第57話 想い 2




(貴一郎は曲がりなりにも既婚者なんだから。私が一緒の時はいいけど、他人様から誤解を受けるようなことは許されないわ)





義母の言葉に貴一郎はもちろんのこと、友加里も口答えなんか出来なかった。

私が連絡を入れたタクシーが家の前に着くと、家族総出で友加里を見送った。

初めて受ける義母からの言葉だったのだろう…

友加里は少し不貞腐れたまま、タクシーへと乗り込んだのだった。





「茜さん、お茶を淹れてくれないかしら。玉露のいいのがあったでしょ?」





玄関へと戻る道すがら、義母が私にそう言った。私にお茶を淹れるように頼んだのは、この大野家に嫁いできて初めてのことだった。私は驚きを隠せないまま、返事をして急いでキッチンへと向かう。

お茶の淹れ方は実家の母の好きが高じ、手習いを受けてきたから、突然の義母の要望でも何とか応えることは出来る。

しかし、どうしたのだろう…

今日の義母は、いつも冷たい言葉を浴びせる義母と様子が違っているように感じた。

決して、私に優しくなった訳ではないが、何だか今日の義母に私は守られているような、そんな気がしていた。





お茶の準備が出来、私は義母の部屋を訪れようとしたその時…

部屋の中で貴一郎と話をする義母の声が、開いたドアの隙間から漏れて、否応なしに私の耳に入ってきた。





「貴一郎、あなた…どういうつもりなの?友加里ちゃんと何かあるんじゃないでしょうね」





「何かってなんだよ」





「これみよがしにお揃いの時計なんか付けて…私が気付かないとでも思ったの?あれは茜さんだって気付いてるわよ」





「…時計はたまたま同じ物を買っただけで、友加里とは何でもないよ。ただの同僚だって!母さんが心配することなんて何もないから」





義母の見透かした言葉に、貴一郎の声は慌てているのが分かる。

それでも、貴一郎は友加里との関係を認めようとは一切しなかった。

きっとこの先も、認めるなんてことはないだろう。たとえ、疑惑が真実だったとしても、自分達の立場を守ろうとする貴一郎と友加里が認めることは皆無だった。





「そう…あなたがそう言うなら何もないってことでいいけど。友加里ちゃんはあくまでもあなたの同僚で、私の生徒なの。その立場をきちんとわきまえて貰わなくっちゃ。この大野家に傷が付くようなことだけは、しないでちょうだい!いくらあなたが可愛い息子でも、私は許しませんからね!」





義母は貴一郎にピシャリと言い放った。

代々、教師をしてきた近所でも評判の家柄だけに、義母の守りたいものはそこにあるようだった。きっと、義母がここに嫁いで来た時もこんな風に姑から散々、言われてきたことなのだろう。

もう嫁いで何十年も経てば、それはしっかりと身についてしまうものなのだと母の言葉から推測出来た。





私は今の義母の言葉を聞かなかったことにする為に、一旦、部屋から離れて廊下の向こうから声を掛ける。「は~い」と義母の言葉が聞こえると、二人はいそいそとリビングにやって来たのだった。





たとえ、義母がこの家の体裁を守りたいと発言したことであっても、その中に私の存在が入っていると確信が持てた。嫁の私を褒めるなんてことは、この先もきっとないだろうが、この人はこんな守り方しか出来ない人なのかも知れない。

いつも嫌みばかりを言う義母が、今日に限って言わないのはそういうことなのではないかと、私なりに義母の想いを汲み取ろうとしていた――



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