第45話 運命を感じた瞬間 3




伊坂の車が大野家付近に近付いた時、自宅前に見慣れない赤のクーペが停っているのが見えた。





「おっ!また、派手な車だな。お前の知り合いじゃないのか?」





色が派手な上にワックスでピカピカに磨きあげられたその車に、私は全く見覚えがなかった。伊坂がクーペの後ろに車をつける。私が車から降りるまで、伊坂は赤のクーペに釘付けだった。きっと、この車に乗っている人でも想像しているのだろうか。

そんなことを思いながら伊坂の顔を見ていると、何だか鼻の下が伸びているようにも思えて私はプッと吹き出してしまった。





「何だ?松嶋…」





私の突然の笑い声に、伊坂は目を丸くして問いかけてくる。私は手と首を横に振りながら、「何でもない」と言ってみたけれど、やっぱり笑いだけはおさまらなかった。

結局、私の口から真意は聞かされないまま「またな」と言って車で帰っていく伊坂は、後ろ髪を引かれるような思いだったに違いなかった。





それにしても誰の車だろう…

伊坂の車が見えなくなるまで見送ると、私は真っ赤なクーペを横目に玄関に向かった。

ドアを開けると玄関先にこれまた赤いヒールがきちんと並べられている。

私はようやくここに来て、真っ赤なクーペの所有者が誰なのか検討がついた。





「あ、お帰り~」





そう思ったと同時に、私の頭の中に思い描いた人物が甘い声で玄関に顔を出した。

やっぱり友加里だった…

普段は車にはあまり乗らない為、友加里の所有している車の種類や色を把握していることはなかった

しかし、以前の学校で一緒に働いていた時、遅刻しそうになったとかで初めて車で通勤してきたことがあったことを私は思い出していた。確か、あの時も車種こそは違っていたが、真っ赤な車だったことは確かだ。





「私、情熱的だから…」





そんな言葉が今にも聴こえてきそうで、目の前にいる友加里を見ながらブルっと背中を震わせた。





「お邪魔してま~す!今日が病院の日だったの?帰りが遅いって藤江先生、零してたわよ」





奥にいるだろう義母に聞こえないように最後の方は耳元で囁くと、友加里は義母の待つ奥の部屋へと戻っていく。私は、また義母の小言を聞かなきゃならないのかとうんざりしながら、玄関の小上がりに腰掛けゆっくりと靴を脱いだ。





「ただいま帰りました。遅くなって申し訳ありません」





奥の部屋では紅茶を煎れたカップからは湯気もたっておらず、友加里が訪れて時間が経っていることを物語っているかのようだった。そして、部屋に置かれたソファーには服や着物が重なるように掛けてあり、私をぎょっとさせた。





「これ…」





「あ~、今ね…先生とファッションショーをしてたとこなの。今日は、お花をされていた生徒さんが結婚するからって連絡があって。アメリカに越しちゃうらしいから、お祝いと送別会もかねてお食事しましょうってことになってね。今日は私が藤江先生のアッシーをするってことになって…ね?先生」





「…と言うことだから、お夕飯の準備はしてませんからね。どうせなら貴一郎も仕事終わったら来るように連絡しようかしら。貴一郎が来てくれれば、友加里ちゃんも飲めるでしょ?昔みたいに3人で飲むのもいいんじゃない?たまには…」





義母の言葉に「どーぞ、どーぞ」と言いたかったが、無論、言葉には出来ない為、私は苦笑するしかなかった。

そんな私を見て気を遣ったのか、突然、友加里が思いがけない一言を口走ったのだった――




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