第33話 ジレンマ 3




次の病院受診は一週間後だった。

私は何とも知れないモヤモヤを抱えたまま、この一週間をやり過ごしていた。

柾のことを心配するあまり、私は伊坂に連絡を取る口実を見つけられず、…かと言って貴一郎に聞く訳にもいかず、悶々とした日々は私を苦しめた。





「今日だったな?」





ようやく私の気持ちが晴れたのは、病院受診当日の伊坂からの電話でだった。

私の気持ちなど全く知らない伊坂の口から、柾のことが語られた。





「今日は午後一番に病院受診したいんだが、松嶋の都合はどうだ?」





「先生に合わせますから、大丈夫ですよ」





伊坂の問いに答えたものの、何となくいつもの覇気が感じられない伊坂の口調が気になった私は、間髪いれずに言葉を続けた。





「先生、何かあったの?」





私のその言葉が引き金となり、伊坂はこの一週間、誰にも話せなかった思いをぶちまけるかのように、次から次へと柾への思いを語り始めた。

貴一郎が話していた柾のケガのこと、大会出場が危ぶまれていること、クラブチームへの入団にストップが掛かってしまったこと…

いつもなら、長くなる伊坂の話には適当に相槌を打つ私も、柾のことだと思うと、その一字一句を聞き逃さないように相槌も打たずに話に聞き入った。





「…で、手術することにしたんだよ」





「え?手術?」





突然の伊坂の言葉に私は思わず大きな声を出した。「何?茜さん」と私の声に反応した義母が部屋から出てきたが、電話だと気づくとすぐに部屋に引っ込んだ。

私は胸を撫で下ろしながら、再び伊坂の話に気持ちを戻した。





「あぁ…病院の先生は普通に生活するくらいなら手術は必要ないと言っていたんだが、木本本人がそう望んで…」





「木本くんが決めたんですか?」





「あぁ、あいつ…いずれはNBAを目指してるんだと。俺は日本のクラブチームで満足してたんだけどな…あいつが目指してるのは世界だったよ」





伊坂は果てしなく膨らむ柾の将来を夢見るように語った。

そうなれば、将来の目標に標準を合わせると、自ずと答えは見えてくる。

柾は将来の自分の為の決断を18歳の若さで下したのだった。





「…で、手術はいつなんですか?」





「今週の金曜日…」





「明後日じゃないですか?そんな急に?」





「この手術を担当する先生がアメリカからこっちに一時帰国するらしくて…木本の症例にかなり興味を持ったらしい。今までに凄い数の手術をこなして、成功してきたそうだよ。…あいつはついてるんだな…」





そう言った伊坂の声はいつものような豪快さに欠けていた。

何故、元気がないのか…伊坂との長い付き合いでそれだけは分かるようになった。

また、生徒への心配が伊坂の頭の中を駆け巡っているのだ。

きっと今は、柾の手術への不安なのだろう…

「絶対」の確証は有り得ない。今の伊坂にとって柾の将来を考えると、その「絶対」の確証が欲しいのだ。

大きな夢を持った彼に、その夢を実現させるリスクは相当に高いものなのだと、伊坂の様子から窺えた。





「先生、信じよう。木本くんの手術の成功を信じよう…」





「大丈夫」なんて言葉は言えなかった。でも、伊坂の気持ちが十分に伝わってくるから、私はその言葉に思いを込めた。

伊坂が求めているものは、同じ思いを持ってくれる人に違いない。

その思いにカタチの違いはあっても、彼を思う気持ちには間違いはないのだから…

「信じよう」その言葉は、伊坂を少し元気づけたようだった――




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