですが、主より定められたルールに反しない限り、貴方達の手助けは認められています。ですから、こうしてちょっとしたアシストをしている訳です』
……え?
フェイって、あのフェイさんですか。銀髪褐色クール系美少女でアルカの妹の?
やべぇ、さっぱり分からない。なんでまたそのフェイさんがエルフさんのサポートをしている訳?
分かんないけども、とりあえず聞くべき事は聞いてみましょう。
「え、ええと、エルフのお兄さん……」
「ゲイルだ。出来れば、その名で呼んでほしい」
あ、ゲイルって名前だったんですか。
俺の本名ケイジとちょっとだけ似ているから、親近感はあるかな。
「じゃあゲイルさん。その身体で本当に戦えるんですか?」
「問題ない。心配は無用だ」
即答か。
とは言え、彼らの話だともう一年以上肉体に魂が入っていない状態、つまりは植物状態だったんでしょ? それが魂……意識が戻っていきなり戦闘とか無理なんじゃないか……。
とは思ったのだが、ゲイルさんの目はマジだ。鋭い眼光に
……覚悟の上って事なのね。だったら仕方ないかな。
「……分かりました。では、後はお任せします」
『ケイ! 良いのですか!?』
「良いよ。俺がどうこう言える問題じゃない」
なんだろう。ゲイルさんからは、静かな怒りのようなオーラを感じる。それだけで、何があったのかはなんとなく理解出来た。どうしようもなく怒りをぶつけたいって気持ちは俺にも分かる。
それに、見た限り怒りと憎しみで暴走しているんじゃなく、比較的冷静にこの場に立っているように見えた。
だったら、結果はどうあれ任せるのが筋ってもんだろう。
「すまないレイジ殿。ならば、奴の相手は俺にやらせてもらう」
俺に向けて軽く一礼し、ゲイルさんは一歩前に進み出た。
今までの様子を見ていたルクスは、軽い笑い声と共に飛び上がり宙に浮かび、こちらを見下ろしている。
「なんだ、助っ人登場か?」
「いや、選手交代だよ。エセ聖騎士殿」
「なんだと?」
エセ聖騎士という言葉に、ルクスは声に怒りを滲ませる。
ゲイルさんは、バイザーを上げて素の顔でルクスを睨み付けた。
「俺の名前はゲイル。貴様が殺したドラゴンの息子だ」
「はぁ、ドラゴンの子だと? 見た所人族だが、何を言っているのだ貴様は?」
「言っておきたかった事はそれだけだ。後は、何も語るべき事は無い」
ゲイルはそれだけ言うと、バイザーを下す。
そして、ルクスに向けてライトニングボウを向けた。
「奇妙な形の弓だ。そうか、さっきの攻撃は貴様か。矢を使わない弓……それも魔道具と言った所か。ドラゴンの死体といい、それもいい手土産になりそうだ」
むか。
あのヤロウ、やっぱりゲオルニクスさんの身体を持って帰るつもりか。それに、ライトニングボウは一応俺のだぞ。誰がてめぇなんぞに渡すか。
だが、静かにぶち切れていたのは、ゲイルさんも一緒だったようだ。
ライトニングボウの握りの部分は、銃のグリップのような形になっている。そこを強く握るとスイッチが入り、レーザー状の弦が出現する。このレーザー弦は一般的な弓と一緒で触れたり、引っ張ったりも出来る。
そして、その弦を引く事で光の矢が出現する訳だが……。
「!!」
突如としてルクスの身体が弾かれ、後方へと身体が崩れる。
「何だ! 今のは!?」
動揺するルクスに、次々と見えない衝撃が襲い掛かる。ガルーダとの融合によって肉体は強化されているおかげなのか撃ち抜かれる事は無いようだ。だが、そのせいでまるで打撃の嵐に見舞われているかのようだ。
……当然、衝撃の正体はゲイルさんが
ただ、あまりにも
勿論、弦を引いただけで矢が生成されるライトニングボウの特性によるものだが、ここまでの芸当が出来るのはゲイルさんの能力による所が大きい。大体、俺が扱ったとしてもあそこまで使いこなせないぞ。というか、弓でマシンガンみたいな速射が出来るってどう考えてもおかしいだろ。
ふと、そこへ……
『リーダー! お姉ちゃん!!』
てててっと言った感じにルーク……いや今はルゥか、彼が小走りでこちらへやって来た。
勝手な事しやがって! とばかりに怒ってやろうとか思っていたのだが、何やら泣きそうなルゥの顔を見て思いとどまった。
『リーダー、ごめんなさい……』
開口一番にルゥは謝った。ルゥが何に対して謝っているのかはなんとなく分かる。
「ゲオルニクスさん……死んだのか」
『ごめんなさい。頼むって言われたのに、助けられなくて……』
うすうす感づいていたが、やっぱり死んでしまったのか。
そして、ルゥはそれを悔やんでいるのか。確かに、瀕死のゲオルニクスさんを見て、咄嗟にルゥに頼むと言ってしまった。
ルゥにだって、治せない傷はあるんだ。俺はそれをもっと早く認識するべきだった。
「いや、無理な事を頼んだ俺が悪かった。ルゥは悪くないさ」
『でもでも……お爺ちゃんもう動かなくなっちゃったんだよ。ぼくどうしたらいいか分かんなくて……』
『ルゥ……』
あぁ、ゲオルニクスさんの死ぬ瞬間を見せてしまったのか。
俺もアルカもルゥも、それなりに親しい人の死の瞬間という場面に立ち会った事が無かった。だというのに、一番精神年齢の幼いルゥがその場面に立ち会ってしまったか。
完全に俺のミスだこりゃ。俺の乏しい人生経験でも、どう対処すりゃいいのか分からん。
困った俺は、とりあえずルゥの頭に手を置いて出来るだけ優しく撫でた。
『リーダー……』
「ごめんな。辛い思いをさせた」
『ううん』
泣きたいなら泣いていい……。
そう思うんだが、アルカやルークには涙を流す機能は無いんだった。この場合、それって良い事なのかな?
「でもな。今のルゥには酷かもしれないが、ルゥにしか出来ない事を頼みたい」
『え? ぼくにしか出来ない事?』
「今、この場所で多くの人が瓦礫の下に埋もれている筈なんだ。まだ生きている人が居たら、助けてやってくれないか」
土魔法を得意とするルゥなら、地中の人を探知して、瓦礫を掘り起こして助ける事も可能の筈だ。それに、ルゥの治癒魔法なら死にかけている人だって助ける事が出来るかもしれない。
『ぼ、ぼくに出来るかな……』
ルゥは自信なさげに
確かに、ゲオルニクスさんを目の前で死なせて自信を失っているルゥに頼むのは酷かもしれない。
でも、今この場ではルゥにしか出来ないのだ。
「大丈夫だ。それに、誰かを助けるってのは立派な事なんだ。ルゥならやれるさ」
ルゥの髪をクシャクシャに撫で、目と目を合わせてそう言った。
偉そうなこと言ったけど、命を救う行為が間違っている筈が無い。出来る者がいる居るならば、やらないと行けないだろう。
『うん! ぼくやってみるね!!』
ルゥは顔を引き締め、強く頷いた。
こちらに背を向け、この場から去っていく。今この場は戦闘の真っただ中だからな。人命救助なら少し離れた所でしなければいけない。
よし、それに関してはルゥに任せよう。
俺は、ゲイルさんとルクスの戦いを見届けなければ。
もしゲイルさんが負けるようであれば、割り込んででもルクスに勝たなければ行けない。ゲオルニクスさんの死体を持って行かせる訳にはいかないし、俺の魔道具も渡すわけにはいかないからな。
視線を戻すと、戦いは続いていた。
マシンガンの如きライトニングボウの速射は続いているが、致命的な効果はまだ得られてい無いようだ。
「……硬いな」
ゲイルさんが思わず呻く。
ライトニングボウは、弦を引いてエネルギーをチャージする程に威力が上昇する仕組みだ。今のような速射スタイルだと、威力は溜まらないだろう。
それでも、今のルクスを侮ってはいけない。迂闊に接近を許せば、体力の少ないゲイルさんが果たして渡り合えるか……、
「おのれーっ!!」
やがて、ルクスは飛ぶ事を放棄する。
まるで全身をガードするかのように翼で身体を包み、そのままゲイルさん目掛けて落下した。
「チッ!」
ゲイルさんは舌打ちし、バックステップでその場から逃れる。
だが、そこはもうルクスの間合いだ。
ルクスは手に持っていた剣で、上段から大きく振りかぶる―――
―――が、その一撃をゲイルさんは弓で受け止めて見せた。
「弓で俺の剣を受け止めただと!?」
「形は弓だが、弓としての機能しか無い訳じゃないぞ」
ゲイルさんの口元がニヤリと笑う。どうも、狙っていたみたいだな。
カチリと握り部分にあるスイッチを押し、弓の連結を外す。ライトニングボウ双剣モードである。
ライトニングボウは双剣の柄同士を連結させる事で弓としての形をとっていた。なので、このように連結を外して双剣として扱う事も出来るのだ。言ってしまえば、ロマン武器だ。
刀身にはスタンロッドのように電流が流れており、斬るというよりは痺れさせる事がメインの武器でもある。
ゲイルさんは片手でルクスの剣を受け止めたまま、もう片方の剣を薙ぎ払う。
ルクスは咄嗟に後ろへ飛び退いて一撃を躱すが、僅かに腹部を剣の切っ先が掠めて行った。最もさほどダメージも無く、電撃も効果は無いようだ。
それでも、追い詰めたと思ったら逆に追い込まれたという心理的なダメージは大きい。元々、後ろへ飛ばなくとも大きなダメージは受けなかったはずなのだ。
ゲイルさんはその隙を見逃さない。
二刀を振るい、逆にルクスを追い詰めていく。ルクスは、剣一本でゲイルさんの猛攻をなんとか凌いでいる状態だ。
……ここでちょっとした仮説が思い浮かぶ。
さてはアイツ、あの変身した姿になる事に慣れていないんじゃないか?
先ほどの自分とルクスとの戦いから考えるに、変身したアイツの攻撃力と防御力は相当向上している。
そしてゲイルさんもアーマードスーツに慣れていないのだから、そこまでのパワーを引き出せない筈だ。振り回されない範囲と言うと、せいぜい10~20%と言った所か。
だというのにゲイルさんが今のルクスと渡り合えているという事は、ルクス自身が自分の力を測りかねているという事なのだろう。
でも、ゲイルさんが勝てるチャンスがあるとしたら、そこしかあるまい。ライトニングボウのエネルギーをチャージする時間さえあれば確実に勝てるのだろうが、その数秒でさえ時間を稼げるか分からないのだ。
『およそ5秒と言った所でしょうね。今のルクスの防御力を貫く程のエネルギーを溜めるとしたら、その時間は必要です』
やはりそれぐらいは必要か。
問題は、どうやってその5秒を稼ぐか……。一度、大きなダメージを与える事が出来れば、チャージする時間は得られると思うのだが、今のゲイルさんには決め手と呼べるものが無い。そもそも溜められたとしても、当たらなければ意味はないしな。
また、下手に時間を掛ければルクスが自分の力に慣れてしまう。
くそ、どうするべきか。チャージする必要のないトリプルブラストあたりを手渡せれば良いのだが、そんな暇はなさそうだ。
と、思っていると……ゲイルさんの動きが鈍って来た。
まずいな。先にゲイルさんの体力の方が尽きて来たか。
当然、そのあからさまな動きの鈍りを見逃すルクスでもない。即座にゲイルさんの腹部目掛けて蹴りを槍のように突き出し、その身体を吹き飛ばす。
ゲイルさんは瓦礫の上を転がりながら約20メートルは吹き飛ばされた。スーツの衝撃吸収機能によって痛みは感じないだろうが、今のゲイルさんがダメージが皆無な筈がない。
『恐らく、さっきまでも立っているのがやっとの状態の筈です。それを、スーツの力で無理やり動かしているに過ぎません。今の衝撃で意識を失っても不思議はないですよ』
「やっぱりそうだよな」
今まで植物状態も同然だった人間が、起きていきなり動ける筈もない。
やっぱり、今のゲイルさんには無理があったんだよな。
「どうした? 随分とてこずらせてくれたが、ここまでか?」
余裕を取り戻したルクスが挑発する。
その挑発に対し、ゲイルさんは
……これは、悔しいけどいよいよ限界かな。
◆◆◆
あの聖騎士……ルクスの挑発は耳に届いていた。
だが、悔しい事に身体が全く動かない。
今まで綱渡りのように神経を研ぎ澄ませて身体を動かしてきたが、まるでその綱が擦り切れてしまったかのようだ。
なんとか立ち上がろうと力を入れてみるが、プルプルと震えるだけだ。
くそ……くそ……くそ!
ここまでなのか。
自分はここまでなのか。
仇を目の前にして、ただ蹲っている事しか出来ないというのか?
せめて……せめてあと一分だけ身体を動かす時間が欲しい。
『一分で良いのですか?』
「フェイ殿?」
ゲイルにしか聞こえぬ小さな声で、フェイが語りかけてきた。
まさか、この状況を打開する方法があるというのか?
『今の貴方には相当な負担をかけてしまうと思いますが、もう一度身体を動かす方法はあります。やりますか?』
「頼む。もう少しだけ俺に力をくれ……」
『分かりました。今から、貴方の体内にある魔晶から、魔力を過剰放出します。意識をしっかり保ってください』
「え―――?」
途端、ゲイルの体内がまるで火が灯ったかのように熱くなった。
必要以上の魔力が全身を掛け巡り、血管という血管が熱くなっていくのが分かる。
確かに気を抜けば意識を失ってしまうかのようなエネルギーの放流だ。だが、熱いだけで身体には全く力が戻らない。これでどうやって力を取り戻すというのか。
『しばしの間、失礼します』
そんなフェイの言葉が聞こえたと思ったら、ゲイルのすぐ傍に銀色の巨大な狼が寄り添っていた。
これは―――?
と思っていると、突然銀狼が巨大な銀色の球体へと変化する。
そして、球体はゲイルの頭上へと跳ね上がると、そのまま真っ逆さまに落下するのだった。
「――――――!!!」
ゲイルには何が起きたのか分からなかった。
ただ、銀色の球体が自分に向かって落ちて来たのは分かる。
だが、全く衝撃は感じなかったし、今も視界は真っ暗闇ではあるが、身体全体がまるでぬるま湯にでも浸かっているかのようにぼんやりとしている。
それでいて、まだ身体は熱い。
(俺は一体どうなって……?)
やがて、視界が白一色に染まり、次第に色が戻って来た。
何が起こった……と思っていると、いつの間にか自分は立ち上がっていた。
(俺は立ち上がれたのか?)
地に足がついている感覚はある。だが、身体に
腕を動かしてみる。
確かに動くが、まるで実感が無い。
これは本当に自分の腕なのか?
「何―――?」
それは自分の腕では無かった。
その腕は、銀色の装甲のようなものに包まれており、しかも指には鋭い爪のようなものまである。
よく見れば、足も……身体も、全てが銀色の装甲に包まれている。
そして、近くの瓦礫の窓ガラス部分に、自分の姿らしきものが映し出されていた。
全身が銀色の鎧……のようなものに包まれており、手足は鋭い爪がある。
そして、肝心なのはその頭部だ。
……狼。
そう、まるで狼を模した仮面のようなものが頭部を覆っていた。
その立ち姿たるや、伝説にある人狼そのものである。
ゲイルは、銀色に輝く人狼へと姿を変えていたのだった。
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