第35話 光 2




(木本のとこに付き合って貰えないか?あいつ、午後から入院なんだ。松嶋がいてくれたら、俺も明るく出来そうだし…な)





伊坂の誘いに、私は「はい」とすぐにでも返事をしたかった。

体調もだが、様子が気になっていた柾に会えるチャンスなんて、この病院での偶然くらいだ。

柾の顔が見れたら、きっと安心することが出来る…根拠のない自信だけが私の心を占領し始めていた。





その一方で、両手を上げて喜ぶことをしたくない自分がいた。私の軽はずみな言葉や行動は、柾への特別な感情に気付かれてしまう可能性を秘めていた。

だから、焦る気持ちをグっと堪えて平静を装い、私は伊坂にこう言った。





「私なんか連れて行っても、木本くんは喜ばないと思いますよ」





「会いたい」の言葉を隠す為に浮かんだ言葉は、私の本音をチラリと覗かせるものだった。

案の定、昔からの私を知っている伊坂が私の言葉に反応して苦笑して見せる。





「相変わらずだな~、お前の悪い癖…」





伊坂はそう言いながら、無防備な私の額を軽く叩いた。その言葉と、その行動は私の高校時代を彷彿とさせた。自分に自信がなかったあの頃の私がよく使う言葉だったからだ。





「私…なんか」





もう一度、繰り返すと「そうそう、その言葉」と伊坂が相槌を打ってきた。

封印してきた筈の私の悪い癖が、こんな時にポロリと口を吐いて出てしまうとは思ってもみなかった。私は苦笑しながら、誤魔化すように舌をペロッと出して肩をすぼめた。





「あの頃、先生によく怒られたね。この言葉を使ったら罰金100万とか…結構、先生も無茶苦茶なこと言ってましたよね」





「そうでも言わなきゃ、ずっと使ってただろ?自分に自信がないくせに、頑固者だったからな~、お前は…」





その自信のなさが災いして、いろんなことに対しても自信を持てなかった高校時代。

思春期も手伝ってか、素直にもなれなかった私がいた。そんな私に時間を惜しまず、とことん向き合ってくれたのが伊坂だった。

おかげで高校を卒業する頃には、「悪い癖」と言われた言葉も口を吐いて出ることはなくなったし、教師になる為の大学受験も難なくクリア出来たのだ。





「あの頃のお前は、何となく昔の俺に似てる気がしてな…放っておけなかったんだよな。今の木本だってそうだ。…冷静にしてるけど、あいつはかなりナイーブな性格で、基本的に優しすぎるところがあってな~」





そう言いながら伊坂は私をチラチラと見た。私は伊坂の言わんとすることが分かっていたが、少しとぼけた顔で「何が言いたいんですか~?」とおどけて見せる。

「お前なぁ~」と伊坂は笑ったが、私がその言葉を発してしまうと、柾と繋がった縁がより濃くなってしまうような気がして心が躊躇していた。





「だからな、お前と木本は…」





「…似てるって?だから、放っておけない…」





結局は伊坂の誘導に乗せられ、私はその言葉を発した。伊坂は満足そうに大きく頷いて私を見た。しかし、伊坂はまだ私に何か言わせたいような素振りを見せる。私は短く息を吐いて伊坂が求める言葉を口にした。





「…だから、私も木本くんを放っておけない…ってことでしょ?」





「あぁ…お前の教師魂が疼いてるだろうと思ってな」





伊坂は豪快に笑っている。久しぶりに見る伊坂の姿に、安堵の気持ちと複雑な気持ちが私の中で絡み合った…

柾に対する気持ちは、伊坂の言う教師としての思いからだったのだろうか…

彼を放っておけない気持ちの真意は、また靄の中に隠されてしまったようだった――




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