第25話 ときめき 2




柾の背中と伊坂の背中が診察室に消えていった。

柾の姿が見えなくなると、自然に私の口から溜め息が零れた。ドクンドクンと波打つ鼓動が周りの人に聞こえるんじゃないかと、思わず周りを見渡してみる。

いつの間にか待合室は患者さんで埋め尽くされそうなほど、いっぱいになった。気のせいだろうが、誰かにさっきの柾とのやりとりを見られたんじゃないかと思うと、恥ずかしさで周りが見れなくなった。





何だろう…

この気持ちは。

今までに感じたことのない鼓動の速さに、自分自身が戸惑っていることに気付く。

貴一郎と出会った時もこんな気持ちになっただろうか?

私が忘れてしまっただけだろうか…?

しかも、相手は高校生だというのに…





心の中で私は今までに経験したことないときめきを、必死で分析しようとしていた。

(もし、俺だったら…)

柾の言葉の続きが聞けなかったことも、この気持ちに拍車をかけているのかも知れない。

案外、その言葉の続きを聞けていたら、こんな気持ちにはならなかったのかも知れない。

そうして、答えの出ない私の分析は続いた…





何となく形になりそうな想いを、この時の私は必死で打ち消したかった。

高校生の彼にときめいてしまった自分を恥ようとしていた…





柾が診察室に入って10分程経った頃、私の名前が呼ばれ診察室に通された。

診察室にはもう柾の姿はなく、奥にあるリハビリ室に通されたようだった。

もう、さっきのドキドキは治まっていた。

柾の顔を見れなかった残念さもあったが、ときめきに押し流されそうな自分を保つには顔を見れなくてホッとする気持ちの方が勝っていなければならなかった。





診察室には伊坂だけが取り残されていて、先生とまだ何やら話し込んでいた。

チラリと横目で見ただけだったが、伊坂の表情は何時になく真剣で、深刻そうな雰囲気を醸し出していた。





「こちらでお待ちください」





心配そうに二人を見つめる私に、微笑みを湛えた看護師がイスに腰掛けるよう勧めてくれた。「伊坂先生、勉強熱心でらっしゃるから…いつも診察の後はああなんですよ」そう言って、看護師はふっと笑い声を漏らした。





「昔からああなんですよね。伊坂先生って」





私の言葉に看護師は「やっぱり」と言って顔を見合わせて笑っていると、診察室から伊坂が「聞こえてるぞ~」と大きな声を上げた。看護時は舌をぺろっと出し、診察室に向かう私に付き添ってくれた。





「木本くんのことは、ご両親にも相談してみなくちゃなりませんから。伊坂先生は本人のフォローをお願いしますね」





ようやく先生の言葉で柾のいない診察は締められた。渋々、頷く伊坂の隣に私は腰掛けた。

「さ、次は大野さんですよ。はい!伊坂先生、切り替え、切り替え」先生がポンポンと両手を2回叩いた。





「先生も大変ですね」





そう笑って言う私に「お前まで」と伊坂が苦笑しながら呟いた。

柾に何かあったのだろうか。担当医はそう重大には受け止めていないようだったが、伊坂の表情にはスッキリとしたものはなかった。先生の言葉で必死に切り替えようとしていているのが手に取るように分かった。





この日、朝の柾の電話から偶然の再会に至るまで、私の中に柾の存在が消えることはなかった。ただ、自分が感じてしまったときめきに、次第に罪悪感を感じずにはいられなかった――




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