第40話 恋という確信 4
5階の病室の窓から身を乗り出している女子高生が、私の方を見ているのが分かった。
私は思わず彼女に顔を見られないように背中を向けた。彼女に二度も「オバさん」呼ばわりされたくない気持ちも手伝っていたのかも知れない。
背中を向けじっとしているのが嫌で、私は柾から受け取ったオレンジジュースに口をつけて気持ちを紛らわせた。
「何でお前が居るんだよ」
病室の窓の彼女に向かって、柾は嫌悪感たっぷりに問いかけた。「内緒~」と彼女の短い答えが直ぐに返ってくる。柾は「チッ」と舌打ちしながら、私の隣に腰掛けた。
「ねぇ~マサキ~!!そっち行っていい?」
ベンチに腰掛けた柾の背中に向かって、彼女は大きな声を張り上げた。
その言葉に対し、柾は声を発することはせず、両手を大きく掲げてクロスにしバツ印を作って見せた。
「ダメ!来るな!」と言うところだろうか…
そのパフォーマンスを見ても、結局は「降りてくるからね~」と叫ぶ彼女に渋い顔をしている。
「…そんなに冷たくしなくても、いいんじゃない?…彼女なんでしょ?」
怪我をしたあの日、彼女の態度に引っ掛かるものがあったが、柾の彼女だと考えたらあの娘の態度にも納得がいく。今の今だって、彼女の食い入るような視線が痛くて堪らないのだから…
「綾乃のこと言ってるの?先生」
「…うん」
私が頷くと、柾は目をまん丸に開けたかと思うと突然、大きな声で笑い出した。
その声があまりに大きかった為、隣に座る私の耳に響いて私を驚かせる。
「…んな訳ねーって!」柾は笑いの合間にその言葉を加えた。
「でも、彼女は…木本くんのこと」
私がそう言いかけた時、ロビーのドアから綾乃が柾の名前を呼びながら走って来る姿が見えた。
「好きなんじゃない?」そう柾に言おうとした言葉を飲み込んで、私は綾乃が走って近づいてくる様を見つめていた。
「…あいつ、彼氏いるよ。ほら、先生を突き飛ばした古葉だよ」
綾乃が私達のところに辿り着く前に、柾はさらりと言って退けた。
「そうなの…」と呟いてはみたものの、綾乃が古葉と付き合っているという柾の言葉が、何となくしっくりこなかった。
初めて体育館で彼女に会った時も、柾を好きだというオーラが漂っていたのだ。
そして、さっき5階から私達を見つめる目にも、嫉妬に近いような視線を感じたのに…
そんなことを思っていたら、いつの間にか綾乃が私達が座っているベンチまで辿り着いた。かなり急いで来たのだろう…
綾乃の口から「ハァハァ」と荒い息が漏れていた。
「何で来んの?来なくていいってやっただろ」
柾はそう言うと、さっき見せたパフォーマンスをもう一度、綾乃にして見せた。
綾乃は冷たい態度を取る柾の隣に、口を尖らせながら無理矢理座った。
ベンチの端からお尻を押し込むように座る綾乃の力で、柾の躰がバランスを崩し、私の方へと倒れ込んで来た。
躰が倒れるのを止めようと、柾が咄嗟(とっさ)に出した右手が、私の太腿をギュッと掴んだ。「きゃっ」と私が声を出した時には、柾の掴んだスカートの布が少し捲れ上がって、私の白い肌が柾の目の前に飛び込んできたのだった。
「あ、先生…ごめん」
柾の消え入りそうな声に私は「大丈夫よ」と声を掛けたが、きっと柾の顔は真っ赤になっていたに違いないと思った。顔こそ見れなかったが、後ろ姿から見えた耳がほんのりと紅く染まっているのが分かった。
そして、そんな柾の姿を唇を噛んで見つめる綾乃の姿があった――
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