第43話 運命を感じた瞬間




病棟の5階から見つめる柾の絡みつくような視線をやむなく解(ほど)いて、クラクションを鳴らす伊坂の車へと私は向かった。

もっと彼をみつめていたい…

誰にも邪魔されずに、彼を見つめることが出来る今が、私の心を満たしていく。

無理矢理解いた視線を纏(まと)ったままで、重たい足を先に進めた。





しかし、歩き出す私の背中に、まだ柾の視線を感じる。

(まさか…)

そんな気持ちにさせる柾の熱い視線に、私の頬が紅潮する。

思わずその視線の先をもう一度確かめたくなった私は、立ち止まり病棟の方を見上げた。

5階の窓枠にやはり柾の姿があった。

ゆっくりと確かめるように視線の先を追ってみる…

私が振り返ったことに柾も気付いているのだろう。

再び、目が合った瞬間に今までに感じたことのない衝撃が私の背中を駆け巡った。





私は結婚こそしているが、「運命」的な出会いをした経験はなかった。

夫の貴一郎との出会いも、運命だと感じたことはなかった。

自然の流れの中で男女の関係になり、またその流れの中で「結婚」に至ったのだから。





貴一郎を好きになったことも、ごくごく自然の流れの中で育まれたものだったし、結婚の話が出た時も、付き合ってるのだから当然のことのようにも思えた。

「この人じゃなきゃ、絶対にイヤ」と大学時代の友人がよく言っていたけれど、その頃の私はその子の強いこだわりがあるのだと思い、共感することさえなかった。

それは、私が「運命」と思える出逢いをしたことがなかったからだろう。

「運命」と思える出逢いがあるなんて、思ってもみなかったからだった。





私は柾の視線に自分の視線を絡ませながら、「運命」という言葉を思い浮かべていた。

まだ、柾に恋をしていると確信したばかりで、勇み足すぎる自分を抑えてみたが、その言葉は私の頭から消えることはなかった。





「先生」





彼の呼ぶ声が頭の中に響いてくるような感覚…

言葉にしなくても、彼が私に語りかけているようなそんな不思議な感覚が私を包み込んでいく。

決して、周りの人には気付かれないであろう視線を、二人だけで共有しているという特別な空間が、更に私の心を掻き立てていった。





「マサキ~!」





「松嶋~!」





お互いを呼ぶ声に私達はハッと我に返った…

その瞬間、彼の視線の糸がプツリと途絶えてしまった。

そして、私の視線の先にも車の中から呼んでいる伊坂の姿に切り替わった。





「先生、ごめんなさい」





私はそう言葉にすると、柾の姿を確認することなく車へと向かった。

もう、彼の熱い視線を背中に感じることはなかったけれど、彼が自分と同じ想いでいることを少なからず感じた。





「お待たせしました」





「…何かあったか?ぼんやりしてるみたいだったけど」





伊坂の言葉に私は小さく笑った。

私達が見つめ合った空間は、誰にも悟られていないんだと思うと、ホッとする気持ちと同時に更に特別なものだと感じられる。

「運命」という言葉が再び私の脳裏を掠める…

この恋は、柾への想いが今までに感じたことのない特別なものへと変わろうとしていた――





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