第48話 運命を感じた瞬間 6
(ねぇ、茜の運命の人って誰なの?)
友加里が耳元で囁く言葉に私の胸はドキンとなる…
友加里の目を真っ直ぐに見れないのが分かっていたから、言葉だけを聞いて表情は変えないように努める。
ここで慌てふためいたら、心理学をこよなく愛するエキスパートの思う壷だと、私は心の中で何度も言い聞かせた。
「さっき、友加里さんが私の代わりに言ってくれたでしょ?」
私は言葉にしてみてようやく、目を細めて笑った顔を友加里に向けることが出来た。
「ふぅ~ん…」と鼻で友加里が呟いた途端、義母が「ちょっと、友加里ちゃん!」と大きな声を上げた。
中途半端に終わった会話に、友加里は後ろ髪を引かれるように私の側を離れたが、私は大きな溜め息をつきたいくらいホッとしていた。
「この服にどの靴が合うかしら?やっぱり着物にしといた方が良かったんじゃない?」
友加里にコーディネートされた服が、義母には着慣れないものだったのだろう。
自信なさげな義母の顔は、友加里が家に来た時くらいしかお目にかかれない珍しいものだ。
私には一生縁のないものだと、この義母の顔をみる度に思っていた…
たった3ヶ月の結婚生活が、もっとずっと前から続けられてきたような交わらない嫁姑の関係ではあるが、私が別のところに「意思」を持ったことで、この関係も変わっていくような淡い期待さえ、今は感じられた。
「どうかしら?おかしくない?」
玄関の真ん中に立つ義母の姿に私は「お義母さん、お似合いですよ」と声を掛ける。
「本当に?」そう言って義母は、玄関の脇に置かれた姿見で自分の全身をチェックしながら、次第に安堵の表情に変わっていった。
「やっぱり友加里ちゃんに選んで貰って正解だったわ」
「…でしょう?お花の時には着物なんだから、たまにはこういう斬新なものも取り入れなきゃ!藤江先生、まだお若いんだから」
友加里の煽(おだ)てる言葉にキャッキャと喜ぶ義母を、私は遠まきながら微笑んで見ることが出来た。
「じゃ、茜さん。帰りは遅くなるから、先に寝ててちょうだいね。…多分、貴一郎も合流すると思うから」
「はい、分かりました」そう言って私は「行ってらっしゃい」の代わりに頭を下げた。その姿を見届けてから義母はドアを開ける。
「…さっきの話は、また今度ね」
心理学のエキスパートは、まだ何かを諦めていないようだったが、私が頭を下げていたお陰で、友加里の目を見ずに済んだ。
家の前から車が走り去る音が聴こえて、ようやく家の中に静寂が戻った…
私は居間に置かれたままのティーカップをキッチンに運び、手際よくそれらを片付け、残された家事も黙々とこなした。
誰にも干渉されず、一人でやる作業は嫌いではなかった。お陰で家事に一時間も費やさず、私は夜更けまでの自由な時間を確保することが出来たのだった。
日頃はあまり飲むことが出来ないコーヒーをゆっくり嗜(たしな)もうと、以前買っておいたお気に入りのコーヒー豆を寝室から持ってきて、時間を掛けてコーヒーを淹れる。
香ばしい香りが部屋中に広がり、私はその香りだけで癒された気分に浸れた。
…その時、コーヒーの雫が落ちる音が聞こえるほどの静けさの中で、突然、私の携帯電話のバイブがバックの中で不気味な音をたてた。
慌ててバックの中から携帯電話を取り出すと、見知らぬ番号が画面に映し出される。
いつもなら登録されている人以外の着信には出ない筈の私が、何故かその日に限って焦るように電話を受けた。
「…先生?大野先生のケータイだよね?」
ゆっくりとコーヒーを飲みながら、あの「運命」だと感じた瞬間を思い出そうと考えていた私にとって、思いもかけない柾からの着信だった――
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