第38話 恋という確信 2
病院のロビーから中庭までの距離はそう遠いものではなかったが、不慣れな松葉杖の私の体には相当、堪(こた)えていたのだろう。突然、軸足が膝折れを起こし、私は松葉杖に体重を預け損ねてバランスを失ってしまった。
柾の反射神経が良かったお陰で、私の体は柾の胸にしっかりと支えられ、転倒は免れた。
後ろから掴まれた腕が痛いくらいだったが、柾の体温が直に触れていて、私の躰もカッと燃えるように熱くなった。
「ご、ごめんなさい」
私は慌てて柾の手から逃れようとしたが、上手く躰のバランスが取れずに柾の胸に躰を預ける格好になってしまった。
胸の高鳴りが柾の肌に伝わるんじゃないかと気が気じゃない私に、柾は突然、思いもよらぬことを口走った。
「先生…」
「え?何?」
「先生の髪、いい匂いするね…」
柾の言葉で私の頬が見る間に紅く染まっていく…
私はバランスを失ってもたれ掛かってしまった柾の躰から、思わず躰を引き離した。
すぐに顔を見られたくなくて、私はおどけた口調で「大人をからかうもんじゃないわよ」と言いながら、目の前のベンチに勢い良く座る。
座った拍子に柾の顔をチラリと見ると、柾は真面目な顔つきのまま私を見ているのが分かった。何だかその目が少し悲しそうに見えて、私はやっぱり目を合わせることが出来なかった。
「からかってねーし…第一、俺、女は苦手だからさ」
ようやく口を開いた柾の言葉に、私は複雑な気持ちになった。その言葉に思わず反応してしまった私は、間髪いれずに言葉を続けた。
「じゃぁ、私は女じゃないってことね」
私は笑いながら、でも、少し皮肉を込めてそう言った。
「女は苦手」そう言い放った彼にとって、私は女の部類にも入っていないのかと思うと、何だか肩の力が抜けたような気持ちになったからだった。
さっきまで高鳴っていた胸の鼓動も、急速に鎮まっていくのが分かった。
しかし、柾は私の言葉を真に受けたようで、目を見開いたまま私を見つめている。
「それは違う!」
私の言葉に反発するかのように言い放つ柾の言葉に、私の躰がビクンと震えた。
柾を怒らせてしまったのかも知れないと、一瞬、その想いが頭を過ぎった。
「冗談よ、冗談。そんなにムキにならないでよ」
私は落胆した想いを悟られないように、そして、柾の気持ちをなだめるように、敢えてここでもおどけて見せた。
しかし、柾の表情は変わらなかった。私の乾いた笑いだけが周囲に響き渡った。
「俺、よく分かんないけど…先生は、何か違う気がする」
「え?」
「あ~、もう!上手く説明出来ねーよ…」
そう言って頭を掻き毟(むし)る柾を私は呆然と見つめた。
「取り敢えず、何か飲み物買ってくるから」と、その場を逃げるように走り出した柾の背中を私は追い続けた。
「何か違う」そう言った彼の言葉の真意が汲み取れず、私の心の中は更に複雑な気持ちになった――
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