第55話 疑惑 6
貴一郎は時計を購入した時のエピソードを、聞きもしない私に説明するかのように語り出した。そういう類の小物類に関心のない私には、貴一郎の話すエピソード自体、初めて聞くものだった。それよりも、今の私の頭の中には時計を見た時のインスピレーションが示すものの方に気持ちが傾いていた。
貴一郎の話に相槌を上手く打ちながら、私は必死で思い出そうとしていた。
あの時計…
喉元まででかかっていたが、思い出せない私は、その言葉を無理矢理飲み込もうとする。
しかし、乾いた喉に詰まってしまったように、言葉はなかなか流れて行こうとはしなかった。
ひとしきり話をし終えた貴一郎は、説明が出来て満足したのか、洋服を着替えるとポケットに押し込んだ時計を腕につける為に、再び腕時計は私の目に晒(さら)されることとなった。
「さぁ~て、行ってこようかな」
そう言って、貴一郎がおもむろにポケットから腕時計を取り出した時、私の記憶が動き出した。
そう、この時計と同じものをどこかで目にしたことがある…
しかも、そう遠い昔のことではなかった。むしろ、つい最近のことだ。
「…友加里さんの…」
そう口にした時、腕時計をはめていた貴一郎の手が一瞬、止まったように見えた。それはほんの一瞬のことで、後は私の言葉が聞こえていなかったかのように、貴一郎は顔色ひとつ変えずに寝室を後にしようとしていた。
「その時計…」
「え?何?」
「友加里さんも同じような時計、してたなって…」
「え?あいつ、時計なんかしてる?時間に縛られたくないって、いっつも言ってるのに」
貴一郎は私の言葉をさらりと受け流した。
しかし、そのさらりと受け流した貴一郎の態度が、逆に私の中に不信感を植えつけた。
昼間の友加里の態度を思い出す…
あの時、私の言葉が聞こえていなかったと思っていたのは思い込みで、友加里にはちゃんと聞こえていたのではないだろうか…
いつもならアクセサリー類に無頓着な私が、友加里の時計の存在に気付いてしまったことで、友加里なりに慌てたのではないだろうか…
今までにない勢いで、私の中の疑心はどんどん大きくなっていく。
点がカタチを変えながら繋がっていき、やがて確信のない線へとカタチを変えていく…
確かに確信はない。
それでもカタチになってしまった線が消えることもなかった…
私の中で警報が鳴り響く。
あまりにも近すぎて見えていなかったことが、何だかすべてのことに結びついていくような気がして、私は身震いした。
「じゃ、行ってくる」
何くわぬ顔で玄関を出ていく貴一郎の背中を、私は出来るだけいつものように送り出している。
胸の中にモヤモヤしたものを溜め込む反面、二人の関係が明らかになったら私はどうするのだろう…お義母さんは両手を挙げて喜ぶのだろう…と、まるで第三者のような立場で考えている自分がいて不思議な気持ちになった。
しかし、私は貴一郎と友加里のことを深く追求することはしなかった。
それは、柾への恋に気付いた私の罪悪感がそうさせていたのかも知れない――
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