第49話 運命を感じた瞬間 7




静かなキッチンに不気味に鳴り響く携帯電話の見知らぬ着信に、何故か急かされるように受けてしまい、「しまった」と心の中で呟いた時のことだった。

スピーカーから漏れる「大野先生」という言葉に、私の胸がドクンと音をたてた…





「…木本くん?」





「あ、先生?良かった~、間違ってなくて」





スピーカーから聴こえてくる柾の声が、本当に安心しているのが分かって、私もホッとしてしまう。その声でさっきまでのドキドキが、和らいでいくのが感じられた。





「どうして私のケータイ番号…知ってるの?」





「あ~、伊坂先生に聞いたんだ。大野先生にもちゃんと報告しておくように言われたから」





「…報告って、何かあったの?」





高校生とはいえ、落ち着いた柾の声に何だか嫌な予感がしてしまって、私は恐る恐る柾に問いかけてみた。





「手術する日が変わっちゃって…執刀医の先生の都合で手術、明日になったから」





「え?明日なの?」





落ち着き払った柾の声とは対照的に、慌てているのは私の方だった。

急なこととはいえ、躰にメスを入れて数時間をかける手術の変更に、妙に落ち着いている柾の方が異様にも思えた。





「…怖くないの?」





ふと疑問に思ったことを口にしてしまって、私は思わずケータイを持たない右の手を自分の唇に押し当ててみたが、柾にはハッキリと私の声が聞こえていたようで、クスっと笑う柾の声が微かに聞こえたような気がした。





「…怖くないって言ったら嘘になるけど、今更ジタバタしても手術はやって貰いたいし。ケガが治るんだったら、そんなことは大したことないんだ」





柾の言葉に、いつか言っていた伊坂の言葉を思い出す。

柾の夢…

NBAでプレーするのが柾の夢だったことを思い出して、手術への期待の方が大きいことを痛感する。





「足が治って、あなたの思い描くプレーが出来るようになるといいわね」





「…俺の思い描くプレーか…そう考えたらワクワクしてきたなぁ。先生、サンキュ」





落ち着いていてもやはり高校生の柾の無邪気さに、私の心は太陽の陽射しが降り注いで来たかのように明るくなった。





「先生…」





「ん?何?」





「手術もだけど…俺のこと応援しててくれないかな…」





「え?」





「先生が応援してくれたら、俺、もっと頑張れる気がするんだ」





柾の言葉が私の脳裏を何度も何度も駆け巡る…

これからもずっと繋がりを持つことを柾に許されたような気がして、私は心の底から湧き上がってくる嬉しさを噛み締める。





「先生?」





「もちろん!私はあなたのファンだから…ずっと」





「マジで?…じゃぁ、先生は俺のファン第1号だよ。永久欠番だからね」





「え~?私がファン1号でいいの?伊坂先生だってあなたのファンよ」





「あ~、伊坂先生はただのファンでいいよ」





柾のおどけた口調が可笑しくて、私は声をたてて笑った。柾も自分が言った言葉を思い返すようにケタケタと笑っている。

電話越しなのに、柾が昼間、ベンチの隣に居てくれたような錯覚が私を襲った。

柾と隣で話が出来たら、もっとずっと楽しい会話になるんだろう…

そんな想いが私の心を掠めた途端、スピーカーから発せられた柾の言葉が、私の「運命」を確信づけた。





「先生が隣にいたら、もっと楽しんだろうな」





この時、この瞬間に同じ想いを柾と共有出来たことが何より嬉しかった――



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