第41話 恋という確信 5
柾は自分の体のバランスを整えると、私から離れていった。私は柾が掴んで捲れ上がったスカートの裾を戻して、何事もなかったような顔を装った。
しかし、柾の方は落ち着かないようで、一つ一つの仕草が何だかぎこちなく見える。
「ね~、柾。何で顔、赤くしてんの?」
柾の背中が死角になっていたようで、綾乃には何が起こったのか分からないようだった。
柾は綾乃の指摘に「お前が急に押すからだろう」と苛立ちを込めて答えている。
私は隣に座る柾の恥ずかしさが伝わってきて、顔を上げれなくなっていた。
「…この間、体育館にいた人でしょ?」
私の存在が気になって仕方ないのか、柾の言葉に返事もろくにしないまま、綾乃は柾の腕を引き寄せ小さな声で呟いた。しかし、狭いベンチだ。
顔を上げれないままの私の耳にも、綾乃の声はしっかりと届いていた。
「…大野…茜です。今度、そちらの学校にお世話になる筈だったんですけど…」
「ほら!古葉の奴が突き飛ばして足、怪我した…」
私が言い終わらないうちに、柾は言葉を強引に重ねてきた。あまりに強引な柾の言葉に、私はその後の言葉を言えずに黙りこくった。
「…それが何?私に何の関係があるの?」
「古葉はお前の彼氏だろ!大野先生に謝りもしなかったんだぞ。お前が代わりに謝れよ」
柾の言葉に私は思わず両手をブンブン振って見せる。
しかし、二人の目には私の姿など映っていないようで、ケンカ腰の言い合いは止まることを知らないようだった。
「柾がコバッチに自分で言えばいいでしょ!だいたい幼馴染みだからって、柾の言い方、きついのよ!」
綾乃は大きな声をあげ、いきなりベンチから立ち上がった。柾を睨みつける瞳にはうっすらと光るものが見えた。気の強そうな綾乃だったが、やはり柾の冷たい態度に心を痛めていたのだろう。あっという間に綾乃の瞳からポロポロと涙の粒が零れ出した。
「…な、何だよ。泣くなんてズルイだろ」
目の前で涙顔を見せられた柾は、そう言いながらもどうしていいのか分からずオロオロしていた。私はバッグからすかさずハンカチを取り出すと、ベンチからゆっくりと立ち上がり綾乃に差し出した。
「…大丈夫?」
そう言って顔を覗き込んだ私を綾乃はキッと睨みつける。そして、差し出されたハンカチを私の手から拾い上げると「放っておいて!」と怒声を響かせ、ハンカチを地面に投げつけた。
「お前、何やってんだよ!」
柾の大きな声に綾乃の体はビクンと反応した。何か言いたげな綾乃だったが、キュッと唇を噛みしめて涙を手の甲で拭うとロビーに向かって走り出したのだった。
「…先生、ごめん」
地面に放り投げられたハンカチを拾おうとする私の背中に柾がポツリと呟いた。
私はハンカチについた土を払い落とすと、俯く柾の方に体を向ける。
「追いかけなくていいの?彼女、凄く泣いてたよ…」
「…あいつ、いつもはあんな奴じゃないんですよ。だから…」
柾が綾乃を庇(かば)うように話す言葉に、私の胸がチクリと痛んだ。
その痛みがなんなのか、私の中でも分かっていたが、私は敢えて気づかない振りをしようと思った。
「うん、分かってる。私のことはいいから、早く追いかけて」
そう言って私は柾の背中をポンと押したのだった――
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