第44話 運命を感じた瞬間 2




伊坂の車に乗り込むと、私はサイドミラーで柾のいる病棟を黙視する。車がスピードを上げる度に病院が遠くなり、柾との距離も離れていくのを感じた。





「松嶋にはやられたよ…」





「え?」





伊坂が横目で私を見て苦笑した。私は伊坂が何を言いたいのか分からず、不思議そうな顔で見つめた。





「エレベーターで、俺一人乗せられてさ…」





伊坂が最後まで言い終わらないうちに、伊坂の言いたいことが分かって私は俯いた。

柾に一緒に会うことを約束しておきながら、裏切った私を伊坂は責めたいようだった。

私は俯いたまま「ごめんなさい」と呟き、伊坂の様子を横目で窺(うかが)った。

すると、伊坂は大きな声で笑い出し、私を驚かせたのだった。





「え?何?先生…」





「いやいや、お前には感謝してるよ。お前を連れていけば心強いと思ってたけど、やっぱりちゃんと一人で行って良かったよ。木本の気持ちも知れたし、何よりご両親としっかり話が出来たからな」





ハンドルを握る伊坂の横顔は、何だか爽やかだった。私が学生の頃、目に映っていた伊坂を再び見ているようだった。





「しかし、木本の奴…俺の顔を見た途端、病室から飛び出して行くんだからな。暫く帰って来ないし…」





伊坂の呟きに私は思わずほくそ笑んだ。伊坂と入れ違いでエレベーターを降りてきた柾が、私を追いかけてきてくれたのかと思うと、口元が緩まずにはいられなかった。

しかし、勘の鈍い伊坂にでさえ、この狭い車中で気付かれてはいけないと、私は必死で平静を装ったのだった。





「先生、ほら…あの娘。…マネージャーの…」





「あ~、綾乃か。そう言えば、綾乃も来てたな。アイツら幼馴染みなんだけど、なぁ?松嶋…あの二人、お似合いだと思わないか?」





伊坂は二人の姿を思い出しているのか、ニヤニヤした顔になっている。私は綾乃の話題を自分から振った手前、ハッキリと言葉にするのは躊躇(ためら)われたが、「そうですかね~」と言葉を濁さずにはいられなかった。お似合いという伊坂の言葉が、少なからず私の胸にチクリと痛みを与えた。





「でも、あの娘…彼氏いるでしょ?」





伊坂の言葉に「お似合いですね」と言えなかった私は、つい、そんな言葉を漏らしてしまい、逆に伊坂を驚かせた。





「前に、ほら…学校でそんなこと話してましたよ。あのマネージャーの彼氏はコバッチだって…」





「え~?綾乃は古葉と付き合ってたのか?…全く気付かなかったな…俺は何年もアイツらと付き合ってきたのに…」





伊坂には衝撃の事実だったのか、さっきまでニヤニヤしていた筈の顔が自信なさげな顔に変わっていた。昔からこの手の話題には疎い先生だったが、数えるくらいしか会っていない私が知っていて、自分が知らなかったことがショックだったのだろう。





「先生、昔から恋愛系は弱いんだから!気にしたって仕方ないですよ。先生はそういうことより、彼らを未来に羽ばたかせる役目があるんだから!その為に木本くんは手術するんでしょ?」





伊坂の気持ちを持ち上げることは十分に心得ている。しかし、伊坂の生徒思いの情熱に助けられてきたことも事実だった。伊坂には今、柾を未知なる世界へと誘う使命があった。

その意気込みは教職を離れた私にも伝わっているのだ。





「アイツとは運命だな…」





「え?」





「木本と出会ったのは、俺には運命だよ」





伊坂の言葉に私の鼓動がトクンと音をたてた。伊坂とはまた違う「運命」を感じた二人を乗せた車は、現実の世界へと向かってスピードを上げていた――




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