第47話 運命を感じた瞬間 5




友加里の顔が私にゆっくりと近づいてくる。

友加里のこの目は、私の深層心理を見透かそうとしている目だと思うと、気持ちが自然と萎縮してしまう。私の声も見る間に小さくなっていった。





「やっぱり、貴一郎のことを運命の人だって思ったんでしょ?」





友加里の言葉に私だけでなく義母までも反応し、友加里と義母の視線を否応なしに浴びていた。

突然、私の頭の中を時計の秒針がカチコチと鳴り響いた…まるでそれは、私の答えを焦らせるかのようだった。





「…うん、まぁね」





私の選んだ答えを聞いて、友加里が間髪入れずに「のろけてない?」と言葉を重ねてくる。私は唇に笑みを湛えると「そんなことないって~」と必死でおどけて見せた。

義母は「ふぅ~ん」と鼻で返事をしながらも、私の口から出た言葉に一瞬、安堵している様子が窺えた。





「ほら!藤江先生。…何とか言ってても本当は安心したでしょ?貴一郎の運命の人は茜なんですから」





義母は友加里の言葉に、つい気を緩ませた自分に気付いたのか、すっと顔色を変えて「どうでもいいわよ、そんなこと」と言い放った。「また、そんな言い方する~」友加里が義母をフォローしようと甘ったるい声を出していたが、義母はその手には乗らないわよと言んばかりに友加里をあしらっている。





そんな二人のやり取りが目の前で繰り広げられながらも、私は義母の言い放った言葉に傷ついていないことに気付いた。「どうでもいい」以前なら、涙をグっとこらえることくらいしていただろうに、今の私には義母の嫌味がただの言葉に変わっていたのだった。





「そろそろお時間じゃないんですか?」





私はまだ、やり取りを繰り広げる二人に向かって淡々と言葉を発した。思わず腕時計に目を遣る友加里の姿に目が止まった。友加里は時間を確認すると、大きな目を更に大きくして「先生!遅れちゃう!」と大きな声で叫んだ。





「後は片付けておきますから、慌てないように行かれてください」





二人の慌てる姿とは対照的に、私は何だか落ち着き払った態度で玄関先まで二人の姿を追う。私の前を歩く友加里の背中を見ながら、さっき目に止まった光景を思い出し何気なしに聞いてみた。





「友加里さんが時計なんて珍しいですね。時間に縛られるのが一番嫌いだって、いつも言ってる人が…」





後ろから声を掛けられて驚いたのか、一瞬、友加里の体の動きが止まったように感じた。しかし、友加里の口から返事は聞かれなかった。

聞こえていないのかと思い、私は「友加里さん?」ともう一度、声をかけ肩を叩いてみる。





「ん?何?」





何喰わぬ顔で振り向く友加里の顔を見て、さっきの問い掛けが聞こえていなかったことに気付いて、私は再度、同じ内容を繰り返した。





「藤江先生のアッシーするのに、遅れちゃマズイでしょ」





至極、まっとうな返事が返ってきて、私は自分の中に過ぎった疑問を打ち消そうとしていた。

…とその時、不意に立ち止まった友加里が義母の背中を気にしながら、私の耳元でそっと囁いた。





「ねぇ、茜の運命の人って誰なの?」





紅い口紅が乗せられた友加里の唇の端が、キュッと上にあがる。

やはり見透かされていた…

あの義母とのやり取りは、私を救ってくれたものだとは思っていたが、友加里の微笑には何かが隠されているようなそんな気がした――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る