第29話 深層心理 2




「ふぅ~ん…そうなんだ」





ドクドクと心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うくらい、友加里の接近に緊張していたのに、意外にもあっさりとした返事に私の方が面食らった。

柾の顔が頭に過ぎっては必死でかき消していたのに…

友加里のあまりの引き際の良さに、調子を崩してしまう。





「ねぇ、ねぇ…貴一郎とさ、ちゃんとセックスしてるの?」





「へ?」





さっきまでの話は、まるでなかったかのような友加里の唐突な質問に、私は妙な声を上げてしまった。友加里はお構いなしに「ねぇ、ねぇ」と今度はまるで猫のように私にジャレついて来る。





「…し、してますよ」





何だかこうなってくると友加里に弱みを握られたくないような気持ちになり、私はついムキになって答えてしまった。すると、友加里は急にすまし顔になり「ふ~ん」と鼻で言ってみせた。





「嘘ね」





友加里は再びベッドに腰を下ろし、腕と足を組んで私にそう一言、言い放った。

友加里の顔は余裕すら感じられる笑みを湛えていて、私は言い返す言葉を失っていた。





「私がベッドを揺らしたくらいで、血相変えるくらいだもの。静かな夜にそういう行為は無理ね。それに…」





「それに…?」





「あのお義母さんがいたら、やる気も失せるわよ。どうせ、孫ってせっつかれてるんでしょ?大野家の面子(めんつ)だってあるでしょうから」





こういう時の友加里の洞察力には感心してしまうところがある。義母のことや貴一郎の性格も分かっているから言えることなのだろうが、この大野家のことが彼女の頭の中でどう分析され、未来を想像しているのだとしたら…そう考えると友加里の存在は怖いものだった。





「…で、何かあったんでしょ?茜が復職したいって思うほどの何かが…」





一旦、切れたと思っていた話をし出す友加里に、私はしてやられたと今頃になって気付く。

心理学のエキスパートは、本当に抜かりがない。

結局、一番聞きたかったのはそこだったのだ。





「その足のケガが関係あるの?」





そうなるともう友加里の誘導尋問に拍車がかかった。本領発揮と言わんばかりに彼女の声のトーンが上がっていった。





「足のケガは関係ないのよ。ただ、介抱してくれただけで…」





「ふ~ん、その学校の先生とか?」





「ううん、生徒…」





そう言ってしまってから、私は一瞬、口を噤(つぐ)んだ。間髪入れずに「生徒~」と友加里の素っ頓狂な声が部屋中に響き渡る。私は慌てて友加里の口を塞ごうとして、思うように動かない足に引っ張られ床に突っ伏してしまった。





「友加里さん、声大きい…」





「あ~、ごめん、ごめん。茜、大丈夫?」





ベッドから下りて友加里が私の躰を必死で引き上げる。そして、引き上げられた私の躰はベッドの上にあった。まるで、逃げることは許されないかのように、友加里はちゃっかり私の隣に座っていた。





「もう、友加里さんが変な声出すから…」





「だって、高校生だよ。茜、年下に興味あったっけ?何か、意外って思っちゃって」





そう言いながら友加里はケタケタと笑い出した。笑われたことも不愉快だったが、何だか柾のことを笑われているような気がして、思わず友加里を睨みつけてしまった。

その私の行動が更に友加里に拍車をかけてしまうなんて…思ってもみなかった――



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