第28話 深層心理




貴一郎との寝室に招き入れられた友加里は、直ぐさまダブルベッドを目にし「わ~」と言ってベッドに腰掛ける。

まだ新品のベッドは友加里の躰を心地好く揺らした。

その揺れが気に入ったのか、友加里は何度も腰を上げてはベッドの弾力を楽しんでいた。





「ふ~ん…ここで一緒に寝てるんだ~何か、いやらしいな~」





そう言いながら、更にベッドがギシギシと音がするまで揺らし続けている。

私は慌てて「下に聞こえるから!」と友加里の手を引っ張りながら小声で言った。

「ごめん、ごめん」と手を合わせながら、ようやく友加里はベッドを揺らすのを止めた。





「…で、どうしたの?その怪我…」





少し呆れ顔の私を余所に、友加里は思い立ったことを口にした。

友加里は不思議な人だった…

周りの空気に関係なく、自分のペースに巻き込んでいくような人だ。

そういう人だと頭では分かっていても、自分自身ですらこのペースに巻き込まれてしまうのだから、文句のいいようもなかった。





「…復職しようと思って、恩師のいる高校に行って…こうなっちゃったの」





「え~?茜、教師に戻るの?よく藤江先生、許してくれたわね」





「あんまり喜ばれてはないけど…」





私は苦笑しながら呟いた。友加里は何か考え事をしていたようだったが、思い出したように「だからか~」と大袈裟に言葉を発した。

意味深な友加里の言葉に、私は「何が?」という言葉がすぐに口を吐いた。





「だから、貴一郎が家に帰るの、嫌そうにしてたんだな~って。何か揉め事があってるような感じだったもの」





「…家に帰りたくない…か」





友加里の言葉をオウム返しのように呟くと、今度は友加里が慌てた様子を見せて「そうじゃなくて」と言い訳を始めた。

でも、友加里に言われなくても分かっている。貴一郎が私と義母の関係に苛立ちを感じているのも、ちゃんと分かっていた。

でもこの姑との関係を私にはどうすることも出来ない…

義母に反抗する訳でもなし、義母の言うとおりに動いても、必ず何か一言付いてくる。

私という存在自体が目の上のたんこぶのようになっているとしか思えなかった。





「友加里さんが結婚してたら良かったんじゃない?貴一郎と…」





思わず義母に気に入られている友加里にポツリと嫌味を言ってしまった。

しかし、友加里は嫌味とも取っている様子もなく、両手をブンブン振って「絶対、無理~」と笑いながら答えた。





「藤江先生と一日中、一緒に居るなんて無理、無理。茜を尊敬するわよ~」





そんな風におだてられても、私は義母みたいに喜んだりしないんだから…

そう心で呟いた時、友加里が急に真面目な顔で私に擦り寄ってきた。

思わず私が身をよじると、更に友加里は前のめりになって私の顔を覗き込む。





「ちょっと、友加里さん…どうしたの?」





「…ねぇ、茜。何かあった?」





私の顔を正面から見据える友加里に「え?」と言葉を返した。友加里は二ヤッと口角を上げると私の瞳をじっと見つめて、ゆっくりと離れていった。

何故だか、私の心臓がドクドクと早鐘を打つように鳴り響いた。

友加里の目が私のすべてを見透かしているような、そんな気がした。





「な、何かって…何もないわよ」





何も言葉を発しないと変な勘ぐりを入れられる気がして、私はそう口走っていた。

でも、それがいけなかった…

彼女は心理学をこよなく愛するエキスパートだということを、私はすっかり忘れていたのだった――





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