第37話 恋という確信




エレベーターは伊坂だけを乗せ、扉はゆっくりと私の目の前で閉まった。伊坂が何か言っていたが、最後の方は聞き取れなかった。

伊坂といると何となく自覚する…私は教師だということに…

友加里や貴一郎にはない、熱血漢が伊坂にはあるからだろう。学生時代、その伊坂の熱血漢ぶりに心を動かされたのは自分自身だった。

だから、伊坂には気付かれたくなかった。

柾へのときめきに気付いて欲しくなかったのだ。





エレベーターが5階で止まるのを確かめると、私は病院の待合室に戻った。

しかし、既にソファーにはたくさんの患者が座っており、空いた席は一つも見当たらなかった。

松葉杖をつきながら、私はロビーを目指した。あそこなら座れる場所くらいあるだろうと。私は少し足早に歩いた。

…と、その時だった。





「大野先生!」





そう呼ばれたような気がして、私は立ち止まり後ろを振り返った。エレベーターから降りてくる人達が波のように一気に押し寄せてくるのだけが、私の目に映っていた。

気のせいかと思い、私は再びロビーの方へと歩き出した。





「ちょっと!先生ってば」





いきなり後ろから腕を掴まれ、私は「キャア」と悲鳴に近い声を上げてしまった。

その声に腕を掴んできた人も驚いているようだ。

ドクンドクンと早鐘を打つ胸の鼓動を抑えながら、私は松葉杖をきちんと持ち直し、ぎこちなく振り返る。





「先生、耳…遠くね?」





そう言って笑っているのは、今日、入院したと聞かされていた柾だった。

いきなり腕を掴まれるよりも、柾が目の前にいることの方が私を驚かせ、言葉を失わせた。





「…何でここにいるの?」





ようやく口から出た言葉は、何とも素っ気ないものだった。

会うことを躊躇っていた相手が、まさか目の前に現れるなんて思いもしなかったから、上手い言葉を考える余裕なんてどこにもなかったのだから仕方ない。





「今日から入院なんだ。伊坂先生から聞いてない?」





「いや…聞いてるけど。…病室じゃなくて、何でこのロビーにいるの?伊坂先生、さっきあなたの病室に向かったけど、会えなかった?」





私は高鳴っている鼓動が柾に聞こえやしないかと焦ってしまい、思いつく言葉を必死で並べたてた。そんな私を柾は冷静に見ていたかと思うと、急に「ククク…」と笑い出したのだった。





「な、何?」





「先生、やっぱ面白い。必死で喋ってる姿もウケるよ」





「あのね~、私…笑わせようと思ってやってるんじゃないんだから!」





急に笑われて、思わずムッとした私は少しムキになって言葉を返した。しかし、柾には何をやってもツボにハマってしまっているようで、彼の表情から笑いが絶えなかった。

そのうち、ムキになった自分が可笑しいような気持ちになり、一緒に声をたてて笑っていた。しかし、ここは病院であって笑い声を響かせる場ではないと、周りの視線を感じ始めた私達は、外へと足を向けていた。





病院の中庭には小さな噴水があり、園庭の花や植木もちゃんと手入れがされているようだった。空いているベンチを見つけた柾は、ぎこちない歩きの私に「ファイト」と掛け声を掛けながらスピードをアップさせた。ベンチに着く頃には、私の額にはうっすらと汗が滲み、口の中もカラカラになっていた。





「何か飲み物、いらない?」





中庭から見えるところに自販機を見つけた私は、バッグから財布を取り出すと、今度は自販機を目指して歩き出そうとした。

ケガをしてから室内だけしか歩いていない私には、長い距離を松葉杖で歩くことも初めてだったせいか、少しよろけてしまった。「わっ」と声をあげたのと同時に、後ろから柾の手が私の両腕をしっかりと掴んで、柾の胸に抱き寄せられる形となった。

ほんの一瞬だったけれど、柾の胸の鼓動が背中越しに伝わった気がして、私の胸もドキン…と一つ音をたてた――




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