第30話 深層心理 3




「いや~ん、茜。怖い!」





思わず友加里を睨みつけてしまった私は、友加里の甘ったるい声でハッと我に返った。

冷静になれば友加里はただ高校生ということに驚き、高校生に興味を示した私を笑っただけであって柾のことを笑った訳じゃなかった。

感情が先走ってしまった私の失態だ。





私の様子を見ながら友加里はニヤリと口角を上げた。丹念に塗られたピンクの口紅は、その口角に至るまでしっかりと色づいている。私はそんな友加里を見てドキリとした…





「その高校生に出逢って、教師に戻りたいって思ったのね」





「…教師をやってた頃の感覚が戻ってきたって言うか…」





「まぁ、茜の気持ちを動かしたことには変わりないわね。…で、イケメンだったの?」





そう言ってニッコリと笑う友加里がいた。

コロコロと表情を変える友加里は、本当に何を考えているのか分からなかった。

私の一挙一動、言葉の一つ一つのどこで心を読み取ろうとしているのか…全く検討がつかなかった。





「爽やかではあったわよ。貴一郎も知ってるみたいだったし」





貴一郎の名前を出せば、友加里が探ろうとしている私への関心が逸れる…そう考えた私は、貴一郎の名前を強調して言ってみた。もうこれは、一種の賭けのようなようなものだ。





「え~?旦那が知ってる子なの?な~んだ、つまんない」





唇を尖らせる友加里を見て、私は内心ほくそ笑んでいた。でも、顔色は変えない。

変えるものかと心の中での葛藤は続く。





「友加里さん、さっきから私の何を探ろうとしてるんですか?私は、3年前に教師になった時、この仕事を一生の仕事にしたいって思ってた。…ただ、貴一郎との結婚には仕事は辞めるってことが条件の一つだったから…泣く泣く諦めたけど。それが、また教師になるチャンスが巡ってきたの。きっかけはどうであれ、私はこのチャンスを逃したくない」





私は友加里の目を見つめ、本音も交えながら訴えた。

もうこれ以上…私の心を見抜かれないように…

少しでも柾にときめいてしまった自分を見透かされないように…





「探ろうだなんて人聞きが悪いわね~」





私の想いが通じたのか、友加里は私の肩を叩きながら「冗談だったのに」と言わんばかりにおどけていた。私は「もう、友加里さんったら」と言葉にしながら、見透かされなかったのだと内心ホッとしていた。





「さてと、そろそろ時間だから行くわね。藤江先生から怒られないうちに」





友加里はペロッと舌を出して、階下にいる義母がいる辺りを指差した。

私も「うんうん」と相槌を打って、部屋を出る友加里の背中を追った。





ドアを開けようとした友加里が急に振り返って、後ろから付いてくる私は友加里とぶつかりそうになった。「ごめん」と言おうとした私の両頬を友加里の細い指が包み込んだ。

突然の友加里の行為に驚いた顔をしていると、友加里は私の耳元に唇を寄せてきた。





「…結婚しても恋しちゃいけないってことはないんだから。ときめきは女にとって必要よ…」





そう囁かれた私は、友加里の言葉に躰を固くした。

やっぱり、見抜かれていたんだと思うと言葉も出てこなかった。





「見送らなくていいわよ。藤江先生にも挨拶して行くから…じゃ、またね」





友加里は満面の笑みを浮かべたままドアを開けた。

友加里が階段を降りていく軽やかな足音とは違い、私の鼓動は早鐘を打つかのように絶え間なく音をたてる。

友加里の姿が見えなくなって、私は気付いてしまった…

柾へのときめきを必死で隠そうとしている本当の私の気持ちに――




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