第51話 疑惑 2
柾が手術前に私に連絡を入れてくれたことが嬉しくて、貴一郎が帰宅したことを知っても電話を無碍(むげ)に切ることが出来なかった。
それに柾との会話が楽しくて、電話を切る機会を逸していたのは私の方だった。
貴一郎が帰宅しなければ、もっと柾といろんな話をしていたかも知れない。
柾の安堵の溜め息を聞きながら、私は心の片隅でそんなことを考えていた。
(何だかやけに楽しそうだったな…)
だからだろうか…
貴一郎がそんな風に声を掛けてきた時、私は心の中を一瞬、垣間見られたような気がして体をビクンと震わせた。
「…お義母さん達と一緒じゃなかったの?」
私はまるで話を逸らすかのように、貴一郎へ切り替えした。
携帯電話をポケットに入れると、おもむろにイスから立ち上がり、3分の1程度残ったコーヒーカップを片手にキッチンへと向かう。
貴一郎と目を合わすことが出来ないことを誤魔化す為、私は体を動かすことで貴一郎の意識をこちらに向けさせようとした。
「あぁ~、連絡あったけど…どうせ女同士のおしゃべりに付き合わされるだけだろ。仕事で疲れてんのに、そんなことに付き合ってらんないって…」
キッチンから貴一郎の顔をこっそりと覗き見る。貴一郎はイスに腰掛けるのも面倒臭そうにしているのが見えた。普段は義母がいるせいか、リビングでは煙草を吸わない貴一郎も義母が居ないのが分かっているからか、イスに腰掛けた途端、ポケットから取り出した煙草に直ぐ様、火をつけた。紫色の煙を燻らせながら天井に向かって伸びていくのが私の目に映る。
「そう…、てっきりお義母さん達と一緒だろうと思って、夕飯、何にもしてないんだけど。何でもいい?大したもの作れないけど…」
「あぁ、ちょっと腹に入れればいいからさ。あ~、飯の前にコーヒーくれよ。茜の淹れたコーヒー、久しぶりに飲みたくなった」
さっきまで難しい顔をしていた貴一郎だったが、ようやく硬い表情から笑みが零れた。
貴一郎に悟られないように、冷蔵庫を覗いている間に胸を撫で下ろす。
すかさず、さっき淹れたばかりのコーヒーをカップに移して、貴一郎の元へと運んだ。
「帰ってきたら、いい匂いしてたからさ。あ~、これだよ…この香り」
そう言ってコーヒーを口に含んだ貴一郎は「上手い」と笑顔で私を見た。
私も貴一郎の笑顔につられ笑みを漏らす。
結婚する前はこんな風に二人の時間を過ごせるものだと思っていた。
いくら同居するとはいえ、自分たちの時間はちゃんと持てるものだと思って疑わなかった。
しかし、現実はそうはいかなかった…
私達の生活には干渉しないと言っていた義母も、それは最初のうちだけで、次第に細かいところまで口を出し始めたのだった。
しかも、義父が入院してからは更に干渉が酷くなり、私に対する嫌味も際限ないものとなった。
「…お義母さん達、楽しんでるかしら。ま、友加里さんが一緒だから、心配ないと思うけど」
私の言葉に「まぁな」と貴一郎の気乗りのしない返事が返ってくる。わざわざこの話題を振らなきゃ良かったと後悔したところに突然、貴一郎が思い出したように呟いた。
「…茜、さっきの電話、誰だったの?」
話の流れからして、もうこの話題には戻らないだろうという、根拠のない確信があった私にとって、貴一郎の呟きは私を慌てさせた。普段、嘘を付けない私にとって頭の中に適当な言い訳がなかなか浮かんで来ず、心臓を打つ鼓動だけが妙に耳について離れなかった――
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