第39話 恋という確信 3
(俺、よく分かんないけど…先生は、何か違う気がする)
柾の言葉が私の頭の中を何度も駆け巡っている。
あなたの言う「違う」って言葉の意味は「特別」ってこと…?
ううん…そうじゃない。
やっぱり教師と生徒という垣根があることを意味しているのだろうか。
私は無意識のうちに柾の発した言葉の意味を自分なりに解釈しようと試みていた。
しかし、考えれば考えるほど柾の言った「違う」の言葉の意味が、良いものなのか悪いものなのかさえ分からないままだった。
そうこうしているうちに、缶ジュースを2本抱えた柾がベンチまで戻ってきた。
「先生、どっち?」
炭酸系のジュースとオレンジジュースが差し出され、私は自然にオレンジジュースの方に手を伸ばした。「あっ!」と、柾の大きな声がして私は伸ばした手を思わず引っ込めた。
柾は「しまった」と言わんばかりの顔をして私を見ている。
「今の気にしないで選んでいいよ」
そう言葉では言い直したが、笑顔を作ろうとしている柾の表情は幼さを垣間見せた。
柾の顔を見つめていると、必死で押し殺していた笑いがどうしても堪えきれず、一気に声となって静かだった中庭に響き渡った。
「な、何だよ…」
「だって、オレンジジュースが良かったんでしょ?」
「いや、別に…俺はどっちでも」
「素直じゃないわね~」
私は笑いながらそう言うと、柾の左手から炭酸系のジュースを受け取った。
「あ…」と柾は声を漏らしたが、私は笑顔のままプルトップリングを引き上げ、シュッと音がする缶の口に唇を充てた。
喉も渇いていたせいもあって、炭酸が効いているとは言え、私は半分くらいの量を一気に流し込んでいた。
「美味しい!」
私の言葉に柾の口元が緩んでいくのが分かった。安心したせいか、ようやく柾は右手に持っていたオレンジジュースの缶を開け喉を潤わせた。
ゴクッ、ゴクッと柾の喉元をオレンジジュースが流れ込んでいく音が、私の耳にも届いた。
その音があんまり美味しそうで、思わず柾の喉元をぼんやりと見つめた。
「はい!」
ぼんやりと見つめている私の目の前に、柾は突然、ジュースの缶を差し出してきた。
不思議そうな顔をする私を余所に、柾は私の手から缶ジュースを奪うと、自分の飲んでいたオレンジジュースの缶をすかさず握らせた。
「…半分こしようよ」
そう言って柾は躊躇(ためら)うことなく、私が口をつけた缶ジュースをグっと飲み干す。
「あ…」と小さな声が私の口から漏れたが、柾はちっとも気にしていない様子で「美味しかった」と満足そうな笑みを零した。
あっけらかんとした柾の姿を目にしながら、柾に渡された缶ジュースに口を付けていいものか躊躇う自分が何だか可笑しくなった。「間接キス」に今時の若い子達はドキドキするなんてないんだろう…
そう思ったら、躊躇っている自分の方が子供っぽい気がして恥ずかしくなった。
握らされた缶ジュースを見つめて口に運ぼうとした時、病室の方から大きな声が聞こえた。
「マサキ!」と呼ぶ声は上の方から響いていた。
二人同時に顔を上げると、5階の病室の窓から身を乗り出す女子高生の姿が映った。
「そんなところで何してんの~?」
女子高生は大きく手を振りながら、柾に問いかけた。柾は舌打ちしながら手をヒラヒラと振り「関係ないだろ」と呟いている。その声は到底、彼女には聞こえる声ではなかったが、柾はそれ以上、言葉を発するつもりもないようだった。
窓から見つめる彼女とふと目が合った気がして、私は思わず下を向いた。
「あの娘…どこかで…」
思い返す私の脳裏に浮かんだのは、成宮高校に訪れ怪我をした時、テーピングを施してくれていた柾の前に現れ、私を「オバさん」呼ばわりしたあのマネージャーの姿だった――
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