72話 「ゲイル」
そこに現れたのは、確かにフェイだった。
あのBランク試験の時に別れてから、まだ2日程度しか経っていなく、ルークとしてもこんなに早く再会出来るとは思わなかった。
だが、何故彼女が此処に?
「この娘は、お前達の仲間なのか?」
『え、ええと、それは……』
どう答えればいいのかルークが迷っていると、フェイが助け舟を出した。
『色々と事情がありまして、今は姉さんやルークの元から離れています。ですが、この場においては敵という訳ではありません』
本当か?
と、ルークに尋ねるファティマの視線。それに対し、ルークは頷く事しか出来なかった。
ルークにとってケイの事は一番優先すべき事ではあるが、それと同じくらい姉達も大切なのだ。
それに、フェイの言葉は嘘ではない。……言っていない事が多々ある訳だが、それをここで言うのは
『その魔晶を彼の体内に埋め込む為の外科手術でしたら、私には可能です。貴方が望むのでしたら、私がやりましょう』
「ふむ……。その申し出はありがたいが、儂はお主の事を良く知っているわけでは無いからの。ゲオ爺から彼の事を託された手前、おいそれと信用できぬ者に託すわけにもいかん」
当然の事である。これでもし何かあったとしたら、たった今冥府へと旅立ったゲオルニクスに申し訳が立つまい。
ファティマの言葉を聞き、フェイも頷いた。そして視線をルークへ向ける。
『そうですか。……ルーク、貴方はどうですか?』
『あ……うぅ』
ルークはさすがに言葉に詰まった。聞きたい事……問い質したい事は山のようにある。だが、それをファティマの前で口にするのはさすがに無理だ。
ならばどうするか……。
二人は、ファティマに聞こえぬように会話を無線通信に切り替えたのだった。
『フェイ姉ちゃんどういうつもりなの?』
『それは、私がどうして手を貸すのかという事ですか?』
『だって……姉ちゃんは……』
『貴方達のマスターの敵の配下だという事ですか?』
『う……うん』
言いづらそうにしていると、先回りされて言われてしまった。
フェイの事が敵だ等と、ルークは口にしたくなかった。正直言えば、ルークはアルカ程に深刻に今の事態を考えていたわけでは無い。
何処か、まぁなんとかなるだろ……と楽観的な部分があった事は否定できない。
それでも、たった今ゲオルニクスの死を見つめ、精神的な揺らぎが出来たルークにとっては、今はとびっきり深刻な状況なのである。
自分が対処するには荷が重いと思わざる得なかった。
そんなルークに、フェイは出来るだけ優しげに言葉を繋ぐ。
『信じる信じないは自由ですが、私は主より一定のルールを与えられています。それに干渉しない限り、貴方達に手を貸す事は可能なのですよ』
『本当なの?』
『言った筈ですよ。信じる信じないは自由だと。……それと、少しだけ
『贖罪?』
『詳しい事は言えませんが、そこのドラゴンが死ぬ事になった原因は、私にあるのです』
『え?』
『ですから……少しだけ手助けをさせて下さい』
その言葉には、何処か切実な想いを感じた。
不思議なものだ。自分たちAIにとって、語り合う為の言葉等特に意味のないものの筈だったのに……。
『その原因ってやつは聞かせてくれないんだね』
『……はい』
今の自分では、これ以上フェイを問い質す事は不可能だろう。アルカならばまだチャンスはあったかもだが、自分では無理だ。
それに、今のルークはフェイの助けを欲している。
『うん、分かったよ。今のぼくにはとてもあのお兄さんを助ける事が出来ない。だから、助けてあげて』
それだけ伝えて、無線通信を切る。
『ぼくはフェイ姉ちゃんを信じる。だからお願いです。お兄さんを助けさせてあげて』
その言葉を聞いてファティマは少しだけ考え込んでいる様子だったが、やがて頷いた。
「分かった。彼の事は、君に託そう」
フェイへと、青年の魂の入った魔晶を手渡す。それを握りしめ、フェイは深く頷いた。
そして、ルークへと指示を飛ばす。
『ルーク。せめてサポートぐらいはしなさい。この場で切開手術をするので、無菌空間を展開。後、魔法で周りからこの場を見えないようにしなさい』
「それぐらいは儂がしよう。手術とやらを見えなくすればいいのだな」
フェイは頷いてファティマの提案を受け入れる。それでも、オロオロしているルークへ
『彼を死なせたくないのなら、力を貸しなさい! 魔法で麻酔と血止め。治癒魔法が使えるのなら、それぐらい出来るでしょう』
『うぅぅぅ……分かったよぉ』
急に弟使いが荒くなった。だが、何処か懐かしいものをルークは感じていた。
データは残っていないが、しっかりしている風に見えて実は抜けた所のあるアルカと刹那的で楽観的なルークに挟まれて、フェイは人一倍苦労を強いられていたのだと思われる。……それでも、楽しかったんじゃないかなとは思うが。だって、今は十分生き生きとして見える。
手術自体は実にテキパキと行われた。
フェイは自らの指をメスのように変化させ、青年の身体へと刃を挿入する。魔晶を体内へと埋め込み、機械等を利用して疑似的な魔力の循環機能を作り上げた。
『いずれ、姉さんの力と艦の機能を使ってきちんとした循環装置を作り上げた方が良いですね。今この場では、これが精一杯です』
縫合が完了し、ルークの治癒魔法によってその痕跡すら消えていく。
やがて……青年の目がゆっくりと開いた。
『驚きましたね。もう身体が動くとは思いませんでした』
「意識は……ずっとあったからね」
少しずつではあるが、ゆっくりと身体を起こす青年。
やがて、ファティマへと視線を向けた。
「貴方が竜の神……ファティマ様ですね。爺ちゃんを看取っていただき、ありがとうございます」
軽く頭を下げる。無礼ではあるが、今はこれが精一杯だ。そんな青年に、ファティマは優しげな笑みを浮かべる。
「助ける事は叶わなかったがな。……それでも、君だけでも救えて良かった」
ファティマの言葉に青年は悔しげに目を瞑った。
「正直、爺ちゃんや色んな人に迷惑をかけて、それでも生きる意味なんて見いだせなかったけど……」
青年からしてみれば、望まずにやって来た異世界。それでもゲオルニクスに命を救われ、彼と共に生きてきた。将来にやりたい事があったわけでは無い。ただ、安穏とした日々がいつまでも続けばいいと思っていた。
それが、ただ異世界人というだけで身体に変調が現れ、一時的な死を迎えた。そして、再び意識が戻ってみたら、ゲオルニクスは犯罪者として国を追われ、自分は肉体に戻る事も出来ずにいた。
その結果としてゲオルニクスは死んだ。
自分を助ける為に……。
このまま後を追いたい気持ちもある。
だが、それをしてしまえば何のためにゲオルニクスが死んだのかが分からない。彼の死を意味のないものにしてはいけない。
ならば、自分に出来る事は一つだけだ。
「だけど……今となっては爺ちゃんに貰った命だ。精一杯生きてみるとします」
「うむ。ゲオ爺もそれを望んでいるだろう」
ファティマは力強く頷いた。
やがて青年は、膝にグッと力を入れ、なんとかその場に立ちあがる事に成功する。
「でも、その前にやるべき事がある」
力強い眼光で、今まさにレイジと激闘を繰り広げている聖騎士ルクスを睨み付けた。
あの時、奴に胸を貫かれた衝撃は今でも覚えている。
奴が、ゲオルニクスを殺した……それは決して許してはいけない事だ。
『まさか、仇を討つつもりですか?』
『ええっ!?』
「おいおい、考え直せ。そんな身体で戦える筈もないであろう。それに、このまま行けばケイの奴が倒してしまうだろう」
青年が何をしようとしているのか悟り、ファティマは慌てて諭した。
だが、青年は強く
「それでも……このままってのは駄目だ。せめて、俺の力で一矢報いたい」
可能かどうかという話ではない。
このままケイに任せてしまったら、こちらの気が済まないという話だ。
仇を目の前にして、何も出来なかった……全て人に任せた……では、この先あの聖騎士どころか、自分までも許せなくなる。
『……ならば、私が力を貸しましょう』
フェイの言葉に最も驚いたのは、当然ルークだった。
『ね、姉ちゃん!?』
『予備のアーマードスーツがあります。これがあれば、弱体化した筋力でもある程度動けるでしょう。あとルーク、貴方も緊急用の装備くらい持っているのでしょう。貸しなさい』
『も、持っているけどさぁ……』
フェイの言葉通り、自分用のアイテムボックスにはいくつか武装は入っている。何らかの事情で魔法が使えない時とか、ケイの武装が使えなくなった時の予備用のヤツがあるにはある。
「可能であれば、弓が良い。俺が最も得意とする武器だ」
青年からのリクエスト。
こちらも、それにピッタリの武器があるにはあるのだ。
『弓なら……リーダーが試しに作ったけど、結局銃の方が良いやって言ってた武器があるかな』
『それと、移動用端末内臓のバイザーはありますか。動きについては、私がサポートしましょう』
何やらポンポンと話が進むので、ルークは不安になってきた。
『ね、姉ちゃん、それって良いの?』
『今の彼は貴方達の仲間という訳ではないでしょう。ならば、ルールに違反はしていない事になります』
『そ、そうなんだ』
まるで全て計算通りみたいな順調ぶりだ。でも、戦闘面でのサポートはルークには向いていないので、その協力自体はありがたい。
「よく分からないが、君が俺を助けてくれるのか」
『はい。ですが、気にしないでください。これも贖罪の一つです』
「贖罪?」
青年からしてみれば気になる単語であったが、聞き返すよりも早くフェイが言葉を発する。
『それと、貴方の事は何と呼べば良いのですか? さすがにずっと貴方と呼ぶわけにもいかないでしょう』
すると、青年は困ったよう表情となる。少しだけ悩んでいた様子だが、やがてポリポリと頬を掻きながら答えた。
「……名前か。実は、無いんだよな」
『……は? 名前が無いのですか?』
「いや、本当はあるのかもしれないが、この世界に来る以前の記憶が無いからな。爺ちゃんは、本当の名があるのかもしれんのに、名前なぞ付けられんわ! と、俺の事は一貫して坊主としか呼ばなかった。俺も特に不都合が無かったらそれで通していたんだ」
「あのジジイ……」
会話を聞いていたファティマが額を押さえる。大人と呼んでも差し支えのない歳の者が、名前が無いとかあり得ないだろう。
青年の方もよく不満に思わなかったものだ。
「だから、好きに呼んでくれて構わないよ」
当の青年はと言えば、苦笑しながらそんな事を言う。
フェイは、しばし考え込んでいる様子だったがやがて……
『……そうですか。でしたら“ゲイル”というのはどうでしょう』
「ゲイル?」
『あのドラゴンの名……ゲオルニクスから名前を一部取りました。気に入らなければ……』
「いや、光栄だ。この世界において、以降はゲイルと名乗る事にしよう」
本人が生きている間は恥ずかしくて言えなかったが、今はゲオルニクスの名を一部とはいえ名乗れることが嬉しくて仕方がない。
爺ちゃん……いや、自分を育ててくれた父の名前だ。
これからは、その名を胸を張って名乗るとしよう。
『では、ゲイル。私の名はフェイです。短い付き合いとなりますが、どうかよろしくお願いします』
「ああ、よろしく頼むフェイ」
エルフの青年……ゲイルと銀狼の少女……フェイは堅く手を握り合った。
そして、共に聖騎士との戦いの場へと向かう。
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